FAIRY TAIL 才禍の怪物 作:XAI
一方その頃。
天狼島各地では、グリモアハートとの激戦が続いていた。
ルーシィはカナとはぐれ、煉獄の七眷属の一人――華院=ヒカルと遭遇し戦闘となる。
だが、その戦いにはナツとハッピーが助太刀に入り、華院=ヒカルを撃破。
その後、三人は傷ついたマカロフを背負うウェンディとシャルルと合流を果たしていた。
また別の場所では、ロキが煉獄の七眷属の一人――カプリコを撃破。
さらにジュビアとエルザも、同じく七眷属であるメルディとの戦いに勝利している。
他の場所でも、フリードとビックスロー、そしてエルフマンが力を合わせ、七眷属の一人ラスティローズを打ち破っていた。
煉獄の七眷属で既に倒された者は多い。
最初にナツがザンクロウを撃破し、続いて華院=ヒカル、カプリコ、メルディ、ラスティローズも敗れ去った。
残る敵は、ウルティア、ブルーノート、そしてマスター・ハデスのみ。
その頃。
ウルティアは天狼島にいた黒魔導士ゼレフを発見し、これを撃破していた。
しかし、その場面をグレイに目撃される。
ウルティアは言葉巧みにグレイを惑わせ、自滅へ導こうとする。
だが、グレイはその嘘を見破った。
そして――。
二人は戦闘へと移行する。
一方――。
ナツ達の前に、新たな敵が姿を現した。
グリモアハート副司令。
そしてマスター・ハデスの腹心。
ブルーノート・スティンガー。
異様な威圧感を放つ男は、ナツ達を見下ろしながら静かに口を開く。
その直後だった。
ズンッ――。
空間そのものが沈み込んだかのような重圧が周囲を襲う。
「がっ!?」
「うわぁっ!?」
「くっ……!」
ナツ、ルーシィ、ウェンディ、シャルル、ハッピー。
その場にいた全員の身体が地面へ叩き付けられた。
重力魔法。
ブルーノートが操る強力な魔法だった。
まともに立ち上がることすら出来ない。
そんな彼らを見下ろしながら、ブルーノートは冷たく告げる。
目的は一つ。
フェアリーテイル三大魔法の一つ――
それを差し出せというものだった。
しかし。
ナツ達はそんなものは知らないと答える。
だが、ブルーノートは信じなかった。
むしろ、その答えに苛立ったように魔力を高める。
ズシンッ――。
重力がさらに増した。
「ぐあああっ!!」
ナツが歯を食いしばる。
地面へ押し潰されそうになる身体。
呼吸すら苦しい。
それは他の者達も同じだった。
ブルーノートは無言のまま見下ろしている。
まるで蟻を踏み潰すかのように。
ナツ達は今――絶体絶命の窮地に陥っていた。
一方、その頃。
カナは一人、天狼島の奥地へ辿り着いていた。
ルーシィが導き出した推測。
その道筋を信じて進み続けた先。
そこにあったのは――初代マスター、メイビスの墓だった。
だが。
そこにいるはずのマカロフの姿はない。
「……え?」
カナは思わず周囲を見渡す。
その時だった。
墓石が淡い光を放ち始める。
神々しい光。
まるで訪れた者を歓迎するかのような輝きだった。
そして墓の前の空間に、一枚の魔法陣が浮かび上がる。
やがてそれはディスプレイのような形となり、文字を映し出した。
『妖精三大魔法が一つ――
カナは目を見開いた。
妖精の尻尾に伝わる三大魔法の一つ。
そして今、ナツ達を追い詰めているブルーノートが求めている魔法だった。
しかし。
「私が欲しいのは魔法なんかじゃない!!」
カナが叫ぶ。
「試験はどうなってんのよ!!
マスター!! 何処に居るのよ!?」
怒りとも焦りともつかない声が森へ響く。
カナが欲しかったものは一つだけだった。
強大な魔法なんかじゃない。
ただ――S級魔導士という称号。
それだけだった。
カナは拳を握り締める。
肩が震えている。
そして。
堪えきれなくなったように涙が溢れた。
「この試験には……」
震える声。
「私の十二年が詰まってるんだ……!!」
その叫びには、誰よりも重い想いが込められていた。
それこそが――カナという魔導士の根幹だった。
十二年前。
病気で亡くなった母さんは、最後に私へ一つだけ秘密を教えてくれた。
――あなたには、お父さんがいる。
その言葉を聞いた時のことは、今でも覚えている。
嬉しかった。
ずっと一人だと思っていたから。
そして私は父を探した。
名前だけを頼りに。
ギルダーツ。
そうして辿り着いたのが――フェアリーテイルだった。
初めて見たギルドの前で、私は何時間も立ち尽くしていた。
緊張していたんだと思う。
だって、もうすぐお父さんに会えるんだから。
すると。
「お嬢さん。こんなところで何してんだ?」
声を掛けられた。
振り返る。
そこにいたのは――ギルダーツだった。
写真なんて見たこともない。
それでも分かった。
母さんが何度も話してくれた人だったから。
胸がいっぱいになった。
涙が溢れそうになる。
……お父さん……
だけど。
「早く家に帰んな。
こんなところにいたら、服が酒臭くなっちまうぜ」
お父さんは笑った。
優しく。
何も知らないまま。
そして、そのまま行ってしまった。
私は立ち尽くした。
ただ呆然と。
――あれ?
なんで?
なんで私に気付かないの?
なんで……?
それから私はお父さんの帰りを待った。
何度も。
何度も。
何度も。
気付いてくれる日を信じて。
気が付けば私はフェアリーテイルの一員になっていた。
けれど。
お父さんは長い仕事から帰って来ても、少し顔を見せたらすぐにまた旅立ってしまう。
「よ! 大きくなったな! カナ」
「あ……あのね」
「これギルダーツ! また列車に遅れるぞい」
「やべっ! じゃあまたな、カナ!」
そう言ってお父さんは走り去っていく。
「あっ……」
伸ばした手は届かない。
「……また、行っちゃった」
そうやってまたお父さんを待っていたある日。
お父さんが仕事から帰って来た。
しかも珍しく、一人じゃなかった。
隣には、まだギルドへ入ったばかりのアルがいた。
仕事帰りに偶然出会ったらしい。
私は勇気を振り絞った。
今度こそ。
今度こそ伝えようと思った。
「あ、あの……」
「おっ、元気そうだなカナ!」
父さんが笑う。
その言葉だけで胸が熱くなった。
「ん? ギルダーツ、この子は?」
アルが不思議そうに尋ねる。
「お? アルは初めてだったか!
こいつはカナ! 最近ギルドに入ったらしい! 仲良くしてやれ!」
お父さんは何の迷いもなくそう言った。
まるで、本当にただのギルドの後輩に向けるように。
「おい、ギルダーツ!
こっち来て飲めよ!」
「良いねぇ!
ドンとこい!」
そう言ってお父さんは笑いながら去っていく。
「あ……」
また言えなかった。
お父さん。
私――。
あなたの娘なんだよ。
その時からだった。
アルは、私がギルダーツに何か言いたいことがあるんじゃないかって気に掛けてくれるようになった。
お父さんの事についても相談に乗ってくれた。
私はお父さんのことをもっと知りたかった。
お父さんがいつ帰って来るのか。
どんな仕事をしているのか。
どうすれば近付けるのか。
だからカードを覚えた。
お父さんの帰還予定を調べるために。
そのおかげで、カードマジックも使えるようになった。
これで少しはお父さんに近付ける。
そう思った。
だけど。
お父さんは凄すぎた。
ギルドのみんなから慕われていて。
誰よりも強くて。
誰よりも自由だった。
私がどれだけ頑張っても、その背中は遠かった。
そして本当のことが言えないまま、時だけが流れていった。
気付けば私は、お父さんに真実を伝えることよりも――拒絶されることの方が怖くなっていた。
もし知らないと言われたら。
もし迷惑そうな顔をされたら。
そう考えるだけで、何も言えなくなった。
だけど。
きっかけはあった。
S級魔導士昇格試験。
私が――
「頑張れよ」
試験へ向かう私の肩を叩きながら、お父さんは笑った。
ただ、それだけだった。
それだけだったのに。
嬉しかった。
胸がいっぱいになるくらい。
だから思ったんだ。
S級になれたら。
お父さんと同じ場所まで辿り着けたら。
その時こそ――本当のことを伝えようって。
だけど。
現実は甘くなかった。
一回目も。
二回目も。
三回目も。
そして四回目も。
私はS級魔導士になれなかった。
その間にも、私より後にギルドへ入ったエルザやミラは次々とS級になっていく。
みんな前へ進んでいくのに。
私だけが置いていかれる。
私は何度も思った。
――やっぱり私は落ちこぼれなんだ。
お父さんみたいにはなれない。
ギルダーツの娘だなんて名乗れる資格もない。
釣り合うわけがない。
だから決めた。
今回が最後だと……
今回でダメなら私はきっと、ギルダーツの娘である資格がない。
お父さんの娘だなんて名乗れない。
だから――。
ギルドを辞めて、この街を出るつもりだった。
そう決めていた。
だけど。
「私がカナのパートナーになる!」
突然、ルーシィがそう言った。
私は呆気に取られた。
「絶対ギルドを辞めさせたりなんかしない!」
真っ直ぐな瞳。
迷いのない声。
「私がカナをS級魔導士にするから!」
――ッ!
胸が熱くなった。
そんなことを言われたのは初めてだった。
落ちこぼれだと思っていた私を。
諦めかけていた私を。
ルーシィは最後まで信じてくれた。
だから。
だから私は――。
――ピコーン、ピコーン!
その時だった。
カナが持つカードの一枚が、音を鳴らしながら光り始める。
「……ッ!」
カナが目を見開いた。
その光を見た瞬間。
脳裏に、ルーシィとの会話が蘇る。
『何? このカード……』
『ルーシィの危険を私に知らせてくれる特注カードさ』
カナの自作カード。
もしもの時のために。
『もし試験中にこいつが光ったら――』
カナの手が震える。
『たとえどんなに離れていようと、私が助けに行くから!』
真っ直ぐな笑顔。
迷いのない言葉。
それらが一気に脳裏へ蘇った。
そして。
カナはカードを握り締める。
「う……」
肩が震える。
「うぅ……」
四年間。
S級になることだけを追い続けた。
諦めたくなくて。
認められたくて。
父に追いつきたくて。
ここまで来た。
なのに。
今。
助けを求めているのはルーシィだった。
「うあああぁぁぁぁぁああああああああっ!!!!」
カナの叫びが、天狼島へ響き渡った。
「違う……ッ!」
カナは震える声を漏らした。
「こんなはずじゃなかった……!」
握り締めたカードが震える。
「仲間を裏切るつもりなんて無かった……!」
涙が止まらない。
「私はもうダメだ……」
その場に膝をつく。
メイビスの墓の前で。
頭を垂れ。
拳を握り締める。
だが。
カナはゆっくりと立ち上がった。
震える足で。
それでも前を向いて。
「S級魔導士になんて……なれなくていい」
ずっと追い続けた目標。
それを自ら手放す。
「お父さんに気持ちを伝えられなくてもいい」
ずっと抱え続けた願い。
それすら捨てる。
それでも。
「それ以上に――私は仲間を守りたいんだ!!」
カナは墓へ手を伸ばした。
触れた瞬間、強い反発が返ってくる。
「っ……!」
だが引かない。
歯を食いしばり、更に力を込める。
「もう、何もいらない……ッ!」
涙が零れる。
「みんなが無事ならいいッ!!」
墓の光が強くなる。
「このギルドに居られなくてもいいッ!!」
反発が強まる。
それでも手を離さない。
「私がどこにいようと――」
声が震える。
「心はッ!!
いつも同じ場所にあるからッ!!」
そして。
カナは叫んだ。
「だからお願い……!」
伸ばした手を墓へ押し当てる。
「私に……ギルドを守る力を貸して……!」
涙で滲む視界。
それでも真っ直ぐ前を見据える。
「私は……!」
十二年間の想い。
仲間との日々。
全てを込めて。
「私は……!!」
そして。
カナは静かに想いを口にした。
「このギルドが大好きなんです……」
その直後だった。
メイビスの墓から、眩い光が溢れ出す。
「っ……!?」
カナは思わず目を閉じた。
暖かい。
まるで誰かに優しく抱き締められているような光だった。
そして。
『ならば、何も恐れることはない……』
声が響く。
少女のような。
それでいて、どこまでも慈愛に満ちた声。
『過ちは、人の歩みを止める枷に在らず』
光が優しくカナを包み込む。
『心を育てる糧である』
「この声……」
カナが顔を上げる。
姿は見えない。
だが確かにそこにいた。
『さぁ、行きなさい』
声は穏やかだった。
『妖精の輝き――その力を、そなたに貸そう』
瞬間。
光が一気にカナへ流れ込む。
「っ――!」
溢れ出す膨大な魔力。
そして。
光が静かに収まった。
カナの右腕には、新たな紋様が刻まれていた。
フェアリーテイルの紋章にも似た神秘的な紋様。
妖精三大魔法の一つ。
その継承の証だった。
「マスター……メイビス……ッ」
カナの瞳から涙が零れる。
だが、その表情に迷いはない。
「……はい!」
力強く頷くと、カナは振り返った。
仲間の待つ場所へ向かうために。
手に握ったカードが進むべき方向を示している。
ルーシィの危険を知らせるカード。
その光を追うように、カナは走る。
風が頬を打つ。
木々の間を駆け抜けながら、カナは静かに目を閉じた。
(これが私の最後の戦いになるかもしれない……)
S級試験。
追い続けた目標。
だがもう迷いはなかった。
(十二年分の恩返し、するからね)
そして。
カナは小さく微笑んだ。
(フェアリーテイルのみんな)
やがて。
森が開ける。
そこには。
重力に押し潰されるナツ達と、それを見下ろすブルーノートの姿があった。
「お前かァァァァッ!!」
カナの叫びが響く。
「カナ!」
「カナ……ッ!」
「カナさん!」
ナツ達が顔を上げる。
そんな仲間達を見た瞬間。
カナの胸に怒りが込み上げた。
「これ以上――」
カナは走る。
一直線に。
ブルーノートへ向かって。
「仲間を傷つけんじゃないよ!!」
右腕の紋様が輝く。
莫大な魔力が溢れ出した。
「フェアリー――ッ!!」
光。
圧倒的な光がカナを包み込む。
「光……っ!」
シャルルが目を見開く。
「何だあの魔法は!?」
ハッピーも叫ぶ。
だが。
ブルーノートは冷静だった。
「愚かな」
その瞬間。
ズドォンッ!!
「っ――!?」
重力が何倍にも増す。
カナの身体が地面へ叩きつけられた。
発動寸前だった魔力が乱れる。
集まりかけていた光が霧散した。
「ぐっ……!」
地面へ叩きつけられたカナへ、ブルーノートはゆっくりと歩み寄る。
「まさか探していた魔法が、向こうからノコノコやって来るとはな……」
低い笑みを浮かべながら、カナを見下ろした。
「その魔法は俺が頂く」
カナは苦しそうに顔を上げる。
「……この魔法はフェアリーテイルのものしか使えない……」
荒い呼吸の中、それでも言い返す。
「お前らには使えないんだ」
だが。
ブルーノートは鼻で笑った。
「魔の根源を辿れば、それはたった一つの魔法から始まったとされている」
そう言いながら右手をかざす。
「いかなる魔法も、元はたった一つの魔法だった」
ズンッ――。
「がっ……!!」
カナの身体が宙へ浮き上がる。
見えない力が全身を締め付けた。
骨が軋む。
呼吸が止まる。
「ア゛ァ゛ッ……!!」
ナツ達が歯噛みする。
だが重力によって動くことすら出来ない。
ブルーノートは冷たく言い放つ。
「魔導の深淵へ近づく者はいかなる魔法も使いこなすことが出来る」
さらに重力が強まる。
カナの身体が悲鳴を上げた。
「ガッ……あぁっ……!!」
それでも。
カナは睨み返した。
ブルーノートは僅かに目を細める。
「逆に聞こう、小娘」
その瞳に嘲りを宿しながら。
「てめぇの方こそ、その
「当たり……前だッ……!」
カナは絞り出すように言うが。
「太陽と月と星の光を集め、濃縮させる超高難易度魔法……」
ブルーノートが嗤う。
「てめぇごときに使えるわけねぇだろうが!」
ズンッ――!!
「があぁぁぁッ!!」
重力がさらに増した。
カナの身体が軋む。
骨が悲鳴を上げる。
呼吸すらままならない。
だが、その時だった。
「おおおおおっ!!」
ナツが無理やり身体を動かす。
地面へ顔を押し付けられながらも、その口元へ炎を集めた。
「火竜の――」
そして。
「咆哮ォォォォッ!!!」
ドォォォォン!!
地面を突き破るように炎が噴き上がる。
「チッ」
ブルーノートが僅かに顔を逸らした。
ほんの一瞬。
だが確かに生まれた隙。
カナはそれを見逃さなかった。
ゆっくりと立ち上がる。
震える足で。
それでも前を向いて。
そして片手を掲げる。
(私には……)
光が集まる。
(私にはこの魔法が使える……!)
右腕の紋様が輝いた。
「集え――!」
無数の光粒が舞い上がる。
「妖精に導かれし光の川よ!」
ナツ達が顔を上げる。
その光景に息を呑む。
まるで夜空の星々が地上へ降り注いでいるかのようだった。
(フェアリーテイルの魔導士だから……!)
カナは叫ぶ。
「照らせ!!」
光が収束する。
「邪悪なる牙を滅するために!!」
ブルーノートの表情が初めて変わった。
「まさか……ッ!?」
そして。
カナは全ての想いを込めて叫ぶ。
「
「ぐおおぉぉぉぉぉぉ!!」
フェアリーグリッターが発動した瞬間。
ブルーノートの周囲を、金色に輝く巨大な光輪が取り囲んだ。
「すごい光!!」
「これがギルドの三大魔法の一つ……!」
ナツ達が目を見開く。
天狼島全体を照らすほどの輝き。
まるで夜空の星々を一箇所へ集めたかのような神々しい光景だった。
「消えろォォォォォォォォォ!!!!!!」
カナが叫ぶ。
だが――。
「オォォォォォォォォォォォォ!!!!!!
落ちろォォォォォォォ!!!!!」
ズドォォォォォンッ!!
圧倒的な重力が光輪を押し潰す。
本来ならブルーノートを滅するはずだった妖精の輝きは、その軌道を無理やり捻じ曲げられた。
そして――。
地面へ叩き落とされる。
直後。
ドォォォォォォォォォン!!!!
凄まじい爆発が森を揺らした。
大地が抉れ。
木々が吹き飛び。
巨大なクレーターが生まれる。
やがて爆煙が晴れる。
その中心で。
ブルーノートは立っていた。
「……この程度で
口元を歪める。
「笑わせんな」
冷たい視線がカナへ向けられる。
「いくら強力な魔法でも、術者がゴミならこんなもんか?」
「そ、そんな……」
カナの顔から血の気が引いた。
メイビスから授かった力。
だが。
届かなかった。
「私の……力不足で……」
膝が震える。
ナツ達も絶望的な表情を浮かべた。
「カナ……!」
「やめ……て……」
「おね……がい……」
誰も動けない。
ブルーノートはゆっくりとカナへ歩み寄る。
「知ってるか?」
重い足音。
一歩。
また一歩。
「殺した後でも魔法は取り出せるってな」
カナの身体が震える。
逃げられない。
立ち上がることも出来ない。
ブルーノートはカナの目の前まで来ると、静かに手を掲げた。
「オレは今日も飛べなかった」
その手に重力が集まる。
「だが――」
カナは目を閉じた。
「お前は地獄に落ちろ」
その瞬間。
――ドゴォォォォォォォォォォォン!!!!!
轟音。
衝撃。
ブルーノートの身体が横殴りに吹き飛んだ。
大地を削りながら森の奥へと消えていく。
「なっ……!?」
ナツ達が目を見開く。
土煙が舞う。
誰も状況を理解できない。
やがて。
煙の向こうから、一人の男が姿を現した。
大きな背中。
傷だらけのマント。
圧倒的な存在感。
その男はカナの前へ立つ。
「悪いな」
振り返らずに言った。
「少し遅れた」
「ぁ……」
カナの瞳が揺れる。
その背中を。
その声を。
間違えるはずがなかった。
ずっと追い続けてきた人。
ずっと憧れ続けてきた人。
そして――父親。
「ギルダーツ!!」
「ギルダーツだーーー!!!!」
ナツとハッピーが叫ぶ。
だが。
カナだけは声を出せなかった。
ただ涙が溢れる。
止まらない。
目の前にいる。
自分を守るように立つその背中が。
誰よりも大きく見えた。
(お父さん……っ)
心の中だけでそう呼ぶ。
こうして。
フェアリーテイル最強の魔導士の一人――ギルダーツ・クライヴと、マスター・ハデスが認める強者ブルーノート・スティンガーの戦いの幕が上がった。
時を同じくして。
グリモアハートの魔導船。
その甲板には、一人の老人が立っていた。
グリモアハートマスター。
ハデス。
かつて妖精の尻尾二代目マスターを務めた男である。
ハデスは天狼島の方角を見つめながら小さく呟いた。
「ギルダーツか……」
僅かに目を細める。
「マカロフめ。
中々の駒を持っておるわ」
ブルーノート。
その実力を誰より知るハデスだからこそ分かる。
「私以外にブルーノートを足止め出来る者がおろうとはな……」
その時だった。
「なるほど」
不意に下から声が響く。
「マスター・ハデスとやらの正体はお前だった訳か」
ハデスの表情が変わる。
「久しぶりだな、
「っ!?」
ハデスは即座に船縁へ歩み寄り、下を見下ろした。
そこに立っていた人物を見た瞬間。
目が見開かれる。
「うぬは……」
信じられないものを見る顔だった。
「アルか!?」
アルは軽く膝を曲げる。
次の瞬間。
船上へ飛び上がり、ハデスの前へ着地した。
ハデスは驚愕したままアルを見つめる。
「何故この島に……ッ」
そして。
首元の紋章に気付いた。
「その紋章……
まさか、うぬ……あのギルドに?」
「ああ」
アルは平然と答える。
「今はフェアリーテイルに属している」
ハデスの眉が僅かに動く。
だがアルは構わず続けた。
「しかしプレヒト」
どこか懐かしむように。
「随分と
「当たり前だ!」
ハデスが声を荒げる。
「
そして。
食い入るようにアルを見る。
「そういううぬこそ何故だ!」
その声には驚愕が混じっていた。
「何故
「それについて、お前に話す義理はないな」
アルは淡々と答えた。
「それに――」
静かにハデスを見据える。
「お前らにフェアリーテイルの奴らがこれ以上傷つけられるのは我慢ならないからな」
その言葉に、ハデスはふっと笑った。
「ふっ……」
そして肩を揺らす。
「うぬがそこまであのギルドに執着しているとはな」
「執着か」
アルは小さく呟く。
「そう見えるならそれでいい」
ハデスは目を細めた。
昔からそうだった。
この男は滅多に本心を語らない。
だが。
今の言葉だけで十分だった。
アルが本気でフェアリーテイルを守ろうとしていることは分かる。
一方でアルは静かにハデスを見た。
「お前こそ」
短く言う。
「
僅かに眉を顰める。
「変わったな、プレヒト」
その言葉にハデスの表情が消えた。
しばしの沈黙。
やがて。
「変わったのは世界の方だ」
ハデスは低く答えた。
「理想だけでは何も守れん」
その瞳には、かつての面影と同時に深い執念が宿っていた。
「私は真理へ辿り着いた」
ハデスは両腕を広げる。
「故に私は進む」
圧倒的な魔力が甲板を震わせた。
「たとえフェアリーテイルが道を阻もうともな」
アルは静かに目を細める。
「そうか」
短い返答。
だが次の瞬間。
アルの纏う空気が変わった。
「ならもう話すことはない」
その声に感情はない。
ただ冷たい。
かつてを知る男へ向けるには、あまりにも冷たい声だった。
「来い、ガキ」
アルは刀へ手を添え、魔力を解放していく。
足元の床が軋み、大気を震えさせる。
「オレがお前を終わらせる」
そして――。
アルとハデス。
二人の頂上決戦が幕を開けた。