「宇宙戦艦やー……♪」
カラオケボックスにて、大和はある曲を熱唱していた。それは某アニメの主題歌だが、その独特の曲調が彼女の感性にもあっていた。
「いえーい、いいぞ大和っち!」
「こんな曲あるんですねー」
真由美がノリノリではやし立て、天音は初めて耳にする曲に、純粋に感心していた。
「大和がこれを歌うのか……」
「大和さんがいいならいいんじゃないでしょうか」
「みこちゃん、徹君、久しぶりだし皆で歌おうよ。私、デュエットしちゃうよ」
徹は何とも言えない感想を漏らし、みこがフォローするように言う。たまたま居合わせたことで、一緒にカラオケに行くことになった瑞穂が積極的だった。まあ、二人が彼女と遊ぶのも随分久しぶりなのだから、瑞穂が張り切るのも無理はないだろう。
「ふっ、そういうことなら、俺達三人幼馴染みのコンビネーションを見せてやろう」
「徹が言うなら」
「いいね、私も歌っちゃうよー」
健太郎が誘えなかったのが残念だったが、こうして幼馴染み三人が揃うのも久しぶりなのだ。徹としても嬉しい気持ちはある。なので、今日は自重を投げ捨て悪ノリすることにする。
幼馴染みの三人は、久方ぶりにある歌を輪唱し、その場を爆笑の渦に叩き込んだ。具体的には、三人が順番に歌い出し、途中から徐々にテンポを上げ、最後には息継ぎする暇もないほどの速さで歌い切ったのだ。
「いや、その歌を真顔で歌うのは卑怯すぎでしょ。しかも、無駄に上手いのが腹立つわ。というか、あんたら、いつだったか、小学生の頃にやったネタじゃない、それ!」
真由美は爆笑しながらも、それが既視感のあるものであったことに気づいた。
「おお、流石は真由美、小五の時にやった発表会のネタだな」
徹は感心したように言う。まさか、まだ覚えているとは思わなかったのだ。
「久しぶりにやりましたけど、覚えているものですね」
みこからすれば、この輪唱はかなり苦労した代物だったので、今もできたのは嬉しいことだったようだ。心なしか声が弾んでいる。
「ハアハア、二人とも肺活量おかしくない?これでも私テニス部のホープなんだけど。どうして、部活やってない二人に負けるの?」
瑞穂は息も絶え絶えだった。確かに楽しかったが、最後の方の怒濤のペースアップには、テニス部のホープである彼女でさえ、ついていくのが精一杯だったのだから無理もない。
「ふふふ、徹にも案外お茶目なところがおありになるのですね」
「……」
大和が意外な発見をしたと嬉しそうに微笑む。天音は顔を背け、必死に堪えているようだが、肩が震えて台無しである。彼女は輪唱そのものよりも、瑞穂の反応がツボに入ってしまったようだった。
兎にも角にも、その日は楽しい一日となったのだった。
その日、ヤタガラス本部、大会議場は重苦しい雰囲気に包まれていた。彼らの中でも中核戦力を担う構成員が一斉に辞表を叩きつけてきたのだから無理もない。ヤタガラス上層部は混乱の極みにあった。
「それで原因は何なのだ?」
「……焔の黒騎士が実質的に所有している霊地、その監査を命じられた者たちが、ことごとく退職を希望しています。件の決闘で焔の黒騎士の実力を垣間見た者は皆、恐慌状態です」
消え入りそうな声で、最高幹部の問いに人事担当が答える。そう、焔の黒騎士の実際の戦いを見て、全員尻尾を巻いてしまったのだ。あんなの命がいくつあっても足りないと。
「馬鹿な、連中はヤタガラスに遺された数少ない戦える者達だぞ。それが全員逃げ出すことを選んだというのか!」
最高幹部は激昂するが、今のヤタガラスは、元より霊的素質に劣るものばかりだ。なぜなら、才能ある者は、戦後にメシア教によって殺されるか、取り込まれているため、今残っているのは、そうした粛清や引き抜きを免れた末端の人員か、血筋によって表向きの権力と地位を与えられていた者たちばかりだった。
しかも、追い打ちをかけるように、悪魔と戦うための家伝や秘伝までもが、根こそぎ奪われるか、失われてしまっているのだから、彼らの弱体ぶりは致し方ないことであった。故に、ガイア教団の一派を単独で滅ぼし、今また武闘派幹部にワンサイドゲームで完勝した焔の黒騎士に喧嘩を売るなどという自殺行為は絶対にとれないのだ。
「代表、はっきり申し上げます。メシア教が下手を打ったからと言って、分不相応な野望を抱くべきではありません。今は少しでも奴らの権限を削り、クズノハとの協力体制を再度構築すべきです」
「なぜ我らが裏切り者に頭を下げねばならん!政府と我らを見限って、勝手に野に降りた奴らだろうが!」
最高幹部は怒り狂うが、霊格は常人と変わらず、それどころか覚醒すらしていない彼の怒りを本当の意味で恐れる者は、ここにはいなかった。なにせ、やろうと思えば、簡単に首をすげ替えられるからだ。それでも彼が最高幹部なのは、ひとえに金を持っているからだ。言いたいことだけ言わせて、後は従っているふりをすれば、金払いのいいスポンサーなのだ。最高幹部と言いながら、実際には実権が皆無なことも全く気づいていない暗愚なのだから。
彼だけが気づいていなかった。そもそも今回のクズノハへの監査自体、ヤタガラスとの戦力比較のための実態調査であったことを。決してヤタガラスの権威が認められたわけではないのだ。そもそも、メシア教が弱体化する以前から、ヤタガラスはその力量を疑問視されていた。なにせ、数しか価値のないカジュアルサマナーにすら、後れをとることがあるのだから無理もない。それでも、ヤタガラスが切り捨てられなかったのは、悪魔業界についての知識が政府に全くなかったからだ。悪魔業界に精通していた旧日本軍の関係者は、その多くが戦死するか、戦犯として裁かれていたので、弱くてもその知識は有用だったのだ。
現場の構成員達は、それを嫌というほど理解しており、故に彼らの行動は泥船から一刻も早く逃げ出そうとする緊急避難にほかならない。
そして、それを証明する使者が、とうとう訪れた。
「失礼します。内閣調査室の室長、氷室悠人です。ヤタガラスに対する政府の最終勧告をお持ちしました」
「おお、氷室殿、よくぞ来てくれた。……待て、最終勧告だと?」
政府の役人の冷たい言葉に、最高幹部は耳を疑った。まるで自分たちが切り捨てられるような気がしたのだから、無理もない。そして、その予感は間違っていなかった。
「二週間あまりの猶予期間を設けましたが、ヤタガラスとクズノハの戦力差をどうにかする方策について、あなた方からは回答が得られませんでした」
「馬鹿な。その為にクズノハを我らの傘下におくのではないか!政府もそれを認めたはず!」
最高幹部からすれば、話が違うどころの話ではない。だが、他の人間は諦観こそ抱く者はいたものの、誰も驚いていなかった。
「そんなこと政府は認めていませんよ。そもそも、実力でも知識でも劣るヤタガラスをクズノハの上に置く理由がどこにありますか?むしろ、ヤタガラスという余分を省いて、政府とクズノハで直接意思疎通した方が、余程効率的です」
「長年この国に尽くしてきたヤタガラスが不要だと!」
最高幹部は激昂するが、氷室の表情は平静そのもので、その平坦な声には何の動揺も感じられなかった。
「いいえ、そうは言いません。実際、あなた方は右も左も分からぬ我らに、悪魔業界のことを懇切丁寧に教えてくれた。それには感謝しています。ですから、人員については政府の方でそれなりの待遇を用意します。ただ、ヤタガラスという組織自体には潰れていただく必要があります。クズノハから報告されたあなた方と旧軍の負の遺産、忘れたわけではないでしょう?誰かが責任をとらなければならないのです」
「あれはわれらのせいでは……」
「あなた方のせいではなくとも、あなた方の先達の残したものが爆発したのです。なぜ、後処理を怠ったのですか。あれがなければ、少なくともヤタガラスの名前は残ったでしょう」
最高幹部が苦し紛れの言葉を漏らすが、氷室はピシャリと切って捨てた。
「メシア教に根切り同然の憂き目にあった我らにそんな余力があるものか!我らに出来たのは残った力と知識を結集して、どうにか命脈をつなぐことだけだ」
「それは分かりますが、ですから、ヤタガラスは護国組織としては最早通用しないということでもあります。少なくとも、メシア教が弱体化するまでは、あなた方は彼らの言いなりになるしかなかったのですから」
氷室の言ったことは、紛うことなき事実であった。根切りに遭ったも同然のヤタガラスに、それをなしたメシア教に逆らえる気骨も力も残っていなかった。東京封鎖にすら、彼らは口出しできず黙認するしかなかったのだから、ヤタガラスがいかに張り子の虎であったか、理解できようというものである。
「では、通告します。ヤタガラスは、現時刻をもって超国家機関としての地位を喪失します。以後政府が注いだリソースについては回収させていただきます。人員、資産、資料のすべてです。但し、希望する者には、政府が働き口を用意致しますので、個別に申し出てください」
その宣告は、文字通り最後通牒であった。個人は救っても、ヤタガラスという組織はどうあっても、消滅を免れないのだと。
「そんな馬鹿な……」
最高幹部の漏らした言葉に応える者は、誰もいないのであった。
「それで、鬼塚は敗れたのだな。なぜ、介入したユリコ?お陰でガイア教団の面子は丸つぶれだ」
ゴトウの詰問にユリコは眉を顰めたが、そこに申し訳なさそうな色は皆無だ。
「剛志ちゃんは、今回のことで壁を越えたしまだまだ強くなるわ。組織の幹部として、貴重な戦力を失うことを見過ごせなかっただけよ」
「ふん、言わんとするところは分かるが、アレで使いものになるのか?奴の配下からは、少なくない数が離脱し、本人も右腕を失ったも同然で、当分戦えまい」
ゴトウが指摘するように、今の剛志の現状は酷いものだった。負けた上に自分が殺されるところをユリコに救われたと聞き、彼のプライドは粉々に砕け散ったのだ。なにせ、己が心底侮蔑していた、自分から喧嘩を売って返り討ちにされた雑魚そのものになってしまったのだから。
当然ながら、剛志の純粋な強さや生き方に憧れ、あるいは惹かれていた連中は、掌を返すように離れていった。彼自身、それに何の文句もない。最悪にダサいことをしたのは自分なのだ。どうして、それで他者を責められようか。
その上、剛志の右腕は、高度な治癒魔法で再生されたものの、欠片も動くことはなかったのだ。まるで、そこに腕があること自体が異常であるかのように、彼の意思に従わない。これではただのデッドウェイトにしかならない。むしろ、義手でもつけた方が余程マシだろう。
「焔の黒騎士の炎、根源は相当ヤバいものみたいね。剛志ちゃんの冗談みたいな痛覚耐性を破って、絶叫させたくらいだし、そのせいで剛志ちゃんの認識には右腕が失われたものとして、トラウマみたいに刻まれているせいでしょう。あの子自身が右腕の存在を否定しているのよ。しかも、最後の攻撃の際、右腕に大量の生体マグネタイトを集中させていたせいで、腕とともにそれらも失ってしまったの。おかげで霊格まで下がっているわ」
「無様だな、あそこまで大口をたたいてこの結果とは」
氷川が侮蔑を隠さずに言うが、実のところ彼も内心では驚いている。決闘があまりにも一方的だったからだ。焔の黒騎士の実力は、氷川の予想以上であることを認めざるをえない。皮肉なことだが、早々に手を出さなかったのは正解だったとすら思っていた。
「それは確かに鬼塚の責だが、誰もこのような結果を予想していた者はこの場にはいまい。いたら、何らかの手を打っていたはずだからな」
ゴトウは、己ですらこの結果は予想していなかったことを認め、それはお前達もだろうと周囲の顔を見渡す。誰もが厳しい顔で沈黙している。それが何よりの答えであった。
「よろしい。以後、焔の黒騎士は特記戦力扱いとする。敵対するならば、万難を排して排除せよ。その被害が他派閥に及べば、賠償を要求する。いいな?」
「あら、ゴトウちゃん、それは酷くない?私、焔の黒騎士にガイア教団の怨敵だって宣言しちゃったんだけど」
ゴトウの言葉に、ユリコが少なからぬ不満を顔に出して反問する。
「それは貴様の独断だろう?ならば、責任は自派閥でとれ。少なくとも、私は焔の黒騎士を自分から狙うつもりはない」
「同感だな。決闘後の介入も貴様の独断だ。私達まで巻き込まれてやる道理はない」
氷川もゴトウに同調する。
「氷川ちゃんまで酷くない?あんなに焔の黒騎士を嫌ってたのに、掌返しが早すぎない?」
「あの時は排除した方が利益になると判断していたからだ。だが、我らは全員奴の脅威を見誤っていた。ならば、その認識を改め、無用なリスクを避けるのは当然だろう」
ユリコの指摘に対し、氷川は微塵も揺るがない。今でも正直嫌いではあるが、個人的な好悪で手を出すには、リスクが高過ぎる存在になってしまったのだ。自分から火中の栗を拾う気は無い。
「はいはい、分かりました!いいわよ、こっちから手を出さなきゃ、あの黒騎士様はやって来ないって、これまでのことで分かっているんだから。うちの子達にはあくまでもポーズで、実際には手を出さないように言い含めておくから」
ユリコはやけっぱちになりながらも、現実的な対応策を口にする。実際、彼女は焔の黒騎士を排除するなら、それこそガイア教団が総出で協力する必要があると思っているのだから。それが叶わなかった以上、自派閥だけで焔の黒騎士を敵に回せるわけがない。
「それで良かろう。ガイア教団としては焔の黒騎士には原則として不干渉とする。いいな?」
「同意する」「同意するわ」
ゴトウがまとめるように言い、氷川とユリコがそれに頷いて答える。波乱含みで始まった幹部会議だったが、結局は意外なほどあっさりと決着がついたのだった。