ことは、ハルの一件が解決して半月ほどが経ち、ゴールデンウイークにみこがたまりにたまった不満を爆発させ、徹に埋め合わせを要求して、デート三昧の日々が終わったころ、それは起きた。
「メシア教から狙われている娘の護衛?頼むとこ間違えていないか?」
中立の仲介所で、
「それがもし娘に隠された素質などがあったら、それを嗅ぎつかれて余計に危険になるかもしれないので、組織には無関係の
「なるほど、それで俺にお鉢が回ってきたと。でも、正気か?護衛とかしたことないぞ」
運び屋くらいはしたことがあるし、防衛任務もしたことはある。だが、特定個人を守る護衛は経験がない。少なくとも焔の黒騎士としては。
「焔の黒騎士さんは、クズノハと協力関係にあるのはそれなりに知られていますから、無体なことはされないと思われたのではないでしょうか?また、依頼人としても、どうせなら最強の護衛をつけたいとのことでしたので、在野最強とも呼び声高い焔の黒騎士さんを紹介したわけです」
聞き捨てならないことを聞いた気がして、徹は仲介所の受付を問い質す。
「おい、いつ俺が在野最強になったんだ?」
「あの決闘依頼以降ですね。ガイア教団の幹部相手に完勝は、あまりに衝撃的でしたから」
ここのところは、基本的に大人しくしていたはずだというのに、あの決闘の影響がそこまで大きかったとは夢にも思わなかった徹であった。
「……まあ、いい。事情は理解した。依頼を受けるのはいいが、依頼人はメシア教ともめるのを覚悟しているということでいいんだな?」
「はい、本意ではないが、連中は狂っているというのが依頼人の言葉です」
メシア教天使の狂気を理解しているということは、ある程度信用は置けそうである。とはいえ、娘個人が狙われる理由が不気味である。基本善人面して体裁を保って近づくのがメシア教の常套手段だ。それを投げ捨ててまで娘個人を狙うなど、余程の理由があると考えるべきだろう。十中八九厄ネタだ。正直、断りたい。だが、滅びの要因が山ほどありそうなこの世界である。ここでスルーしたことが世界崩壊を見逃すことに繋がったら、悔やんでも悔やみきれないのだから。
「いいだろう、そこまで言うならば、万が一にもメシア教の回し者ということはないだろうからな。その依頼、焔の黒騎士が受けようじゃないか」
「ありがとうございます。では、早速こちらの呪的誓約書にサインをお願いします」
焔の黒騎士の言葉に、受付の女性は胸をなでおろした。何しろ相当に無茶な依頼で、彼が受けてくれなければ、依頼自体を断ることも視野に入れていたからだ。
「うおっ、凄いガチガチ。これ作ること自体、高くついたんじゃないか?」
なにせ、焔の黒騎士が驚きの声をあげたことからわかるように、この秘密保持契約書は非常に強固で高度なものであり、少しの情報漏洩も認めていないからだ。なので、依頼料は高くても、+αを狙う者達からは敬遠されてしまったのだ。護衛という依頼の性質上、完全に守り切れなければ、いちゃもんつけて減額されたり、払い渋る可能性すらあるのだから、余計だった。
「ええ、依頼額の半額くらいはかかりますね」
「これは相当の厄ネタだな……」
受付の評価額に、徹は誓約書を記入しながら心底げんなりした。どんだけヤバい事情があるのかと。
「ああ、いえ、依頼人は特殊技術者で、かなり裕福なお方ですから、必ずしもそうとは限りませんよ」
「特殊技術者?」
「はい、当仲介所も少なからずお世話になっている方です。もしかしたら、御存じかもしれません。目加田博士を」
徹が全てを記入し終えたのを見て、受付は初めて依頼人の情報を口にした。その瞬間、焔の黒騎士は完全に動きを止めた。とんでもない名前を聞いたからだ。
「今、なんと?」
「依頼人は目加田博士であるといいましたが、それが何か?」
心底不思議そうな受付の言葉に、徹は全身鎧の内側で頭を抱えたくなった。よりにもよって、この依頼内容では絶対に聞きたくない名前だったのだ。
(よりにもよってメシア・プロジェクト?!早過ぎだろう!あれは真・女神転生ⅡでTOKYOミレニアム完成後、少なくとも2060年以降の話だろうが!どうか、娘さんの名前がヒロコじゃありませんように!)
高速で移動する焔の黒騎士の象徴たる全身鎧の中で、徹はただひたすらにそれだけを願う。原作のままだと考えれば、年代も違うし、その可能性は限りなく低いはずなので、安心できるはずだった。
だが、ここまでの徹が歩んできた道のりがそれを否定する。確かに東京封鎖の計画はあったし、オザワもいた。それらはほかならぬ彼自身の介入によって、原作ゲームとは異なる結末を迎えているのだから。それどころか、『SIREN』や『艦これ』みたいな事件まで起きているのだ。原作ゲームを妄信することなどできるはずもなかった。
指定された場所は、意外な場所だった。東京都江東区の「夢の島」。東京湾の埋め立てによって作られた人工島、そこに隠れるようにひっそりと目加田研究所は存在していた。周囲に公共施設が多いことを考えれば、間違いなく違法建築物だと思ったのだが、下調べした結果、ちゃんと登記されていた。どうも目加田博士は、この夢の島成立に一枚嚙んでいるらしく、諸々の問題解決に手を貸したらしい。その報酬として、本来あり得ない土地の所有権が認められたようだった。
(普通に東京都の歴史に名前が残っていたのは、マジで驚いたわ。公害対策にもかなり貢献したらしいし、普通に偉人だな。金があり余ってそうなのは納得した。しかし、表の大物が裏に積極的にかかわるとは思えんのだが……。)
「本当にここか?森の中で目立たんとはいえ、随分立派な建物だな。研究所という看板には偽りはないようだ」
指定された場所には、想像よりもはるかに立派で重厚な建物が建っていた。どこぞの秘密研究所と言われたら、信じてしまいそうな佇まいであった。
『連絡は受けている。焔の黒騎士だな、入れ』
重厚な鉄門扉が電子音と共に開かれる。防犯対策も万全らしく、隠されてはいるが、いたるところにカメラが備え付けられているのが分かる。扉の奥には、眼光鋭い初老の男と、その足にしがみついて離れない、物心がつくかつかないかくらいの少女がいた。
(えっ、待って。あの少女がヒロコ!?いや、幼すぎだろ。いやいや、原作時間軸から考えれば幼いのは当然か。というか、それでも年齢が合わない気もするが、このごちゃ混ぜ世界、覚えている通りの時間軸で事件が起きるわけでもないみたいだし、多少の前後もあるみたいだからな)
「依頼を受けてきた、焔の黒騎士だ」
そう言って軽く目礼すると、目加田博士らしき男は、わずかに目を細めた。
「噂の黒騎士も、挨拶くらいはできるらしいな。吾輩は目加田吉信、こちらは孫娘の浩子だ。御挨拶なさい、浩子」
「……」
祖父から離れず、そのままでぺこりと頭を下げる少女。なんともおしゃまで可愛らしい。そこに隠し切れない暗い色がなければの話だが。
(ああ、やっぱりヒロコじゃん!マジでメシア・プロジェクトかあ。これは大天使が出てきそうだな。なのに、逃げられないし、放っておけないのも紛うことなき事実。嫌過ぎるな)
原作ゲームでまともだった大天使であるレミエルでさえ、本性はクソだったのだ。一番マシだと思っているガブリエルも、実際のところは分かったものではない。最早、徹はメシア教の大天使には何の期待もしていなかったし、積極的に関わるのも、心底嫌だったのだ。
「依頼内容は娘の護衛だと聞いたが、正確には孫娘か」
「ああ、そうなるな。詳しい話は中でしよう。浩子、もう遅い。お前はもう寝なさい」
知らない人間に明らかに怯えていた浩子は、祖父の言葉に渡りに船とばかりに飛びついて、疾風のように去っていた。さしもの徹もその様子に微妙に傷つく。勿論、おくびにも出さないが。
「やれやれ、嫌われたものだな」
「悪く思わんでくれ。元々人見知りな子でな。特殊な育ちなことも手伝って、両親と祖父である吾輩くらいしか、人付き合いをしておらんのだ」
目加田博士はフォローするように言うが、焔の黒騎士の返答はそっけないものだった。
「いや、構わない。ただ、護衛に支障ができる可能性を危惧しただけだ」
「流石はプロフェッショナルと感心するべきか、若者の強がりと未熟を笑うべきか判断に迷うところであるな。まあ、いい。話が早いのは、こちらとしても助かる」
目加田博士は、少し愉快そうに口角を上げるが、すぐに真顔になって事の詳細を語りだすのだった。
「そもそもの話、吾輩には不肖の息子がいる。妻に先立たれてからも、不自由のないよう育ててきた、自慢の息子だった。幸い、金を稼ぐのは容易にできたからな、金銭面で不自由させたことなどなかった。しかし、吾輩は間違えた。本当に必要だったのは、息子と共に過ごすことであり、技術の何たるかを教えてやることだった。結果、息子は吾輩の背を追って科学者になったのはいいが、倫理や人として守るべき道理を、軽んじるようになってしまった」
「なるほど、よりにもよってカルト宗教に嵌ったわけか。潤沢な研究予算と被検体の融通でも餌にされたといったところだろう」
目加田博士が表の偉人である以上、メシア教のような危険な組織にかかわる利点は薄いを通り越して害悪まである。ならば、こうしてメシア教から狙われる羽目になっているのは、身内の不始末と考えるのが自然であろう。
「なるほど、伊達に敵対しているわけではないか。連中の内情をよく知っている。そうだ、あの愚息は君の言った通りのものに飛びついたよ。そこでしばらく、無尽蔵の予算で好き放題研究していたようだ。人倫も人権もすべて無視してな」
「博士が悪魔業界にかかわったのは、そういうことか?」
息子のせいかと言外にきいてくる徹に対し、目加田博士は苦々しい表情で吐き捨てるように答えた。
「メシア教に入っただけなら何も言わん。信教の自由は万人に認められているし、吾輩などは無神論者だからな。吾輩が信じぬからと言って、他者、ましてや息子にそれを押し付けるつもりもなかった。しかしだ、あろうことか、あの愚息。吾輩に研究成果だと言って、技術書を送ってきおったのだ。それを見た吾輩の衝撃が分かるか?自慢の愛息が、いつの間にかカルト教団の下で、すでに取り返しのつかないことに手を染めたのだと知ってしまったのだから」
(なるほど、つまるところ、博士の理由は贖罪か。少なくとも、今のところ依頼人まで敵として警戒する必要はなさそうだな)
この悪魔業界において、騙して悪いが……などという話はありふれている。なんだったら、悪魔会話などその極地であるし、悪魔との契約は常に騙し騙されしながら、いかに自分の願いをかなえるように動くかとなる。当然ながら、徹は目加田博士がヤバい奴である可能性も想定していた。その為、事前に結ばれた契約があくまでも秘密保持に限定されており、依頼人への加害行為まで縛るものではないことを確認済だ。
「いっそ知らなければとさえ思う。そうであれば吾輩は悪魔などというものとかかわることは生涯なかったであろうし、血みどろの抗争のど真ん中に投げ込まれることにはならなかったであろうからな。しかしな、愚息の手による被害者がすでに存在している以上、その被害者たちから目を逸らすことは、吾輩の技術者としての矜持が許さん。愚息の被害者を少しでも救おうと吾輩は悪魔業界に足を踏み入れたのだ」
「……事情は理解した。だが、それがなぜ孫娘が関係してくる?」
これまでの説明に浩子の存在が一切出てこないのが、逆に不穏である。つまるところ、今回の依頼の最大の厄ネタは、やはりあの少女に他ならないということだ。
「愚息は吾輩が知らぬところで結婚しており、あろうことか子供までこさえておった。あ奴は肉親の情をなんだと思っているんだと説教したいところだが、そこは本題ではない。問題なのは、その子が誕生した際、たまたま立ち会ったガブリエルがその子を祝福した上に、霊的素質をほめたということだ」
(はい、アウト!ガブリエルもアウトー!たとえ善意の祝福で純粋にほめたに過ぎなかったとしても、受胎告知をした大天使が誕生に立ち会って、その誕生を祝福し、才能を褒めるなんて、一般的なメシア教脳なら、聖母候補と結びつけて当然なんだよなあ)
鎧の下で、心底げんなりする徹。唯一の希望であったガブリエルもダメとくれば、最早メシア教の大天使には本気で救いがない。そして、浩子が狙われる理由が手に取るようにわかってしまうのが、また嫌だった。
「まあ、なんというか後は酷いこじつけだ。聖書の内容を多少なりとも知っているならば、ガブリエルの果たした役割を知っているな。そこから連想して、吾輩の孫を、いずれ救世主を産む『聖母候補』に祭り上げおったのだ」
「……凄まじい論理の飛躍だな」
呆れたように答える焔の黒騎士だが、最悪の予想が当たってしまったことに、内心では頭を抱えていた。
「うむ、生まれたばかりの赤子に対し、聖母もくそもなかろうに、連中の脳みそは腐っているとしか思えぬ。で、これで親である愚息夫婦が懲りればよかったのだが、あ奴らはそれすら喜んでいたのだから、本当に救えぬ。そういう意味では、因果応報なのかもしれぬな」
目加田博士はどこか悲哀を滲ませてそう言うが、その声には隠し切れぬ惜別の情が多分に含まれていた。
「しかし、喜んでいた連中が今になって逃げだしたというのも変な話だな?なぜだ、改心したのか?」
「改心か、ある意味では正しい。しかし、正確にはあ奴らは本当の意味ではメシア教徒ではなく、メシア教を理解していたわけではないということであろうな。
まあ、当然だが、この聖母候補を使って、カルト共が望む救世主を人工的に誕生させるこの狂気じみた計画は、教団内部でも賛否両論でな。当初は優先順位の低い計画でしかなかった」
目加田博士がそこまで語ったことで、徹は凄まじいまでの悪寒を感じた。これ以上聞いてはいけないと本能が叫んでいる。しかし、今更逃げられるはずもない。
「計画の優先順位が上がったということか?」
「うむ、カルト共はどうやら大きな失敗をしたらしい。大学時代の友人から聞いたが、東京でなにやらやらかすつもりだったようだが、それが失敗し、結果として日本での立場を失くしたらしい。そこで、急遽サブのサブ、そのまたサブくらいのプランであった計画が陽の目を見ることになったようだ」
徹は愕然とした。まさか、東京封鎖を阻止したことが、こんな展開になろうとは夢にも思わなかったのだから無理もない。封鎖の阻止自体は後悔していない彼からしたら、青天の霹靂もいいところである。こんなのどうやって予想しろというのか。徹は全知全能ではないのだから。
「しかし、計画が実行されるにしてもおかしいだろうが。あの娘はまだ三歳くらいだろう?子供など到底望めまい」
「カルト共の悍ましさはそこよ。連中はあの子の成長を無理やり早めて、『無垢なる聖母』として子を産むだけの機械にするつもりだったらしい。本当に反吐が出る」
目加田博士が忌々しげに吐き捨てるのも無理はない。それくらい悍ましく浩子のことを何も考えていない計画であるのだから。
「なるほど、実際に処置が施される段階になって、共に過ごして情が移ったのもあろうが、それが娘の幸せにならないとようやく気付いたのだな?」
「恐らくそんなところだろう。あ奴らは最後の最期でようやく親としての責任を果たしたのだ。カルト共の手から浩子を奪還し、吾輩に託して、自分達は囮となって果てた」
目加田博士に、息子を賛美するようなものは微塵も見えなかった。それどころか、最後の最後でようやく親としての責任を果たしたことに、わずかな安堵を覚えているかのようだった。
「確かに、今更ではあるか」
「そう今更だ。どれだけの人間の人生を台無しにしておいて、我が子だけは救いたいなどとは片腹痛い。あ奴らは自業自得の末路を迎えたに過ぎん。だが、浩子は別だ。生まれは選べぬし、親もそうだ。あの子には何の罪もない」
(筋が通っているし本物の善人だな。なにげに悪魔業界に入ったのもそんなに古くないのに、仲介所に頼りにされるくらいの技術力をもっているというのも凄い。何より、この人好きだな……。)
罪は罪、だからと言って親の罪が子にまで波及するようなことがあってはならない。どこかの誰かさんに、爪の垢を煎じて飲ませてやりたくなるほどだ。
「それでも吾輩は愚息の実父であり、あの子の祖父だ。愚息の被害者からすれば、むしのいいことを言っておるのは百も承知だ。だから、吾輩を守れとは言わん。浩子の、孫の未来を守ってほしい」
「承知した。その依頼、焔の黒騎士が確かに受託した」
目加田博士を擁護する言葉はいくらでも言えた。だが、今それをここで出すのはあまりに無粋。男の、親の覚悟に水を差す行為だと徹は思ったのだ。だからこそ、余計なことは何も言わず、依頼の正式な受託だけを伝えたのだった。
「恩に着る、焔の黒騎士殿。君の行く道によき未来があることを祈る。よろしく頼む」
そう言って、目加田博士は不器用にほほ笑むのだった。