ハル達を匿って早1ヶ月。当然ながら、その間、徹は遊んでいたわけではない。気晴らしの決闘騒ぎ以外では、ジンとアヤをある程度鍛えつつ、ハルの問題解決に全力を尽くしていた。なにせ、ハルからしたら、東京から離れるということは安住の地であるジンのバーから離れることになるわけで、本当にハルのことを考えるなら、何か抜本的な解決策が必要であった。
「主殿、これでいいか?ご注文の品だ」
そう言って作ったばかりの特殊な腕輪を差し出すのは、つい最近鍛冶のためだけに、イッポンダタラから
「いい出来だ、流石だな」
「何、邪鬼にまで堕ちていた儂が神格を取り戻すまで付き合ってくれたのだ。これくらい、造作も無いことよ」
ガハハと嬉しげに豪快に笑うタタラに徹も微笑む。何気に初めての男の仲魔である。正直、もっと早く迎え入れておくべきだったと、痛感している。女所帯に男一人というのは、本当に居心地が悪いのだ。それが悪魔であろうと、同性がいるというだけで、心が楽になるというものだ。
「それでどういう理屈なんだ?」
「うむ、あの娘の歌声の本質である『解放』は消すべきではないと判断した。それがなくなるということは、あの娘の歌の良さの半分を切り捨てるようなものだからな。主殿もそれは望むまい。だから、この腕輪は外部にもたらす影響を内向きに変えるものだ。あの娘自身の解放は歌そのものだからな。いくら解放の影響を受けても何も変わらぬ」
タタラの説明に徹は頷く。彼としてもハルの歌の良さを消してしまうのは本意では無い。それを酌み取ってくれたタタラには、本当に頭が下がる。とはいえ、確認すべきことはある。
「なるほど、作用点を変化させたのか。ハル自身への影響は本当に無いのか?」
「うむ、鍛冶神の矜持としては無いと言い切りたいところだが、確認はした方が良かろう。一度それをつけさせて歌わせてみるのだな。その方が主殿も安心出来よう」
タタラは気分を害することなく、自分から試行を提案してくれた。徹としても異論は無い。早速試すため、検分役を頼もうと亀山へ連絡を取るのだった。
「何というか、お前さん、考えるスケールが凄いな。普通思いつかんぞ、こんなこと」
連絡を受けて急いで来た亀山は、何とも味わい深い表情をしていた。呆れているようにも諦めているようにも見える。どうしてそうなったと言わんばかりだ。
「いや、いいのだがな。そこでクズノハに頼らず自力で解決手段を用意できてしまうのがなんとも……」
驚きを通り越して呆れるとか、そんな感じであった。一方で亀山には、こいつならやれるんだろうな、という確信めいたものもあるのだろう。それが彼になんとも言い難い感情を抱かせていた。
「元々、鍛冶や道具製作が得意な仲魔は欲しかったので、今回はいいきっかけでした」
徹の言っていることは、完全な嘘ではないが、真実でもなかった。ハルの一件がなければ、こんなに早く用意する必要など欠片もなかったのだから。それに片手間のように言っているが、実際には大和や後輩達などの身内とジン達二人を鍛える以外の時間を全て異界に潜ることに費やさねばならなかった。しかも、最大効率を求めるため、タタラとアンジェリカ、あるいは滝夜叉姫という編成でだ。その為にみこと過ごす時間すら減らしたのだから、彼が実のところ、どれだけ今回の失敗を悔やんでいたか分かろうというものだ。
ちなみに、デーメーテールとペルセポネーについてはあえて起用しなかった。ハルの一件が片付くまでは、彼女達と会う気にはなれなかったし、霊格を上げる機会を奪うことで徹の怒りが深いことを分からせる必要があったからだ。
「……」
みこは当然、その苦労を知っているが、それを他者に語ることは決してしなかった。徹なりの贖いであることを彼女は痛いほど理解していたからだ。ただ、自分との時間を減らされたのは腹が立っているので、どうやって埋め合わせして貰おうかと考えていた。
「でも先輩も豪快だよな。自分じゃ作れないから鍛冶の神様を自力で用意しちゃうなんて」
事情を聞いた美雪が呆れたように言う。メガテンでは鍛冶が得意なドワーフに頼んだりすることはあるので、徹からすればよくある発想なのだが、悪魔業界でも普通ではない発想のようだ。
「そうだよね。私も聞いた時は耳を疑っちゃった。邪鬼を神格まで戻すなんて、どれだけの生体マグネタイトが必要なのか、私には想像もつかない」
自身もサマナーである愛は、師の偉業に驚愕を隠せない。口で言うほど簡単なことではないと分かっていたからだ。それをなんでもないことのように語る師に、畏敬の念を新たにしていた。
「流石、徹ですね。根本から原因を解決するためにそこまでするとは素晴らしいです!」
大和は、徹がハルの為にそこまで労力をかけた心意気に感心していた。
「……なんというか、規格外ですね」
大和と違いそれがどれ程の苦難か理解している天音は、そう評するほかなかった。彼女は徹が陰で費やしたであろうリソースを察していたが、本人があえて語らない以上、何も言わなかった。
「ハルは勿論、ジンさん達にも内緒でお願いします。偶々異界で手に入れたものに都合がいいものがあったということにするので」
徹からすれば贖いなので、ハルやジン達に重く受け取ってもらうのは違う。偶然見つかったくらいがいいのだ。
「まあ、構わんが、少し都合が良すぎると気づかれるのではないか?」
「流石にそのまま流用したとは言いません。目的に適うものに調整を施したという形にします。実際、作るのが困難なだけで効果はそれ程大したものではないですから」
亀山は、そんな都合の良い偶然があるものかと疑われる可能性を指摘するが、そこは徹も考えていた。メガテンの装備アクセサリーとして考えれば、腕輪はそれ程大した効果を持つわけではないのだから。
「愛、本当に先輩の言うとおりだと思うか?」
「徹先輩には悪いけど、そうは思えないかな。風間さんから教えて貰ったことからすれば、徹先輩の基準や価値観がおかしいから」
弟子二人は小声で、師の言葉をそのまま信じる気にはなれないと話し合うのだった。
「お三方、この一ヶ月お疲れ様でした。長いこと窮屈だったでしょう?」
「いやいや、あたしがヤバかったのは分かったし、あの阿婆擦れ女神共ともあれ以来会ってないからね。快適そのものだったよ。こんな気持ちのいい場所で思う存分歌えるなんてそうそうあることじゃない」
徹の申し訳なさそうな口ぶりに、ハルは手を振って否定する。どうやら、彼女にとって、この1ヶ月は決して悪いものではなかったようだ。
「そうそう、徹君は気にしすぎ。むしろ、本来無関係な私やジンが世話かけっぱなしで申し訳なかったわ」
「そうだぜ、徹。本当にお前には世話になった。ありがとな」
今や霊格20相当になったアヤとジンが、それぞれ詫びと礼を口にする。
「いえ、あの女神二柱の不始末は、サマナーである私の責任なので、そういうわけにはいきません。改めて申し訳ありませんでした。ですが、それなりに充実した1ヶ月になったようで良かったです」
ハル達の言葉に徹は笑顔を見せるが、それはそれ、これはこれである。女神達の件は猛省しなければならないことに変わりは無いのだ。
「ほとぼり冷めたのは分かるけど、それで東京に、ジンさんのバーに戻れるわけじゃないんだろ?」
「そう、それ。結局ハルの問題は解決していないのよね。また運悪く、ハルが歌っているところにカジュアルサマナーが遭遇する危険はあるもの。どうするつもり?」
ハルが不安そうに、アヤはハルを離しはしないと言わんばかりに言う。
「色々考えましたが、ハルにはこの腕輪をつけて貰います」
そう言って、徹は木箱に入った装飾が少し凝った腕輪を取り出してみせた。
「これは?」
「ハルさんの力の作用点を変更させるものです。歌そのものではなく、力の指向性を制御する代物です。異界で手に入れたものを、ハルの為に調整させて頂きました」
「……よくそんなに都合よく、いや、なんでもない」
ジンは徹の言葉に何かを勘づいたようだが、それ以上追及することはしなかった。
「それを着ければ歌っても問題ないのかい?」
「ええ、ですが検証は必要です。その為にクズノハの人員にも来て貰いました。紹介します、亀山さんです」
ハルの問いにそう答え、徹は立会人として呼んだ亀山を紹介した。後は実際に試してみるだけだと。
「紹介にあずかったクズノハの亀山だ。問題である悪魔召喚プログラムも持参した。お前さんには、これらの前で歌って貰う」
「それがあの……?ただの携帯電話に見えるんだけど」
悪魔召喚プログラムと聞いて、目を輝かせたアヤがのぞき込むが、亀山の持ってきた袋には、後にガラケーと呼ばれるようになる携帯電話が、十数台入っているだけなのに気づき、訝しげになる。
「アヤさん、間違ってはいませんよ。それは市販の携帯を改造して悪魔召喚プログラムを入れたものです」
「市販の携帯ってマジか?そんなものに入れられるのか?」
ジンはありえないと言わんばかりの顔になった。この一か月で悪魔の脅威を骨身に染みて思い知らされた彼にとって、日用品でしかない携帯電話で、それを使役できるプログラムが動くなど、そう簡単に信じられるわけがなかった。
「信じられぬのも無理ないが、本当だ。これを作り出した奴は本物の天才よ。どうやれば、ここまでコンパクトに出来るのか想像もつかん」
亀山は褒めるような口ぶりだが、その実表情は苦々しいものだった。悪魔召喚プログラムの登場は、クズノハにとってあってはならないものであったろうから、無理もない。ましてオリジナルの価値を失墜させるためとはいえ、自らデッドコピーをばら撒く羽目になったのだからなおさらだ。
「では、お願いします。たとえ、腕輪が働かなくて悪魔が解放されても、ハルには指一本触れさせませんので」
徹はハルに腕輪を渡し、亀山から受け取った袋を彼女の足下に置いて宣言した。
「いいね。あんたの言うことだ、ハッタリじゃないのは分かるよ、徹。じゃあ、歌わせてもらおうか!」
ハルは受け取った腕輪を何の逡巡もなく腕にはめ、すぐにリズムをとり、口を開いた。
再び黄金の大海原をハルの解放の歌声が席巻する。マイクも何もつけていないというのに、その声が届く範囲は驚くほど広かった。間違いなく、足下にある携帯電話もすべて歌声の影響下にあるはずだ。しかし、何の変化もなかった。徹に頼まれ、霊眼でハルの生体マグネタイトを観察していたみこと愛も、異常がないことを確かめていた。亀山も目を細め、悪魔召喚プログラムが歌声に反応していないことを見届けていた。
「どうですか、以前とは何か違うことがありますか?どんな些細なことでも構いません」
ハルが歌い終わるのを見届けて、徹は最終確認を行った。他者から見て影響がなかったとしても、本人としては別かもしれないのだから、確認は必須だった。
「そうだね、基本的にはないかな?いや、強いて言うなら集中しやすくなった気はするね」
「……そうですか。それなら良かったです」
「やったじゃない、ハル!」
ハルの言葉に徹は安堵の息を吐き、アヤは感極まってハルに抱きつく。
「あ、アヤさん、大袈裟ですって」
「そう言ってやるな。アヤは本気でお前のこと心配してたんだからな。俺にバーを東京の外に移転できないか聞いてきたくらいだぞ」
「あっ、ジン。なんで言っちゃうかな!」
アヤは隠し事を暴露され、口をとがらせた。
「いいじゃねえか、解決したんだからな。ありがとうな、徹、神山。本当に恩に着るぜ」
ジンはそれを相手にせず、改めて徹とみこに深々と頭を下げた。
「ジンさん、とんでもないです。また何かあればいつでも頼ってきてください」
「お力になれたようで幸いでした。これからのご多幸をお祈りします」
徹とみこは、それに笑顔で応じるのだった。
「やれやれ、報告書の内容に、また困ることになりそうだわい」
三人を見送った後、亀山はぼやくように呟いた。
「ご面倒をおかけします。ですが、クズノハには予め修練異界の使用許可をとっていたはずですが」
クズノハが所有する修練用の異界を、徹とみこは特例(焔の黒騎士に対する優遇処置)で使用を許可されている。ゲートパワーが低い現在において、彼らが霊格50を超えてなお、修練する異界に困らないのはそのお陰だ。もっとも、彼らには異界の主を倒すことは認められていないし、稼いだ生体マグネタイトと魔貨を10%ずつ使用料として支払わねばならないのだが、それでも十分以上の恩恵があるのだ。
「連日異界に潜ってやることが、邪鬼にまで零落した神を、元の神格へ戻してやるなど誰が予想できるか!はあ、本当に困ったものだ」
報告書を書かねばならない亀山としては頭が痛くなるが、盟友として心強い限りなので、文句ばかりも言えないのが辛いところであった。なにせ、これからはそういう面でも頼れるということなのだから。
「そんなにおかしいですかね?作成出来る人間探すよりは、余程近道だと思うのですが」
「ああ、そうだな。言わんとするところは分かる。確かにそんな特殊技術者は稀少だ。クズノハでも少数しかおらんし、そう易々と紹介できるものでもない。だが、だからといって、自前で悪魔を育成して解決するとか、やることが規格外すぎる。お主はライドウかなにかか?」
あのライドウの名を出されたことで、流石に徹も慌てて否定する。さしもの彼も、あんな化け物みたいな人間と同列に扱われるのは、ご免である。
「いやあ、流石に音に聞こえしクズノハ四天王筆頭と同列にされるのは、恐れ多いです」
「はあ、無駄に謙虚なのが腹が立つな。流石に言い過ぎかもしれんが、お主のやったことはそれくらい規格外のことだ。正直、これからは何かする前に報告を義務づけたいくらいにはな」
そこまで言う程かと、徹は思うが、彼は致命的なことを忘れている。ゲームにおいてプレイヤーが操る主人公は世界の命運を左右する人物であることを。そんな運命に選ばれた英雄がやっていたからと言って、一介のデビルサマナーがそう簡単に真似できることではないのだ。
「はああ、とぼけた面しおって。お主は本当に自覚がなさ過ぎる!これは神山の嬢ちゃんも苦労しような」
いまいちどころかいまさんくらいに、自覚が足らない徹に、亀山は深い深い溜息をついた。みこ同様、自分も徹の非常識に振り回される苦労人の一人なのだと、理解してしまったが故だ。
「亀山さん、本当に御苦労をおかけします」
心から申し訳なさそうに労うみこの言葉に、亀山はそれ以上の言葉を呑み込むのだった。