「兵は拙速を尊ぶ」── 孫子 『孫子の兵法』
遅れれば、全てが無駄になる。
素早く決断し、迷わず行動すること。
それが、勝者の条件だ。
レースの世界も同じ。
私は今、その最前線にいる。
ゲートが開いた瞬間、地面を蹴った。
大きな出遅れはない。全員がほぼ同じタイミングでスタートを切った。
前へ出る。
私の戦い方は先行。早めにポジションを取り、流れを作る。
過去のレース映像を思い出しながら、脚を運ぶ。
今のところ順調だ。
最初の200mを駆け抜け、隊列が整ってくる。
私は先行集団の一角に入った。
後方に目を向けると、エレガンジェネラルとスターリープライドの姿が見える。
彼女たちは差しだろう。
ここではまだ動かない。
そう、まだ、だ。
600m通過。第3コーナーに差し掛かる。
レースは落ち着いたペースになっていた。
先行勢は大きく動かず、無駄な消耗を避けている。
私もここでは無理に仕掛けない。
リズムを保ち、力を蓄える。
風を切る音が心地よい。
レースは、一瞬で終わるものじゃない。
どこで力を出すかが重要だ。
そう考えていた矢先──
後方から、わずかに殺気のようなものを感じた。
第4コーナーに差し掛かる。
ここからが勝負所だ。
先頭集団がじわりとスパートを開始する。
私も、それに合わせて加速。
「……っ!」
身体が軽い。
ウマ娘としての本能が、ここからの全力疾走を求めている。
一気に前に出る。
私は、先頭に立った。
風が変わる。
空気が重くなる。
背後から、足音が迫ってくる。
──エレガンジェネラル。
「っ……ここから!」
彼女も加速。俺の横へと並びかけてくる。
ゴールまで、あと200m。
追い比べ。
私とエレガンジェネラルが、互いに譲らず走る。
息が乱れる。心臓が早鐘のように打つ。
「負けない……!」
彼女の声が聞こえる。
私も、負ける気はない。
だが──
「……!?」
次の瞬間、私の視界が揺らいだ。
影が、迫ってくる。
後方から、圧倒的な気配が近づいてきた。
何かが──違う。
音が、消えた。
まるで空間ごと支配するかのように。
そして、一瞬だった。
視界の端を、光のような速さで駆け抜ける影。
「……!」
スターリープライド。
彼女が、私たちを置き去りにしていく。
速い。
言葉にならない。
私とエレガンジェネラルが互いに削り合っていた、その隣を。
まるで別次元の存在のように。
彼女は、並ぶことすらせず。
そのまま、一気に前へ。
スターリープライドが、圧倒的な末脚でゴールを駆け抜けた。
私は、ゴールしたのか。
いや、気づけばゴールを過ぎていた。
1着、スターリープライド。
2着、エレガンジェネラル。
私は3着。
負けた。
それが、現実だった。
息が乱れている。
肺が焼けるように熱い。
「……すごかったね」
エレガンジェネラルが、私の隣で呆然としながら言った。
「まさか、あんなスピードで……」
私も、答えられなかった。
スターリープライド。
彼女は、私たちと同じ選抜レースを走った。
同じ条件。
同じスタート。
だが、結果は、明確な差がついていた。
このままでは、届かない。
ならば。
──私は、どうすべきか。