その脚が砕けるまで   作:えすてる結合

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手を届かせるために

「すべては去り、すべては戻ってくる。存在の車輪は永遠に回転する」──フリードリヒ・ニーチェ

 

 時の流れは、何もかもを飲み込みながら進んでいく。

 だが、すべてが消えてなくなるわけではない。一度失われたものも、また別の形で戻ってくる。

 

 この一年、私は走り続けた。

 勝ち、負け、学び、模索し、そしてなお手を伸ばし続ける。

 

 あと半年。

 それだけで、本当に足りるのだろうか。

 

 年末。

 

 冷たい風が頬を撫でる。

 冬の訪れを感じながら、私は寮の屋上で景色を眺めていた。

 

 隣には、エレガンジェネラル。年の瀬の条件戦を勝ち上がり、オープンクラスへと駆け上がっている。

 だが、手放しに喜ぶことはできない。

 

「……あの時のこと、覚えてる?」

 

 エレガンジェネラルが、ぽつりと呟く。

 

「オークス?」

「……そう」

 

 彼女は、遠い目をしていた。

 

「スターリープライドの領域、 La petite princesse(星の王女さま)。私、あの時、全く歯が立たなかった」

 

 それは、私もよく知っている光景だった。

 2400mという距離。

 スターリープライドよりも後方でレースを進めたエレガンジェネラルが、直線で仕掛ける──はずだった。

 だが、彼女はむしろ、引き離された。

 “領域”という言葉の意味を、嫌というほど見せつけられたオークス。

 

「私、まだあそこにたどり着けてないんだ」

 

「……私も」

 

 私は、秋華賞を思い出す。

 スターリープライドは、本調子ではなかった。

 右脚を庇い、彼女の領域を象徴するキツネすら現れなかった。

 

 それなのに。

 私は、彼女に届かなかった。

 彼女の地力に、ただねじ伏せられた。

 

「……あと半年で、本当に追いつけると思う?」

 

 エレガンジェネラルの問いに、私は答えられなかった。

 今から半年。

 スターリープライドは、この冬を越え、再び本調子に戻るだろう。

 そんな彼女に、私たちは追いつけるのか?

 

「半年じゃ……足りないかもしれない」

 

 私がそう呟くと、エレガンジェネラルは少しの間、黙っていた。

 

 そして、ゆっくりと口を開いた。

 

「なら、半年よりもっと先……」

 

 私は、彼女の言葉を聞いて、ふっと微笑んだ。

 

「エリザベス女王杯」

 

 私たちは同時に言った。

 

「そこが、目標」

 

 エリザベス女王杯。

 

 オークスより少し短く、秋華賞より少し永井2200m。だが、オークスや秋華賞とは異なり、クラシック級、シニア級がぶつかる一戦。

 三冠レースとは違う、真の”女王”を決める舞台。

 

「きっと、スターリープライドもそこを目指す」

「……ええ」

「だから……それまでに、追いつこう」

 

 エレガンジェネラルが、真剣な眼差しで私を見つめる。

 

「どんな道でも、どんな手を使ってでも」

「……ええ」

「例え──」

 

 彼女の言葉に、私は静かに続けた。

 

 例え、脚が砕けようと。

 

 そうしなければ、彼女には届かない。

 それほどの覚悟がなければ、この半年間の意味がない。

 私たちは、ただ彼女を追いかける。

 

 その先に、何が待っているのかを知らずに。

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