美濃の魔女たち   作:多治見国繁

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第4話 死にゆく街

そこに広がっていたのは、まさに地獄だった。

 

美春は思わず息を呑み、言葉を失った。いや、失ったのは彼女だけではない。仲間たちも皆、その光景を前に呆然と立ち尽くしていた。しかし、美春は固有魔法による遠距離視によって、より鮮明にその惨状を目撃してしまった。無惨、凄惨、悲惨――ありとあらゆる「惨」の文字をもってしても表現し尽くせぬ破壊と死がそこにあった。

 

見晴台遺跡から見下ろした名古屋港一帯は、まるで地獄の釜が開いたかのように紅蓮の炎に包まれていた。西の道徳本町、南の笠寺町、大同町、さらに知多郡の上野町の港湾部に至るまで、燃え盛る業火がすべてを呑み込んでいる。辺りには黒煙が立ち上り、空は灰色に染まり、太陽さえもその光を遮られていた。昼であるはずの空は、まるで死にゆく世界の黄昏のように鈍く、陰鬱に沈んでいた。

 

港区と南区の区境付近では、街そのものが消し飛んでいた。かつて建ち並んでいたはずの建物は、まるで巨大なブルドーザーで押し潰されたか、もしくは高性能爆弾で根こそぎ吹き飛ばされたかのように、影も形も残っていない。まるで怪獣が街という名のケーキを舐め取ったかのように、そこには「何もない」という絶望が広がっていた。本当にここに街があったのか――そう疑いたくなるほどの光景だった。

 

時折、炎の中から瓦礫が崩れ落ち、轟音とともに新たな爆発が生まれる。そのたびに、さらに燃え広がる炎。地面に残されたガソリンか、それとも建物に備蓄されていた可燃物か。あるいは、逃げ惑う人々が残した何かか――。何にせよ、その爆炎は無差別に命を奪い、さらなる破壊を呼び込んでいく。

 

そして、その燃え盛る街の中を、無数の影が蠢いていた。陸戦型ネウロイだ。

黒く禍々しい装甲を持ち、赤い閃光を放ちながら、確実に生存者を殲滅していく。彼らの放つビームが、断続的に爆発を生み、あちこちから崩壊する建物の音と、人間の断末魔の叫びが響き渡る。それは戦場というにはあまりにも一方的で、殺戮という言葉すら生ぬるい、ただの虐殺だった。

 

そして、黒煙の切れ間から、彼らは確かに見えた。

――迫りくる、ネウロイの大群が。

 

彼らの目的は明白だった。眼前の街を焼き尽くした次は、この笠寺高射砲陣地の丘を手中に収めること。そして、それが完了すれば、さらに北へ、さらに西へと進軍し、扶桑そのものを呑み込んでいくつもりなのだろう。 

 

「何よ……これは……街が……ないわ……」

 

美春の声は、呆然としたまま漏れた。

彼女は今、この目で見た現実が、どうしても受け入れられなかった。

 

「ねえ……これって現実……?」

 

秋乃の震える声が聞こえる。

あまりの光景に、彼女は膝が震え、今にも崩れ落ちそうだった。

 

「私たち、夢でも見ているのかしら……」

 

千歳は虚ろな目をしたまま、ぽつりと呟く。

しかし、目の前の光景が紛れもなく現実であることを、一番理解していたのは彼女自身だった。

 

「こんなの……酷すぎる……」

 

智代の瞳には涙が滲んでいた。

瓦礫の下から伸びる細い手。もはや動かない小さな体。

誰かの家だったはずの場所に散乱する、燃え焦げた写真。

 

こんなことが、許されていいはずがない。

 

欧州帰りの佳乃や頼子ですら、言葉を失っていた。

戦場を見慣れた彼女たちでさえ、この惨状は想像を絶していたのだ。

 

「みんな……落ち着いて聞いて……」

 

沈黙を破ったのは、佳乃だった。

声は冷静に聞こえたが、その指先は震えていた。

 

「はい……」

 

皆が彼女を見つめる。

不安と恐怖に押し潰されそうになりながらも、それでも仲間の言葉を待っていた。

 

「私たちは、これからあのネウロイを迎撃する。そして、できる限り多くの敵を倒すわ。でも……」

 

佳乃の表情が僅かに曇る。

 

「これだけの数を相手にするには、私たちだけでは到底足りない……」

 

「じゃあ、どうすればいいんですか……」

 

秋乃が不安げに尋ねる。

 

「できる限り敵の戦力を削り、時間を稼ぐしかないわ。残念だけど、この戦いは今日明日で終わるものじゃない……持久戦になるわ」

 

「持久戦……?」

 

美春が佳乃を見つめる。

 

「そう。敵の勢力を少しずつ削りながら、長期的に戦うの。今すぐ勝つことはできなくても、時間をかけて少しずつ崩していけば、いつか必ず勝てるはずよ……」

 

「そんな……」

 

美春たちは、改めて戦いの過酷さを突きつけられ、ただ静かに拳を握りしめた。

 

「ごめんなさい……今は、それ以外に方法がないのよ……」

 

佳乃は歯を食いしばりながら言った。

 

「いえ……でも、厳しいですね……」

 

美春が苦しげに呟く。

 

眼前に広がるのは、燃え尽きた街。

破壊された命。

生き残った者たちの悲鳴と絶望。

 

そして、近づくネウロイの大群。

 

戦わなければならない。

たとえどれほどの恐怖を感じようとも――。

 

美春は、自分の拳を強く握りしめた。

 

「とにかく、今は目の前のネウロイの侵攻を阻止するしかないわ。大高や鳴海は絶対に渡さない!南区の防衛線は死守しなければ……!」

 

佳乃の声が冷たい夜気を裂いた。その強い言葉は、彼女自身に言い聞かせるようでもあった。港区が陥落し、南区の防衛線すら崩壊の危機にある――。それが、現実だった。だが、彼女は決してこの戦場を放棄しない。絶対に、ここで踏みとどまる。

 

「「「はい!」」」

 

隊員たちは即座に応じた。その返事に迷いはなかった。皆、己がウィッチであることを自覚している。恐怖があろうとも、絶望が襲おうとも、彼女たちは飛ぶことをやめることはできない。彼女たちが飛び続ける限り、戦場は終わらない。いや、終わらせるのは自分たちだ。

 

「まずは、高射砲陣地で状況を確認しましょう」

 

佳乃は視線を鋭くさせ、笠寺高射砲陣地を目指した。そこに駐留する将兵の姿を確認すると、彼女は一気に高度を上げた。美春たちも続く。

 

「状況はどうなっていますか?」

 

佳乃の鋭い声に、高射砲大隊の小隊長らしき男が振り向いた。その顔は疲労と焦燥に満ちていた。戦況がいかに悪化しているか、それだけで察することができる。

 

「あっ!?あなた方は……!?」

 

「飛行第十七戦隊、第一中隊です。私は中隊長の大野佳乃大尉」

 

「……航空ウィッチか!ありがたい……!」

 

その言葉を聞いた瞬間、男の顔がほっと緩んだ。

 

「本官は、高射砲第百二十四連隊第二大隊第一中隊長、松井修大尉です!状況ですが……敵の数は推定1000。名古屋港は壊滅!港区南部、北部、西部の詳細は不明ですが、我々の担任区域である東部は、すでに入舟町、千鳥町、熱田前新田字中川東を残すのみ!南区内の東築地町、竜宮町、木場町も壊滅的な被害を受けていると聞いています!さらに、現在ネウロイの一部が港新橋の渡河を試み、熱田区方面へも侵攻しつつあるとのこと!」

 

佳乃の表情が凍りついた。

 

「1000……!」

 

それでも十分すぎるほどの絶望的な数だ。しかし、今この戦場を見て、それすらも疑わしく思えた。こんな短時間で、ここまで破壊が進むものか?何かがおかしい――。

 

「わかりました。私たちも港新橋へ向かいます」

 

「お願いします!」

 

松井大尉の敬礼を受け、佳乃は頷いた。彼の目には、まるで溺れる者が藁を掴むような必死さが滲んでいた。佳乃たちは機首をあげる。

 

「やっぱり……黒煙がひどくて、何も見えないわね……」

 

上空から名古屋港周辺を見下ろすが、炎と煙が視界を遮り、地上の様子を窺うことはできない。佳乃はしばらく考え込んだ後、ふとあるウィッチの顔が思い浮かんだ。美春だった。

 

そういえば、美春は視覚系の固有魔法を持っていなかっただろうか?

 

「美春。あなたの固有魔法は遠距離視だったわね?もしかしたら、ネウロイの数や街の詳しい状況が見えるかもしれないわ。試してくれる?」

 

「わかりました。やってみます!」

 

佳乃は上空から名古屋港周辺を見下ろした。しかし、視界に広がるのは炎と煙の渦。地上の様子を探ろうと目を凝らしても、熱気を帯びた黒煙が遮り、何が起こっているのかを把握することは難しかった。焼け落ちた建物の瓦礫の隙間から、時折閃光が走り、爆発音が重く響く。それは、未だ続く戦闘の証だった。

 

佳乃は歯を食いしばりながら、戦況をどう打開するかを思案した。この煙のせいで、敵の動きはもちろん、味方の位置すらも把握が難しい。焦燥感が募る中、ふとあるウィッチの顔が脳裏に浮かんだ。

 

美春――。

 

そうだ。彼女の固有魔法を使えば、視界の悪いこの状況でも敵の数や位置を把握できるかもしれない。佳乃はすぐに指示を下した。

 

「美春。あなたの固有魔法は遠距離視だったわね? もしかしたら、ネウロイの数や街の詳しい状況が見えるかもしれないわ。試してくれる?」

 

美春は一瞬戸惑ったが、すぐに頷いた。そして、深く息を吸い込み、魔力を集中させる。

 

「いきます――!」

 

瞬間、美春の視界が一気に拡張された。黒煙の奥、炎に包まれた街並みが目の前に広がる。まるで自分がその場に降り立ったかのように、細部まで克明に見えるはずだった――しかし。

 

(ダメ……)

 

彼女の視界に飛び込んできたのは、暗闇の中にぼんやりと浮かび上がるネウロイの影、そして焼け爛れた街の輪郭だけだった。通常なら細かな敵の配置や数を見極められるはずが、煙の濃度が高すぎるのか、まるで水中を覗き込むように歪み、視認が困難だった。さらに、火の粉と熱気が波のように揺らめき、焦点を合わせることすらままならない。

 

「大野大尉……申し訳ありません……」

 

美春は悔しそうに唇を噛み締めた。

 

「視界が黒煙に遮られて、はっきりとは見えません……さっきより火の手が広がっているみたいです……」

 

佳乃はしばらく考え込み、そして短く頷いた。

 

「そう……仕方ないわね。前進しながら情報を集めるしかないわ。とりあえず、港新橋を目指すわよ」

 

「了解!」

 

隊員たちの返事が重なり、第一中隊は慎重に前進を開始した。

 

彼女たちが進むその先で、何が待ち受けているのか――それは、まだ誰にも分からなかった。

 

笠寺高射砲陣地の丘を降りる。空気は熱と灰の匂いで重く、焦げた瓦礫が不規則に積み重なっていた。踏み出すたびに足元の瓦礫が崩れ、微かな火花が散る。空には黒煙が渦巻き、その合間から時折、閃光が走る。次の瞬間、轟音とともに爆発が起こり、地面が揺れた。火の手が一瞬で舞い上がり、炎がまるで生き物のようにうねる。

 

それでも、幸いにもネウロイのビームは今のところこちらに向かってくることはなかった。しかし、それがいつまで続くかは分からない。敵の気まぐれな一撃が、いつ彼女たちを襲うとも限らない。

 

緊張の中、第一中隊は慎重に進み、ついに尾張鉄道大江駅の北西、堤町へ到達した。

 

その時――

 

「おーい!!!」

 

鋭い叫び声が、黒煙の向こうから響き渡った。

 

美春たちは即座に身構え、声のした方へと振り向いた。

 

そこには――泥まみれの軍服を纏った陸戦ウィッチの小隊がいた。彼女たちは疲労困憊の様子で、しかし、こちらに向かって必死に手を振っていた。

 

「どういうこと……?」

 

美春が警戒するように眉をひそめる。

 

佳乃は素早く状況を判断し、第一中隊にホバリングを指示する。慎重に高度を下げながら、小隊の近くへと降下した。

 

「あんたたち、どこの部隊!?」

 

小隊の先頭にいた少女――おそらく小隊長だろう――が、泥まみれの顔を上げ、荒い息をつきながら叫んだ。その声には、疲労と焦燥、そして切迫感が滲んでいた。

 

「岐阜の飛行第十七戦隊、第一中隊。中隊長の大野佳乃大尉よ。あなたたちは?」

 

「岐阜から……ありがたい!私たちは機械化歩兵第六連隊第三大隊第二中隊第二小隊だ。小隊長の田中良子少尉だ!」

 

田中少尉は泥と血にまみれた顔を歪ませながら、息を整え、言葉を続けた。

 

「奴ら、少なくとも1万……いや、それ以上はいる!私たちが守っていた港区東部は壊滅だ……!」

 

「えっ……!?」

 

美春たちは絶句した。

 

「1万……ですって……!?」

 

佳乃の顔が凍りついた。

 

「さっき笠寺高射砲陣地で聞いた話では、港区東部はまだ持ちこたえているって……それに、敵の数も1000だと……」

 

「くそっ!戦況も敵勢もまともに伝わっていないのか……!丘の上から高射砲を撃っているだけじゃ、最前線のことなんて分からないんだ……!」

 

田中少尉の声には怒りと悔しさが滲んでいた。

 

「そんな……どういうことなの……?」

 

美春が不安そうに呟く。

 

田中少尉は力なく頭を振った。

 

「1000どころじゃない!1万、いや、それ以上だ!それに、港区東部なんてとうに壊滅して、すべての町がネウロイに奪われた……!防衛していた部隊は全滅だ!」

 

美春たちは息を呑んだ。

 

機械化歩兵第六連隊のウィッチたちは、ネウロイの侵攻直後から港区東部の防衛を命じられ、命懸けで戦っていた。しかし、敵の物量は圧倒的だった。何十倍もの敵に囲まれ、砲撃が尽き、銃弾が尽き、最後は撤退を余儀なくされた。

 

そして――彼女たちが最後の拠点として守ろうとしたのが、港新橋だった。

 

「避難民の退避が優先され、港新橋の封鎖が許可されなかったんだ……。手をこまねいている間に、ネウロイは港区東部を完全に掌握してしまった……!」

 

田中少尉の拳が震えた。

 

「港新橋に殺到した敵を食い止めようとしたが、数が多すぎた……死守を試みるも、多勢に無勢。激しい攻撃に晒され、ついに突破を許してしまった……」

 

「結果として、木場町や東築地町、竜宮町もネウロイに落ち、港区東部は完全に奴らの手に落ちた……!」

 

田中少尉の声が震える。

 

「南区内にも侵入したネウロイは、南陽通、五条町、六条町、七条町、豊田町、泉楽通といった地域を次々と占拠。南区全体がすでに奴らの巣窟になっている……!このままでは呼続や笠寺に到達するのも時間の問題だ……!」

 

戦況は、想像を絶するほどに悪化していた。

 

「それだけじゃない……」

 

田中少尉は、さらに続けた。

 

美春たちは身構える。

 

「私たちが必死に集めた情報によると、港区内のほとんどがネウロイに占拠され、熱田区や中川区にも侵入しているらしい……!」

 

「……そんな……」

 

美春の足が震えた。

 

熱田区や中川区――それは、名古屋の中心部への侵攻を意味していた。

 

「そして、この有様だ……!」

 

田中少尉は泥まみれの仲間たちを見渡し、悔しげに唇を噛み締めた。

 

それは、戦場の過酷な現実そのものだった。

 

佳乃は唇を強く噛みしめ、悔しさを飲み込んだ。飛行第十七戦隊は実戦経験の浅いウィッチが多く、夜間戦闘に至っては訓練すら不十分だった。だからこそ、夜明けを待って出撃したのは戦略的に正しい判断だった。しかし――。

 

(もし、もっと早く到着していたら?)

 

この街がここまで蹂躙される前に、手を打つことができていたのではないか? 確かに無謀な夜間戦闘を避けたことは間違いではなかった。だが、その間にネウロイは次々と町を焼き払い、住民たちを蹂躙し、名古屋を死の街へと変えつつある。

 

(自分たちが未熟だから間に合わなかったのではないか……?)

 

佳乃は拳を握りしめた。彼女だけではない――美春も、第一中隊の隊員全員が同じ思いを抱いていた。自分たちの未熟さを呪い、練度の低さを恥じた。しかし――それでも、彼女たちはウィッチだった。

 

「ウィッチに不可能はない。」

 

愛する祖国を、故郷を守るため、ここで諦めるわけにはいかない。

 

佳乃は深く息を吸い込み、自らを奮い立たせるように叫んだ。

 

「私たちが来たからには、もう安心よ! まずは反撃の好機を切り開くわ。飛行第一七戦隊第一中隊は、ネウロイを港区東端まで押し戻す! 一つずつ町を奪還していくのよ!」

 

佳乃の声が冷たい夜気に響き渡る。

 

「最初の目標は泉楽通のネウロイ排除! ここを突破して、港新橋まで反撃のルートを作るわ!」

 

「「「了解!」」」

 

ウィッチたちの力強い声が一斉に響き渡る。

 

「私たちも行く!」

 

田中少尉が叫んだ。

 

「ここにいてもやられるだけだ。敗走した挙句、無意味に死ぬなんて恥辱以外の何ものでもない! ネウロイどもに、扶桑皇国陸軍の陸戦ウィッチとしての意地を見せてやる!」

 

「ありがとう、頼もしいわ」

 

「お前たち、行くぞ! この鬼畜ネウロイどもに、思い知らせてやる!」

 

「「「はいっ!」」」

 

六連隊の陸戦ウィッチたちと、第一中隊は一斉に声を上げた。

 

こうして、港区東部奪還作戦が始まった。

 

港区東部奪還作戦――それは、苦しく、厳しい戦いになることが予想された。敵の戦力は圧倒的であり、戦闘経験の乏しい第一中隊がこの状況を覆せる保証などどこにもない。

 

それでも、彼女たちは進むしかなかった。

 

佳乃は不安を押し殺し、毅然と前を見据える。

 

(誰も死なせない——絶対に)

 

堤町から泉楽通までは、わずか500メートル。

 

だが、その500メートルの間に、どれほどの脅威が潜んでいるのか――それは、誰にも分からない。

 

第一中隊は歩くような速度で慎重に前進し、警戒を怠らなかった。六連隊の陸戦ウィッチたちも、地上から息を殺して進む。

 

そして――ついに、目的地へと到達した。

 

そこに広がっていたのは、まさに地獄だった。

 

泉楽通――かつては**絢爛豪華な温泉旅館「泉楽薗」**の名を冠し、扶桑家屋が立ち並ぶ美しい街並みが広がっていた場所。しかし、今やその面影は微塵もなかった。

 

燃え盛る猛火が通り全体を覆い、地面には火の川が流れていた。

 

「これが……泉楽通……?」

 

美春の声が震える。

 

木と紙で作られた扶桑の家々は、炎に貪り尽くされていた。

 

燃え落ちた梁や柱が道の上に無造作に転がり、火の手が噛みつくように燃え続ける。 その中に、人の姿はなかった。

 

誰もいないのではなく、誰も生きていないのだ。

 

「ひどい……」

 

「ネウロイめ……好き勝手にやりやがって……」

 

「許せない……」

 

隊員たちは、口々に怒りを吐き出した。

 

焦げた焦土の上で、かつての日常の残骸が転がっている。

 

焼け焦げた子供の靴、黒く炭化した手紙、瓦礫の下に埋もれた布団……。そこにあったはずの命の痕跡が、無慈悲に踏みにじられていた。

 

街が、死んでいく音がする。

 

佳乃は歯を食いしばった。

 

(ここまでやられて黙っていられるわけないわ……!許せない……!)

 

「みんな、落ち着いて。まずはネウロイを見つけ出して排除するわよ。でも、あの炎と煙が厄介ね……視界が遮られて、敵の姿を隠してしまう」

 

佳乃が冷静に状況を分析する。

 

「ああ、そうだな……どうする?」

 

「上空から探すしかないわね。幸い、うちの部隊には遠距離視の固有魔法を持つ子がいる。美春、できる?」

 

「はい! やってみます!」

 

「よし……美春、この捜索ではあなたの力が頼りになるわ。頼んだわよ」

 

「了解!」

 

美春は力強く返事をした。その声を聞いて、佳乃は安心したように微笑み、すぐに表情を引き締めた。

 

「では、分隊ごとに手分けして捜索開始。敵を見つけたらすぐに報告すること。決して単独で攻撃しないで。危険を感じたらすぐ撤退、他の部隊と連携して戦うこと。いいわね?」

 

「了解!」

 

「第六連隊の皆さんはここに留まっていて。炎の中を地上で動くのは危険すぎるわ」

 

「わかった。ここで決戦に備えておく」

 

良子はニヤリと笑い、獰猛な戦士の顔を見せた。

 

「頼もしいわね」

 

佳乃も微かに笑い、すぐに指示を出す。

 

「では——散開!」

 

隊員たちは二手に分かれ、それぞれの担当地域へと飛び去った。

 

しかし、美春たちはまだ気づいていなかった。

 

――すでにネウロイの罠にかかっていることを。

 

つづく




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