「幸運は用意された心のみに宿る」──ルイ・パスツール
幸運は、ただ才能があるだけでは掴めない。
準備し、計画し、実行した者だけが、その果実を手にすることができる。
──私は、まだ準備が足りなかったのか?
一斉にゲートが開く。
踏み込む──が、これまでとは違う。
今までなら、スタート直後に好位を取るため、一気に加速していた。
だが今日は、緩やかに加速する。
「……」
違和感はある。だが、これが今の私の戦い方だ。
前へ出るウマ娘たちを見送りながら、じっくりとレースを進める。
最初の600m。集団が3つに分かれた。
逃げが前方で競り合う。その後ろに大きな集団。さらに遅れて、最後方のグループ。
私は、大きな集団の最後方についた。
前方を観察しながら、流れを掴む。
──確かに、先行よりも視界が広い。
ただ闇雲に走るのではなく、状況を見極めながら動ける。
これは、悪くない。
「逃げる逃げる、依然として前!」
実況が響く。
逃げは、まだ粘っている。
だが、前半で脚を使いすぎれば、終盤に失速する。
私の出番は、そこからだ。
第4コーナー。
いよいよ、レースは最終局面に入る。
「後方から大集団が襲いかかる!」
前の集団が、一気に仕掛け始めた。
それに合わせて、私も踏み込む。
「……っ!」
風が変わる。
加速のスイッチが入る。
最終直線。
「大集団が逃げを吸収! ここからが本当の勝負!」
レースは混戦。全員が全力で前へと進む。
私は、大外から回り込んだ。
グイグイと加速し、次々に前を交わしていく。
「すごい脚! どんどん差を詰めていく!」
──いける!
だが。
「前の2人も伸びている!」
先頭の2人との差が、縮まらない。
私は、最速の上がりを繰り出している。
だが、それは前の2人も同じだった。
「残り100m!」
まだ、届かない。
「残り50!」
まだ、縮まらない。
──くそ……!
私は、3着だった。
息を切らしながら、ゴールを過ぎたあとも、しばらく足を止められなかった。
「……」
負けた。
差しに挑戦し、手応えを感じた。
それでも、届かなかった。
杉本トレーナーが迎えに来る。
「お疲れさまでした。」
「……すみません。」
「謝る必要はありません。」
彼は優しく微笑んだ。
「今日のレース、どう思いましたか?」
私は、言葉を探す。
「……悔しいです。」
「なぜでしょう?」
「届きそうで、届かなかったから。」
「ええ。」
杉本トレーナーは、頷く。
「でも、それが次へのヒントになります。」
私は、彼の言葉を反芻する。
「幸運は用意された心のみに宿る。」
そう、今日は用意が足りなかっただけだ。
ならば、次こそは。
私は、杉本トレーナーをまっすぐに見た。
「……もっと強くなりたいです。」
彼は、静かに微笑んだ。
「ええ、一緒に頑張りましょう。」
──私の戦いは、まだ始まったばかりだ。