午前4時——。
東海軍司令部への連絡は依然としてつながらず、光恵はついに一七戦隊の出撃を決断した。
しかし、戦闘経験者も少なく、夜間飛行に慣れている者もほとんどいない一七戦隊にとって、暗闇の中での出撃は極めて危険だった。
そのため、出撃は日の出とともに開始することが決定された。
出撃するのは、新人たちと夜間哨戒任務から帰還したばかりでボロボロの千代を除いた一七戦隊のウィッチ全員。
美春は頼子と同じ分隊として、名古屋へ出撃することになった。
最初、美春は頼子と組むことに少し不安を覚えたが、この状況で文句を言っている場合ではない。
すぐに気持ちを切り替え、準備に取りかかった。
午前5時——。
光恵は出撃する隊員たちを大会議室へ集め、その前に立ち、訓示を述べた。
「いいかい?これから私たちは名古屋市内へ突入し、ネウロイを討ち払う。
この部隊には経験の少ない子や、初陣の子も多い。だが、私たちはウィッチであり、軍人だ。
未知の怪異に恐怖する無辜の市民たちを、私たちが守らなければならない。ここが正念場だよ。
あの『サムライ』坂本美緒少佐はこう言った。
——『ウィッチに不可能はない』とね。私も同感だ。私たちならやれる。
だが、あまり無理はしないように。
命は大切だ。これまでと思ったら、迷わず退却しろ。無事に生きて帰ることが何より大事だからね。
誇り高き美濃の若武者たちよ!——天を駆けろ!出撃だ!」
「「「了解!!」」」
隊員たちは一斉に敬礼し、次々と愛機へ向かっていった。
出撃を目前に控え、隊員たちは最後の準備を進めていた。
そんな中、佳乃が格納庫に入ってきて「ちょっといいかしら」と第一中隊の隊員を傍に集め、地図を広げた。
「先ほど、土岐中尉が示してくれた予測をもとに作戦を立てたわ。
私たち第一中隊は、南区方面からネウロイを攻撃する。
攻撃が始まったのが約5時間前。ネウロイは通常兵器では倒せないことを考えると、港区はすでに陥落したと判断していいと思う。
となると、仮ではあるけれど、防衛線は今のところ南区内になるわね。
詳しいことは現地での判断になると思うから、指示をよく聞いてちょうだい」
「「「了解!」」」
佳乃は隊員たちの返事を聞き、少し安堵したように微笑むと、さらに言葉を続けた。
「それから、住民の避難状況はまったく把握できていないのが現状よ。
だから、ネウロイの排除と並行して、逃げ遅れた住民の救助や保護も行う必要があるわ。
消防や警察、警防団、各連隊、ウィッチ部隊とできる限り連携をとりながら行動すること。
いいわね?」
「「「了解!」」」
午前6時51分、日の出。
美春たち一七戦隊にとって、長い一日が始まった。
ウィッチたちは次々と滑走路を駆け、出撃していく。
そして、いよいよ美春たちの番が来た。
「……いよいよね……」
初陣を迎えた美春の心臓は、ドクンドクンと激しく鼓動を打っていた。
熱い血潮が体中を駆け巡り、手が震える。
それでも、美春はストライカーに足を入れた。
——名古屋へ、出撃するために。
「準備はよろしいですか? 大竹少尉」
頼子が白い鉢巻きを締めながら静かに言った。
その姿は、まるで合戦に向かう鎌倉武士のようだった。
美春はふうっと深く息を吐き、気持ちを落ち着けると、こわばった表情で口を開く。
「はい。大丈夫です。いつでもいけます」
「大竹少尉は初陣ですね。私も初めての戦いのときは緊張で何もできませんでした。あまり気負わないように。
いつもの訓練通りで問題ありません。あなたはやれることをやりなさい」
いつも厳しい頼子から、こんな言葉をかけられるとは思ってもいなかった。
淡々とした口調ながら、その心遣いが伝わってくる。
そのおかげで、少しだけ肩の力が抜けた気がした。
「はい。ありがとうございます。一生懸命頑張ります」
「では、行きましょうか」
頼子は表情を変えることなくそう言うと、自身のストライカー発進ユニットの上に立つ。
「私が先発します。大竹少尉は、私の後に続いてください」
「わかりました」
「では、私は先に行きます」
頼子は耳にインカムを装着すると、愛機の三式戦闘脚II型改に足を通し、魔導エンジンに魔力を流し込む。
すると、その体が淡く光を放ち、使い魔であるオオタカの羽が頭に、おしりには尾羽が生えた。
頼子は凛とした表情で前を見据え、東の空へと視線を向ける。
昇りつつある朝日に向かい、静かに手を合わせ、祈りを捧げた。
「南無八幡大菩薩、土岐の一族万世の高祖たち……私に、愛する国を……故郷を……守る力をお与えください。
そして、怪異に立ち向かう将兵、戦巫女たちに格別のご加護をお授けください……」
頼子は目を閉じ、ひと呼吸置いた後、インカムに語りかける。
「こちら鬼美濃。進発します。どうぞ」
『鬼美濃』——。
それは、頼子の呼出符号だった。
その圧倒的な実力を讃え、光恵が名付けたものだ。
当初、頼子は「自分には過ぎた名だ」と固辞していたが、光恵をはじめとする仲間たちの強い推しにより、しぶしぶ受け入れた。
最初こそ戸惑っていたものの、今では自ら進んで名乗るようになり、その名はすっかり板についている。
頼子の通信に、管制室の光恵が応答する。
≪こちら管制室。鬼美濃、了解した。敵は強大だ。くれぐれも注意されたし。どうぞ≫
「了解しました。それでは、行ってまいります」
≪ああ、武運長久を祈っている≫
光恵との通信を終えた頼子は、迷いなく空へと飛び立った。
その姿は、まるで空を翔けるオオタカのようだった。
美春は思わず息を呑む。
一つに結んだ長い髪をふわりと靡かせ、凛然とした表情のまま東の空へ向かう頼子の姿は、まさに桜舞い散る中に咲く扶桑撫子そのものだった。
美春が見惚れていると、不意に背後から声をかけられた。
「美春さーん!」
「美春さん……!」
振り返ると、そこにはナツと美夜がいた。
「どうしたの? 二人とも。まだ、起床時刻じゃないでしょ?」
美春は不思議そうに首をかしげる。
「いえ、私たち、美春さんの出撃を見送りたくて……」
「そうですよ! 私たちだってウィッチなんですから!」
ナツと美夜は不安を押し隠すように真剣な眼差しで美春を見つめていた。
その健気な姿に、美春は自然と微笑みを浮かべる。
「ありがとうね。でも、大丈夫よ。ネウロイなんてすぐにやっつけてくるから、安心しなさい」
美春はそう言って、優しく二人の頭を撫でる。
「はい……美春さんなら、きっとやってくれるって信じています……」
美夜は涙を浮かべながらも、精一杯の笑顔を見せた。
美春も目頭が熱くなるのを必死にこらえる。
「うん。美春さんなら大丈夫ですよね! じゃあ、無事に帰ってきてもらえるように……えいっ!」
ナツは突然、にっこり笑うと、美春の胸に手を伸ばした。
「きゃあああっ!? なーつー! こんなときに何するのよ!? 非常時よ!? 少しは緊張感持ちなさいよ! あれだけお仕置きしたのにまだ懲りないの!?」
まさか、こんな場面でまで胸を揉んでくるとは思わず、美春は顔を真っ赤にして叫ぶ。
「ナ、ナツちゃん……? こんな時までそんなことしたら駄目だよぉ……」
美夜も困惑したような声を上げるが、ナツはまるで気にする様子もなく、いたずらっぽく笑っていた。
「えへへ~。これで、帰ってくるしかなくなりましたね。美春さん、無事に帰ってきて、またお仕置きしてくださいね。絶対……約束ですよ……」
その笑顔の裏で、ナツはついに泣き出してしまった。
美春の胸を揉んだのは、ナツなりのエールだったのだ。
ナツは、いつも通りに振る舞うことで、不安で押しつぶされそうな自分を守ろうとしていた。
美春には、ナツの手がかすかに震えているのが分かった。
ナツは、美春の左胸にずっと手を押し当てたままだった。
厳しくても、いつも優しく気にかけてくれる大好きな先輩。
この出撃で、美春が自分の手からこぼれ落ちて消えてしまうのではないか。
そんな不安に襲われていたのだろう。
だから、こぼれ落ちないように必死に掴んだのだ。
こんな時だからこそ、いつもと変わらない行動で送り出し、いつものように美春に怒られたかった。
ナツの震える手は、美春の温もりと鼓動を確かめるかのようだった。
「もう、しょうがないわねえ」
ナツの一風変わったエールを受け取った美春は、呆れたようにため息をつくと、苦笑いを浮かべる。
すると、おずおずと手を挙げながら、美夜が小さな声で呟いた。
「あの……私にもお願いします……美春さんのお仕置きも、訓練も……また受けたいです……絶対……絶対ですよ……」
言葉が震え、ナツの涙を見た美夜もついに抑えきれなくなった。
こみ上げた感情が決壊し、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
「はいはい。分かったわよ。ほら、涙を拭いて。いつも通りの元気なナツに戻ってよ。
それに、美夜も泣かないの! 私が死にに行くみたいじゃない!」
美春が優しく言葉をかけると、二人は顔をくしゃくしゃにして、それでも嬉しそうな表情を浮かべた。
「お気をつけて……武運を祈っています……」
「私も! 応援しています! 頑張ってください!」
美春は、そんな二人をじっと見つめると、両腕を大きく開いた。
次の瞬間、二人をぎゅっと抱きしめる。
「ありがとう。行ってくるわね。安心して。絶対に帰ってくるから」
「「はいっ!」」
二人は涙を拭い、力強く頷いた。
朝日が昇り始めた空の下、美春は彼女たちの想いを胸に、空へと飛び立つ準備を進めるのだった。
美春は二人の元気な返事を聞くと、前を向き、発進ユニットから勢いよく相棒の三式戦闘脚II型改に乗り込んだ。そして、ストライカーを起動させ、魔力を注ぎ込む。
三式は絶好調と言わんばかりに魔道発動機を力強く回し始め、美春の身体が光に包まれる。魔力が溢れ出し、頭には使い魔の三毛猫の耳が、腰からはしっぽがふわりと生えた。
一度、大きく深呼吸をし、心を落ち着ける。
そして、美春はインカムを通じて管制室の光恵に呼びかけた。
「管制、こちら舞姫。出撃準備完了しました」
『舞姫』――それは、美春に与えられた大切な呼出符号だった。
地元の人々が、訓練や哨戒任務で空を自在に駆ける美春の姿を見て、まるで優雅に舞う姫のようだと名付けてくれたものだ。
最初は気恥ずかしくて、別の符号を使おうかとも考えたが、光恵に「せっかく名付けてもらったのだから、大切にするべきだ」と諭され、今ではすっかり気に入っている。
光恵の優しい声がインカム越しに届いた。
≪こちら管制室。舞姫……美春か。了解した。初陣だね。緊張しているかい?≫
「しょ、少佐……! はい……やはり、いざ出撃となると緊張します……」
≪そうだよね。でも、大丈夫。みんな最初はそうなんだ。だんだん慣れていけばいいよ。**今日の美春の任務はとにかく無事に帰ること。**無理しすぎないで、頼子の後ろについていきなさい。手柄を立てようと逸ってはいけない。対応が難しいと思えば、すぐに退却するんだ。分かったね≫
「は、はいっ! ありがとうございます!」
≪うん、じゃあ、行ってらっしゃい≫
「はいっ! 舞姫、出撃しますっ!」
インカムを切ると同時に、美春は勢いよく滑走路へと飛び出していった。
誘導路を駆け抜け、滑走路の端に移動すると、一気に加速。
美春は風になる。
やがて、風と一体化したかのように身体がふわりと浮き上がる。
地上に別れを告げ、空へと飛び立つ。
――本来なら、この瞬間は美春にとって何よりも楽しく、ウィッチとしての誇りと喜びを感じる瞬間のはずだった。
だが、今日ばかりは、心がそれを楽しむ余裕を持たせてくれなかった。
そんな美春の耳に、頼子からの通信が入る。
「鬼美濃から舞姫へ。離陸を確認しました。では、私の後ろへついて編隊を形成してください」
「了解!」
上空には、すでに第一中隊の隊員たちが集結していた。
美春は上昇を止め、集合地点へ向かうと、頼子の後方でホバリングする。
すると、佳乃の声が聞こえてきた。
「美春、来たわね。光恵も言っていたけど、あまり緊張しすぎないようにね。無理そうならすぐ下がっていいわ。とにかく、みんな無事で帰りましょう」
「はいっ! ありがとうございます! 頑張ります!」
「ええ。じゃあ、行きましょう」
「「「了解っ!」」」
美春たちは佳乃を先頭に編隊を組み、目標である名古屋港を目指す。
今回の作戦は、三つの中隊に分かれてネウロイを包囲する形での進撃だった。
• 第一中隊(美春たち)
小牧→春日井→守山→猪高→天白→南区方面
• 第二中隊
小牧→名古屋市中心部→熱田区方面
• 第三中隊
岩倉→清洲→甚目寺→富田→南陽方面
それぞれ異なるルートを通り、ネウロイが占拠していると考えられる港区・名古屋港を目指すのだ。
佳乃率いる第一中隊は南へと進路を取り、まずは目印となる小牧山を目指した。
美春は上空から濃尾平野の南端を見下ろし、息を呑む。
――そこは、まるで地獄のようだった。
真っ黒な煙が空を覆い、赤黒い炎がそこかしこに立ち上っている。
その中心にあるのは、名古屋港。
炎はおそらく、ネウロイの攻撃による火災だろう。
「……ひどい……」
美春は思わず顔をしかめた。
目の前に広がるのは、あまりにも凄惨な光景。
馴染みのある名古屋の街が、無惨にも焼き尽くされていく。
これが戦争なのか――。
美春の胸には、言葉にならないほどの怒りと恐怖が渦巻いていた。
だが、今は感情に飲まれている場合ではない。
「……行きましょう」
美春は、強く自分に言い聞かせると、前を向いた。
名古屋の街と、人々を守るために。
ウィッチとして、戦うために――。
第一中隊は地上の人々の顔がはっきりと見えるほどまで高度を下げ、編隊を維持したまま猪高村、天白村へと進入していった。
この辺りまで来ると、南西の名古屋港方面から立ち上る黒煙がより鮮明に見える。
――まるで名古屋港全体が燃えているようだ。
それほどの大火災が発生していることを、視覚だけでなく、肌でも感じ取れた。
猪高村や天白村には、避難してきた人々が続々と押し寄せていた。
彼らの多くは着の身着のまま、呆然とした表情でさまよっている。
怪我人も多く、重症者は担架に乗せられ運ばれていた。
中には全身を包帯で巻かれ、血に染まった姿の者もいた。
まるでミイラのような彼らは、もはや生きているのかどうかすら判別できない。
天白村の一角には仮設の救護所が設けられているようだった。
あちこちで医者や看護師、消防らしき人々が奔走している。
「……ひ、ひどい……」
美春は思わず震える声を漏らした。
「ええ……これは思った以上ね……頼子の予測が的中したわ。私の考えより、ずっと状況は深刻みたい……早く何とかしないと……」
佳乃の声も、どこか硬い。
「やっぱり、私たちも何か手伝った方が……」
秋乃が心配そうに提案するが、佳乃はすぐに首を振る。
「いいえ、それはダメ。私たちは軍人であって、医者ではないわ。」
「でも……!」
「私たちの役目は、この人たちを更なる危険に晒さないことよ。
今は、ネウロイを倒すこと、そして戦場で逃げ遅れた人たちの避難支援に集中しましょう」
「……はい……」
秋乃は悔しそうに唇を噛んだ。
地上の人々は、美春たちを見上げ、助けを求めるように手を振っていた。
しかし、彼らの声に応えることは許されない。
美春は鎮痛な思いで、心の中で謝罪しながらさらに南下する。
やがて、天白村字野並を越え、名古屋市南区へ入った。
鶴里町周辺にも人々が溢れかえり、警察や消防、警防団が避難誘導を懸命に行なっている。
ここまで来ると、黒煙はさらに濃くなり、空が暗く覆われ始めていた。
地上には、火の粉が舞い、辺り一帯に焦げ臭い匂いが漂っている。
そして、それは次第にむせ返るほどの強烈な臭いへと変わっていった。
「これって……まさか……」
美春が嫌な予感に身をすくませると、頼子が静かに言った。
「ええ……予想通りなら、もうすぐ近くね……みんな、覚悟を決めましょう」
「「「了解っ!」」」
全員が息を飲みながら、高度をさらに下げていく。
地上では、避難する人々の悲鳴が響き渡り、何かが爆発する音、そして銃声や砲声が飛び交っていた。
美春は、そんな地獄のような戦場を飛びながら、頼子と佳乃の姿に恐ろしさを感じていた。
――二人は、何が起きても驚かない。
この状況の中で、まるで感情を捨てたかのように、冷静に飛び続けているのだ。
それに比べて、美春も、秋乃も、智代も、千歳も、心の中は大しけの海のように荒れ狂っていた。
そんな状態のまま、美春たちは春日野町へと到達する。
そこで彼女たちは、さらに凄惨な光景を目撃することとなった。
寺の近く、警防団の人々が大八車に何かを山積みにして運んでいた。
その正体に気づいた瞬間――
美春、秋乃、智代、千歳は、思わず目を背けた。
それは、人々の遺体だった。
おそらく、ネウロイの攻撃による犠牲者たち。
中には、ネウロイのビームで焼かれたのか、炭のように焼け焦げた黒い影すら確認できる。
人間の形をしているはずのものが、人間の形をしていない。
「う……ぅ……」
美春は吐き気を覚えながら、震える声で呟いた。
「これが……戦争……?」
その時、佳乃の冷静な声が響いた。
「あの人たちは、まだ良い方よ……」
「……えっ?」
美春は信じられない気持ちで振り返る。
「良い方!? そんなわけないでしょう!?」
秋乃が叫んだ。
しかし、佳乃は静かに首を振る。
「いいえ……あの人たちは、体の形が残っているだけ、まだマシなのよ。」
佳乃は、遠い目をしながら続けた。
「私たちウィッチは、シールドや特殊な服で守られているけれど……。
ネウロイのビームを生身の人間が受けたら、どうなると思う?」
佳乃の声が、ひどく冷たく響く。
「……?」
「一瞬で蒸発するのよ。
人間の体なんて、跡形もなくなる。」
「…………!!」
美春は言葉を失った。
「私は欧州で、何度も見てきた。
頼子さんも、光恵も、何度も見たはずよ……」
佳乃は静かに言い放つ。
その言葉が、戦場の恐ろしさを何よりも物語っていた。
ネウロイとの激しい攻防が続く欧州では、このような光景は珍しくなかった。しかし、戦場から遠く離れた扶桑では、その現実を知る者はほとんどいない。映画や報道では決して伝えられない、まごうことなき戦争の現実が、今、美春たちの目の前に広がっていた。
「そんな……」
「どうして……どうして……!」
今まで戦争の現実を知らず、ウィッチという存在に純粋な憧れを抱いていた美春、秋乃、智代、千歳。彼女たちは、戦場のあまりにも悲惨な現実を前に、言葉を失った。エースウィッチたちの華々しい活躍の裏には、こんな地獄のような光景が広がっていたのだ。
「だから、私たちは戦うのよ。これ以上の犠牲を出さないために……どんなに絶望的な戦場であってもね」
佳乃の静かな声が響く。隊員たちは無言のまま、ただうなずいた。再び沈黙が訪れ、誰もが無力感に苛まれる。だが、佳乃と頼子だけは、目の前の惨状にも表情を変えなかった。その冷徹なまでの落ち着きに、美春は背筋が凍る思いだった。
「……なんで、大野大尉も土岐中尉も、こんな光景を見て平然としていられるんですか……?」
思わず漏れた疑問に、頼子が静かに答える。
「……慣れていますから」
「……えっ?」
「そうね……欧州の戦場で長いこと戦ってきたから。こういうのは見慣れてしまったのよ」
「普通、慣れませんよ!?」
「そうですよ!こんなの……!」
「そうだよ……絶対おかしいよ……!」
秋乃や千歳、智代も動揺を隠せない。しかし、佳乃は淡々とした口調のまま言い放った。
「人間って、不思議なのよ。何度もこういう光景を見続けているとね、やがて何の感情も湧かなくなるの」
それは、あまりにも冷たく、しかし真実を突いた言葉だった。美春たちはもう何も言えなかった。
やがて、第一中隊はさらに前進し、笠寺台地の東縁にある見晴台遺跡の付近に到達した。この遺跡には笠寺高射砲陣地があり、駐留する高射砲大隊が防衛態勢を取っている。通常なら高射砲は空に向けて撃つものだ。しかし、砲口は地上に向けられていた。その事実から、美春たちは一つの結論に至る。
「……今のところ、航空型ネウロイは確認されていない、ってことね」
頼子が淡々と分析する。その言葉に、ほんの少しだけ希望が見えた気がした。
だが、その安堵はすぐに絶望へと変わる。
「あぁぁ……!嘘でしょう……!?」
丘の頂上から名古屋港周辺を見下ろした瞬間、美春の目に飛び込んできたのは、想像を絶する光景だった。
そこには、炎と黒煙に包まれた、まさに地獄のような世界が広がっていたのだ——。
つづく
ここまで読んでくれてありがとうございます!お気に入りや評価、感想をもらえると励みになります✨