「救いは一歩踏み出すことだ。さらにもう一歩。そして、たえずその同じ一歩を繰り返すことだ」── サン=テグジュペリ 『人間の大地』
人は、自らの進む道を歩む。
偶然に導かれるのではなく、自らの意思で道を歩む。
桜花賞のスターリープライドを見たとき、私はそれを理解した。
──私は、どこに向かうのか?
その答えを探しながら、私はレースに臨んでいた。
1勝クラス 芝1800m。
春の柔らかな風が、芝の上を優しく撫でる。
レース前のパドック、私は自分の中の疑問と向き合っていた。
スターリープライドが見せた領域、
彼女の走りは、ただの末脚勝負ではなかった。
まるで、何かを纏うような走り。
“何か”を見据え、“何か”を信じ、その結果として爆発的な速さを生んでいた。
私は、あそこに至れるのか?
──まだ、わからない。
だが、今の私はそれを求めることしかできない。
「大丈夫ですか?」
声をかけられ、私は顔を上げた。
杉本トレーナーが、静かにこちらを見ている。
「……はい。」
「今日のレース、どう考えていますか?」
私は、少し考えてから答えた。
「オークスの前座……ですね。」
「そうですね。」
杉本トレーナーは微笑んだ。
「ですが、前座であることと、あなたにとって重要なレースであることは、別の話です。」
「……ええ。」
私は頷く。
「今は、求めるものを探したいです。」
杉本トレーナーは、静かに頷いた。
「では、行きましょう。」
ゲート裏で、最後の深呼吸をする。
レースプランは決まっている。
先行して、差す。
桜花賞で見たものと、自分が目指すものを照らし合わせながら──。
ゲートが開く。
反射的に飛び出すと、私は一気に好位を確保した。
外のウマ娘たちもスピードを上げるが、私は冷静に流れを読む。
道中は3番手。
風の感触を感じながら、ペースを整える。
焦ることはない。
──ここからだ。
最終直線。
スパートを開始する瞬間、視界の端に”それ”が見えた。
──剣闘士。
左右に並ぶ彼らは、短めの剣を携え、長方形の盾を構えていた。
足並みを揃え、一糸乱れぬ動きで進む戦士たち。
私は、一瞬だけ意識を取られる。
──彼らは、何者だ?
古代ローマの戦士たちは、戦場でこうして陣形を組み、敵を圧倒したという。
では、私は何と戦っているのか?
何を求めて、この戦士たちは現れたのか?
答えを見つける間もなく、私はゴールを駆け抜けた。
勝った。
だが、私の心は別の何かに囚われていた。
あれは──何だったのか?
「お疲れ様でした。」
杉本トレーナーが迎えに来る。
私は、静かに息を整えながら問うた。
「……私の中に、何かが生まれつつある気がします。」
「ほう。」
杉本トレーナーは微笑んだ。
「それが何か、わかりましたか?」
「……まだ、わかりません。」
「ならば、しばらく考えてみるといいでしょう。」
私は、剣闘士の幻影を思い出す。
そして、その口元に、わずかな笑みが浮かんだ気がした。