弦奏詩   作:藤倉一至

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#7 まったく余分なエピローグ

 

 

 

「やったぁぁぁぁ~~~っっっ!!! チケット御用意されましたぁぁぁーーーっっっ!!!」

 

 いきなり大声で騒がれてしまい、他の四人の少女たちが何事かと怪訝な顔でピンクの髪の少女を見つめました。……訂正です。四人ではなく、三人でした。銀髪の女の子だけは、素知らぬ顔で目の前の――ケータリングで楽屋に置かれていた――最中を口に運ぶのに夢中でした。

 

「もう、愛音ちゃん。いきなりなんなの? 急に大声上げちゃって」

「……びっくりした」

「愛音、今がライブ前だってわかってる? なにスマホいじってるわけ? それにいきなり大声あげないで。燈を驚かせないでよ」

 

 他の三人から異口同音で苦情を告げられ、思わず大声を上げてしまったピンクの髪の少女――千早愛音も頭を掻きながら、素直に反省の弁を述べます。

 

「ゴメンってば、りっきー。いきなり大声上げちゃったのは、反省してるってば。でも、スマホいじるのくらい許してよー。ライブはちゃんと100パーセントの千早愛音でやってあげるからさー」

「は? 100パーセント――全力でやるのはあたりまえなんだけど」

「まぁまぁ、立希ちゃん。愛音ちゃんだって、別に悪気があったわけじゃないだろうから、その辺にしてあげて。――それで、愛音ちゃん、なんだったの? 御用意されたって言ってたけど、なんのチケット?」

 

 平常運転で愛音に文句を言ってくる黒髪の少女――椎名立希を取りなして、愛音に助け船を出してくるのは栗色の髪の少女――長崎そよでした。

 

「そうそう、それそれ。そよりん、聞いてよ~。ムジカのドームライブのチケット、2枚ゲットしちゃったんだよねー。ドームだよ、ドーム。それもイースター(復活祭)なんだから、絶対行かないとって思ってたんだぁ」

 

 喜色満面にはしゃぎ声を上げる愛音とは対照的に、立希は醒めたため息をひとつ吐き出しました。

 

「ムジカ、ね。そういやドームやるってニュースになってたっけ。はぁ……聞いて損した」

「うーわぁ、反応悪すぎ。りっきー、ホントムジカの話題嫌いだよね。そんなんじゃ、チケット譲ってあげないよ」

「いや、いらないって。どうせその日はバイト入ってるから」

 

 にべもなく断ってくる立希の言葉に、愛音が不思議そうに首を傾げます。

 

「えー、ドーム公演って、やるの5月末だよ。まだ二月あるじゃん。シフト、まだできてないよね?」

「だから、その日は優先してバイトに入るって言ってるの。……それとも、マイゴのライブ入れた方がいいわけ?」

「それだけは勘弁して~。今やってるホールツアー全滅して、ようやく手に入れたチケットなんだから。行かせてよぉぉ~~」

 

 立希の意地悪に悲鳴を上げる愛音を、おろおろと心配そうに見つめるのは藍色の髪の少女――高松燈でした。不満げに口を尖らせた愛音が、そんな燈の手を取るとにっこり微笑んできます。

 

「もう、りっきーはいいよ。それより、やっぱともりんだよね。ね、ともりん。私と一緒にドーム――」

「却下。燈にそんな大勢人が集まるとこに行かせないでって、何度も言ってるでしょ。ホールでも大概なのに、ドームとかありえないって。何万人来ると思ってるの」

「何万人……すごい、ね」

「はぁ、まだ言ってんのりっきー。いいかげん過保護すぎだってば。ともりんももう高二になるんだから、そろそろ独り立ちさせないとでしょ?」

 

 保護者モードになって立ちはだかる立希に、呆れたように愛音が苦言を呈します。それから改めて燈に向き直って誘いをかけようとしますが、

 

「ごめん、愛音ちゃん。……何万人も集まるのは、ちょっと私には無理だと思う。さきちゃんと睦ちゃんのライブは、見てみたいけど……ごめんなさい」

 

 あっさりと断られてしまいます。

 

「あー、謝んないでよ、ともりん。ともりんが無理なら、仕方ないからさぁ。……そーなると、うーん……。あー、らーなちゃん、らーなちゃん。ムジカのライブ、興味ない?」

 

 二人目にあえなく断られた愛音は、今度は全員分の最中をひとりで平らげてすっかりご満悦モードだった金髪の少女――要楽奈に誘いをかけてみました。

 

「ライブ……やる」

「いや、楽奈ちゃん。やる、じゃなくて行く? だからさぁ。えーと、ね。そうだ、睦ちゃんのギター、すごいんだよ。前からすごかったんだけど、復活してからはさらにすごくなってるんだから。なんてゆーか、ホントにギターが歌ってるって感じでさぁ。どう、楽奈ちゃん、同じギタリストして興味湧いてこない?」

「ない。つまらないから、行かない。それよりも、ライブ、やる、もっとやりたい」

 

 これなら楽奈ちゃんでも行く気になってくれるかもと、切り札のつもりで睦ちゃんのギターの話題を出してみた愛音でしたが、結果はまさかの惨敗でした。

 打ちひしがれてしまった愛音は、よろよろと最後の砦になったそよに縋るような視線を向けました。

 ハシゴを外された形になったそよは、愛音が立希や燈と話している間はずっとひとりでベースをいじっていましたが、ようやく愛音に視線を向けられるとわざとらしくしかめ面をして見せながら、彼女にじとっとした視線を返してきます。

 

「……なに、愛音ちゃん」

「いえ、そのですねー。そよりんは、どうですか? ライブ、一緒に行ってくれたりしませんかー。可哀想な愛音ちゃんに、慈悲の手を差し伸べたりとか、してくれないかなーって思ってるんだけど……?」

「愛音ちゃんは別に可哀想じゃないと思うけど……。はぁ、いいよ。行ってあげるから、そんな顔しないの。どうせチケット代でお財布空っぽなんでしょ。ドームのチケット代、高いもんね。私が行ってあげないと、愛音ちゃん困るんじゃない?」

 

 いつものツンデレ仕草に立希がなんとも言えない視線をそよに送りますが、そよがそれに気づく前に愛音がそよに抱きついてしまいます。

 

「わーい、そよりんLOVE~~~♡ さっすがそよりん、私のことみんなわかってくれてるもんねー。ホント、チケット代高すぎてどうしようって思ってたところだったんだ~♪」

「ちょっと愛音ちゃん。いきなりひっつかないでよ。さっさと離れてくれる? ……もう、衣装が乱れちゃったじゃない」

 

 慌てたように愛音を引き離しにかかるそよでしたが、実際のところはまんざらでもないことは、その緩みかけた表情が物語っています。

 それで気が緩んでしまったのでしょうか。そよの大人な身体から引き剥がされてしまった愛音は、それでもにまにまとしながら余計なことを口にしてしまいます。

 

「あー、よかったぁ。そよりんなら一緒に行ってくれるって信じてたけど、万一断られたらどうしようって不安に思ってたんだよねぇ。でも、良かったよねぇそよりん。これで睦ちゃんのステージもう一度見られるよ。毎回こっそりライブに行ってた甲斐があったよねぇ」

「あ……バカ」

 

 慌てて立希がツッコみますが、もう遅すぎでした。あっという間にそよの背後に、得体の知れないオーラのようなものが立ち上ってしまいます。

 

「へぇぇ、愛音ちゃんは私のなにを知ってるのかなぁ。ホント、愛音ちゃんってそういうところあるよねぇ」

「愛音、おまえもう少しデリカシー持った方がいいよ。……もう、遅すぎだけど」

「ご、ゴメンってばぁぁぁ。そ、そよりん、落ち着いて。私は別になにも言ってないから。なにも知らないから、だから、許してってばぁぁぁぁ」

 

 その不吉なオーラに気圧されるように、無様に床に尻餅をついてしまった愛音が必死の形相でそよに許しを請いはじめます。その哀れな怯えっぷりに少しは溜飲が下がったのか、そよは少しだけ頭の角を引っ込めると、以前よく見せていたあのそよさんの笑み(ソヨイックスマイル)を愛音に見せつけました。

 

「そうだね、愛音ちゃんがそこまで言うなら、許してあげよっか」

「あ、ありがとね、そよりん。いえ、そよさん……?」

「でも、ひとつ条件つけようか。ムジカのドームライブまでに、睦ちゃんよりギター上手くなってくれる? バンド(マイゴ)のためにもなるんだから、問題はないよね?」

「む、無理だよ、そんなのぉぉぉ。私、ギター始めてまだ一年経ってないんだから、睦ちゃんを超えるなんて絶対無理だってばぁぁぁ」

 

 思ったよりもひどすぎる条件を突きつけられて、涙目になってしまう愛音。そんな彼女をサディスティックな目で見つめながら、そよはうっそりと微笑んでしまいます。

 

「そっかぁ。じゃあ、仕方ないよね。ライブは愛音ちゃんひとりで行ってきてくれる?」

「そんな殺生なぁぁぁぁ。お願い、許して、許してください。そよりん、そよさん、そよ様。私にできることなら、なんでもするからぁぁぁぁ」

 

 哀れな愛音が救いを求めて他の三人にSOSをアイコンタクトで送りますが、立希も燈も首を振ったり困り顔をするばかりで助けの手は差し伸べてくれません(楽奈はなんだか面白そうに二人のやり取りを見ているだけです)。

 

「なんでも、かぁ。だったら、そうだね。睦ちゃん――モーティスは無理だって言うなら、ドロリスならどう? そっちならまだいけるんじゃない?」

「ド、ドロリスって……初華ちゃん? だ、だったら、まだいける……かな?」

 

 愛音は引きつった笑みのまま、思わずそう呟いてしまいます。

 もちろん今の自分の実力では、ドロリスにだって追いつくのは至難の業でしょう。

 けれど、睦ちゃんに比べればまだ希望はあるように思えたのです。

 

「そっか。じゃあ、頑張ってね愛音ちゃん。期待してるから」

 

 素っ気なく釘を刺してくるそよに、コクコクと頷くしかできなくなった愛音。

 彼女はそのままギリギリと油の切れたオモチャのように首をぎこちなく動かすと、少し離れた位置で二人を見守っていた(だけの)楽奈に救いを求める眼差しを向けました。

 

「らーなちゃん、お願い、私にギター教えて。なんでも、するから」

「…………わかった。抹茶パフェ、抹茶キャンディー、抹茶コロネに、お蕎麦に、ゆべし、よろしくあのん」

 

 契約は無事成立したようでした。

 けれど、被害はどうやら甚大のようです。

 そよの分のチケット代はどうにかなりそうですが、代わりに楽奈へのギターのレッスン代がのしかかってきそうなのですから。

 明日からどうしようと愛音が困り果てていると、ノックの音とともに楽屋のドアが外から開けられました。

 

「マイゴのみんな、そろそろ時間なんだけ、ど……だいじょうぶ? 行けそう?」

 

 楽屋に入ってきたのは、スタッフの凛々子さんでした。

 頼りになるお姉さんの登場に、愛音は慌てて立ち上がると彼女に向けて思わず泣きついてしまいます。

 

「凛々子さぁん。私、明日からRiNGで働かせてもらえませんかぁ」

「え? 明日から? 愛音ちゃんなら、別にいいけど」

 

 思いがけない即OKの返事に舞い上がった愛音が、咄嗟に凛々子さんにも抱きついてしまいました。

 

「うわぁぁぁぁい、凛々子さんLOVE~♡」

「えっ、愛音ちゃん!? ちょ、ちょっと、どうしちゃったの?」

 

 突然抱きつかれて困った顔を見せる凛々子さんに、愛音は顔をくしゃくしゃにしたまましがみついて離れそうにありません。

 その様子を見た他の四人――いいえ、そよと立希は呆れたようにため息をつきました。

 それから、そよは自分の楽器を手に取ると、他の三人に呼びかけます。

 

「はぁ……先に行っちゃおうか、燈ちゃん、立希ちゃん。楽奈ちゃんも」

「あ、うん。……先行ってるね、愛音ちゃん」

「ホントなんなの、このバンド」

「おもしれー女……たち?」

 

 一人取り残されそうになったことに気づくと、愛音も慌てて凛々子さんから身体を離して――もちろん、ちゃんと謝罪とお礼は済ませました――自分のギターを手に取ってからみんなを追いかけていきます。

 

「わわわっ、ちょっと待って、みんな待って、待ってよぉ。置いてかないでってばぁぁぁぁ」

 

 

 

 ――そんないつものようなドタバタはありましたが、それから十分後にはマイゴメンバーは全員ちゃんとステージに姿を見せることができました。

 彼女たちが姿を見せた瞬間に、観客席から温かな声援が飛んできたのは言うまでもありません。

 

 

 

 

 

 それではみなさま、どうか良いゆめ(ステージ)を――

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