ブルーアーカイブ 〜ハーメルンの狼〜   作:Su-57 アクーラ機

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4話 ラーメンと変質者2人と

「いらっしゃいませ! 柴関(しばせき)ラーメンです!」

 

 年季の入った店内に、溌剌(はつらつ)とした声が響く。

 ここはアビドス郊外にあるラーメン店・『柴関』。住民ならば知らない者はいない、とまで言われるほどの有名店。

 そこでアルバイトとして働く少女・セリカは、今しがた聞こえた引き戸の音に満面の笑みで正面玄関へと振り向いて――。

 

「げっ……」

 

 それはもう、盛大に顔をしかめたのだった。

 

「あの〜☆ 6人なんですけど〜!」

 

「あ、あはは……セリカちゃん、お疲れ……」

 

「お疲れ」

 

「し、シロコ先輩、ノノミ先輩!? それにアヤネちゃんも……って! 全員いるじゃない!」

 

 常連客で(にぎ)わう昼飯時の店内で、セリカは周囲の視線も他所に声を上げた。

 

「うへ〜、やっぱりここだと思った」

 

「ど、どうして、みんなここを……、あっ」

 

「ど、どうも……」

 

 ふと、セリカと目が合ったのはシャーレの先生。彼はなんともぎこちない笑みを浮かべながら小さく手を振った。

 

「せっ、先生……!? やっぱストーカー!?」

 

「昼飯に誘われてついてきてみれば……。先生、ストーカーってどういうことです?」

 

 続いて最後尾で入店してきたマモルが、ジトーっとした視線を先生にぶつける。()でも鋭いその目つきは、疑惑の念からさらに細められていた。

 

「ま、待って待って! 別にそういうわけじゃないから!」

 

「でも『やっぱ』って言われてましたよね? 朝から見かけないと思ったら、まさか追いかけ回してたんですか?」

 

「うっ……」

 

 言われて、冷や汗がドッと噴き出る。

 マモルの予想は間違ってはいない。――が、先生本人からすれば、ただセリカとの交流を重ねて信頼関係を築きたかっただけであって……。

 

「しかも、変態まで一緒じゃない!」

 

「ふぐぉぅっ……!?」

 

 腹にボディブローでも食らったような、そんなうめき声が上がる。フラフラと体をヨロけさせたのは、もちろんマモルだった。

 この変態呼ばわりは昨日起きた不幸な事故が原因なのだが、セリカからすれば、乙女の下着をガン見した変態野郎でしかない。

 

「へ、変態……。ふ、ふふっ……やはり、年下女子からの変質者扱いは、なかなか(こた)えるもんだな……」

 

 ブツブツとつぶやくマモルの(ひとみ)からはハイライトが失われている。そんな彼を見て、ついさっき『ストーカー』のレッテルを貼られた先生は不謹慎と思いつつも少し親近感が()いてしまう。

 

「ま、マモル! 気をしっかり持って! 僕やみんなは事故だってわかってるから!」

 

「せ、先生……!」

 

「――たぶん!」

 

「あの、一応フォローしてくださってるんですよね? なんで上げて落とすんです?」

 

「……そこの変質者2人は放っとくとして。で? 結局、なんでみんなここがわかったわけ? やっぱり先生が……」

 

「うへ、先生は悪くないよー。セリカちゃんのバイト先といえば、やっぱここしかないじゃん?」

 

「犯人はホシノ先輩かっ!」

 

 シャーッ! と髪を逆立てて怒るセリカ。その姿は、頭のケモ耳も相まって威嚇(いかく)するネコのようだった。

 

「おや、アビドスの生徒さん達かい?」

 

 騒ぎを聞きつけたのだろう、厨房(ちゅうぼう)からエプロン姿の犬獣人がやって来る。

 右目を縦に走る傷跡と(くわ)えた煙管(キセル)がトレードマークの彼は、この柴関ラーメンの店主・柴大将(しばたいしょう)だった。

 

「セリカちゃん、おしゃべりはそのぐらいにして、注文受けてくれな」

 

「あ、うう……はい、大将。それでは、広い席にご案内します……こちらへどうぞ……」

 

 いかにも堅気(かたぎ)の者とは思えない風体(ふうてい)だがそんなことはなく、優しく注意を受けたセリカは渋々(しぶしぶ)といった様子で6人をテーブル席へと案内するのだった。

 

 ▽

 

 案内されたのは、店内中央のテーブル席。そこにシロコとホシノが左側の席へ腰をかけ、対面にはアヤネとノノミが座る。

 ――が、ベンチは残りの俺と先生が座るには少々面積が足らず、どうしたものか、ということになった。

 

「僕達は他の空いてる席に座らせてもらおうか」

 

「ですね。あそこのカウンター席の(はし)にでもしましょうか」

 

 ちょうど壁際で空席になっている場所を見つけた俺達は、早速そこに向かおうと歩き出す。

 

「んー、少し詰めれば座れるっしょ〜。よっこらしょ」

 

「はい、お2人ともこちらへ! 私とホシノ先輩の隣、空いてます!」

 

 あぁ、美しき親切心。しかし、野郎2人が無理やり女子の隣に尻を押し込むのは、いかがなものだろうか。

 なにせ、先ほどストーカー認定を受けた男と、変態のレッテルを貼られた男なのだ。さすがに躊躇(ちゅうちょ)してしまう。

 

「ちょいと後ろ、失礼するよ」

 

「え? ああ、すみません」

 

 背後から声をかけられて、反射的に通路脇へと体を寄せる。少し周りを見渡せば、昼飯時ということもあって店内が客でごった返しはじめていた。

 

「ほらほらー、早く座らないと他のお客さんに迷惑だよ〜?」

 

「たしかに……。じゃあ、ちょっと失礼するぞ……」

 

 おずおずと、俺はホシノの隣(可能な限り隙間(すきま)を空けて)に座り、対面では先生が少し落ち着かなさそうにノノミの隣へと腰を下ろす。

 

「ちょっと! なんでわざわざそこに座るの! 他の席あるでしょ!」

 

「まあまあ、落ち着きなよセリカちゃーん。私達だけで他の席を()めちゃうわけにもいかないじゃーん?」

 

「うぅ……そ、それはそうだけど……」

 

「それよりほら、注文おねがーい。おじさんはねー、特別味噌ラーメン! (あぶ)りチャーシュートッピングでよろしく〜」

 

「私は、チャーシュー麺をお願いします!」

 

「私は塩」

 

「えっと……私は味噌で……」

 

 ホシノ、ノノミ、シロコ、アヤネの順でメニューを注文していく。なんというか、意外だ。女子高生といったらこう……濃い味付けのラーメンよりもパンとかサンドイッチとか、そういうのを昼食に選ぶイメージがあったんだけどな。まあ、偏見だと言われればそうなんだが。

 

「(それにしても……)」

 

 こうして誰かと賑やかに飯を食うなんて、いったいいつぶりだろうか。

 いっそ騒がしいとすら思えるこの(せま)い空間が、しかし俺にはどこか(なつ)かしく、そして楽しいとも思ってしまう。

 

「先生と打鉄(うちがね)くんも遠慮しないでねー。この店、めちゃくちゃ美味しいんだよー! アビドス名物、柴関ラーメン!」

 

「おぉ……。名物、良い響きだな。なら俺は、このスタミナラーメン特盛りとチャーハンのセットにしようか」

 

「よくそんなに入るねー。うへー、私じゃ半分くらいでギブしそー……」

 

 自分が注文した食事の2倍はあろうかという量に目を丸くしたホシノが、横からメニュー表を(のぞ)き込んでくる。

 そんな彼女に、俺は苦笑いを浮かべながら応えた。

 

「どうにも、俺は燃費がすこぶる悪くてなぁ。困ったもんさ」

 

 この体格と運動能力には何度も救われたが、食費はかさむわ、食べてもすぐに腹が減るわ。もう少し財布にエコな体にはならんものだろうか、というのは俺の目下の悩みだ。

 

「……ところでさ。みんな普通に注文していってるけど、お金は大丈夫なの? もしかして、またノノミ先輩に(おご)ってもらうつもり?」

 

 なるほど。アビドスの金銭事情は昨日説明されたとはいえ、生徒個人までもが食費に気を(つか)うほど事態は逼迫(ひっぱく)しているらしい。

 

「(……そのわりには、遠慮の『え』の字も知りません、って感じで注文していってるようだが……)」

 

「はい、私はそれでも大丈夫ですよ☆ このカードなら限度額までまだまだ余裕がありますから!」

 

「いやいや、またご馳走になるわけにはいかないよー」

 

 やけに金ピカなカードを取り出すノノミを、手をヒラヒラさせて止めたホシノは、それからチラッと先生に視線をやる。……おい、まさか……。

 

「きっと先生が(おご)ってくれるはず。だよね、先生?」

 

 うーわ、ちゃっかりしてんなぁオイ。さっきからジャンジャン注文してたのはそういうわけかよ。

 当然、そんなこと初耳の先生は、お冷を傾けた姿勢のままピシリと凍りついた。

 

「え、え? 待って何それ、知らないんだけど」

 

「今聞いたからだいじょーぶでしょー」

 

「ッスゥー……。ちょっと用事を思い出したから帰るね」

 

「逃さないよー」

 

 速やかに席を立ち逃走を(はか)る先生だったが、ホシノによってあっさりと阻止される。

 席を立つには俺の体が邪魔なはずなのだが、それを軽い身のこなしで難なく越えていく姿からは優れた身体能力と実力を感じさせられる。……理由が理由じゃなければ拍手を贈るところなのだが。

 

「……これもう強請(ゆす)りの現場だろ……」

 

「んー? 何か言ったかな、打鉄くーん?」

 

 ニッコリ。ホシノから向けられる圧のある笑みに、俺の体は思わず、ピシリと凍りついてしまう。

 

「い、イエ、ナニモ言ッテマセン」

 

「こいつ今、目を()らしたわね」

「ん。口は災いの元」

 

 おう、そこのケモ耳2人組。お口はチャックだ。オーケー?

 結局、柴関ラーメンでの騒がしい昼食は、先生が全額負担してくれることになったのだった。

 

 …………

 ………

 ……

 

「いやぁー! ゴチでしたー、先生!」

 

「ご馳走様でした、先生☆」

 

「うん、おかげ様でお腹いっぱい」

 

「自分の分まで払っていただいて……。ありがとうございます、先生」

 

「みんなの分だけ払ってマモルのは、ってのも不公平だからね」

 

「それをおっしゃるなら、先生が一番不公平な気もしますが」

 

「あはは、僕は大人であり先生だから。ははっ……」

 

 そう言って乾いた笑みを浮かべながら、先生は財布をポケットに直す。先生……あんた最高にカッコいい(おとこ)ですよ……!

 

「もう! もうっ、もうっ! 早く出てって! 二度と来ないで! 仕事の邪魔だから!」

 

「あ、あはは……セリカちゃん、また明日ね……」

 

「ホント嫌い!! みんな死んじゃえー!!」

 

「あはは、元気そうで何よりだー」

 

 髪を逆立てるセリカの怒声をバックに、俺達は帰路(きろ)につくのだった。

 ――その後に大事件が起きるなど、知りもせずに。

 

 ▽

 

「……おかしい。遅すぎる……」

 

 ポツリと、シロコのつぶやきが響く。

 時刻はもう遅く、西陽もとっくに下りきった頃。対策委員会の室内は異様な緊張感に包まれていた。

 

「電話も、さっきからまったく繋がりません……」

 

 そう告げるノノミの手には、呼び出し音を流し続ける電話が握られている。そのコール先は――未だバイト先から帰らないセリカだった。

 

「さっき柴関ラーメンに電話したら、定時に退勤したって。だから、そのあとセリカに何かあったことになる」

 

「シロコ先輩! ノノミ先輩!」

 

 委員会室のドアが荒々しく開かれ、アヤネが転がり込むようにして入ってくる。

 顔を汗でビッショリ()らし、肩で息までついているその様子から、全力で走って来たことは容易に想像できた。

 

「ダメです。家にも帰った形跡がありませんでした……!」

 

「こんな遅くまで帰らないなんてこと、これまでなかったですよね……?」

 

「まさか、何か事件に巻き込まれた……?」

 

「そんなっ……セリカちゃんが……!?」

 

 大きく取り乱すアヤネ。中学時代からセリカと親友同士だった彼女にとっては、考えたくもない最悪の可能性だった。

 

「とりあえず待とう。今、先生とホシノ先輩、それにマモルが調べてくれてるから」

 

「は、い……」

 

「アヤネちゃん、これ、お水です」

 

「ありがとうございます……」

 

 水の入ったコップをノノミから受け取る。けれど、(のど)はたしかに乾いているはずなのに、アヤネはそれに口をつける気にはなれなかった。

 

 ガチャッ

 

「みんな、お待たせー」

 

「ただいま。待たせたね」

 

 ドアが開いて、ホシノと先生がやって来る。その(わき)には数枚のコピー用紙と写真がはさまれていた。

 

「ホシノ先輩! 先生!」

 

「どうだった、先輩?」

 

「先生が持ってる権限を使って、連邦生徒会が管理するセントラル・ネットワークにアクセスできた」

 

「セントラル・ネットワークに……。先生、そんな権限までお持ちなのですね……」

 

 感嘆したようなアヤネの言葉に、ホシノはイタズラっぽい笑みを浮かべてみせる。

 

「うへー、もちろんこっそりだけどね。バレたら始末書だけじゃ済まないかもよ〜?」

 

「ええっ!? そ、それって大丈夫なんですか!?」

 

 もちろん、これがバレようものなら始末書どころか免職の可能性だってあり得ない話ではない。

 それでも、当人の態度は毅然(きぜん)としていた。

 

「セリカはもっと怖い思いをしているかもしれないんだ。これくらい何でもないさ」

 

「先生……」

 

「さっ、そんな話よりも本題に入ろうか」

 

 長机の上に周辺マップと、必要な情報だけを取ってコピーしたような即席の資料が展開される。

 

「連絡が途絶える直前のセリカちゃんの端末場所、ここだったんだよねー」

 

「ここは……砂漠化が進んでいる市街地の端の方ですね?」

 

「住民もいないし、廃墟になったエリア……。治安の維持ができなくて、チンピラばかりが集まってる場所だね」

 

「このエリアは以前の調査でカタカタヘルメット団の主力が集まっていると確認できた場所です。ということは……!」

 

 マップを覗き込みながらノノミが、資料を片手にシロコが、自身の端末情報と照らし合わせながらアヤネが、真剣な眼差しで口を開く。

 

「なるほどねー、帰宅途中のセリカちゃんを拉致(らち)して自分達のアジトに連れて行った、ってところかー」

 

 そう結論づけたホシノも、口調は普段と同じくのんびりしたものだったが、その目にはたしかに鋭い光を宿している。

 

「悪い、遅くなった」

 

 またもドアが開かれて、今度は駆け足のマモルが部屋に入ってきた。

 

「予測した帰宅ルートを半径4キロに渡って調べてみたんだが……どうやら、もう目星はついてるらしいな」

 

「さっきわかったことなんだけどねー。どうにもセリカちゃん、ヘルメット団に(さら)われちゃったみたいなんだー」

 

「あの連中か……」

 

 そうつぶやいて、マモルは「チッ」と苛立(いらだ)たしげに舌を打った。

 

あのクソメットども、ナメた真似しやがる。もう少し痛めつけておくべきだったな

 

 明らかに怒気の混じった低い声に、見るものを射殺(いころ)してしまいそうな鋭い目。

 それが自分達に向けられたものではないとわかっていても、その迫力に周囲は思わず生唾(なまつば)を飲み込んでしまった。

 

「……! ああ、すまん。とりあえず俺の報告だな」

 

 周囲から向けられる視線にハッとする。

 それからマモルは、場の空気を入れ換えることも()ねて改めて口を開いた。

 

「廃墟エリア付近の道路や建物に複数発の砲弾痕(ほうだんこん)を見つけた。俺が見るに、あれはFlak41かそれに準ずる火砲だろう」

 

「そんなことまでわかるの?」

 

 あまりにも確信を持って告げるマモルにシロコが眉をひそめる。

 

「経験談ってやつだ。以前、何発か撃ち込まれたことがある。モロに食らったらめちゃくちゃ痛いぞ」

 

「あの威力は忘れもせん」と言うマモルに、アヤネは口元を少し引きつらせた。

 

「逆に『痛い』だけで済んだんですね……」

 

「丈夫なのが俺の取り柄だからな」

 

 そんな冗談めいた言葉にアビドスの面々と先生は『ああ、たしかに』と、揃って納得する。

 思い出すのは、一昨日に起きた事件。ホシノの遠慮のないキックを顔面で受け止めたにもかかわらず、すぐに復帰した彼ならあり得なくはない。

 

「なんか不名誉な形で納得された気がするが……まあいい。俺が言いたいのは、連中の戦力がそこらのチンピラとは一線を画しているってことだ」

 

「んー、おじさんも打鉄くんと同意見かなー。Flakや戦車、それに毎度大規模な攻勢を仕掛けられるだけの資金まで保有するなんて、ただの不良集団にはできないよねー」

 

「そうだ。ホシノの言った通り、連中をただの不良どもと思わん方がいい」

 

「わかった。しっかりと準備をしてから行こう」

 

「ですね! みんなでセリカちゃんを助けに行きましょう!」

 

「はいっ!」

 

「目的地までは俺の車で行こう。脚は速い方がいい」

 

「よっしゃー、そんじゃ行ってみよー!」

 

「よし! 出発!」

 

「「「「「おおー!」」」」」

 

 先生の(げき)に合わせて、5人は右手で作った拳を頭上に勢いよく(かか)げた。

 

 黒見セリカ救出作戦――開始。

 

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