廃人ハンターのテイワット生活 作:バルファルクの襲撃に怯えるゴリラ
仙人や魔神、精霊に龍。人なぞが遠く及ばぬ人外が跋扈するこのテイワットという世界で、かつて英雄と呼ばれた人間が居た。
神の目を持たぬ人の身でありながら、数多の人外を葬ったと語り継がれるその人間は”狩人”として現在でも語り継がれ、テイワット中にその痕跡を見る事が出来る。誰もが一度は憧れた英雄。
誰が呼んだか人類史上最大の英雄。それこそが”狩人”である。
――璃月のとある歴史文献より
嵐の最中の璃月で、誰もが大事なモノの為に必死になっていた。
その大事なモノが家族か、自分か、愛する人か、財産かなんてくだらないことで区別するまでもなく、彼らは最善を尽くす。
【足場を、借りるぞ】
渦の魔神との決戦の最中。群玉閣に展開された決戦場の中心に黒が現れた。
その場にいた千岩軍も、旅人も、ファデュイも……仙人達でさえその黒としか形容のしようが無い人間の存在に今この瞬間まで気付くことはなかった。
「ここは危険だ! 後ろに下がれ!!」
千岩軍の誰かが男にそう叫んだ。その声の主である兵士を一瞥した男は、黒の隙間から僅かに覗く口を弓なりに歪める。
【全く、少し見ぬ、間に、変わって、しまったかとも、思ったが……】
「ひぃっ!?」
男の口から血の塊が零れ落ちる。その痛々しい光景に、旅人の隣を飛ぶ頼もしいガイドが悲鳴を上げた。
「お前は……ッ!?」
正史においては唯一の生き残りの夜叉が血を流す男に驚愕を示す。男の黒は所々が真っ赤に染まっている。左腕はあらぬ方向に曲がっているし、よく見れば本来白かったのであろう鎧のパーツも乾いた血によって一見すると黒く見えるのだと分かる。
それでも、男は堂々と立っていた。満身創痍だというのに、それが当然だと言わんばかりに自身を心配した兵士を見て笑いすらしたのだ。
そして、既に男を認識した仙人達は誰一人としてその状態の男に治療を施そうなどとは思わない。否、思えない。
知っていたからだ、男にとってはこれが万全なのだと。
【だが、心配は、無用だ】
ゴキリと音を鳴らしながらあらぬ方向に折れた腕が、男の背中に担がれた巨大な太刀をガシリと掴む。
黒を裂き、赤がこぼれたような模様の太刀を腰に構え、もう片方の腕で太刀の柄を握った男は深く腰を落とす。武を知るモノが見れば、稲妻の武術である居合の構えに近いモノだと解っただろう。
【いざ】
男の姿が搔き消える。かと思えば渦の魔神の眼前に現れる。
ここでようやく、帰終機と呼ばれる兵器の操作に集中していた仙人達の視界に男が入った。
「ッ!? あやつはッ!!」
鹿の姿の仙人が驚きの声を上げる。男への誤射を嫌って帰終機の射撃が止まる。懐かしい光景だと、仙人達の誰かが思った。
単独行動の問題児。背中を味方に撃たれるのが当然だと思って居るのかとすら思うほどの向こう見ず。
【貴様は、なんと、いったか】
その光景に、渦の魔神も思い出す。取るに足らぬと迎撃を怠った眼前のちっぽけな人間こそが、かつて岩王帝君より先に自分を最も追い詰めた存在だと。
【ああ、思い出し、た】
渦の魔神の数多もの頭が、もう間に合わぬと元素力ではなく物理的に男を噛み殺さんと大口を開け食らいつく。
【気刃――】
一太刀目の斬り上げで、大半が消し飛ぶ。
【――解放――】
ぐるりと一周回った二太刀目が、残りを両断する。
あれほどあった頭も、残るはたった一本。ここが弱点ですと言わんばかりに一番後ろに位置していた頭が、ガバっと男を口内に収め――
【――――斬りィッ!!】
大きく振りかぶった斬り下ろしで両断される。
否、頭程度では止まらない。男の斬り下ろしは頭からその無駄に長い首を一直線に両断していく。
しばらくして、爆発的な音と共に男が着水する。海すらも少々斬って見せた男の一太刀によって、渦の魔神は両断された。
【渦の魔神、オセル……狩猟、完了……】
鎧にこびりついていた血は海水と大雨で洗い流されていた。渦の魔神が絶命したことにより、空を覆っていた分厚い雨雲が消えて青空が広がってゆく。
その中心でスポットライトの様に照らされる海水の斬り払われた海底に立つ男の鎧は、絶命した渦の魔神から溢れ出る膨大なエネルギーを食らってその白い棘を少しばかり大きく育てた。
「な、なんだったんだ……?」
旅人の頼れるガイドが、怒涛の展開に気の抜けた声を出す。彼女の言葉はこの場に居た様々な人間の代弁であっただろう。
千岩軍も、拘束されたファデュイも、群玉閣の主である凝光も。誰もがほんの数秒で岩王帝君が封印せざるを得なかったと伝わる魔神を殺して見せた存在に、まるで魂を抜かれてしまったかのような気分にさせられている。
そんな人間達と旅人をさておいて、仙人達は頭を抱えていた。ぶっちゃけ渦の魔神が復活したことよりも、ヤツが帰って来た事の方が問題だと本気で頭を抱えている。
「ど、どうしましょう留雲借風真君!」
「おち、落ち着かんか甘雨! そもそもアレがまだアレだと決まった訳では無い!!」
「とはいえ留雲よ。帝君亡き今、あれほどの事をやらかすのは璃月史上アレしかなかろうて」
「うむ……うむ」
仙人の威厳なぞ欠片もない動揺具合である。仙人は動揺してるし人間は呆けている。これがさっきまで国一個守ろうとしていたヤツらの醜態か?
『いよっと』
そんな最中に当然のように現れる黒い男こと本作の主人公。ボコボコに折れた左腕からはチャームポイントの血肉湧き踊る闘い(物理)が零れ落ちている。
『あーきっつ……』
テイワットの言語とは異なる言語で、先程の威厳たっぷりな口調とはかけ離れたクソ軽い口調でボヤく。
渦中の男の登場に群玉閣はにわかに騒がしくなるが、そのようなことを一切気にせずに黒い男は一直線に凝光の元へと向かう。
【貴様が、これの、主だな?】
「え、ええ。そうよ」
呆けていた気分を引き締めなおし、凝光は男の言葉に答える。
【足場、感謝する。孤雲閣、から、では、届くか、賭けに、なってい、た】
言葉を変えれば孤雲閣からでも届く可能性があったのかと脳内に璃月の地図を思い浮かべながら凝光は驚く。
「……感謝は受け取るわ。それで、貴方は一体何者なの?」
誰もが気になる率直な質問である。
【何者、か……名乗る名は、既に、無く。されど、そうだな……かつて、は”狩人”、と、呼ばれて、いた】
「かり、うど……狩人!?」
思わずといった感じに凝光が叫ぶ。その声に旅人とその素敵なガイドは首を傾げ、人間はファデュイも千岩軍の垣根も無くして驚き――
「終わったなこれは……」
「終わりです……」
「終わりだ……」
仙人達は頭を抱えた。
「というかお前! そんなに傷だらけで大丈夫なのかよ!?」
【む?】
そんな混乱も混乱の最中で、旅人の頼れるガイドは黒い男――”狩人”の状態を心配する。なんせずぅっと左腕からは血肉湧き踊る闘い(物理)が零れ落ちているからだ。
【ああ、もう、火事場の、必要、も、無い、か】
そう言って右腕でポーチに腕を突っ込み、中から取り出したビンの中身を飲み干す。そうすると、見る見るうちにゴキリゴキリと嫌な音と共に歪んでいた腕が真っ直ぐになり血も止まる。
【よし】
「よしってなんだよ!?」
目の前でさらっと起こったエゲツない現象に旅人の頼れるガイドが叫ぶが、それを気にせず”狩人”は口を開く。
【用は、足場、の、礼だけ……いや、もう、一つ、礼が必要、だった】
そう言って”狩人”は千岩軍の方へと向かう。彼の目標は先程自身を心配した兵士。
「は、え。無理、無理無理無理無理無理!!」
「マジ? え、マジ狩人なのかよ」
本人は限界化し、近くで縛られているファデュイが騒ぐ。他の千岩軍は憧れの存在に思わず距離を取っている。
”狩人”は兵士の前に膝をつく。その黒い籠手が溶けるように消え、傷だらけの素手が現れる。
【先程は、心配を、かけたな】
「ひぃっ!?」
そして”狩人”は限界化している兵士の手を取り、感謝の言葉を伝える。物心ついてすぐに憧れとなり、今でも心の中心に居続ける人類の英雄との素手での握手付きでの感謝の言葉。
兵士はもう言葉すら発せない。
【よし……これで、本当に、用はない】
立ち上がった”狩人”の背にはいつの間にやら鎧と似たデザインの弓が背負われている。弓を手に取った”狩人”は流れるような動作で上空に竜の一矢を打ち上げる。
パンと音を立て、放たれた弓が爆ぜる。
【では、な】
「ッしまった――!?」
周囲の視線が一瞬その音源へと向かったその僅かな間に”狩人”は少しの煙を残して姿を消す。その企みにいち早く気付いた夜叉が即座に周囲を探るがすでに”狩人”の気配は一切感じられない。
こうして、渦の魔神の討伐は終わった。渦の魔神以上の問題児の帰還という結果を残して。
”狩人”;ただいま。
仙人:正史よりも数が多い。まずい……すごくまずい……!!
人間:え、マジ狩人……!?
手を触わられた千岩軍:俺もう手を洗わない