ブルーアーカイブ 〜ハーメルンの狼〜 作:Su-57 アクーラ機
「う……ぁ……?」
まぶたを通して入ってくる光に意識が徐々に回復していく。何度かまばたきしてボヤける視界のピントを合わせると、そこはどこかの教室だった。……頭が痛ぇ。というか、よくモゲなかったな俺の首。体がアホみたいに丈夫で助かったぜ。
「……あん?」
ふと頭を
「あ、起きた」
「うそ、先輩のキックをモロに食らったのに……?」
「30分足らずで目を覚ますなんて……」
俺の体は今、パイプいすにロープでキツく縛り付けられていたのだから。
「……マジかよ……」
まるで……いや、完全に
当然、武器類は没収されて遠ざけられているし、顔を隠していたスカーフとゴーグルも引っ
「あー……、これはいったい、どういう状況で……?」
そう訊ねる俺に、口を開いたのは銀髪の犬耳っ子だった。
「あなたが私達を助けてくれたのはわかってる。……けど、いきなり現れた
……なるほど、たしかにその通りだ。襲撃を受けてピリついてる雰囲気の中、いきなり怪しい奴が乱入してきたら普通は警戒される。
挨拶は第一印象が大事って言うしなぁ……なんて考える俺に対し、今度はツリ目のネコ耳っ子が横から口を開いた。
「それにあんた、さっきホシノ先輩のぱ、パンツ見て鼻の下伸ばしてたじゃない! そんな奴を信用できるわけないでしょ!」
「「ゔぁ……!?」」
痛いところを突かれて2人同時に変な声が出た。……うん? 『2人同時』?
そんな違和感を覚えて奇声の主へと視線をやると、そこにいたのは
「(たしか……小鳥遊ホシノ、だったよな)」
「せ、セリカちゃーん? その、おじさんのぱ、パ……ンツの話は済んだことだし、もういいかな〜って……」
ネコ耳っ子(セリカ、というらしい)の言葉に、つい数十分前の出来事を思い出してしまったのだろう。ホシノの顔はわずかに朱に染まっている。
「………………」
「ちょっと、あんた! なにホシノ先輩のことジロジロ見てるのよ!」
「お、落ち着け! そもそもあれは事故なんだ! …………いや、たしかに言い逃れできん状況だが! でも俺だって女子のパンツをあんな形で見ることになるとは思ってもなかったんだ! あと鼻の下は伸ばしてない!」
「ガン見してたのは一緒でしょ! この変態!」
「ガン見もしてな――待て、『変態』!?」
ワー、ギャーと、ヒートアップしていく俺とネコ耳っ子の
「2人とも落ち着いて。これじゃあ話が進まないよ」
声のした方へと首を巡らせる。パッと見た感じ20代前半といったところか。細身の体型に優しげな印象を持たせる顔立ちの男性。
しっかりと手入れがされたスーツ――暑いからか上はカッターシャツ姿だが――が、何より『大人』であることを強く意識させる。
「はじめまして。僕は連邦捜査部『シャーレ』の先生です。さっきは生徒達を助けてくれてありがとう」
そう言ってほがらかな笑みを向けてくる『先生』と名乗る大人に、体は動かせないので
「(シャーレ……)」
たしか超法規的権力を有する組織だと聞いている。担当する人員がおらず、長らく機能していなかったそうだが……。しかしまあ、ずいぶんな大物と出会っちまったもんだ。
「
「それでも、助けられたことには変わりないよ」
「…………。でしたら、そのお言葉はありがたくちょうだいしておきます」
本当に謝礼を求めて戦ったわけじゃなかったのだが、面と向かって礼を言われたのが気恥ずかしくなった俺は小さく苦笑いを浮かべて、そこから先の言葉を飲み込んだ。
「それで、マモルはなぜアビドスに?」
「え? ああ」
おっと、そうだった。話が少し脱線したが、俺がここに来た理由をちゃんと説明しなければ。さもないと冗談抜きで
「実は……――」
ここまでの経緯をさっきの戦闘介入まで軽くまとめて説明する。武器やら弾薬やらに有り金を注いだことは除いて、だが。
「――それで何か力になれればと。まあ、今はこうしてロープでミノムシにされてるわけですが」
最後に軽くジョークを交えて話を終えると、真っ先に反応したのはさっきの戦いでガトリングガンをぶっ放していた子だった。
「わあ☆ 先生の他にも私達を助けに来てくれた人がいたんですね〜!」
身振り手振りで喜びを表現するたび柔らかそうに形を変える豊満なそれから目を逸らすのが大変だ。ここは俺の名誉のためにも、2つの意味で無反応を
「そうだったんだ……。縛ったりしてごめん」
「ああ、いいさいいさ。知らない奴が相手なら当然、むしろ仲間を守るためには正しい行動だよ」
「ん。ありがとう」
申し訳なさそうに俺の拘束を
「その……マモルさん、でよろしかったですか?」
そう
「ああ。苗字でも呼び捨てでも好きに呼んでくれ。……えーっと……?」
「あ、申し遅れました。私は1年生の奥空アヤネです。よろしくお願いします」
「こっちこそよろしく」
ペコリと、律儀に頭を下げるアヤネに同じく頭を下げ返す。
「戦力も一気に増強されたことですし、これで『一番の問題』に集中しやすくなりましたね〜!」
「そうだね。これで襲撃の対処に割く時間を借金返済に――」
「し、シロコ先輩っ!?」
いきなり慌てた口調で割って入ってくるセリカ。どうやら聞かれたくない内容だったらしいが、残念ながら俺――と、先生の耳にはしっかり届いてしまっていた。
「借金返済って……?」
「問題はさっきの連中だけじゃなかったのか?」
「あ、と、その……!」
「そ、それは……」
「ま、待ってアヤネちゃん! それ以上は!」
何かを必死に隠し通そうとするセリカに、一度口を開きかけたアヤネも
「――いいんじゃない、セリカちゃん。隠すようなことじゃあるまいし」
沈黙を破ったのは、意外にもホシノだった。
「か、かと言って、わざわざ話すようなことでもないでしょ!」
「別に犯罪者相手とかじゃないでしょー? それに2人は私達を助けに来てくれたんだしさー」
「そりゃ……そうだけど、でも結局は部外者じゃない!」
「たしかに2人はアビドスの人じゃないけどさ。でも、こんな問題に耳を傾けてくれる大人なんて先生以外いないだろうし、打鉄くんだって大量の武器をかき集めるために相当な出費までして来てくれたわけだしー」
……? たしかに武器弾薬を持ってきたことは説明したが、そこまで話しただろうか?
「あ、ごめんね~。キミが眠ってる間に勝手にバッグの中を確認させてもらったんだけど、あれ全部『そこらで
思ったことを
もちろん全て彼女の言う通りだ。話をややこしくさせないためにわざと伏せていたんだが、まさか気絶させられてバッグの中身を
「もちろん、セリカちゃんの言い分もわかるよー? けどさ、ここは思い切って相談に乗ってもらうってのも1つの手なんじゃなーい? それとも何か他に良い方法、あるのかなー?」
「っ……」
緊張感のない口調とは裏腹に刺さる的確な正論が、これ以上の反論を許さない。
それでも必死にセリカが
「今まで……私達がどれだけ助けを求めても誰も見向きもしてくれなくて……。だから、私達だけでずっと頑張ってきたのに、それを今さらになってっ……!」
拒絶一色の鋭い瞳が俺達を
「私は絶対に認めないからッ!!」
そう言い捨てて、セリカは教室を飛び出して行ってしまった。
「私、様子を見てきます」
「……そうだねー。お願いするよ、ノノミちゃん」
ノノミ、と呼ばれた女子生徒がセリカの後を追って教室を出て行く。
……何も言葉が見つからなかった。セリカの言っていたことも十分理解できるからだ。これまで誰からも手を差し伸べてもらえず、
「……話が脱線しちゃったね。えーと、簡単に説明すると……この学校、借金があるんだー」
「まあ、ありふれた話だけどさ」と一区切り入れたホシノは、ここからが本題だ、とばかりに言葉を続けた。
「でも問題はその金額でさ〜……ざっと9億円ぐらいあるんだよねー」
ふざけた桁数を耳にしたあまり、思わず
「……より正確には、9億6235万円です。アビドス……いえ、私達『対策委員会』が返済しなくてはならない金額です」
そうアヤネが補足してくれるが、これほどの金額ともなるともはや
「質問させてくれ。もし、その額を完済できなかった場合は
「……その場合は……このアビドス自治区そのものが銀行の手に渡り、学校は廃校手続きを取らざるを得なくなります」
「っ……」
追い詰められ、状況はほぼ絶望的。それでも彼女らは不良どもの襲撃だけでなく、その借金地獄からも学校を守り続けてきたのだろうことは容易に想像できる。
だからこそ、俺はより強く想った。例え部外者であっても、ほんの微力だとしても、何でもいいから彼女らの力になりたいと。
「わかった。話を中断させて悪かったな」
「いえ。今ご説明したことが、その『一番の問題』でしたので」
そう応えて、アヤネはまた説明を続けた。
――終わりの見えない戦いに心を折られ、5人を残して全生徒がアビドスを去ってしまったこと。
――借金のせいで学校どころか街までゴーストタウンと化しつつあり、それに連なって治安も悪化してきていること。
――そもそも、その借金は数十年前から起き始めた砂嵐による被害を抑えるための投資だったが、そこらの銀行から
――そして、そんな努力も虚しく借金だけが残されたこと。
「私達の力だけでは毎月の利息を返済するので精一杯で、弾薬も補給品も底をついてしまっています」
「セリカがあそこまで神経質になってるのは、これまで誰一人この問題にちゃんと向き合わなかったから。話を聞いてくれたのは、先生とマモル、あなた達が初めて」
「……まあ、そういうつまらない話だよ。いやー、こんな話を聞いてくれてありがとね。あ、言っといてなんだけど借金のことは気にしなくていいからね〜」
「そうだね。私達の問題に2人を巻き込むわけにはいかない。こうして話を聞いてくれただけでもすごく嬉しかったから」
そうは言うものの、このまま放っておけば借金と不良の襲撃に押し潰されるのも時間の問題だろう。それに何より――アビドスに向かうと決断した時点で、とっくに俺の意志なんて決まっていたのだから。
「ここまで話を聞いて、キミ達を見捨てて戻るなんてことはしないよ」
そう告げたのは、ついさっきまで真面目な面持ちで聞き手に徹していた先生だった。
どうやら考えていることはこの人も同じらしい。ふっ、言いたいことを先に取られちまった。
「右に同じく。俺はキミ達の力になりたくてここに来たんだ。だから、ここは俺にも協力させてくれ」
「そ、それって……! は、はいっ! よろしくお願いします! 先生! マモルさん!」
パアッと、アヤネの顔が明るいものに変わった。
「2人とも変わり者だねー。こんな面倒なことに自分から首を突っ込もうなんて」
「ああ。自覚はあるよ。おかげさまで去年のクリスマスは仕事中に、しかも通気ダクトの中で迎えることになっちまった」
「ありゃ、筋金入りってやつかー」
筋金入り、か。そういや昔、隊長にも似たようなこと言われたっけな……。
「ははっ、違いない。まっ、これからよろしく頼むよ」
「こっちこそよろしくねー。――……どうせ、今までの奴らみたいに短い付き合いだろうけど……」
「っ……!?」
気のせい、か……? 今、一瞬だけホシノの目つきが変わったような気がする。なんと言うか、まるで
「よかった……。私達、まだ希望を持ってもいいんですね……!」
「解決への糸口が見えてきたかもしれない。これも、先生とマモルが来てくれたおかげだね」
「僕はまだ何もしてないよ」
「
「(ただの勘違いだったのか……?)」
と、自分でもそう思ってしまう。
――だがしかし、それを否定するように俺の頭の中には、あの陰りのある表情が焼きついて離れないのだった。