「それを行う最も効果的な方法は、それを行うことだ」──アメリア・イアハート
迷いがあるうちは、足が止まる。
恐怖が心を支配する。
だが、一度決意すれば、その歩みは止まらない。
私は、もう迷わない。
関越ステークス勝利から数日後。レースの疲れも抜け、トレーニングの強度を上げつつある日の暮れ。
静かな夜の寮。
窓の外には秋の冷たい風が吹いていた。
遠くから木々がざわめく音が微かに聞こえ、室内の静けさをより際立たせていた。
私はベッドに腰を下ろしながら、左脚をそっと撫でた。
──痛みはない。
レース中、矢が刺さる幻覚を見たときの痛みは、幻覚などではなく、実体を持った痛みだった。レースに出るたび、強くなる痛みを抱えてこれまで走ってきた。
だが、今は何の違和感も感じない。
不安が、静かに胸を満たす。
何も感じないことが、逆に恐ろしかった。
これまで、左脚の悲鳴を無視しながら走り続けてきた。
しかし今、その感覚すらない。
まるで──何かが決定的に変わったような気がしてならない。
それは、良い変化なのか、悪い変化なのか。
「……もう迷わないんだね」
ふいに声をかけられ、私は顔を上げた。
エレガンジェネラルが、私を見ていた。
「そうね」
恐れはあれど、迷いはもうない。
「関越ステークスのあなた、いつもと違ったね」
「そうだった?」
「うん。何か吹っ切れたみたいに見えたよ」
彼女の声はどこか安堵に満ちていた。
だが、その奥底には別の感情も混じっている気がした。
私は、静かに微笑んだ。
「来て、見て、勝つのみ」
「……例え脚が砕けようと?」
エレガンジェネラルは、少し苦笑するように言った。
「……ええ」
私は、そう答えた。自らに言い聞かすように。
恐れを含みつつ、引き返さない決意を含んだ返事。
やはり何も感じないまま、トレーニングを続けて。
そして時が経ち、運命の時が近づいてくる。
府中ウマ娘ステークス。東京 芝 2200m。
エリザベス女王杯の前哨戦。
今年1年間の集大成に向け、最後の試金石だ。
私はここでエレガンジェネラルに勝ち、エリザベス女王杯でスターリープライドと雌雄を決する。負けるわけにはいかない。
いつになく真剣な表情。
エレガンジェネラルに続いてパドックを回る。
迷いは、ない。
恐怖は、行動することで消える。
風が吹く。ゲート入りが進む。
観客の声が遠く聞こえる。ゲート入りが進むにつれ、消えゆくように小さくなる歓声。
静寂と喧騒が入り混じるその瞬間。
私は迷わない。ただ、前へ進むのみ。