弦奏詩   作:藤倉一至

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#6 モーティス/若葉睦

  ◆   ◆   ◆

 

 

 観客の多さに緊張したわけではないのですから、つまりはそれが今の自分の実力と言うことになります。

 だからモーティスが『Ave Mujica』を弾きこなせないのも、ただの実力不足でしかないのでした。

 

 『Ave Mujica』の自分の担当パートは、一から十までみっちり叩き込まれました。ドロリスは仕事でほとんど来られませんでしたが、その代わりにティモリスとオブリビオニスとアモーリスが、根気よく練習に付き合ってくれました。

 なのに、いざ本番になってもモーティスは、ほとんど弾きこなせていないのです。

 正直自分でもイヤになりますが、それでも頑張って弾き続けられるのはみんなのおかげでした。

 

 ほとんど形になっていないモーティスのギターの隙間を埋めるように、オブリビオニスのキーボードとドロリスのギターが鮮やかに疾走しています。

 不安定なモーティスのギターを支えてくれているのは、ティモリスが正確に刻み続けているベースと、アモーリスの大らかになにもかも包み込んでくれるようなドラムでした。

 バンドは共に音楽を奏でる運命共同体だというのは、もしかしたらこういうことなのかな、と。

 そんなことをぼんやり思いながら、モーティスはどこか満たされた気分でギターを弾き続けます。

 

 一音、一音、大切に。

 みんなが教えてくれた弾き方で、自分に与えられたフレーズを。

 たとえどんなに下手くそでも、今の自分にできる最大限の力を振り絞って。

 ――今のモーティスには、それしかできませんから。

 それだけをがんばってみるのです。

 

 

 ――本音をかくすことなくいってしまえば、モーティスはAve Mujicaの曲なんてすきじゃありません。

 ギターのたのしさも、おんがくをかなでるよろこびも、かのじょにはよくわからないのです。

 それでも、みんなといっしょにいることがとてもたのしかったから。

 すてーじにたっているときにきこえてくるみんなのおとが、とってもきれいだったから。

 モーティスも、いつのまにかAve Mujicaのことがすきになってしまいました。

 だから、ずっとギターを弾き続けることができたのです。

 

 でも、みんなそろってAve Mujicaをふっかつさせるには、モーティスのギターだとやくたたずになってしまいます。

 むつみちゃんじゃない、モーティスにはそれがげんかいのようでした。

 このままだと、またみんなダメになってしまうかもしれません。

 でも、むつみちゃんはまだねむったままなのです。

 ずっとずっとねむったまま、おきてくれません。

 それなのに、みんなはモーティスをそのまますてーじにたたせてくれました。

 とても、だいじなすてーじのはずなのに。

 

 だから、モーティスはがんばるしかありませんでした。

 ほかのみんなのようにはできないけれど、ここにいるのはむつみちゃんではなくてモーティスなのですから、がんばってギターを弾き続けるしかありません。

 むつみちゃんじゃなくても。

 むつみちゃんのように。

 むつみちゃんが弾いてきたように。

 むつみちゃんに聴こえるように。

 

 

 そうしてモーティスがドロリスの歌声に合わせて、ピックで弦を弾いた瞬間――

 

 

 詩が聴こえました――

 

 

 指が勝手に動いたかと思うと、ギターが鮮やかなメロディーを奏でます。

 それまでの拙さが嘘のように、とても美しくて煌びやかな音色を。

 そして、それは一回だけの偶然ではなくて、その後もちゃんと続いてくれたのです。

 

 

 詩が聴こえました――

 

 

 ここはもう少しだけひとさし指を伸ばして、弦をしっかり押さえて。

 ピックはそんなに強く握りすぎないで、軽く持ったまま手首だけをそっと動かせばいいから。

 うん、そう、そんな感じで、後は覚えたとおりに指を動かせばいいから、もう少しだけ素早くポジション移動だけを心がけて。

 

 心の中に響いてくる声に導かれるように、モーティスは指を動かし続けます。

 それを動かしているのが自分なのか、それとも他の誰かなのかもわからないままに。

 

 

 詩が聴こえました――

 

 

 むつみちゃん? むつみちゃんだよね?

 むつみちゃん、おきてくれたの?

 ねえ、私の声聞こえてる?

 むつみちゃん、むつみちゃん、むつみちゃん――

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 誰かの声が聞こえた気がして、私は目を覚ましました。

 ――目を覚ましました? もしかして、私、眠っていたのかな?

 

 よくわからないまま、私は目を開きます。

 すると、まだ頭がぼんやりしたままの私の視界に、心配そうにこちらを見つめてくる緑の髪の女の子の顔が飛び込んできました。

 

 むつみちゃん、むつみちゃん、わたしのこえきこえてる?

 ……うん、聞こえてるよ。え、と……もしかして、モーティス?

 

 名前を呼ばれたことで、私は自分が誰なのかを思い出しました。

 そして、目の前の女の子が誰なのかも。

 なんとなく周りを見回してみると、そこはぬいぐるみがいっぱいのどこかの部屋のようでした。知らないはずなのに、少しだけ見覚えがあります。

 そして、どうやら私の身体は人形のものになっているみたいでした。

 

 そっか、私、モーティスと入れ替わったんだっけ……

 うん、そうだよ。むつみちゃんがこわれそうだったから、わたしがむりやりいれかわらせたの。それからむつみちゃん、ずっとねむってたんだよ。ああよかった、おきてくれて。

 

 それで全部思い出しました。

 ライブ中にギターを間違えた私が、そのまま動けなくなってしまったこと。それをパフォーマンスだと思い込んだ周囲が、それだけを求めてきたこと。そのことを不服に思ったさきとにゃむが対立して、意見を求められた私がなにも答えられなかったこと。

 ……それから、さきに謝りたかったのにできなかった私に、さきがきつい言葉を投げかけてしまったこと。それに傷ついた私が、モーティスに身体を明け渡してそのまま眠ってしまったことも。

 みんなみんな思い出しました。

 

 ……ごめんね、むつみちゃん。バンドまもってあげるっていったのに、わたし、バンドちゃんとまもれなかった……

 ううん、いいよモーティス。だって、モーティスはちゃんとバンド守ってくれたでしょ。ずっと頑張ってくれてたの、私、ちゃんと見てたから。だから、ありがとう、モーティス。バンドも、さきのことも、守ろうとしてくれて。

 

 ムジカが解散してしまったことはとても悲しかったけど。それでも、モーティスがそれから一人で頑張ってくれたことは、私も知っているから。ずっと眠ったままだったけど、それでも夢のように現実の光景は見ていたから。

 だから私は、モーティスにお礼を言いました。それなのにモーティスは、申し訳なさそうに顔を伏せてしまいます。

 ああ本当に、私はどうしてこんなに上手く話せないんだろう。自分相手のはずなのに、ダメだなぁ。

 

 自己嫌悪に陥りながら、私はモーティスの身体に手を伸ばして、その頭をそっと撫でてみます。言葉で伝えられないなら、身体で伝えてみようと。そんな風に思って。

 

 すると、モーティスは少し嬉しそうに口元を緩めると、同じように私の頭を撫で返してきました。

 それから、どこか淋しそうに笑いながら、優しい声で私に尋ねてきます。

 

 ねぇ、むつみちゃん。むつみちゃんはもうギターをちゃんと歌わせられるんだから、バンド、もう楽しくできるよね?

 

 モーティスの言ってきたことは、本当のことでした。

 いつの間にか、私はちゃんとギターを歌わせることができるようになっていたのです。

 

 理由はきっと、みんなのおかげでした。

 ギターをろくに弾けないはずのモーティスを、それでもみんながちゃんと支えてくれました。モーティスだって、私のために頑張り続けてくれたのです。そんな彼女たちに応えたくて、ただそれだけの気持ちでギターを弾こうとしてみたら、歌わせることができるようになっていたのです。

 

 つまりは、そういうことでした。

 これまでの私はただ自分のためだけにギターを歌わせようとしていたために、自分にまったく自信を持てない私ではそんなことはできなかったけれど。自分のためにではなくて、私のことを支えてくれたみんなのためなら、こんなどうしようもない自分でもギターを歌わせることができたという、それだけのことだったのです。

 本当に、気づいてみればなんと言うことのない単純なことでしたが、バカな私にはこんなことでもないと一生気づくことのできなかったことでした。

 

 だから、たぶん今の私なら、バンドだって楽しく思えることはできるでしょう。でも、そう思えるようになったのは、モーティスのおかげなのだから。

 私は彼女に対する感謝も込めるつもりで、答えてみます。

 

 ……わからないけど、頑張ってみる。頑張って、みるから、だからモーティスも、私と一緒に頑張って――

 うん、ごめんね。それはできない、かな。

 

 なのに、モーティスの返事は、とても冷たいものでした。

 

 ぇ……? どうして? どうしてそんなこと言うの、モーティス……?

 ごめんね、むつみちゃん。でも、いっしょにがんばるのはできないんだよね。だってわたしはもう、おわかれしないといけないみたいだから。

 

 モーティスの返事に、私はぞっとしました。

 彼女の言葉が冗談じゃなくて、本当だということに気づいてしまったから。

 このまま彼女が消えてしまうことが、理屈じゃなくて本能でわかってしまったから。

 

 どうして、どうしてそんなこと言うの? モーティスも一緒じゃないと、イヤだよ。私と、ずっと、一緒にいようよ。

 うん、そうだよね。わたしもできるなら、そうしたいんだけど。げんかいがきちゃったみたいだから。だから、むつみちゃんは、ひとりでがんばって。むつみちゃんなら、できるよね?

 イヤイヤイヤ――っ。そんなのできない、私ひとりだなんてそんなのいや! モーティスも一緒じゃないと絶対にダメなんだから!

 

 私は必死でモーティスに呼びかけます。涙が溢れ出てきて、モーティスの顔が見えなくなっても、その身体に手を伸ばして掴まえることで、逃げられないようにしようと。

 

 ……ダメ、だよ。モーティスも、いてくれないと、私、ひとりじゃ、頑張れない。それなら、私も、もう、眠ったままでいいから……。それなら、モーティスも、一緒にいてくれるよね……?

 わがままいっちゃだめだよ、むつみちゃん。わたしがいなくなっても、むつみちゃんがほんとうにひとりになるわけじゃ、ないんだから。さきちゃんも、ういかちゃんも、うみりちゃんも、にゃむちゃんだっているじゃない。みんなをほうりだして、またねむろうだなんて、だめだよ。そんなの、わたしががんばったいみもなくなっちゃうじゃない。

 

 優しい声で諭してくるモーティスに、私はなにも言えなくなってしまいます。確かにここでみんなを放り出してしまうのはダメなことです。

 それでも、私はモーティスのことだって見捨てたくありません。彼女が頑張ってくれなければ、私もAve Mujicaもどうなっていたかわからないのですから。

 

 汝、死を恐れる勿れだよ、むつみちゃん。

 

 そんな私に例の台詞を投げかけてくると、モーティスの人形の手が私の頭をさっきのように撫でてきます。

 人形の手……?

 私が慌てて顔を上げると、モーティスの体がいつの間にか人形のものに変わっていました。

 そして、私の体もいつの間にか元の人間の体に戻っています。

 

『目が覚める度に生き返る。目覚めないのは……永遠の死』

 

 それは、どこかで聞いたことのあるフレーズでした。

 

『私のために、ゆりかごを編むよ。ビロードで仕立てた、棺みたいな子守唄。くるんであげる』

 

 やめて、お願い、やめてよ、モーティス。

 

『貴方が、私を忘れるように』

 

 絶対、ダメ。ダメだって、言ってるのに……

 

『だから、大丈夫。むつみちゃんはもう大丈夫だから、心配なんてしないでいいよ』

 

 モーティスがとても優しく、笑いました。

 それと同時に、私の体が動かなくなります。

 

『おやすみなさい、良い夢をありがとう。それじゃあ、バイバイ、むつみちゃん』

 

 モーティスがお別れの挨拶をした瞬間、目の前が真っ暗になりました。

 そうして意識も薄れていき、私はやがてなにもかもわからなくなってしまいます。

 

 

 

 それからしばらくして、私は目映い光に誘われるように、もう一度目を覚ましたのでした――

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 二度目のサビも歌い終わり、長い間奏も終わって最後の盛り上がりにさしかかったところで、不意にギターの音が強く響いてきました。

 ドロリスのギターは変わりません。変わったのは、モーティスのギターでした。

 

 それまでの拙さが鳴りを潜め、鮮やかな旋律を奏ではじめます。

 まるで人が変わったような変貌ぶりに、観客は一瞬戸惑ってから、一気に盛り上がりました。

 もしかしたら、演出だと思った人たちもいたかも知れません。

 観客たちは、なにも知らないのですから。

 

 けれど、演者たちはなにがおこったのかを理解できます。

 演者たちだけが、気づくことができました。

 

 

 ――睦ちゃんが戻ってきたことに。

 

 

 その事実を前に、演者たちの反応はそれぞれでした。

 

 

 ティモリスは口元を少しだけ動かして、ベースをいつもどおり弾きました。

 

 アモーリスはニヤリと口角を吊り上げると、ドラムを激しく叩きました。

 

 オブリビオニスはひとすじ涙を流しながら、キーボードを優しく紡ぎました。

 

 ドロリスは驚いたように目を見開くと、艶やかな声をさらに美しく響かせました。

 

 モーティスは――

 

 睦ちゃんは仰ぐように天井を見上げると、ギターを鮮やかに奏でました。

 まるで、歌うように。

 誰かに、届くように。

 

 

 観客はその光景を見て、とても大きな歓声を上げました。

 それから、万雷の拍手をステージ上に届かせました。

 

 

 夢の国にいても聞こえるような、大きな拍手を――

 

 

 

 

 

                 めでたしめでたし。

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