親が再婚した俺に課せられたのは、義妹と生き別れた実兄の代わりになることだった   作:古野ジョン

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第13話 二人きりの夜

「……はっ!」

 

 奏に勉強を教えたあと、気が付いた時には机に突っ伏して眠っていた。外を見るとすっかり暗くなっており、奏も宿題を終えて雑誌を読んでいるようだった。結構寝てしまったようだな。

 

「ん」

 

 どこかから電話の音が鳴る。俺のスマホじゃないな。きょろきょろと周囲を見回してみると、奏が部屋の隅に向かって歩きだし、古そうな電話の受話器をとっていた。どうやら内線電話があるらしい。

 

「もしもし……あ、安藤さん? ごはんね、はーい」

「晩ごはん?」

「うん。もう出来たって」

 

 奏は受話器を置いて立ち上がった。俺も同様に立とうとしたのだが、背中に柔らかい感触があることに気が付く。……あれ、毛布なんてかけた記憶はないのだけど。もしかして奏かな。

 

「これ、かけてくれたの――」

 

 そう問おうとしたのだが、既に奏は部屋を出て行ってしまっていた。拒絶されたり、優しくされたり。どうにも奏の気持ちを把握しきれない。まあ、まだ二日目だしな。俺はそっと毛布を畳んでから、母屋に向かって歩き出したのだった。

 

***

 

「いただきまーす」

「いただきます」

 

 奏と一緒に食前の挨拶をして、箸を手にとった。昨日とは打って変わって、広い和室に俺たち二人だけ。父親はまだ仕事が終わらないらしく、母さんも夜勤に出ているため、二人とも家にいないというわけだ。

 

「……」

「……」

 

 俺たちは無言で食べ続ける。夕食は安藤さんたちお手伝いさんが用意してくれたものだ。俺の目の前には一汁三菜の揃ったバランスの良い食事。

 

 今までは自分で晩飯を作ることもしばしばだったが、この家に来たことによってその必要がなくなった。もちろん楽ではあるのだが、若干寂しい気持ちもある。

 

 安藤さんたちが俺たちと一緒に食事をすることはない。だから、きっと奏は小さいころからずっと一人でご飯を食べてきたのだろう。こんな広い和室で、ぽつんと座って。……一人ぼっちで飯を食ってきたのは、俺も同じか。

 

「なあ、奏」

「なに?」

「明日も部活?」

「うん。はるくんも?」

「ああ」

「そっか」

 

 業務連絡のような、なんとも味気ない会話。安藤さんたちが食器を運ぶ音だけがカチャカチャと響き渡る。何か話題はないかな。そうだ、さっきの毛布についてお礼を言わないと。

 

「さっきさ、毛布かけてくれたでしょ?」

「えっ?」

「ありがとね、風邪ひいちゃうところだったよ」

「……別に、勉強教えてくれたから」

 

 奏は恥ずかしそうにそっぽを向いた。その口元にはご飯粒がついている。こう見えて子どもっぽいところもあるんだよな。

 

 今日は父親も遅いんだろうし、奏と二人きりか。だから何があるというわけでもないけど、少し緊張してしまう。妹と言っても年下の女の子だからな。

 

 後輩たちは「狙わないんすか」などと勝手なことを言っていたが、俺はあくまで父親から奏の「兄」を託された立場。一人の少女……ではなく、妹として奏のことを見なければならないのだ。

 

「ごちそうさま」

「食べるの早いな」

「そう?」

 

 早食いは健康に悪いぞ――と言いかけたところで、やめた。また「兄貴面」などと思われても仕方ないしな。奏は食器を整理して、ゆっくりと立ち上がる。

 

「ちょっとコンビニ行ってくる」

「え、こんな時間に?」

「こんな時間って……まだ七時じゃん」

「一人だと危ないぞ」

「えー? 別に、いっつも一人だし」

 

 不満そうな表情を浮かべる奏。しまった、また兄貴みたいなことを言ってしまった。いや、兄貴ではあるんだけどそうじゃなくて。どっちみち、こんな夜に一人で歩かせるわけにはいかない。

 

「いいよ、ついていってあげるから。食べ終わるまで待ってて」

「えっ……いいよいいよ、悪いから」

「遠慮しないで、すぐ食べる」

 

 奏は申し訳なさそうに戸惑っていたが、俺は急いで夕飯を平らげてしまった。

 

「ふー、ごちそうさま。じゃあ、行こうか」

「えっ、もう? ちょっと休んだら?」

「奏を待たせるのは申し訳ないからさ、気にしないで」

「別に、一人で行くってば!」

 

 俺を置いて行くようにして、つかつかと玄関の方に歩き出す奏。慌ててその後を追いかける。もしかして鬱陶しく思われてしまったかな。ただでさえ今日は襖を開けて過ごさなければならないんだ。一人になる時間が欲しかったのかもしれない。

 

 しかし、俺としても奏一人で夜道を歩かせるのは忍びない。なんとなく嫌な気持ちがするのだ。……昔の記憶が、俺にそう思わせているのかもしれないな。

 

「もー、ついてこなくていいのに」

「いいからいいから」

 

 俺たちが玄関で靴を履き替えている間も、奏はずっとぶつぶつと文句を呟いていた。たしかに、近くのコンビニまではたったの五分。まだ日が沈んだばかりだし、さほど暗くもない。だけど心配なものは心配なんだ。

 

「ねえ、はるくん」

「なに?」

「……なんでさ、そこまでしてくれるの?」

 

 玄関の戸を開ける間際、奏が静かにそう言った。「お兄ちゃん」だからなどと言おうものならまた怒られてしまうだろう。そうだなあ、どうして俺はここまで奏に世話を焼いているのか。考える間もなく、ふっと口から言葉が出た。

 

「『家族』だからだよ。それだけだ」

「……私、『家族』なんだ」

 

 悲しそうな声色で呟いてから、奏はそっと戸を開けたのだった。

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