■【高位操縦士】犬塚マキノ
ヴォ・ヴァークと別れた後町に戻り、ミモさんに今回の依頼の事情を説明する。
ミモさんは少しばかり眉をひそめたものの、アルノーム鉱山に危険要素を孕んでいるうちはどのみち炭鉱夫を向かわせることは出来ないと判断したようだ。
それにヴォ・ヴァークがそれだけ準備を整えているというのならば、下手に手を出すことも出来ない。
結局はヴォ・ヴァークの報告待ちということになった。
「それにしてもマキノさん」
「ん?」
「よく嘘じゃないって分かりましたね」
隣でアイスを食べているワークスピサロが尋ねてくる。
「嘘って?」
「いえ。ヒュエのことですよ。私達のどちらもそのゆーびーえむ?を見ているわけじゃないでしょう? なのにあっさりと信じていたので」
そういえばこいつはまだ初心者みたいなものだったな。
UBMを知らないのもうなずける。
「それはだな、《真偽判定》というスキルがあって――」
初心者へのレクチャーは、ふーんという興味無さそうな返事で終わりを迎えた。
「私には判断出来なかったことがマキノさんには出来るってことですね」
「そうだな。初心者のワークスピサロには難しいかもしれないな」
初心者のところを少しばかり強調する。
今までのお返しだ。
「だったらこの依頼が完了するのは何時になるかマキノさんなら分かるってことでしょうか?」
「……うん?」
難易度六、 依頼名【アルノーム鉱山】の異変の解決は、未解決のままであった。
「それは……ヴォ・ヴァークがヒュエを倒したらじゃないか?」
「随分と他人任せな依頼ですねぇ。まるでマキノさんみたい」
「おい、俺が何時誰に頼ったって?」
「そうムキになさらずに。余計に心配になりますよ」
まあまあと苛つくジェスチャーで俺を抑えようとするワークスピサロ。
ミモさんの手前、強く出られないままでいると、
「ヴォ・ヴァークさんお一人で解決できるならわざわざ私達にクエストなんて出ないのではないですか? もしくはヴォ・ヴァークのお話を聞いた時点で解決されるのでは」
「……それは」
難易度六。
それにしては簡単過ぎる内容。
……俺は見誤ったのか?
言葉が見つからない俺に対してワークスピサロは何時までも待ち続ける。
何か言葉を捻り出そうとしたその時、
「――ッ!?」
「うわわっ」
ギルドが……いや、世界そのものが揺れたような感覚に陥る。
「地震……?」
「町全体が揺れているようですね」
地震……偶然か?
火山が近くにありながら……いや……
「た、大変です!」
悲鳴をあげながらギルドへと飛び込んでくるティアンがミモさんへと駆けよる。
「山が……山から火が上がっています」
アルノーム鉱山、その名は既に過去のものだ。
アルノーム火山が活動を再開する。
すぐに町全体に緊急避難警報が鳴り響く。
だが、それを聞く前に、既に住人の大半が町を出ようと門のある方角へと押し寄せていた。
「わ、わ、どうしましょう」
「……どうするもない。行くぞ」
噴火の衝撃でアイスを落とし悲観しているワークスピサロの手を引く。
このままここに居たところで俺達も噴火の影響を被るだけだ。
住人達と共に避難するしかない。
「……おい」
落としたアイスに対しての言葉だったのではないかと疑う程、ワークスピサロは後ろを振り返っている。
「違います。マキノさん、アレを」
ワークスピサロが指さす一点。
そこにはアイス……ではなくてギルドの外、溶けかけたマジンギアがいつの間にか鎮座していた。
「これは!? 同じマークの機体か」
ギルドを飛び出すとマジンギアの下へと走る。
紫炎のようなマークが施された機体。
そのマークも今は半分ほど消えてしまっているが、間違いない……ヴォ・ヴァークが所持していたものだ。
「手紙が挟まれていますよ」
操縦席はやはり無人で、そこには一通の手紙が置かれていた。
「……奴からか」
送り主は想像通りヴォ・ヴァークであった。
……確認するとフレンドリストで奴はログイン状況に無かった。
意図してのログアウトの可能性は低い。
恐らくはヒュエに返り討ちに逢い、デスペナ真っ最中なのだろう。
「手紙にはなんと?」
ワークスピサロに促され、中身を一瞥する。
そして、すぐにそれを折りたたんだ。
「どうしたんです?」
「……中身なんて無かっただけだ。『引き継ぐと』だけ」
ヒュエ討伐を託されたというわけだ。
少し顔を合わせただけの俺達に。
あれだけ入念に準備していた男が。
「巻き込むってか……」
【溶層牢 ヒュエ】……溶岩を棲み処とするUBM。
火山が再活動した今、その力もまた増していることだろう。
「まぁ、確かに私達が気張らなければいけない状況みたいですね」
「分かっているのか? 百機近くのマジンギアで挑んだヴォ・ヴァークですらダメだった。俺達に……俺に何が出来る」
掴みどころのない男だった。
だからこそ、底知れぬ圧と力を持ち合わせていると感じた。
……俺がヴォ・ヴァークの代わりになんてなれるはずがない。
「難易度は……七ですか。ひゃー、上がっちゃっていますねぇ。ヴォ・ヴァークさんが死んじゃったからか、火山が元気になったからか。はたまた両方か。これは骨が折れそうですよ」
無い袖を捲り上げながらワークスピサロはよっこいせと立ち上がる。
そして彼女の手にはアイスが握られている。
「糖分補給もこれで最後です。あ、このマジンギアも頂いちゃっていいですよね? ね?」
「……お前はいったい」
「なんですか、ヒトをじろじろと見て。不躾ですよ!」
「不躾とか自分で言う奴なんて……いや、そうじゃない。お前はこの状況で何故そんなに楽観視しているんだ!?」
それなりにデンドロ歴の長い俺ですら諦めかけている状況だ。
まだ日も浅い、下級職のワークスピサロがなんの勝算があるというんだ。
「楽観視、ですか。はて、そんなこと考えたこともありませんね」
「……は?」
「私はただ、呑み込まれていないだけですよ。流されていないって言ったほうがいいですか? 火山が噴火して、強そうなモンスターが強化されて。ええ、そんなことは分かっていますとも。オマケに倒すと息巻いていたヴォ・ヴァークが死んだことも! でもですね、私達はまだ挑んですらいないじゃないですか。たまたまヴォ・ヴァークさんとは相性が悪かっただけかもしれない。たまたまマキノさんが居合わさなかっただけかもしれない。たまたま私が活躍の場を見逃していただけかもしれない」
ワークスピサロは溶解したマジンギアへと回復魔法をかけていく。
同時に回復用のアイテムを使うと、見る間にマジンギアの外装は修復されていき、やがて全快する。
「私は知らないことが多いです。回復スキルよりもアイテムの方が効率が良いってこともマキノさんに教えてもらうまでは知りませんでした。それと同じですよ。マキノさんもまた、知らないだけです」
口が渇いている。
何か言葉を出そうとし、うまく出てこない。
ワークスピサロはそんな俺の心中を代弁するかのように、続ける。
「託されたじゃないですか。任されたんじゃないですか。私達には役割があるんです。ヴォ・ヴァークさんからせっかく引き継いだモンスター討伐。知らないまま、勝手に諦めたままでは勿体ないですよ」
……はは。
こいつは、やはりネジが飛んでいる。
火山が噴火し、いつ俺達がどころか……町そのものがどうなるかもわからないのに、自分のことしか考えていない。
こいつの顔がそう物語っている。
一切の心配もしてないのだ。
「馬鹿だな、本当にお前は」
「は!? 私のどこがバカだって言うんですか! 無知の知を知らないんですか!」
「いや知っているけどさ……」
だけど、俺の方こそだったのかもしれないな。
無知の知……知らないということを知っている、か。
知った気になって諦めていた俺と、知らないからこそ挑戦しようとしたワークスピサロ。
大局的に見れば俺の方が賢い選択をするのだろう。
だけど、視野が狭まった俺の選択よりも、ワークスピサロの突き抜けた埒外の選択こそが今は望ましい。
「……時間はそう残されていない」
次第に火山から上がる火の勢いが増していく。
現実に俺は火山の噴火を見たことはないため、今が正常なのかもわからない。
もしかするとヒュエが噴火速度すらも操っているのかもしれない。
「倒したら万事解決、とは限らない」
だけど、放置してしまえば被害は拡大するだろう。
「俺は歯車だ。何かを解決するためのピースの一つにしかなれない」
だけどそれでは駄目なのだ。
今は原動力となる歯車が必要だ。
「お前だ、ワークスピサロ。お前の力を俺に貸して欲しい」
そのぶっ飛んだネジがきっと俺に足りない最後のピースになるのだろう。
「欠けた歯車は完成する」
「それ、キメ台詞ですか? まだ早いと思うんですけど」
「……」
こういうのは俺の中のタイミングなんだよ。