FAIRY TAIL 才禍の怪物   作:XAI

10 / 10
第10話 激怒

 

 森の中を、アルは凄まじい速度で駆け抜けていた。

 

 見聞色で感じ取る気配を追いながら、木々の間を一直線に進んでいく。

 

 そして。

 

「……っ!」

 

 前方の異変が視界へ飛び込んだ。

 

 森の一部だけが、まるで命を吸い尽くされたように枯れている。

 

 その中心。

 

 そこにはエルフマンとエバーグリーン、さらにナツとハッピーが、黒髪の男と対峙するように立っていた。

 

 間違いない。

 

 ゼレフだ。

 

 するとゼレフは静かに身を屈ませる。

 

 次の瞬間、その身体から黒い靄のようなものが溢れ出した。

 

 渦を巻きながら周囲へ広がっていく禍々しい魔力。

 

「まずいっ」

 

 アルは即座に収納魔法から先程と同じクナイを二本取り出す。

 

 一つをエルフマン達の方へ。

 

 もう一つを全く別方向の森へ向かって投擲した。

 

 そして。

 

 クナイがエルフマン達へ届く寸前――

 

「《飛雷神の術》っ!」

 

 アルの姿が掻き消える。

 

 次の瞬間には、投げたクナイの位置へ移動し、エルフマン達の前へ立っていた。

 

「なっ!? 兄貴!?」

 

「アル!?」

 

「何でー!?」

 

 突然現れたアルに、エルフマン達が目を見開く。

 

 だがアルは振り返らない。

 

「悪いが、答えてる暇はない」

 

 そう言いながら、アルは両手でクナイを構える。

 

 その直後。

 

 ゼレフから放たれた黒い波動が、凄まじい勢いで迫ってきた。

 

 触れた生命全てを奪う死の波動。

 

 アルはそれを真正面から見据える。

 

 そして。

 

「《飛雷神・導雷》」

 

 空中へ術式が展開される。

 

 黒い波動が術式へ触れた瞬間――

 

 ズォッ!! 

 

 波動そのものが空間へ吸い込まれるように消失した。

 

 完全に。

 

 跡形もなく。

 

 そして数刻遅れ。

 

 全く別方向の森で、突如黒い波動が出現する。

 

 直後、その一帯の木々が一瞬で枯れ果てた。

 

 アルは、黒い波動が完全に消えたのを確認すると、小さく安堵の息を吐いた。

 

 もし一歩でも遅れていれば、間違いなく全員巻き込まれていた。

 

 そう考えながら、アルは背後のエルフマン達へ振り返る。

 

「お前ら、大丈夫か?」

 

「あ、ああ……」

 

 エルフマンはまだ驚きが抜けていない様子で頷く。

 

「助かったわ……」

 

 エバーグリーンも胸を押さえながら息を整えていた。

 

 一方。

 

「アル!! 何なんだよ今の!?」

 

 ナツが目を見開きながら叫ぶ。

 

 ハッピーも青ざめていた。

 

「オイラ、死ぬかと思った……」

 

 アルは全員が無事である事を確認すると、安心する。

 

 そして再び前へ視線を向ける。

 

 だが。

 

「……消えたか」

 

 先程までそこにいたゼレフの姿は、既に無くなっていた。

 

 残っているのは、枯れた森と不気味な静けさだけ。

 

 するとエルフマンが困惑した様子で口を開く。

 

「兄貴……何でここに」

 

 アルは肩の力を抜きながら振り返った。

 

「妙な魔力の反応があったからな。

 間に合って良かった」

 

 そう言って、四人へ微笑みかける。

 

 そしてすぐに表情を引き締めた。

 

「あの男の事はオレに任せろ。

 お前らは試験へ戻れ。時間を無駄にするな」

 

「でもよ! あいつはこの島に勝手に入って……!」

 

 ナツが納得いかない様子で前へ出る。

 

 だがアルは、そんなナツを静かに見た。

 

「ナツ」

 

 短い呼び掛けだった。

 

 それだけで、ナツの動きが止まる。

 

 アルは真っ直ぐナツを見据えながら続けた。

 

「今は試験中だ。

 それに、アイツはお前達がどうこう出来る相手じゃない」

 

「っ……!」

 

 ナツが悔しそうに歯を食いしばる。

 

 エルフマン達も黙ってアルを見ていた。

 

 そんな四人へ、アルは小さく笑みを向ける。

 

「安心しろ。

 オレがいる」

 

 その言葉には、不思議と人を落ち着かせる力があった。

 

 少なくとも、エルフマン達にとってはそうだった。

 

 やがてエルフマンが拳を握る。

 

「……分かった兄貴。行こうエバーグリーン」

 

「ええ」

 

 ナツもまだ不満そうではあったが、最後には舌打ちしながら背を向けた。

 

「……チッ、絶対あとで聞くからな!」

 

「オイラも気になる!」

 

 そう言いながら、ナツとハッピーも試験の方へ走っていく。

 

 アルは、四人の背中が見えなくなるまで静かに見送った。

 

 そして。

 

 一人になると、再びゼレフがいた方向へ視線を向け、森へと入っていく。

 

 森へ入り、しばらく進んだところでアルは足を止めた。

 

 巨大な木の根元。

 

 そこに、ゼレフが巨木へ背を預け、座り込んでいた。

 

 先程のような禍々しい気配はなく、今のゼレフは酷く疲れた男にしか見えなかった。

 

 アルは静かに近づいていく。

 

「久しぶりだな。ゼレフ」

 

 その声に、ゼレフはゆっくりと顔を上げた。

 

 そしてアルを見ると、小さく息を吐く。

 

「……アルか。

 久しぶりだね」

 

 アルはゼレフの前まで来ると、静かに問いかけた。

 

「まさかお前がこの島にいるとは思わなかった……

 どうして来たんだ?」

 

 ゼレフは少し視線を落とす。

 

「何となくだよ……

 ここが妖精の尻尾の島だとは知らなかったけどね」

 

 そう言って俯く。

 

 その声は、酷く疲れているように聞こえた。

 

 アルはそんなゼレフを見つめながら、小さく息を吐く。

 

「……先程の波動で誰も死んでない。

 オレが別の場所へ飛ばした」

 

 その言葉に、ゼレフの肩が僅かに揺れた。

 

「……そうか」

 

 そして静かに目を閉じる。

 

「ありがとう、アル」

 

 アルは腕を組みながら、ゼレフを見下ろした。

 

「とにかく、お前は島を出た方がいい。

 さっきみたいに他のやつらと鉢合わせしたら、また呪いが発動するかもしれないからな」

 

 ゼレフは黙って聞いている。

 

「いつもオレがついてるわけじゃない。

 次も間に合うとは限らない」

 

 アルは少し間を置き、静かに続けた。

 

「……お前も、それは望んでないだろ」

 

 その言葉に、ゼレフは小さく目を伏せる。

 

「……ああ」

 

 短い返事だった。

 

 しばらく二人の間に沈黙が流れる。

 

 森を揺らす風の音だけが静かに響いていた。

 

 やがてゼレフは、ゆっくりと立ち上がる。

 

「分かった。

 すぐにこの島を離れるよ」

 

 そう言って歩き出しかけた時、不意に足を止めた。

 

「アル」

 

 ゼレフは振り返らないまま問い掛ける。

 

「君の目的は……まだ変わらないのかい?」

 

 アルは静かに目を細めた。

 

「ああ」

 

 短く答えた後、ゆっくり続ける。

 

「アイツだけは……オレがやらなきゃいけない」

 

 ゼレフはその言葉を聞くと、僅かに目を伏せた。

 

「……そうか」

 

 それだけを静かに残し、再び歩き出す。

 

 黒いローブが森の奥へ消えていく。

 

 アルは、その背中を黙って見送っていた。

 

 アルはゼレフが去っていった森をしばらく見つめた後、小さく息を吐いた。

 

 そして踵を返し、簡易ベースへ向けて歩き出す。

 

 だが、その時だった。

 

 ヒュゥゥゥゥ――ン……

 

 鋭い音が空へ響く。

 

 アルが足を止め、空を見上げる。

 

 次の瞬間。

 

 ドンッ!! 

 

 赤い信号弾が天高く炸裂した。

 

 空を真っ赤に染める光。

 

 それを見た瞬間、アルの表情が変わる。

 

「……敵襲か」

 

 あの信号の意味は一つ。

 

 敵侵入。

 

 総員迎撃。

 

 試験どころではない、非常事態を示す合図だった。

 

 そして直後。

 

 アルは空に、無数の光が現れていることに気づく。

 

「……何だ、アレは」

 

 空から降り注ぐ、光の粒。

 

 一つや二つではない。

 

 数十――いや、数百。

 

 まるで流星群のように天狼島全域へ降り始めていた。

 

 アルは目を細める。

 

 そして次の瞬間。

 

 無数の光が地面へ到達すると同時に、一斉に弾けた。

 

 ドドドドドドッ!! 

 

 爆ぜた光の中から現れたのは、武装した魔導士達。

 

 黒い紋章。

 

 間違いない。

 

「……悪魔の心臓(グリモアハート)」

 

 アルが低く呟く。

 

 すると、現れた魔導士達もアルへ気づいた。

 

「おいおい、一人だけかよ」

 

「楽な仕事だな」

 

「さっさと殺して進むぞ!」

 

 好き勝手に笑いながら武器を構える魔導士達。

 

 その姿を見たアルの目から、感情が消える。

 

 冷え切った視線だけが、目の前の集団へ向けられていた。

 

「おい、貴様ら」

 

 静かな声だった。

 

 だが、その場の空気が一瞬で張り詰める。

 

「オレに殺すと言ったからには……

 自分が殺される覚悟はあるんだろ」

 

 アルは腰の刀へ手を添える。

 

「だったら――」

 

 僅かに目を細めた。

 

「せいぜい、苦しまないことを祈れ」

 

 次の瞬間。

 

 アルの姿が消えた。

 

 ドォンッ!! 

 

 一人の魔導士が何が起きたかも分からぬまま吹き飛ぶ。

 

 さらに。

 

 閃く斬撃。

 

 砕ける大地。

 

 悲鳴。

 

 血飛沫。

 

 数で押し潰そうとしていた悪魔の心臓(グリモアハート)の魔導士達は、一瞬で理解する。

 

 自分達が襲った相手が、化け物だったことを。

 

 そして――

 

 アルの蹂躙劇が始まった。

 

 

 

 一方その頃。

 

 天狼島各地では、グリモアハートとフェアリーテイルによる戦闘が激化していた。

 

 森の一角では、ナツとハッピーが黒炎を操る男と対峙している。

 

 煉獄の七眷属――ザンクロウ。

 

 その掌から放たれる黒い炎は、周囲の木々を瞬く間に焼き尽くしていた。

 

「ギャハハハハ!! 

 どうしたドラゴンスレイヤー!!」

 

 対するナツも炎を纏い応戦しているが、表情は険しい。

 

 黒炎はナツの炎を喰らい、燃やしていた。

 

「何だよその炎……っ!」

 

 ザンクロウは嗤う。

 

「神の炎だ」

 

 激突する紅蓮と黒炎。

 

 その衝撃が森を揺らしていた。

 

 また別の場所。

 

 エルフマンとエバーグリーンは、巨大な魔物を次々と生み出す男と戦っていた。

 

 煉獄の七眷属――ラスティローズ。

 

「フハハハハ!! 

 人間とは想像力の生き物だ!!」

 

 空には巨大な竜。

 

 地には異形の獣。

 

 次々と生み出される怪物達が、エルフマン達へ襲い掛かる。

 

「漢なら真正面から来やがれぇぇぇ!!」

 

 エルフマンは全身接収で拳を振るい、怪物を殴り飛ばす。

 

 一方エバーグリーンも石化魔法で応戦していた。

 

 しかし、数が多い。

 

 押し切るには至っていなかった。

 

 さらに別の場所では。

 

 カナ、ルーシィ、グレイ、ロキの四人が、一人の男と対峙していた。

 

 山羊のような角。

 

 スーツ姿。

 

「メェは悪魔の心臓七眷属が1人……カプリコ」

 

 男――カプリコは静かに名乗る。

 

 その異様な雰囲気に、四人の表情も自然と険しくなっていた。

 

 島の中心の湖では、エルザとジュビアが一人の少女と対峙している。

 

 煉獄の七眷属――メルディ。

 

 小柄な少女は、無機質な目で二人を見据えていた。

 

「作戦中に敵と遭遇。

 直ちにこれを排除……これより戦闘を開始する」

 

 対するエルザは剣を構え、ジュビアも水を纏う。

 

 さらにその頃。

 

 天狼島の別地点では、マカロフが一人の男と激突していた。

 

 悪魔の心臓のマスター――ハデス。

 

 そして同時に、かつて妖精の尻尾二代目マスターだった男。

 

 圧倒的な闇の魔力が森を揺らす。

 

 だが。

 

 激戦の末、マカロフは敗北。

 

 深い傷を負い、地へ倒れ伏していた。

 

 天狼島全域で、激戦が始まっていた。

 

 そして――

 

 ドゴォォォォンッ!! 

 

「うあっ!?」

 

「きゃあっ!!」

 

 凄まじい爆風が森を吹き荒れ、ミラとリサーナの身体が地面を滑るように吹き飛ばされる。

 

 土煙の向こう。

 

 そこに、一人の男が立っていた。

 

「子供や女ばかりでは、まるで力が出せんね」

 

 耳に三日月のイヤリングを付けた大男。

 

 悪魔の心臓、煉獄の七眷属――アズマ。

 

 ミラはすぐに立ち上がり、険しい表情でアズマを睨みつける。

 

「ミラ姉!! サタンソウルを!!」

 

 リサーナが叫ぶ。

 

 だがミラは唇を噛んだ。

 

「……そう何度も使える魔法じゃないのよ」

 

 一次試験から続く連戦。

 

 さらに侵入してきたグリモアハートとの戦闘。

 

 魔力はすでに大きく削られていた。

 

 すると。

 

 アズマがミラを見ながら、僅かに目を見開く。

 

「姉妹? 

 ……まさか、お前はあの魔人ミラジェーンか!?」

 

「昔の話よ」

 

 ミラは短く返す。

 

 だが、その横でリサーナが声を張り上げた。

 

「ミラ姉が本気になれば、めちゃくちゃ強いんだからっ!!」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 

 アズマの口元が吊り上がる。

 

「ほぅ……それは興味深い」

 

 明らかに戦意が増していた。

 

「ならば見せてみろ。

 “魔人”の力というものを」

 

 しかしミラは動かない。

 

 今の魔力では、サタンソウルを完全に維持できる時間は短い。

 

 それを理解しているからこそ、迂闊に切れなかった。

 

 そんなミラを見て、アズマは小さく息を吐く。

 

「……こんなことはしたくないのだがね」

 

 そう言って片手を前へ突き出した。

 

 次の瞬間。

 

 ギュルルルルルッ!! 

 

「な、何これっ!?」

 

「リサーナ!!」

 

 リサーナの足元から巨大な木の幹が勢いよく飛び出す。

 

 それは瞬く間にリサーナの身体へ巻き付き、そのまま全身を覆い尽くしていった。

 

「っ……!!」

 

 さらに。

 

 木の中央へ赤い数字が浮かび上がる。

 

 180。

 

 そして。

 

 179。

 

 178。

 

 時間と共に、数字が減っていく。

 

「それは三分後に大爆発を起こす」

 

 アズマが静かに告げた。

 

 ミラはすぐに木へ駆け寄り、無理やり引き剥がそうとする。

 

 だが。

 

「おっと……余計な力は外から加えん方がいい」

 

 アズマの声が響く。

 

「解きたければ――この俺を倒すことだ」

 

「卑怯者っ!!」

 

 ミラが怒声を上げる。

 

 だがアズマは口元を歪めるだけだった。

 

「あの“魔人”と戦えるなら、俺は何でもするがね」

 

 その言葉と同時に。

 

 ミラの身体が闇へ包まれる。

 

「――サタンソウル」

 

 漆黒の翼。

 

 禍々しい魔力。

 

 魔人ミラジェーンが姿を現す。

 

 そして次の瞬間、ミラは一気にアズマへ突っ込んだ。

 

 轟音。

 

 衝撃。

 

 木々が吹き飛び、大地が砕ける。

 

 ミラの猛攻に対し、アズマも爆発や植物を操り応戦していた。

 

 だが。

 

 ミラの表情は険しい。

 

 サタンソウルを維持するだけでも、残る魔力は激しく削られていく。

 

 そして何より。

 

 リサーナを覆う木に浮かぶ数字が、無情にも減り続けていた。

 

 58。

 

 47。

 

 39。

 

 時間が減る度に、ミラの焦りは強くなっていく。

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

 少しでも早く決めようと攻撃を繰り出す。

 

 しかし。

 

 アズマは倒れない。

 

 むしろ愉しむように笑っていた。

 

「いいぞ……!! 

 それだ!! それが“魔人”だ!!」

 

 ミラは歯を食いしばる。

 

 だが、現実は変わらない。

 

 そして。

 

 ついにタイマーが二十を切った。

 

 19。

 

 18。

 

 17。

 

 ミラは動きを止める。

 

 そして、アズマから距離を取ると、そのままリサーナの元へ駆け寄った。

 

「ミラ姉!」

 

 ミラは何も言わず、リサーナを優しく抱き締める。

 

「無駄な事を!! 

 それは俺を倒さねば解けんぞ!」

 

 アズマが叫ぶ。

 

「さぁ時間が無いぞ!! 

 もっと本気を見せてくれんかね!!」

 

 だが。

 

「……ごめん」

 

 ミラは小さく呟いた。

 

 そして。

 

 サタンソウルが解除される。

 

 魔人の姿が消え、元のミラへ戻っていく。

 

「悔しいけど……

 アイツを倒すための魔力が、もう残ってない……

 今の私には無理だわ……」

 

「ミラ姉……」

 

 リサーナの声が震える。

 

 そんな妹へ、ミラは優しく微笑んだ。

 

「でも私は信じる」

 

 そう言って、アルから渡されたクナイを強く握り締める。

 

「アイツを倒せる人が……

 きっと、アルなら絶対倒してくれるって……」

 

 そして。

 

 残った最後の魔力をクナイへ流し込んだ。

 

「だから、お姉ちゃんは降参しちゃうけど……

 心配しなくていいわ」

 

 タイマーが減っていく。

 

 3。

 

 2。

 

 1。

 

 ミラは、さらにリサーナを強く抱き締めた。

 

「リサーナ……

 あなただけは、二度と死なせない……」

 

 そして。

 

「アル……ごめんなさい」

 

 0。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間――

 

「大丈夫だ」

 

「……っ、アル!」

 

 すぐ傍から、聞き慣れた声が響いた。

 

 直後。

 

 ドォォォォォォォーーーーーーンッ!!! 

 

 凄まじい爆炎が森を飲み込む。

 

 熱風が吹き荒れ、周囲の木々を揺らした。

 

 やがて。

 

 爆煙が晴れていく。

 

 だが――そこには誰もいなかった。

 

「……何?」

 

 アズマが眉を顰める。

 

 木の中にいたはずのリサーナも。

 抱き締めていたミラも。

 

 跡形もなく消えている。

 

 その時だった。

 

「随分と好き勝手やってくれたな」

 

 背後から、低い声が響く。

 

 アズマが目を見開いた。

 

「っ――」

 

 振り向こうとした瞬間。

 

 ドゴォッ!!!! 

 

 強烈な蹴りがアズマの脇腹へ叩き込まれた。

 

「がっ……!!?」

 

 凄まじい勢いで吹き飛び、そのまま大木へ激突。

 

 轟音と共に木々が砕け散る。

 

 アルは吹き飛んでいくアズマを冷たい目で見据える。

 

 その後ろでは。

 

「……え?」

 

 ミラが呆然と目を瞬かせていた。

 

 腕の中には、確かにリサーナがいる。

 

「ミラ姉……生きてる?」

 

 リサーナも状況を理解出来ていない。

 

 そんな二人へ、アルは静かに振り向いた。

 

 そして近づくと、二人の頭へそっと手を乗せる。

 

「……遅くなって悪い。

 もう大丈夫だ」

 

「……っ、アル……!」

 

 次の瞬間。

 

 ミラとリサーナは同時にアルへしがみついた。

 

「アル兄ぃ……っ!」

 

 二人の身体が小さく震えている。

 

 つい先程まで死を覚悟していたのだ。

 無理もなかった。

 

 アルはそんな二人を静かに受け止める。

 

 片方の手でミラの頭を撫で、もう片方でリサーナの背を軽く叩いた。

 

「……悪かった。

 怖い思いをさせたな」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 

 二人の緊張が完全に切れたのか、ミラはアルの胸元へ顔を埋め、リサーナも涙を零しながらしがみつく。

 

「ほんとに……もうダメかと思った……っ」

 

「怖かったよぉ……っ」

 

 アルは何も言わず、しばらく二人を抱き寄せたまま立っていた。

 

 やがて。

 

 少し落ち着いたのか、ミラとリサーナがゆっくりアルから離れる。

 

 するとリサーナが、まだ涙目のまま問い掛けた。

 

「で、でも……どうやって助けたの?」

 

 ミラも頷く。

 

「気づいた時には、もうここにいたけど……」

 

 アルはその質問に、ミラの手に握られているクナイへ視線を向けた。

 

「そのクナイだ」

 

「これ?」

 

「ああ。

 オレの術式を刻んである」

 

 アルは静かに説明する。

 

「魔力が流れた瞬間、その場所へ飛べるようにしてあるんだ」

 

「飛ぶって……転移魔法?」

 

 ミラが目を瞬かせる。

 

 だがアルは軽く肩を竦めた。

 

「まぁ、そんなところだ」

 

 すると。

 

 後方の瓦礫が崩れる音が響いた。

 

 ドサッ――。

 

 三人が振り向く。

 

 そこには、先程吹き飛ばされたアズマが立ち上がっていた。

 

 口元から血を流しながらも、その目は歓喜に満ちている。

 

「ハハハ……っ」

 

 アズマはアルを見る。

 

 そして。

 

「まさか……

 こんな大物に出くわすとはねぇ……!!」

 

 その表情が歪む。

 

「俺も運がいい」

 

 凄まじい魔力が周囲へ広がる。

 

「さぁ……

 思う存分、戦いを楽しもうじゃないかね!!」

 

 アズマが狂気じみた笑みを浮かべる。

 

 対するアルは、静かにアズマを見据えた。

 

 そして後ろの二人へ、小さく告げる。

 

「ミラ、リサーナ。

 悪いが、ここから離れててくれ」

 

「え……?」

 

「で、でも……!」

 

 二人は反射的に反対しようとする。

 

 だが。

 

 アルは珍しく、少し困ったように笑った。

 

「頼む」

 

 その一言に、ミラは息を呑む。

 

 長い付き合いだから分かった。

 

 今のアルは、本気で怒っている。

 

「……分かったわ」

 

「アル兄……気をつけて」

 

 二人は名残惜しそうにしながらも、その場を離れていく。

 

 アルは二人の背中が十分離れたことを確認すると、再びアズマへ向き直った。

 

 するとアズマは、ますます愉快そうに笑う。

 

「ハハハ……!! 

 いいねぇ、その空気……!」

 

 アルはそんなアズマを冷たい目で見据える。

 

「生憎と……今のオレは虫の居所が悪くてな……」

 

 その瞬間。

 

 アルを中心に凄まじい魔力が溢れ出した。

 

 大気が震え、周囲の木々が軋む。

 

 重く張り詰めた圧力に、アズマの笑みがさらに深くなった。

 

「……加減は期待しないことだ」

 

「加減などいらないね! 

 ブレビー!!」

 

 アズマが手をかざす。

 

 その瞬間、アルの周囲へ無数の光球が現れ、一斉に爆発した。

 

 轟音が森を揺らす。

 

 木々が軋み、土煙が周囲へ吹き荒れた。

 

 だが。アルは手を向け、口を開く。

 

「魂の平静(アタラクシア)」

 

 瞬間。

 

 荒れ狂っていた爆炎が、不自然なほど消え失せた。

 

「……なに?」

 

 アズマが初めて訝しげに眉を顰める。

 

 その隙だった。

 

 アルが一気に踏み込む。

 

 凄まじい速度。

 

 地面を砕きながら、一直線にアズマへ迫る。

 

「させんよ!」

 

 アズマが両手を振るう。

 

 直後、地面から無数の植物の根が飛び出した。

 

 蛇のように蠢きながら、アルを拘束しようと襲い掛かる。

 

 だが。

 

 アルはその全てを紙一重で躱していく。

 

 僅かな身体捌きだけで、次々と植物の根を避けながら、一瞬でアズマの眼前へ到達した。

 

 そして拳を振り上げる。

 

「無駄だね!!」

 

 アズマは周囲の大樹を操り、幾重もの壁として前方へ展開した。

 

 分厚い樹木の盾。

 

 何重にも重なった巨大な防壁。

 

 だが。

 

「甘い……福音(ゴスペル)」

 

 ――ゴォン……

 

 低く重い鐘の音が、森全体へ静かに響き渡った。

 

 その瞬間。

 

 空気そのものが震える。

 

 アルはそのまま拳へ福音を乗せ、正面から叩き込んだ。

 

 ドォンッ!!!! 

 

「なっ……!? 

 内部から――ガハッ!!」

 

 拳が触れた瞬間。

 

 大樹の壁が内側から一斉に弾け飛ぶ。

 

 凄まじい衝撃が防壁を貫通し、その余波だけで背後のアズマを吹き飛ばした。

 

 アズマの身体が大木を何本もへし折りながら宙を舞う。

 

 だが。

 

 空中で強引に身体を捻ると、アズマは地面へ着地した。

 

 口元から血を流しながらも、その顔には笑みが浮かんでいる。

 

「ククク……!! 

 想像以上だねぇ!!」

 

 歓喜。

 

 まるで強敵との戦いそのものを愉しんでいるかのようだった。

 

 アズマは両腕を広げる。

 

「葉の剣(フォリウムシーカ)!!」

 

 直後。

 

 周囲の大樹から無数の葉が舞い上がった。

 

 一枚一枚が鋭利な刃へ変化していく。

 

 数百――いや、それ以上。

 

 葉の刃は嵐のように渦巻きながら、一斉にアルへ襲い掛かった。

 

 対するアルは微動だにしない。

 

 静かに刀を下段へ構える。

 

 そして。

 

「星天(せいてん)流・夜桜」

 

 刹那。

 

 銀閃が夜空を裂く流星のように奔った。

 

 幾重もの斬撃が空間を埋め尽くし、飛来した葉の刃を一枚残らず斬り裂いていく。

 

 ザァァァッ――!! 

 

 細切れとなった葉が宙へ舞い上がる。

 

 それはまるで、夜空に散る桜吹雪のようだった。

 

 細切れとなった葉が、はらはらと地面へ散っていく

 

「さすがだね!! 

 それでこそ戦いがいがあるねぇ!!」

 

 アズマが両腕を広げる。

 

 瞬間。

 

 周囲の大樹が激しく蠢いた。

 

 地面を割りながら幾本もの巨大な木腕が形成され、一斉にアルへ襲い掛かる。

 

 ドゴォッ!! 

 

 振り下ろされた拳が地面を砕く。

 

 だが。

 

 次の瞬間、アルの姿が掻き消えた。

 

「っ――」

 

 銀閃。

 

 それだけだった。

 

 巨大な木腕が、一瞬で切断され宙を舞う。

 

 さらに別方向から樹木の槍が迫る。

 

 アルはそれすら見ずに躱した。

 

 最小限の動きだけで、全てを避けながら前へ進む。

 

「フハハ!! 

 この森にいる限り、俺の魔法は尽きんよ!!」

 

 アズマが笑う。

 

 だがアルは止まらない。

 

 避ける。

 

 斬る。

 

 踏み込む。

 

 流れるような動作だけで、森そのものを切り裂きながら距離を詰めていく。

 

 そして。

 

「――捕まえたね!!」

 

 その瞬間だった。

 

 アルの背後で地面が爆ぜる。

 

 巨大な木の手が地中から現れ、その身体を握り潰すように迫った。

 

 だが。

 

 アルは振り返らない。

 

 迫る気配だけを感じ取り、身体を半歩ずらす。

 

 轟ッ!! 

 

 巨大な木の手が空を掴み、そのまま地面を叩き砕いた。

 

 土煙が舞い上がる。

 

 その瞬間。

 

「タワーバースト!!」

 

 アズマが両手を叩き合わせた。

 

 直後。

 

 アルの数歩先の地面から

 凄まじい轟音と共に、爆炎が柱となって天へ噴き上がる。

 

 だが、

 

「魂の平静(アタラクシア)」

 

 先程と同じくアルが手を向け唱える。

 

 次の瞬間。

 

 荒れ狂っていた炎が霧散し、まるで最初から存在しなかったかのように消える。

 

 アズマの目が細まる。

 

「……なるほど」

 

 アルを見据えながら、アズマが口元を吊り上げた。

 

「もう種は割れた!! 

 お前の魔法は、一方向のみ無力化する!! 

 だから拘束すれば防げない!!」

 

 アズマが両腕を振り上げる。

 

 直後。

 

 地面が爆ぜた。

 

 無数の木の根が蛇のように飛び出し、一気にアルへ絡みつく。

 

 ガシィッ!! 

 

 幾重にも巻き付き、その身体を拘束した。

 

「どうだね!!」

 

 アズマが笑う。

 

 そして両手を前へ突き出した。

 

「大地の叫び(テラ・クラマーレ)!!!」

 

 瞬間。

 

 凄まじい熱量が森を飲み込んだ。

 

 轟炎。

 

 爆音。

 

 赤黒い炎が荒れ狂いながらアルを完全に包み込む。

 

 周囲の木々が一瞬で炭化し、地面すら焼き割れていく。

 

 アズマは高笑いした。

 

「ハハハハハ!! 

 終わりだねぇ!!」

 

 だが。

 

「魂の平静(アタラクシア)」

 

 静かな声が響く。

 

「……なに?」

 

 アズマの笑みが止まった。

 

 次の瞬間。

 

 ボゥッ――。

 

 炎が掻き消える。

 

 そこに立っていたのは。

 

 無傷のアルだった。

 

「馬鹿な……」

 

 アズマが目を見開く。

 

 アルは静かにアズマを見る。

 

「勘違いするな」

 

 冷たい声だった。

 

「魂の平静(アタラクシア)は、一方向のみ無力化するのではない」

 

 アルの身体表面に、薄い膜のような魔力が揺らぐ。

 

「この身体全体に付与する魔法だ。

 故に、付与している間は方向など関係ない」

 

「っ……!!」

 

 アズマが息を呑む。

 

 そして。

 

 初めてその表情から余裕が消えた。

 

 アルは静かに刀を構える。

 

 瞬間。

 

 凄まじい雷が刀身へ収束し始めた。

 

 バチバチと紫電が迸り、大気が悲鳴を上げる。

 

 周囲の地面が焦げ、木々が激しく震えた。

 

「あの二人に、そして妖精の尻尾に手を出したこと――」

 

 アルが腰を落とす。

 

 鋭い突きの構え。

 

「後悔するといい」

 

 雷光が刀身を包み込む。

 

「雷の型――轟雷突」

 

 次の瞬間。

 

 轟ッ!!!! 

 

 雷鳴と共に、閃光が森を一直線に貫いた。

 

「が……っ……!!」

 

 アズマの胸部を雷光が穿つ。

 

 次の瞬間。

 

 凄まじい衝撃が背後の森ごと吹き飛ばした。

 

 地面が抉れ、大樹が何本も崩れ落ちる。

 

 アズマは血を吐きながら膝をついた。

 

 だが。

 

 その顔には、まだ笑みが残っていた。

 

「ハ……ハハ……っ……

 見事……だね……」

 

 震える声。

 

 しかし同時に、アズマの身体は限界を迎えていた。

 

 皮膚が木へ変わっていく。

 

 腕が。

 

 脚が。

 

 全身が徐々に樹木へ侵食されていく。

 

 大樹のアーク──その力を酷使しすぎた代償だった。

 

「これが……俺の……末路か……」

 

 アズマは空を見上げ、小さく笑う。

 

 そして、アルを見上げ

 

「俺は……負けたが……マスターハデスには……お前とて敵わないね……あの方こ……そ……大魔法世界を……始められる唯一の……」

 

 そう言い残すと、身体は完全に一本の樹木へ変わり果てた。

 

 もう動くことはない。

 

 アルは無言のまま、それを見つめる。

 

 やがて静かに刀を納めると、振り返ることなく歩き出した

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

FAIRY TAIL ―継ぎ接ぎのS級魔導士―(作者:七草空斗)(原作:FAIRY TAIL)

若きS級魔導士であるヴェルク・ヴァニシュが借り物の魔法を重ねながら妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員として何を守り、何を選ぶのか。▼そんな一人の魔導士の物語です。▼※全文自身で構成、執筆しておりますが誤字脱字チェックと共に、細かい表現の調整にAI利用をしているため、念の為に必須タグ【AI本文利用】をタグ追加しました。


総合評価:53/評価:-.--/連載:18話/更新日時:2026年09月24日(木) 18:00 小説情報

美女と付き合いたいから強くなる(作者:マンダ)(原作:FAIRY TAIL)

▼美女だらけのフェアリーテイルの世界に転生したフェアリーテイルファンの中学生が自分の理想(女の子にモテる為に強くなる事)を叶える為に頑張る話


総合評価:69/評価:-.--/連載:9話/更新日時:2026年09月06日(日) 15:54 小説情報

突き進む刃(作者:妖狐アルル)(原作:僕のヒーローアカデミア)

ヒロアカ知識0の男がBLEACHの斬魄刀 鬼道 帰刃を持ちヒロアカ世界を生きぬき突き進む


総合評価:959/評価:6.67/連載:13話/更新日時:2026年08月01日(土) 23:20 小説情報

氷の系譜、春を抱く(作者:メガネ閣下)(原作:僕のヒーローアカデミア)

圧倒的な氷結の個性「冬」を持ちながら、成果至上主義の一族を拒絶し家出をした少年・氷叢冬真。雄英高校校長である根津の養子となり、彼は己の存在意義を探すように雄英高校1年A組へと入試を経て潜り込む。▼↓氷叢冬真のコスチューム▼https://photos.app.goo.gl/WuVWsHsyGZ3uTKz99


総合評価:267/評価:7.71/連載:16話/更新日時:2026年09月22日(火) 10:00 小説情報

伏黒宿儺に「そろそろ狩るか…♠︎」する転生者(作者:羂索は踊り狂って死ぬ♠︎)(原作:呪術廻戦)

▼ 呪術廻戦を知らない転生者が伏黒宿儺相手に「そろそろ狩るか…♠︎」するだけの話。▼タグは随時追加


総合評価:5922/評価:7.44/連載:7話/更新日時:2026年08月06日(木) 18:19 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>