補習授業部のメンバーが無事に集まり、僕らは簡単な自己紹介と補習授業部についての説明を聞いた。
だいたい想像はついていたが、最初の集まりでは良好な関係とはとても言えないような空気感だった。
浦和さんと下江さんに至っては、知り合いが一人もいない状態だ。打ち解けるのに時間がかかるのは仕方がないことだろう。
この日を境に、補習授業部は毎日放課後に教室へ集まり、特別な授業を受けることになった。
ーー
ある日の自習時間、僕はいつも通り補習授業部の教室を訪れる。
「こんにちは」
「あら、憂太さん。こんにちは」
「憂太か、今日の訓練も順調だぞ」
浦和さんはアズサさんによく勉強を教えてくれていて、最初の頃は僕に勉強を聞いてきたアズサさんも、最近では浦和さんに聞くようになった。
「……」
下江さんは、最初と比べれば少しは心を開いてくれたかと思えば、相変わらず最低限の関わりしかなく、あまり会話をしてくれない。
「あ、憂太くん。今日も頑張りましょう」
教室を見渡していると、僕の後からヒフミさんが現れた。
「なんだか補習授業部も、いい雰囲気になってきましたね」
「そうですね。これならもしかして、余裕で合格できてしまうかもしれません……!」
「なんだかフラグに聞こえてきますが……」
「実は、一次試験で不合格者が出てしまったら、合宿をするようにとティーパーティーから言われてまして……。それに、もし三次試験まで落ちてしまったら……い、いえ! 心配は杞憂で終わりそうですし、暗い話はこの辺りにしておきましょう!」
そう言ってヒフミさんは話を切り上げた。
「はい。とにかく試験を無事に終えられるように頑張りましょう」
僕らは日が落ち始めるまで勉強を続け、明日の試験に備えた。
ーー
今日は第一次特別学力試験の当日。
『みんな、落ち着いて頑張ってね』
試験が始まる前、緊張を和らげるように先生がそう声をかける。
「え、エリートの力を見せてやるんだから!」
「あ、あはは……頑張ります」
「ふふっ、はい」
「準備は完璧」
不安の残る台詞もあるが、良くも悪くも皆いつも通りだ。
答案用紙が配られ、テスト開始の合図が伝えられた。
肝心の問題はというと、とても簡単だった。
第一に、僕が一年生の問題を解いているからというのもあるが、ほぼ全ての問題が基礎問題で、これまで勉強してきた時間を無駄に感じるほどのレベルだった。
(やっぱり僕、補習授業部にいる意味ありませんよね?)
そうして何の問題もなく試験が終了し、僕らは翌日の試験結果を待った。
ーー
『試験の結果が届いたよ』
先生が補習授業部の面々にそう告げた。
「えっと、100点満点で60点以上でしたら合格だそうです! 高得点は取れなくても、とりあえずそのラインだけ超えられれば大丈夫です」
ヒフミさんが合格の基準について説明してくれた。
ヒフミさんが話し終えると、先生が結果発表を始めた。
結果をまとめると、こうだ。
ヒフミさん:72点
アズサさん:32点
下江さん:11点
浦和さん:2点
当然とでも言うかのように、補習授業部は一次試験の突破に失敗した。
「ヒフミさん、気を確かに……!」
「あ、あはは……」
ヒフミさんは普通にいい点を取っていた。
アズサさんは、まあ、勉強した内容がまだ定着していなかったのかもしれない。
下江さんは、薄々できない気はしていた。
浦和さんは……本当に何があったのか。
ちなみに僕は、この中では高得点な80点だった。
「……その、上手くいかないこともありますよね?」
ヒフミさんを心配して声をかけてみたが、僕の声は届いていないようだ。
「あうぅ……」
ヒフミさんはこの現状に耐えかねたのか、その場に倒れてしまった。
ーー
第一次試験の結果を受け、今日から僕ら補習授業部の勉強合宿が始まった。
「思っていたよりも、ずっと良さそうなところですね」
僕はそう呟いた。
「広いですし、きちんとしてますし、可愛いベッドもあって何よりです。これならみんなで寝られそうですね、裸で♡」
「ダメ! エッチなのは禁止! 死刑!!」
この二人の掛け合いにも、だいぶ慣れてきた。
ヒフミさんの方に目をやると、何かを探すように辺りを見回していた。
「あれ? アズサちゃんは……?」
「さっきまで一緒にいた気がしますが……」
「偵察完了だ」
僕らがそんな会話をしていると、ちょうどアズサさんが現れた。
「て、偵察……?」
「トリニティの本校からはかなり離れているし、流石に狙撃の危険はなさそう。外への入口が二つだけというところも気に入った」
「アズサさんは相変わらずですね」
相変わらずスパイ任務でもしているかのような言動を見て、僕は苦笑いした。
彼女は何故あんなにも徹底しているのだろう。
モモイさんたちが日常をゲームのように楽しんでいるのとは、また違う感じがする。
使命感……のようなものが、彼女からは感じられるのだ。
まあ、ハナコさんも変わった人だし、これもアズサさんの個性なのかもしれない。
僕はなんとなく感じた違和感を、そう結論付けた。
考えるのをやめ、視線を前に戻すとヒフミさんと目が合った。
皆、この空間に慣れてきた頃合いなのだろう。
「では皆さん、早速ですが荷物を置いて勉強を……」
「あら、でもその前にやることがありませんか?」
「やること、ですか?」
「お掃除、ですよ♡」
そう言い出したのがハナコさんだったことに、僕はなんとなく意外に思ってしまった。
まあ、言い方だけを考えれば、別におかしなことではないのかもしれない。
ーー
そんなこんなで、僕たちがここに来て最初にすることは掃除に決まった。
みんなでそれぞれの掃除場所を分担することになり、僕は体育館とその周辺を任された。
「用具は所々埃を被ったりしてるけど、設備のほとんどは手入れさえすれば問題なさそうかな」
僕は倉庫に残されていたものを一通り外に出し、埃を拭き取っていく。
その後は体育館の中も隅々まで丁寧に掃除した。
一段落ついて外を覗いてみると、他のみんなはまだ掃除を続けていた。
僕も何かやることはないかと考え、校舎へ戻る。
寝室に戻ると、そこでは浦和さんが掃除をしていた。
「浦和さん、僕の持ち場は終わったので手伝いましょうか?」
「あら、憂太さん。ここは私に任せていただいて大丈夫ですよ」
浦和さんはそう言うと、「そうですねぇ……」と少し考え込んだ後、僕の方を見る。
「そういえば、屋外にプールがあった気がします。そこをお願いしてもいいですか?」
「プールですか? 試験には関係なかった気がしますが……」
「せっかくですし、全部綺麗にした方が気持ちがいいじゃないですか」
確かに、一箇所だけそのままというのもあまり気分が良くない。
僕はそれを了承し、屋外へ向かった。
そして、かつてここで青春を過ごした生徒もいたのだろうか、と想像しながら掃除に取り掛かった。
ーー
掃除を始めて少しした頃、ヒフミさんから一通り掃除を終えたという連絡が来た。
入れ違いになってしまったと思いながらも、みんなに手伝ってもらうのは申し訳ない。
僕は先に休憩を取ってもらうことにした。
僕は日頃から常に呪力を纏う練習をしているため、ある程度の身体強化なら、意識せずとも行えるようになった。
これで、一部の例外を除けばキヴォトスの生徒と同等の身体能力を発揮できるようになっている。
「……っ!」
気配。
途端に僕は、何者かが近づいてくるのを感じ取って身構えた。
警戒しながら辺りを見回していると、突然、後ろから肩をトントンと叩かれた。
慌てて振り向く。
そこに立っていたのは、聖園先輩だった。
「やっほ! 憂太くん☆」
「聖園先輩? 驚かせないでくださいよ」
僕がそう告げると、聖園先輩は「ごめんごめん」と無邪気に微笑んだ。
「今日は何か用があって来たんですよね。先生なら呼んで来ましょうか?」
「うーん……今日は憂太くんだけで大丈夫かな」
「僕ですか?」
「うん。エデン条約については、どこまで知ってる?」
「えっと……確か、トリニティとゲヘナの間を結ぶ平和条約だったと思います」
「だいたいそんな感じで大丈夫だよ!」
そこで聖園先輩は少し間を置く。
「それで……単刀直入に聞くね? エデン条約についてどう思う? 賛成? 反対?」
急に空気が変わった。
先程までの無邪気な雰囲気から一転、何か重要な決断を迫られているような、そんな空気だった。
「……僕は、賛成です」
一瞬、僕の答えを聞いた聖園先輩の表情が固まった。
「理由を聞いてもいいかな?」
「僕はトリニティとゲヘナの両方に助けられています。確かにトリニティの方が知り合いや友達も多いですが、それだけでゲヘナと対立する理由にはならないと思います」
僕は一度言葉を区切る。
「それに、学園同士でいがみ合わずに仲良くできたらいいなぁって思って……」
自分の本音を隠さず、すべて伝えた。
聖園先輩は何も言わず、僕の話を聞いていた。
「そっか☆ 残念だなぁ……」
そう呟く聖園先輩の声色は、とても落ち着いていた。
選択を間違えた?
それほどまでに、ゲヘナは憎い相手なのだろうか。
今は掃除中で銃も持っていない。丸腰の状態だ。
一先ず、聖園先輩との会話を穏便に済ませる必要がある。
「聖園先輩。そろそろみんなのところに戻らないといけないので……」
そう言いながら入口へ向かって歩き出す。
「待って!!」
プールを後にしようとした僕は、聖園先輩に呼び止められた。
「もう一つ聞くよ。憂太くんは誰の味方?」
その質問に、僕は固まった。
どう答えるのが正解なのか。
それとも、答えずに立ち去るべきなのか。
すぐには答えが出なかった。
「僕は……僕を信じてくれる人の味方です」
「……あはは。そうだよね。憂太くんなら、そう言うよね」
その言葉を聞いて、ようやく僕は肩の力を抜いた。
一つの会話で、ここまで緊張したことがあっただろうか。
「それじゃあ、失礼しますね」
僕は聖園先輩に背を向ける。
――おかしい。
前に進んでいるはずなのに、視界が段々と低くなっていく。
「ごめんね、憂太くん」
聖園先輩……?
声が出ない。
何が起きているのか理解できないまま、僕はその場に倒れ込んだ。
「……どうして……?」
ぼやける視界の中で、必死に状況を理解しようとする。
油断していた。
呪力を身体に巡らせ、少しでも身体への負担を抑えようとする。
しかし、思うように身体が動かない。
そのまま僕の身体は、何者かによって運ばれていった。
遠ざかっていく校舎を見ながら、頭の中に疑問が浮かんでは消えていく。
なんでこんなことに。
なんで僕が。
どうして――。
意識が遠のいていく中で、僕の脳裏に浮かんだのは里香のこと。
先生のこと。
ここで仲良くなったみんなのこと。
そして、これまで何度も味わってきた理不尽への怒りと憎しみ
それらが次々と頭の中を駆け巡る。
なんだか痛みが消えていった気がする。死が近づくと痛感も機能しなくなるものなのか……
ーー
「……ここは?」
「久しぶり、といったところかな。乙骨憂太」
「……百合園先輩?」