■【溶層牢 ヒュエ】
生物の行動には目的が発生する。
生きるために食べる。
食べるために殺す。
快楽のために。
悦楽のために。
あるいは自己顕示欲のために。
自己、他者、何かしらの理由があるからこそ、生物は動く。
子孫繁栄にしろ自己生存にしろ。
死ぬという目的であっても。
ヒュエにとってソレは、『泳ぐ』ことであった。
何故、泳ぎたいのか。
理由はとうに忘れた。
過程が目的にすり替わっているのかもしれないが、もはやヒュエにとってはどうでもいいことだ。
とにかく泳ぎたい。
広い場所で泳ぎたい。
それだけだった。
たったそれだけの、願いがあった。
しかし残念なことに、ヒュエは他の多くの生物が可能とする水中での遊泳が出来なかった。
否、正確には水の中では生存が不可能であったのだ。
さらに言えば、空気中にすら長くいられなかった。
彼が唯一生存できるのは、700~1200℃の高温の環境のみ。
その環境でさえあればヒュエは食事も睡眠も必要なかった。
はじめは、小さなマグマ溜まりの中だった。
体長1m程のトカゲの姿をして生まれたヒュエはマグマの中を泳ぎながら、その環境を楽しむ。
いつしか、その楽しむことが当たり前になった時、彼はふと疑問に思った。
何故、自分はこのような狭い場所に囚われているのだろう、と。
成長したヒュエはやがて10mほどの体躯となり、その炎の湖は彼にとっては狭い棲み処となっていたのだ。
だが、唯一生存出来る棲み処から出れば待っているのは環境による絶命のみ。
高温化によってのみ生きることのできるヒュエが火山から降りれば、その肉体は冷めて砕けることになるだろう。
だからこそ、ヒュエは待っていた。
少しずつ、少しずつ、マグマ溜まりの中で、マグマが増えていくのを。
幸いにも、足元から更に下、地下深くに彼にとっての資源が眠っているのを知覚出来ていた。
ヒュエは棲み処を通じて、その資源眠る地下深くへと刺激を入れ、噴き上がるのを待っていた。
地下のものが噴き上がった時……地下と地上が入れ替わった時、そこは彼にとっての天国となる。
地上全てがヒュエの遊び場所となるのだ。
何故遊びたかったのかは分からない。
何故泳ぎたかったのかは分からない。
静かに、そこで鎮まることは出来なかった。
それだけは耐えられなかった。
◇◆
『Kururururururu』
マグマの中、ヒュエは静かに目を開ける。
遊び場には幾つかの玩具の残骸があった。
差し入れに来てくれた人間はもう姿を消した――文字通りいつの間にかどこかへと。
寂しいとは思わない。
虚しいとは思わない。
ただ、脆いなと感じた。
こんな楽しい場所で。
こんな狭くつまらない場所で。
生きることも出来ないほど、脆いのかと。
そして、それはその人間だけではなく、地上のほとんどの生物に当てはまることも、ヒュエは知っている。
玩具の残骸を突く。
残骸はマグマに沈み、泡を立てて消えていく。
再度浮かび上がることは無い。
どこかへと揮発して消えていってしまった。
突いたら消える。
その現象をヒュエはどこか面白く感じていた。
だから、残った残骸全てを突いた。
全部消えてしまった。
マグマの中には何もない。
ヒュエ以外の何もない。
それがつまらなかった。
『Kuru――』
僅かに力の上昇を感じる。
マグマに浸かっているからか?
それは今更だ。
であれば、先程の人間が死んだからか?
それほどの力を感じなかった。
上昇を自覚したのは残骸が溶けた後からだ。
残骸の中にキラキラと光る何かがあった。
それらもマグマに溶けたのだろうが、あの光る何かは綺麗であった。
もっとよく見ておけば良かったとヒュエは後悔する。
『Kuru?』
気づけば天井部に穴が空いていた。
そこからは空が見えた。
久しぶりに見た。
以前見上げた時は、あまりの寒さに凍え死ぬかと思い、景色を楽しむ余裕は無かった。
何故か今はその余裕がある。
力が上昇したからであろうか。
『……』
違う、とヒュエは確信していた。
ただ、空高くまで温度が上がっているのだ。
マグマ溜まりの外までもがヒュエにとって過ごしやすい環境へと変化し始めていた。
手を伸ばすと、沿うようにマグマが空へと流れていく。
少しばかり舞うと、それらは岩石へと固まって落下してくる。
マグマの中で再び溶解し、その一部へと戻ってくる。
これまでマグマの操作など出来なかった。
手足を動かすことで渦を巻き起こすことがせいぜいであった。
だが、今は違う。
手足のようにマグマを動かせる。
ならば……
溜めを作る。
手足を動かす直前に力を溜めるように。
マグマを空高く放る直前に力を溜める。
ヒュエは感じていた。
きっとこれは自身が世界へ羽ばたく第一歩となるだろうことを。
■【高位操縦士】犬塚マキノ
一日ぶりの鉱山は、景色が一変していた。
火山と呼ぶに相応しい、現在もあちこちで岩石が降り注ぎ、空は灰に覆われている。
「……ワークスピサロ。迂闊に前を歩くなよ。お前のHPだと下手なところに触れれば火傷じゃ済まない」
「そんな俺に触れたらみたいなこと言ってマキノさんったら」
「その辺の溶岩に手足が触れた箇所から蒸発するかもしれないからな?」
「ひえっ」
怖いもの知らずなのか、その辺に落ちている岩石に手を伸ばそうとし、しかし1mも離れていないところで引っ込めた。
鉱山の……否、火山と変わり果てた入り口を目指し歩く。
入り口が機能しているのかは分からない。
だが、他に目指す当てがないのも確かだ。
「……というか、今更だけど耐熱装備じゃないだろ、それ」
「え? ああ、そうですね」
こいつは初期装備も初期装備だ。
岩石に触れたらとか、落下してくる岩石に押しつぶされたらとか心配していたが、そもそもでこの環境下でさえ辛いのではないのだろうか。
昨日ですら暑い暑いと嘆いていたのだから。
「大丈夫ですよ。先日マキノさんに買って頂いた冷却ジェムがありますから」
「あの程度で防げるものじゃないだろ」
「ええ。ですから、
「は?」
そんな仕様は無かったはずだが、と尋ねようとしたがその前に向こうから問いかけがあった。
「でもレベルが上がればマキノさんみたく暑さに強くなるんですか? 昨日もマキノさんはこのアイテムを使っているようには見えませんでしたが」
「ああ。俺は以前に燃え盛るマジンギアと戦ったことがあってな。その時に耐熱装備を手に入れたんだ」
「へー。ズルいですね」
いやズルくは無いだろう。
環境に合わせ適切な装備を整えるのはゲーマーとしては当然のことだ。
「ヴォ・ヴァークさんも似たようなものだったんですかね」
「アイツは……素で感じていなかった可能性もあるな」
なんというか俺達とは見ている世界が異なっているように感じた。
……ワークスピサロもそうか。
俺も、コイツも、ヴォ・ヴァークも。
それぞれが別の方角をみていて、ほんの少しだけ視界が重なっているだけに過ぎない。
その視界の片隅にこの火山があり、ヒュエ討伐という目的がある。
「――いいや? これでも人並みの感性は持ち合わせていると自負している。暑さに――熱さに強いわけではない。逃がしているだけに過ぎないだけだ」
火山の入り口らしき場所。
そこから1体のマジンギアと、そして担がれた男がこちらへ向かってくる。
それは作業着と白衣を混ぜたような服装の男。
「ヴォ・ヴァーク!? 生きていたのか」
フレンド欄を確認したときはログアウトしていたはずだが。
「思いのほか強くてね。彼奴の意識が逸れるまでログアウトしていたのだ」
「よくそんなことできたな」
戦闘中ってログアウト出来ないんじゃなかったか?
「30秒の時間を稼げれば不可能なことではない。この溶岩地帯もヒュエの支配下というわけではないことも幸いであった」
だが、ヴォ・ヴァークの肉体はあちこち重度の火傷だらけであり、じわじわとHPが減っている。
このまま町までもつかどうか。
「悪いが手持ちに回復アイテムは無いかね? お代は僕とヒュエの戦闘記録だ」
俺は回復スキルを使おうとしたワークスピサロを押しのけ、迷わずアイテムボックスから最上級の回復用ジェムを使用した。