親が再婚した俺に課せられたのは、義妹と生き別れた実兄の代わりになることだった   作:古野ジョン

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第6話 朝のルーティン

 引っ越し翌日。きちんと朝六時に起床した俺は、隣室の奏を起こさないようにそっと障子を開け、縁側に出る。そして用意しておいた運動靴を履き、庭に出てから思い切り伸びをした。

 

「ふわ~あ……」

 

 まだ早朝とは言え、季節は夏真っ盛り。既に気温は高くなっており、蝉の鳴き声も聞こえてくる。ウォーミングアップが必要なのか怪しいほど体も温まっているが、俺はいつも通りに準備運動を始めた。

 

 これはずっと前から早朝に行っている習慣だ。中学の頃にサッカー部に入ってから、ずっと近所の公園でトレーニングを行っていた。といっても一人なので、ボールは使わずに体力づくりをメインとしている。

 

 俺は他の部員たちと違って、クラブチームに通ったり放課後遅くまで練習出来たりするわけではなかった。金銭的な負担をかけたくなかったし、何より仕事で忙しい母さんの家事を手伝いたかったのだ。

 

 しかし、皆にサッカーの実力で置いて行かれたくなかったので、こうして早朝に練習するようになった。積極的な理由で始めたわけではなかったが、早起きの習慣もついたことなので良かったのだろう。

 

 入念に体をほぐした後、縁側に置いておいた縄跳びを持つ。いつから使っているのか分からないくらいの古い物だが、基礎的なトレーニングをする分には問題ない。単純な運動だが、全身を動かすにはうってつけだ。

 

「はっ、はっ……」

 

 リズミカルに縄を回しながら、ひたすら跳び続ける。地味な練習でも、必ずサッカーに活きてくると信じて、ずっと努力を続けてきた。うちの高校は強豪校でないから、既に三年の先輩たちは引退している。だから俺たち二年が引っ張らなければという自覚もあった。

 

 縄が風を切り、地面を打つ音が耳に入ってくる。慣れ親しんだ響きだ。早朝のトレーニングを始めた当初はとても辛く、何度やめようと思ったことか分からない。だが今は、この習慣を心地よいとまで思っている自分がいた。

 

「ん」

 

 その時、カラカラと障子の開く音がした。手を止めてその方向を見やると、そこにいたのは眠そうに目をこするパジャマ姿の奏。もしかして起こしてしまったかな?

 

「おはよう、奏さん。うるさかったかな?」

「ううん、別に……。アンタ、朝から何してるの?」

「見ての通り、縄跳びだよ。朝のルーティンなんだ」

「ふーん、そう……」

 

 気だるげな返事をしたかと思えば、奏はすぐに部屋の中へと戻っていってしまった。やっぱり寝ているところを邪魔しちゃったのかな。明日からは気をつけないと。

 

 少し静かめに縄を回し、再び跳び始める。息が切れてきたけど、ここからが本番。辛くなってきてからが身になるって言うからな。俺は気合いを入れ直し、さらに頑張って跳び続けていると――また障子の開く音がした。

 

「あれ?」

「アンタ見てたら私もやりたくなっちゃった。気にしないで」

「あ、ああ……」

 

 縁側に立つのは、ジャージ姿にグローブを持った奏。どうやら俺に感化され、体を動かしたくなったらしい。自分の行動を「妹」に認めてもらったみたいで、心のどこかで安堵した。

 

 奏は縁側から庭に降りると、柔軟体操を始めた。横目でその様子を見ていたが、結構体は柔らかいらしい。普段から熱心にストレッチをしている証拠だろう。ソフトボールのことはあまり分からないが、スポーツに打ち込む妹が出来たというのは嬉しい限りだ。

 

「ねえアンタ、ちょっと向こうに寄ってくれない?」

「いいけど、どうしたの?」

「いいからいいから」

 

 言われた通り、少し庭の端の方に移動する。不思議に思いながら縄跳びを続けていると、奏は離れの陰から防球ネットをずりずりと引きずってきた。

 

「ちょっ、手伝うよ」

「いいよいいよ、いつものことだから」

 

 慌てて手を貸そうとしたが、奏は気にするなと言わんばかりに手を横に振った。そうして再び離れの陰に入ったかと思えば、今度はたくさんのボールが入ったかごとティーを持ってくる。思わず縄を回すのをやめ、その光景を眺めてしまった。

 

「すごいな、家にこんなのがあるなんて……」

「そう?」

「さすがお金持ちっていうか……」

「なんでもかんでもお金持ちって言わないで。お父さんが作ってくれたの」

「えっ?」

 

 よく見ると、ネットにはテープか何かで補強した痕がたくさんある。ところどころ歪な箇所もあるし、たしかに市販品ではなさそうだ。

 

「私が怪我しないようにって、いろいろ調べて自分で作ってくれたみたい。変なところで真面目だよね」

 

 奏は愛おしそうにネットを撫でた。意外だ。てっきり何でもお手伝いさんに任せているのかと思っていたが、自分の家族には熱心というわけか。……それなのに、どうして前の妻と離婚してしまったのだろうか?

 

 奏はバットを持ってティーバッティングを開始した。力の抜けた良いスイングで、快音を次々に響かせている。俺も負けじと次のメニューであるラダートレーニングに移っていた。

 

 夏の朝、妹と二人で黙々と運動する。今までの人生では起こり得なかった出来事だな。別に二人でトレーニングしたから何が変わるというわけでもないが、それでも心が前向きになった気がしていた。

 

***

 

「はあー……」

 

 一通りのメニューを終え、縁側に腰かけて休んでいた。奏はずっと打ち続けていたが、もう間もなくかごに入ったボールを消化しきるようだ。これから毎朝こんな調子だろうか。清々しく晴れ渡った青空を仰ぎながら、夏の風に身を任せていた。

 

「ねえー!」

「えっ?」

 

 その数分後、声を掛けられた。庭の方を見やると、奏はグローブを二つ手にしている。どうしたのだろう?

 

「アンタ、野球くらいやったことあるでしょー?」

「小学生の頃にな」

「だったらこっち来てよー!」

 

 奏に言われるまま、立ち上がって庭の方に歩み出した。何をするのかと思えば、奏は持っていたグローブのうちの片方を放り投げてきて――俺は慌ててそれを受け取った。

 

「うわっ!?」

「ナイスキャーッチ!」

「なんだよ急に!?」

 

 不思議に思っていると、奏はニッとほほ笑み――いたずらっぽく口を開いた。

 

「キャッチボール、付き合ってよ!」

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