美濃の魔女たち   作:多治見国繁

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第10話 生きて帰って

美春は教え子の思わぬ成長に目を見張った。彼女たちが頼もしく見えた。今では、もう立派な一人前のウィッチだと感じさせるほどに。かつて、美夜はいつでも自信のなさそうな一面が見え、ナツに至ってはどこか遊びのような雰囲気を漂わせていたが、今、その面影はどこにもない。今の美夜とナツには、確固たる決意と強い覚悟が見て取れた。

 

ブリーフィングが終わり、ひと段落ついた美春は、その場を離れようとしたが、ふと足を止めて声をかけた。

 

「美夜、ナツ、あんたたち……大きくなったわね。」

 

その言葉には、いささかの感慨が込められていた。美春自身、これほどまでに成長した彼女たちを見て、胸が熱くなる思いだった。だが、そんな思いを美春はすぐに抑えて、いつもの調子で話を続けた。

 

美春の声に、ナツがにっこりと笑って答えた。

 

「うん!もちろん!だって、私たち、ウィッチだもん!」

 

美夜は少し恥ずかしそうに、少し照れながら言った。

 

「そうですね……でも、美春さんがずっと支えてくださったから、今の私たちがあるんです。」

 

「ふふ、まったく。あんたたちも、しっかりしてきたわね。」

 

美春はそんな二人に笑顔を向けた。だが、その直後、思い出したように口調を変える。

 

「そういえば!ナツ!よくも私の胸を出撃前に触ってくれたわね!お仕置き、してほしいって言ってたわよね!」

 

ナツは一瞬、焦ったように顔を赤くするも、すぐに反応を見せる。

 

「え、えぇぇ!?それは…その…!」

 

美春はその焦りを楽しむように、悪戯っぽく笑った。

 

「じゃあ、罰よ。」

 

美春は笑いながら続けた。

 

「必ず無事に帰ってくること。そして、なんとしても任務をやり遂げなさい!それがあんたたちの連帯責任の罰。わかったわね!」

 

ナツは一瞬戸惑いながらも、笑顔で頷く。

 

「了解です!必ず無事に帰ってきます!」

 

その場の空気は、緊張感と和やかさが交錯していた。ブリーフィングの後も、それぞれの思いが交錯していたが、少しでも軽くなるようにと、美春はあえて軽口を叩いたのだ。

 

その後、美春は真剣な表情に切り替え、ナツと美夜の目を見つめた。静かな口調で言った。

 

「美夜、ナツ、お願いがあるの。どんなことがあっても、絶対に諦めないで。あなたたちには生きて帰ってきてほしい。生きてさえいれば、どんな未来だって切り開けるのよ。私はそう信じているわ。」

 

美夜は少し緊張したような面持ちで、美春の言葉を受け止める。

 

「分かりました。私たちは生きることを諦めません……!」

 

ナツも力強く頷いた。

 

「絶対に生きて帰ります!そして、任務をやり遂げます!」

 

美春は二人をしばらく見つめ、その言葉に頷き返した。任務への決意が込められたその瞳を見て、胸の奥で誇らしさを感じる。

 

「頼んだわよ、あなたたち。」

 

美春は静かに、しかし力強く言葉を続けた。

 

「あなたたちが守る未来を、私たちは信じているわ。そして、私たちもあなたたちの未来を守るわ。だから、信じていて。」

 

その言葉に、美夜とナツは再度、頷き返した。

 

「はい!」

 

美夜とナツの背中を見送りながら、美春は静かに息を吐いた。

成長したとはいえ、まだ若い彼女たちを前線へ送り出すことに、一抹の不安が残る。

だが、それでも――彼女たちはもう、自分の意志で戦おうとしている。

その覚悟を尊重しなければならない。

 

そう思いながら自分の準備へ向かおうとしたその時、不意に背後から声がかかった。

 

「美春」

 

「しょ、少佐!? な、なんでしょうか!?」

 

驚いた美春は慌てて姿勢を正す。

光恵はそんな彼女を見つめ、穏やかな表情で言葉を紡いだ。

 

「よく、二人をここまで育ててくれた。頑張ったね、美春」

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

美春は思わず背筋を伸ばしながら返事をする。

しかし、光恵の次の言葉はさらに彼女の胸を打った。

 

「君は立派な先生だ。誇るべきだよ。君のおかげで、二人は頼もしいウィッチになった」

 

「そんな、私なんて……」

 

思わず視線を落とす美春。

自分はまだまだ未熟で、至らない部分ばかりだ。そう思っていた。

だが、光恵は優しく、しかしはっきりとした声で続ける。

 

「いや、謙遜するな。君はよく頑張った」

 

その言葉には、強い信頼と感謝が込められていた。

美春は言葉を失いかけるが、光恵はさらに続ける。

 

「……戦いたいって、自分から言ったんだ。しかも、美夜からな」

 

「美夜が、ですか?」

 

美春は思わず驚いた声を上げる。

あの美夜が、自ら戦いたいと言った――その事実が、にわかに信じがたかった。

 

「そうだ。最初、美夜は自分に自信がなくて、誰かに頼ってやっと一人で立っているような子だった。だが、今は違う」

 

光恵はゆっくりと言葉を紡ぎながら、美春の目をしっかりと見つめる。

 

「美夜もナツも、もう自分の足で立っている。誰かに支えられるのではなく、みんなの役に立ちたいと、自らの意志で歩き始めたんだ」

 

その言葉を聞きながら、美春はふと、以前の美夜の姿を思い浮かべる。

不安げに周囲を見渡しながら、常に誰かの影に隠れるようにしていた少女。

それが今では、自らの意志で戦場へ赴こうとしている。

 

成長した――そう、確かに。

 

美春は静かに目を閉じ、一度深呼吸をする。

そして、光恵の言葉を噛みしめるように、そっと呟いた。

 

「……本当に、立派になりましたね」

 

光恵は満足そうに微笑みながら、美春の肩を軽く叩いた。

 

「それも、君がいたからだよ」

 

美春は少しだけ照れたように目をそらしながらも、口元に小さな笑みを浮かべた。

 

美春は静かに目を閉じ、一度深く息を吸い込む。

光恵の言葉が、胸の奥にじんわりと染み込んでいくのを感じていた。

 

確かに、美夜もナツも変わった。

もう、ただ守られるだけの存在ではない。

自分の意志で戦うことを選び、戦場に立とうとしている。

 

――ならば、自分も。

 

美春は静かに顔を上げ、まっすぐ光恵を見つめる。

 

「ありがとうございます。私も、二人に負けないように、小牧を守ります」

 

その言葉には、決意が込められていた。

光恵は微笑みながら、小さく頷く。

 

「頼りにしているよ、美春」

 

それだけ言うと、光恵は美春の肩を軽く叩き、振り返る。

戦いの時は、すぐそこまで迫っていた。

 

美春もまた、光恵の背中を見送りながら、自らの役割を再確認するように拳を握る。

 

――私たちは、まだ負けるわけにはいかない。

 

その決意を胸に、美春は小牧防衛のために動き出した。

 

「美春ちゃん!隊長と何話してたの?」

 

突如、弾むような声が美春の耳に飛び込んできた。

振り返る間もなく、すぐ背後に斎藤智代の姿がある。

 

――しまった。

 

美春は反射的に一歩後ずさり、素早く距離を取った。

まるで条件反射のような動きだった。

 

「わぁーん!ひどーい!」

智代は大げさに腕を振り回しながら、今にも泣きそうな顔を作る。

「美春ちゃん、そんなに警戒しなくてもいいじゃない!」

 

美春は呆れたようにため息をつくと、半眼で智代を睨みつける。

 

「あんたが悪いんでしょ!?」

 

まるで分かってない様子の智代に、美春のツッコミが鋭く入る。

しかし、智代は全く懲りた様子もなく、ニヤリと笑った。

 

「ほら、そんなに怖い顔しないで!」

智代は楽しげに笑いながら、美春にじり寄る。

「リラックスしようよ! マッサージしてあげようか? ふふっ♪」

 

妙に甘ったるい声色で言いながら、智代は美春の肩に手を伸ばそうとする。

 

「い、いらないっ!!」

 

美春は素早く身を翻し、間一髪で智代の手をかわした。

その勢いのまま、もう一歩距離を取る。

 

「ほらほら~、そんなに警戒しなくてもいいじゃない!」

智代は悪びれる様子もなく、いたずらっぽい笑みを浮かべている。

 

「絶対に何か企んでるでしょ!? 近寄らないで!」

 

美春の鋭いツッコミに、智代はニヤリと笑うと――瞬間、素早く間合いを詰めた。

 

「きゃっ――!」

 

次の瞬間、美春の胸に柔らかな感触が走る。

 

「ふふ、やっぱりいい手触り~♪」

 

「ちょ、ちょっと!!?」

 

美春の顔が一瞬で赤く染まる。

 

紛れもなく、智代はナツの師匠であることを理解させられる瞬間だった。

 

「きゃぁぁぁっ! 何やってるのよ!!」

 

美春は顔を真っ赤にしながら、勢いよく智代の手を振り払った。

 

「だって、もしかして今日で最後になるかもしれないじゃない?」

 

智代は悪びれる様子もなく、にっこりと微笑む。

 

「美春ちゃんの可愛い可愛い、小さなおっぱいを触るの♪」

 

「な、なんですってぇぇぇぇ!? 小さい!? 小さいって言った!?」

 

美春は怒りと羞恥で顔をさらに赤くし、ぐっと拳を握りしめる。

 

「そ、そんなことより! そんな怖いこと言わないでよ!」

 

不意に、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。

智代の言葉には、冗談めいていながらも、どこか本気の覚悟が滲んでいた。

 

「そんなの……帰ってきたら、いくらでも触らせてあげるわよ!!」

 

「……え?」

 

智代の動きが、一瞬止まる。

 

次の瞬間――

 

「あはっ!! 言ったね!? あはは! 引っかかった〜! 美春ちゃん、興奮するといつもそうだもんね? あはっ! やった〜! これで思う存分たっぷり触れる♪」

 

「はぁ!? あんた、何言って……」

 

美春の顔がさらに赤く染まる。

まるで、熱を持ったかのようにほてった頬を押さえながら、必死に言葉を探すが、智代はそんな美春の様子を楽しむようにケラケラと笑い続けている。

 

「いやぁ〜、美春ちゃんって、本当に可愛いよねぇ。こういう時の反応、最高だもん!」

 

「バ、バカじゃないの!? そんなことで喜ぶなぁぁ!!」

 

美春は怒りに任せて智代の肩を強く押し返す。だが、智代はまったく動じることなく、ニヤリと笑った。

 

「でもさ、美春ちゃん。ありがとう。私のこと、帰ってきてほしいって思ってくれてるんだね」

 

「……え?」

 

智代の言葉に、美春は一瞬だけ息を詰まらせる。

いつもの調子でふざけているようでいて、その言葉の奥には、確かに何かが込められていた。

 

「あ、当たり前でしょ!? あんたは変態だけど、死なれたら寝覚めが悪いじゃない!」

 

必死にそう言い返しながらも、自分の声がわずかに震えていることに気づく。

冗談みたいに笑っている智代も、本当は分かっているのだ。

戦場に出る以上、必ず帰れる保証なんてどこにもない。

 

だからこそ――。

 

「うん、わかってる。でも、ちょっと嬉しかったな」

 

智代は軽く肩をすくめ、いつもの無邪気な笑顔を浮かべる。

 

「だから、絶対に帰ってくるよ。その時は、思いっきり触らせてもらうからね、美春ちゃん♪」

 

「は、はぁ!? なんでそうなるのよぉぉぉ!!」

 

美春の叫び声が響き渡る中、智代は楽しそうに笑いながら、くるりと踵を返した。

そんな彼女の背中を、美春はしばらくの間、呆然と見つめていた――。

 

「美春も、触られたんだ」

 

背後からふいにかけられた落ち着いた声に、美春はびくりと肩を揺らした。

 

振り返ると、そこには秋乃が立っていた。

柔らかな笑みを浮かべてはいるものの、その瞳の奥にはいつもより深い思慮が滲んでいる。

 

「私も、触られたよ」

 

秋乃は苦笑しながら、美春の隣に並ぶ。

 

「ほんと、信じられないわよね。あの変態、いつまで経っても成長しないんだから」

 

美春は呆れたようにため息をつく。

この調子で戦場に出ても、智代はきっと何かしらやらかすに違いない。

 

「……いつも、だもんね」

 

秋乃の言葉は、どこか沈んでいた。

普段なら、「ほんと、変態すぎるって! 一回死んで頭の中作り直した方がいいんじゃない?」なんて冗談めかして言うところだろう。

 

なのに、今日は違った。

 

その変化に、美春は無意識に拳を握る。

 

「秋乃……?」

 

呼びかけると、秋乃はふっと小さく笑った。

 

「……ううん。なんでもないよ。ただ、智代ってさ、ほんと変わらないなって思って」

 

その一言に、美春は言葉を失う。

 

「……あの子はバカだからよ」

 

「うん。でも、それだけじゃないと思う」

 

秋乃は遠くを見つめるように呟く。

 

「怖くても、不安でも、それを表に出さない。むしろ、いつも以上に騒がしくして、周りを笑わせる……智代って、昔からそうだったよね」

 

「……昔から?」

 

美春が問い返すと、秋乃はゆっくりと頷いた。

 

「訓練校の時もそうだったでしょ? どんなに厳しい訓練が続いても、あの子だけはいつも明るくて、みんなの前では絶対に弱音を吐かなかった」

 

「……確かに」

 

美春はふと、訓練校時代のことを思い出した。

まだお互いに”同期”としての距離を測っていた頃。

 

智代はその時から、ずっと”面白い奴”だった。

馬鹿なことを言って笑わせ、教官に叱られ、また何かをやらかしては罰を食らう。

けれど、誰よりも要領が良く、何をやってもそつなくこなす。

 

「でもさ、美春ちゃん。今にして思えば、あの頃の智代ってさ、本性を隠してたんじゃない?」

 

秋乃がふと、鋭い視線を向ける。

 

「……隠してた?」

 

「うん。だって、あの頃の智代は、ここまで露骨に変態じゃなかったし」

 

「……確かに」

 

思わず美春も苦笑する。

 

「今ほどの変態発言はなかったわね。……あれ、まさか、訓練校時代はわざと大人しくしてたとか?」

 

「それもあるかもね。追いだされないように、うまくやってたんじゃない?」

 

「……っぷ」

 

二人は顔を見合わせ、思わず吹き出した。

 

智代が慎重に立ち回っていた――という想像は、あまりに現実味がなくて笑える。

 

「まあ、仮にそうだったとしても、今は完全に振り切っちゃってるわよね」

 

「うん。それに、変態だけど……根っこの部分は何も変わってない気がする」

 

秋乃の声が、少しだけ優しくなる。

 

「何があっても、自分が辛い顔をするより、周りを笑わせる方を選ぶ。そういうところ、ずっと変わらないよ」

 

「……」

 

美春は静かに息を吐き、胸の奥が少し温かくなるのを感じた。

 

「バカよね、本当に」

 

小さく笑いながら、ぎゅっと拳を握る。

 

「うん。バカだよ」

 

秋乃もまた、優しく微笑んだ。

 

けれど、バカだと言いながらも、二人の表情にはどこか安心感が滲んでいた。

 

そう。智代は変わらない。

どんな時も、ふざけながら、周りを笑わせながら、どこまでも自分らしく、戦場に向かうのだ。

 

それが、彼女のやり方なのだから――。

 

「……美春……」

 

次に声をかけてきたのは瑞穂だった。

 

美春が振り向くと、瑞穂はじっとこちらを見つめている。

その瞳はどこか真剣で、それでいて淡々とした雰囲気を崩さない。

 

「……瑞穂さん、どうしましたか? 私の顔に何かついてます……?」

 

戸惑いながらも、美春は尋ねる。

だが、瑞穂はすぐに答えず、ほんのわずかに視線を落とし、小さく息を吸い込んだ。

 

そして、ぽつりと呟くように言った。

 

「私に……頑張る理由……ちょうだい……」

 

「な、なんでしょう……?」

 

美春は眉をひそめる。

この瑞穂の頼み方には、どこか聞き覚えがあった。

まさか、とは思うが……

 

瑞穂は、ゆっくりと顔を上げ、美春の目をじっと見つめた。

 

「帰ったら……ヌード……描かせて……」

 

「――はぁ!??」

 

美春は思わず素っ頓狂な声を上げる。

 

「モデルの話……したでしょ……? 哨戒任務の……とき……」

 

「あ、あの時の……!?」

 

美春は過去の記憶を必死に掘り起こした。

 

――そうだ、あの時!

 

瑞穂に「ヌードモデルをやってほしい」と言われて、散々悩まされたあのやり取り。

結局、「考えておきます」と濁したまま、その後話題にしないようにしていた。

 

まさか、ここで回収されるとは……!

 

「わ、忘れていた……けど……あ、あの……?」

 

「……覚えてる……」

 

瑞穂は淡々とした表情のまま、だが、確かな意志を持って言い切った。

 

「だから……帰ったら……描かせて……」

 

その言葉には、いつものふわふわとした雰囲気ではなく、どこか強い決意が感じられた。

 

「それが……瑞穂さんの……頑張る理由、ですか……?」

 

美春が半ば呆れながら尋ねると、瑞穂は小さく微笑んだ。

 

「……うん……」

 

まるで、それが当然のことのように。

 

瑞穂にとって、絵を描くことは”生きる理由”そのものなのかもしれない。

そして、そのために美春が必要なのだと、純粋に信じて疑っていないのだろう。

 

「……はぁ……」

 

美春は再び、深いため息をついた。

 

しかし、それが完全な拒絶のため息ではないことに、自分でも気づいていた――。

 

「……わかりました。誰にも見せないなら……」

 

美春は小さく息を吐き、覚悟を決めたように瑞穂を見つめた。

 

瑞穂の目が一瞬、驚いたように大きく見開かれる。

 

「……ほんとに?」

 

「……ええ。ただし!」

 

美春はすかさず人差し指を立て、鋭い視線で念を押した。

 

「絶対に、誰にも見せないこと! それが条件です!」

 

瑞穂はその言葉を噛みしめるように、ゆっくりと頷いた。

 

「……約束する……美春だけの……絵……」

 

「そ、そうよ。それなら……いいわよ……」

 

美春は顔を逸らしながら、小さく呟くように言った。

内心、今更何を言っているんだろうという気持ちが押し寄せる。

だが、瑞穂の目は真剣そのもので、茶化す様子も冗談めいた軽さもない。

 

「……ありがとう……すごく……嬉しい……」

 

瑞穂はふわりと微笑んだ。

 

その表情は、まるで美春自身が”作品”として認められたような、不思議な感覚を抱かせた。

美春は、その視線を直視できず、少し視線を逸らしたまま言葉を紡ぐ。

 

「……帰ってきたら、ね。だから、絶対に無事で戻ること。わかった?」

 

「……うん……必ず……」

 

瑞穂の頷きには、確かな決意が込められていた。

 

それは単なる”約束”ではなく、彼女にとって”生きる理由”でもあるのだろう。

 

美春は、ふっと小さく微笑んだ。

 

「なら、いいです」

 

そして、二人はそれぞれの戦場へと向かうため、静かに別れた。

 

そして、最後にやってきたのは頼子だった。

 

整然とした足取りで美春の前に立つと、彼女は凛とした声で言った。

 

「大竹少尉。次も私の後に続いてください」

 

頼子の言葉には、いつもと変わらぬ冷静さがあった。

それは戦場において頼れる指揮官の姿そのものであり、美春もまた、その背中を信じることに迷いはなかった。

 

「承知しました」

 

美春は深く頷く。

 

頼子もそれを確認すると、一瞬だけ視線を落とし、少しだけ声のトーンを落として続けた。

 

「大竹少尉。朝、あなたにあのようなことを言いましたが……」

 

その言葉に、美春は一瞬、息を呑む。

頼子の言葉とは、おそらく――

 

「私も、心がないわけではありません」

 

その言葉は、普段の頼子らしからぬものだった。

いつも冷静沈着で、合理的な判断を最優先する彼女が、こうして”心”を口にすることなど滅多にない。

 

「しかし、見誤ると、救えるものも救えなくなります」

 

頼子の視線が鋭くなる。

それは、戦場を知る者だけが持つ覚悟の色だった。

 

「理解してください」

 

その言葉には、頼子なりの気遣いと、戦う者としての厳しさが滲んでいた。

美春はその意図を理解し、静かに頷く。

 

「……はい」

 

頼子はそれを確認すると、短く頷き、再び背を向けた。

 

美春はその後ろ姿を見つめながら、頼子の言葉を反芻する。

――彼女もまた、ただ冷たいだけの指揮官ではないのだと、改めて実感するのだった。

 

頼子が去っていく背中を見送りながら、美春は静かに息を吐いた。

 

冷静沈着で、合理的な判断を下す頼子。

けれど、彼女もまた、戦場に立つ一人の人間なのだと、今さらながらに実感する。

 

――戦うだけが、戦場ではない。

 

美春はふと、光恵の言葉を思い出した。

彼女がずっと背負い続けているもの、そして頼子もまた、それを背負っている。

 

誰かの命を守るために、時に非情な決断を下さなければならない。

しかし、それでも彼女たちは“心”を捨てたわけではない。

 

「……私も、強くならなくちゃ」

 

美春は小さく呟くと、深く息を吸い込んだ。

迷いはもうない。彼女もまた、この戦いの中で、自分の果たすべき役割を全うしなければならないのだから。

 

そして――

 

「さあ、行こう」

 

自らの使命を胸に、美春は駆け出した。

戦場が待っている。

仲間たちとともに、未来へと繋げるために。

 

つづく

 




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