その脚が砕けるまで   作:えすてる結合

9 / 19
星の王女さま

「大切なものは、目に見えない」──サン=テグジュペリ 『星の王子さま』

 

 速さとは、単なるスピードの数値ではない。

 勝利とは、ただ先頭でゴールを駆け抜けることではない。

 その意味を、私はまだ知らない。

 

 だが──今日は、知ることになるのかもしれない。

 

 桜花賞当日。

 

 春の陽光が降り注ぐ。

 桜の花びらが風に舞い、ウマ娘たちの背中をそっと押していた。

 私はエレガンジェネラルとともに、桜花賞の観客席にいた。

 

「いよいよだね。」

「……ええ。」

 

 スターリープライドが走る。

 彼女のことを思い浮かべるたび、どうしてもあの光景が蘇る。

 選抜レースの直線、一瞬で私たちを置き去りにした背中。

 

 その速さは、ただの才能ではない。

 それは、何か特別なもの──私にはまだ見えない世界。

 だからこそ、今日の桜花賞はただのレースではない。

 私にとって、答えを見つけるための時間でもある。

 

「スターリープライドって、そんなに注目されてないんだね。」

 

 エレガンジェネラルが、周囲を見渡しながら呟く。

 

「前哨戦の成績も悪くないのに……それほど話題になっていない。」

 

 確かに、スターリープライドの名前を叫ぶ声は少ない。

 ファンの熱狂は、他の有力ウマ娘に向けられていた。

 

「……でも、信じられない。」

 

 私は呟く。

 スターリープライドの実力を知る者なら、彼女が”普通”のウマ娘でないことは明らかだ。

 

 そして、パドックに現れたスターリープライドを見た瞬間、確信に変わった。

 勝負服を纏った彼女は、静かに歩いていた。

 騒がしい観客の声も、他のウマ娘の視線も、彼女には関係ない。

 彼女は、ただ自分の世界にいるようだった。

 

──いや。

 

 彼女は、“そこ”に至ることを、もう知っている。

 

「……スターリープライド。」

 

 私が呟くと、エレガンジェネラルも頷いた。

 

「やる気に満ち溢れてる。」

 

 そうだ。

 彼女は、これから”何か”を見せる。

 

 レース開始。

 ゲートが開き、一斉に飛び出すウマ娘たち。

 スターリープライドは、いつも通り後方でレースを進めていた。

 

 淡々と、静かに、けれど確実に。

 彼女の走りに、迷いはない。

 

「……」

 

 私は、じっと彼女の動きを目で追う。

 何かが──起こる気がする。

 

 最終直線。

 その瞬間、私は見た。

 スターリープライドの隣に──”キツネ”がいた。

 

 幻覚だと、思った。

 

 けれど、それはあまりに自然だった。

 

 光を纏うかのような、淡い茶色のキツネ。

 ふわりとした尻尾が風に揺れ、その瞳は静かに前を見据えていた。

 

──”大切なものは、目に見えない。”

 

 キツネは、そう語るようにスターリープライドの隣を駆ける。

 

La petite princesse(星の王女さま)……」

 

 エレガンジェネラルが、呆然と呟く。

 私は、彼女の視線の先を追った。

 

──これが、一流のウマ娘のみが至れる”領域”。

 

 スターリープライドは、もはや”そこ”にいた。

 彼女の存在そのものが、すでに光に包まれているかのように。

 

 そして、彼女は、ただまっすぐに、先頭でゴールを駆け抜けた。

 歓声が場内を揺らす。

 

「……勝った。」

 

 エレガンジェネラルが、呟く。

 私は、言葉を失っていた。

 

 領域──

 

 それが何なのか、今の私には説明できない。

 ただ、スターリープライドが見せた走りが”特別”だったことだけは、はっきりとわかる。

 

「……」

 

 私は、彼女の背中を見つめる。

 あの世界へは、どうやって行けるのか。

 私は、まだ知らない。

 

──だが、知りたい。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。