その脚が砕けるまで   作:えすてる結合

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矢の嵐の中で

「勇気とは恐怖心の欠落ではなく、それに打ち勝つところにあるのだ」──ネルソン・マンデラ

 

 恐怖は誰にでもある。

 それを乗り越えた者だけが、次の領域に至れる。

 私が今日のレースで確かめたかったのは、この走りが、本当に彼女へと繋がるのかどうか。

 

 3月。中山ウマ娘ステークス。

 

 風がまだ冷たい。

 春はすぐそこまで来ているはずなのに、

冬の残り香が、僅かに肌に張り付いていた。

 

 パドックで、私は静かに呼吸を整える。

 

「このレース、あなた以外はヴィクトリアマイルを見据えて走るウマ娘ばかりですね。」

 

 杉本トレーナーの言葉に、私は頷いた。

 

「ええ。皆、スターリープライドを倒すために準備しているのでしょう。」

「では、あなたの目的は?」

 

 私は少し考えてから、答えた。

 

「……彼女がいる世界に、私の走りが通じるのか。それを確かめるためです。」

「なるほど。」

 

 杉本トレーナーは、満足げに頷く。

 

「では、行ってらっしゃい。」

 

 ゲートイン。呼吸を整え、深く息を吸う。

 もう、私は出負けしたりしない。

 

 スタート。

 私は、すぐに先行集団へ取り付いた。

何の迷いもなく、スムーズに加速する。

前へ出ようと争うウマ娘たちの中に、私もいた。

 

 だが、焦ることはない。

 ペースを読み、差す準備を整える。

 今の私は、この走りを手に入れた。

 先行集団の中程で、落ち着いてレースを進める。

 

 最終直線。

 また、剣闘士たちが現れた。

 視界の端で、彼らは静かに並ぶ。

 

 短めの剣、長方形の盾。戦場に立ち、動じることなく隊列を組むローマ戦士たち。

 

「……」

 

 私は、彼らの意味を考える余裕すらなく、加速する。

 そして、私は先頭に立った。

 だが、次の瞬間。

 

 空が暗くなった。

 

──矢の嵐。

 

 前方から、無数の矢が降り注ぐ。

 その中の一本が、私の左脚に突き刺さった。

 

「……っ!!」

 

 痛み。

 鋭く、鈍い感覚が脚に走る。一瞬、身体が硬直し、速度が僅かに落ちる。

 

 その隙に、一人に抜かされた。

 そして、そのままゴール。

 

 私は、2着だった。

 ゴール後、息を整えながら、私は左脚を確認する。

 

──何もない。

 

 当然だ。

 矢は幻覚。あの剣闘士たちと同じ、私の中に現れたもの。

 

「お疲れさまでした。」

 

 杉本トレーナーが迎えに来る。

 私は、痛むはずのない脚をじっと見つめながら呟く。

 

「……また、何かが見えました。」

「そうですか。」

 

 杉本トレーナーは、穏やかに微笑んだ。

 

「なら、それが何なのか。しばらく考えてみましょう。」

 

 私は、ただ頷く。

 

──この矢の意味を、見極めなければならない。

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