「人生における最大の栄光は、決して転ばないことにあるのではない。何度転んでも起き上がることにあるのだ 」──ネルソン・マンデラ
この1年半、私はただ走り続けてきた。
勝ち、負け、学び、模索し、前へ進んだ。
その先に何があるのかはわからない。
ただ、今日という日が、私の歩みのひとつの答えになる。
秋華賞当日。
澄み渡る秋空。わずかに色づき始めた紅葉が、ゆるやかな風に揺れ、陽光を浴びて輝いていた。
私は、パドックを歩いていた。
圧倒的一番人気は、スターリープライド。
トリプルティアラの最終戦。
このレースに勝てば、桜花賞・オークスと並んで三冠ウマ娘の称号を手にする。
しかし、彼女の走りを見続けてきた私にはわかる。
スターリープライドは、本調子ではない。
右脚。
彼女の歩き方は、どこか不自然だった。
完全に庇っているわけではないが、意識的に負担を軽くしようとしているのが見て取れた。
それでも、彼女は凛々しい表情を崩さない。
「……やはり、脚の影響はあるようですね。」
隣で杉本トレーナーが小さく呟く。
「でも、そんなそぶりは見せてない。」
「ええ。」
スターリープライドは、毅然としていた。
まるで何事もないかのように、堂々とパドックを歩いていた。
たとえ本調子でなくても。
たとえ、その影響がレースに出るとしても。
私は、彼女との差をどこまで縮められたのか?
それを、今日確かめる。
レース直前。ゲート裏に立つ。
静寂の中、ウマ娘たちが整列し、ゲートへと向かう。
私の胸の内にあるのは、恐怖ではない。
ただ、純粋な問い。
──ここまで来た。
この1年半のすべてが、今日の結果に現れる。
スタート!
私は、飛び出した。
──が、すぐに理解した。
これまでとは、レースのレベルが違う。
前に出ようとするが、周囲のウマ娘たちの出足が速すぎる。
一歩、二歩と遅れを取り、気づけば先行集団に取り付くことすらできなかった。
私は、差しの集団に埋もれた。
──先行して、差す。
それが、私の勝ちパターンだった。
だが、このレースではそれを許されなかった。
このレベルでは、先行の位置すら簡単に取れない。
ならば、どうする?
「……っ」
私は、前との差を冷静に測る。
無理に前へ行くのは、愚策。
ならば、差しの走りで勝負するしかない。
後ろから足音が聞こえる。
振り返らずともわかる。
──スターリープライドだ。
不気味に息を潜めて後ろにいる。
彼女の足音は、規則正しく、静かだった。
本調子でないのは明らか。
だが、それでも彼女は、この位置で走っている。
「……行くしかない!」
私は、静かに足を溜めた。
第4コーナー。
勝負の時間。
私は、剣闘士たちを幻視する。
短めの剣、長方形の盾。
戦場に立ち、規則正しく並ぶローマ戦士たち。
彼らは、静かに私を見ていた。
「……」
彼らの正体を測りかねるまま、私は直線へと入る。
前へ。
一歩、また一歩と加速する。
私は、剣闘士を従えながら、じわりじわりと前へ出る。
「……!」
手応えは悪くない。
このまま、一気に抜けるか──?
だが、その瞬間。
背後から、圧を感じた。
──スターリープライド。
彼女が、来る。
明らかに本調子ではない。
右脚を庇う走り。
そして──彼女の領域であるキツネは、今日はいない。
だが、それでも──
「……っ!」
スターリープライドは、私と剣闘士を置き去りにした。
ゴール。
スターリープライド、3着。
そこから、0.5秒遅れてのゴール。
この0.5秒が、私との差だった。
ゴール後、息を整えながら、私はただ空を見上げた。
──縮められなかった。
脚を庇い、本調子でないスターリープライド。
彼女は、万全の状態ではなかった。
それなのに。
私は、彼女に追いつけなかった。
「……」
静かに拳を握る。
まだ、足りない。
私は、まだそこに至れていない。