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グレンの学院内における評判を地におとしめた決闘騒動から三日が経った。グレンの授業に対するやる気のなさは相変わらずで、学院内の生徒達の評判はすこぶる悪い。
だが、当のグレンはなんの負い目もないようだ。のんべんだらりと日々をこなしていた。やがて生徒達はグレンの授業中に、自由に自習をするようになる。元々学習意欲の高い者達ばかりなので、グレンの授業で時間を無駄にしたくないのだ。生徒達は皆、思い思いに魔術の教科書を広げ、思い思いに勉強に励んでいる。そんな生徒達の様子を見て、グレンも何一つ文句は言わない。いつの間にかそれがグレンと生徒達との間での暗黙の了解になっていた
「はーい、授業始めまーす」
その日もグレンはいつものように大幅に授業に遅刻してやって来た。そして、死んだ魚のような目で、やる気のない授業を始める。生徒達はため息をついて、教科書を開き、自習の準備に入る。
実にいつもの光景だが、こんなやる気のない授業から、まだ何かを学ぼうとする健気で真面目な生徒がいたらしい。
が、そんな生徒相手でもグレンはただ辞書を渡して辞書の引き方を解説するだけであって、無関心を決め込むつもりだったシスティーナも流石に黙っていられなくなった。
「無駄よ、リン。その男に何を聞いたって無駄だわ」
「あ、システィ」
質問をしたリンは、グレンとシスティーナに挟まれて所在なさげにおろおろする。
「その男は魔術の崇高さを何一つ理解していないわ。むしろ馬鹿にしてる。そんな男に教えてもらえることなんてない」
「で、でも……」
「大丈夫よ、私が教えてあげるから。一緒に頑張りましょう? あんな男は放っておいていつか一緒に偉大なる魔術の深奥に至りましょう?」
システィーナがうろたえるリンを安心させるように、笑いかけたその時だ。
一体、何がその男の気に障ったのか。
「魔術って……そんなに偉大で崇高なもんかね?」
その日はなぜか食い下がった。
「……え?」
「魔術ってのは何が偉大でどこが崇高なんだ? それを聞いている」
食い下がるグレンの言葉にシスティーナは一呼吸置いて答えた。
魔術はこの世界の真理を追究する学問。
世界の起源、構造、支配する法則。魔術はそれを解き明かし、自分と世界が何の為に存在するのかという永遠の疑問に答えを導き出し、人よりも高次元の存在へ至る道を探す手段、と。システィーナは会心の返答をするも。
「…………………何の役に立つんだ? それ」
グレンはそう言い返した。
世界の秘密を解き明かして、より高次元の存在になることでそれが何の役に立つのかとそう言い返すと、システィーナはそれに即答できなかった。
そんなシスティーナにグレンはつまらなそうに追い討ちをかける。
この世界で術と名付けられた物は大体人の役に立っているが、魔術だけは何の役にも立っていない。何故なら魔術の恩恵を受けられるのは魔術師だけで、普通の生きていく一般人には触れることもない代物だ。
魔術は娯楽の一種。グレンはそう言ったのだが―――
「悪かった、噓だよ。魔術は立派に人の役に立っているさ」
「……え?」
グレンの突然の掌返しにシスティーナはもちろん、固唾を吞んで二人の様子を見守っていたクラスの生徒一同も目を丸くする。だが…
「あぁ、魔術は凄ぇ役に立つさ……人殺しにな!」
酷薄に細められたその暗い瞳、薄ら寒く歪められた口から紡がれたその言葉は、クラス中の生徒達を心胆から凍てつかせた。
「実際、魔術ほど人殺しに優れた術は他にないんだぜ? 剣術が人を一人殺している間に魔術は何十人も殺せる。戦術で統率された一個師団を魔導士の一個小隊は戦術ごと焼き尽くす。ほら、立派に役に立つだろ?」
「ふざけないでッ!」
流石に魔術を外道におとしめられるのは我慢ならなかったのかシスティーナは言い返そうとするが……
「お前、この国の現状を見ろよ。魔導大国なんて呼ばれちゃいるが、他国から見てそれはどういう意味だ? 帝国宮廷魔導士団なんていう物騒な連中に毎年、莫大な国家予算が突っ込まれているのはなぜだ?お前の大好きな決闘にルールができたのはなんのためだ? お前らが手習う汎用の初等呪文の多くがなぜか攻性系の魔術だった意味はなんだ?お前らの大好きな魔術が、二百年前の『魔導大戦』、四十年前の『奉神戦争』で一体、何をやらかした? 近年、この帝国で外道魔術師達が魔術を使って起こす凶悪犯罪の年間件数と、そのおぞまじい内容を知ってるか?ほら、見ろ。今も昔も魔術と人殺しは切っても切れない腐れ縁だ。なぜかって? 他でもない魔術が人を殺すことで進化・発展してきたロクでもない技術だからだ!」
流石にここまで来るとグレンの言は極論だった。だが、普段すっとぼけた顔のグレンが、この時だけは何かを憎むような形相でまくし立てていた。その勢いに圧倒された生徒達は何一つ反論できなかった。
「まったく俺はお前らの気が知れねーよ。こんな人殺し以外、なんの役にも立たん術をせこせこ勉強するなんてな。こんな下らんことに人生費やすなら他にもっとマシな──」
ぱぁん、と乾いた音が響いた。
歩み寄ったシスティーナが、グレンの頰を掌で叩いた音だ。
「いっ……てめっ!?」
グレンは非難めいた目でシスティーナを見て、言葉を失った。
「違う……もの……魔術は……そんなんじゃ……ない……もの……」
気付けば、システィーナはいつの間にか目元に涙を浮かべ、泣いていた。「なんで……そんなに……ひどいことばっかり言うの……? 大嫌い、貴方なんか」
そう言い捨てて、システィーナは袖で涙を拭いながら荒々しく教室を出て行く。後に残されたのは圧倒的な気まずさと沈黙だった。
「──ち」
グレンはガリガリと頭をかきながら舌打ちする。
「あー、なんかやる気でねーから、本日の授業は自習にするわ」
ため息をついてグレンは教室を後にした。
(あ〜あ、学生相手に言い過ぎだろグレン先生……まぁ今のグレン先生にとって魔術はロクでもないものでしかないからね…)
「ユキト君はどう思ってるの?さっきのグレン先生とシスティの話…」
そう考えていると横からルミアがそう聞いてきた。
「オレ?オレはどっちもどっちだと思うよ…グレン先生は魔術を酷く嫌ってるから影しか見てないし、白髪は逆に魔術を神聖視しすぎてるから光しか見てない…」
「じゃあユキト君にとって魔術はどういうものなの?」
「…オレにとって魔術は力だよ。オレ自身や大切なものを守るためのね」
そこまで言うとオレは机に伏した。
「…大切なもの……それって…」
隣のルミアが小声で何か言っていたが、聞こえなかった。
---放課後
「ん〜なんで上手くいかないんだろ?」
「…」
魔術実験室で教科書を片手に何かをしては悩んでいるルミアと、その後ろでそれを黙って見てるオレがいた。
(どーしてこうなったんだっけ?)
遡ること夕方、授業も終わり帰ろうとするとルミアが
「ユキト君!魔力円環陣の復習がしたいから付き合ってくれないかな?」
と言ってきたが、眠かったため断ろうと
「ゴメ……」
「ダメ、かな?」
断りの言葉を言いかけてた所に、上目遣いで畳みかけてきた。
それに思わず
「…ダメじゃないよ」
と言ってしまったオレは悪くない…
その後で実験室の鍵がかかっているのを思い出し、それを口実に抜け出そうとしたら
「じゃーん!事務室に忍び込んで取ってきちゃった!内緒だよ?」
と鍵を見せながら笑顔でウインクされたことで断念した。
(あれは破壊力ありすぎだろ……)
とこうなった時のことを思い出している間にもまだ円環陣が上手くいってないのか、ルミアは所々を修正しては首を傾げていた。
ちなみに一から全部教えるのはどうかと思ったのでとりあえず最初の5分ほどは自分で考えてもらっている。
(そろそろ限界かな?)
そう思い声をかけようとした時
バンっ!
「ひゃ!」
「生徒による魔術実験室の無断使用は禁止だぞ〜」
突然、魔術実験室の扉が外から乱暴に開けられ、注意をしながらグレン先生が入ってきた。それに驚いたルミアは
「ゴメンなさい!すぐに片付けますから!」
と言い慌てて片付けようとするが、グレン先生が腕をつかんで止めていた
「いーよ。最後までやっちまいな。もうほとんど完成してんじゃねーか。崩すのはもったいねーだろ」
「で、でも……上手くいかなくて…」
と少し寂しそうに言うルミアだが
「馬鹿。水銀が足りてねーだけだ。てかそこの後ろにいるお前は気づいてたんじゃないか?」
「え?」
後ろにいたオレに言われたため
「ん?気づいてたよ。でも言おうとしたらグレン先生が入ってきたから言えなかったんだよ」
そう言ってグレン先生に少し非難の目を向け、オレに悪意はないことをアピールすると
「そうだったのか、悪かったな」
と軽く言いながら水銀の入った壺を手に取り、陣に垂らした後指で素早く正確に陣の綻びを修繕していき、終わると
「もう一回、起動してみな。教科書の通り五節だ。横着して省略すんなよ?」
「《廻れ・廻れ・原初の命よ・理の円環にて・路を為せ》」
すると今度は上手くいき、方陣のラインを七色の光が縦横無尽に走っており、七つの光と輝く銀が織り成す幻想光景が広がっていた。
「うわぁ…綺麗…」
ルミアはその光景を感極まったようにじっと見つめながら率直な思いを口に出していた。
「……」
かくいうオレも少しばかり魅入ってしまっていた。
そしてそんなオレたちを後ろから見ながらグレン先生は寂しくも眩しいものを見るような表情で見ていた。
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オレ達はそのまま先生と一緒に帰ることになった。ルミアの要望である。オレとしても別に断る理由もないし了承して夕日の中三人で帰宅している時…
「先生って……本当は魔術がお好きなんですよね?」
ルミアが不意に、そんなことを言った。
「おれが?冗談はよせ。おれは魔術が大嫌いなんだ。」
「でも先生あの時の表情、私にはそうは思えませんでした」
とグレン先生が否定しても言い返されてしまう。
「.........まぁ、いい。それにしたってお前らは何でそうやって真面目に勉強するんだ?」
話題を変えたいのかグレン先生がオレ達にそう質問してきた。
「私……恩返ししたい人たちがいるんです」
「恩返し?なんなんだそりゃ?」
「あれは今から三年くらい前の話です。私が家の都合で追放されて、システィの家に居候し始めた私、悪い魔術師達に捕まって殺されそうになってしまったことがあって……その場では別の魔術師がそこから逃がしてくれたんです。でも、逃げた先にも悪い魔術師達がいて。…あの時の私、前の家を追放されたこともあって不安定で……どうして私ばっかりこんな目にって、怯えて震えて泣いて、もうだめだと諦めてる時にローブを被った人が来て悪い魔術師達を一瞬で氷漬けにしてしまったんです。でも、その時はもっと怖い人が私を殺しに来たんだと思って
『あなたも私を殺しに来たの!?』
って言ったんです。そしたら
『大丈夫、オレは敵じゃないよ。と言っても信じられないよね…でもこれだけはハッキリと言うね。オレは味方だよ…君の事情は大体知ってる…辛かったよね、オレも親に捨てられたから君の気持ちも分かるつもりだ…』って言われて…そんな言葉言われた事なかったし、この人も同じって分かると安心できて涙が溢れ出してきて…するとその人が抱きしめてくれたので思いっきり泣いてしまって…それからその人に氷で色々な動物を作ってくれながら家の近くまで送ってもらって、最後に氷のお守りをくれたんです」
そう言って、ルミアは懐から氷で出来た月形のネックレスを取り出した。
(まだ持ってくれてたんだね……)
「だから今度は私があの人たちを助けたい。人が魔術で、道を踏み外さない様に、導いてあげられる人になりたい。そう思ったんです…変でしょうか?」
「…いいんじゃねぇの?そんなの人それぞれだろ。で、お前は?」
「オレは大切なもののためかな。…実はオレ小さい頃に親に捨てられて孤児院で育ったんだ。その孤児院は貧しくてさ、オレは早くに出たけどそん時でも経営が苦しくてたった数人分の食料も無いほどだったから1人分のご飯を皆で分け合ってたんだ…だからオレは多く稼げる魔術に目をつけた。これなら少しは孤児院の助けになるかなって思って……」
と真面目に答えると
「そっか…立派だな。……ま!頑張れよ」
グレン先生は素直な感想を言ってきてくれた
ルミアは…
「ユキト君!応援してるからね!」
そう満面の笑みを浮かべながら言ってくれた
その2人の素直な言葉にオレは内心照れながらも普段通りに
「ありがと…」
と返した。
その後別々の帰路に行く前に
「…あの、システィにお昼の事、ちゃんと謝ってあげてください。あの子にとって魔術は亡き祖父との絆の証なんです…」
ルミアはグレン先生にそう言ってフィーベルの事を伝えていた。