実際にはゴッドイーターが増えるのを待つ前にほとんどの町が壊滅していた。
彼女はそれを薄々分かっていたのかもしれない。
きっと、ただ単に生きる目的がほしかった。
彼女の目の前で憎らしい化け物を鮮やかに倒して見せた、リリックへの憧れが手伝った部分も大きいのだろう。
(詩田さん……)
今度こそわたしは、誰かを守れるでしょうか。
ざり、ざり、ざり……
気味の悪い音を立てて頭の重しが落ちていく。
いつの間にこんなに伸びてしまったのか。
あれからどれくらい経っているのか。
随分寝ていたようで足元がおぼつかない。
髪が真っ白になっていたから自分は老人になったのかと彼女は思った。
神機を扱うために投与されるP53偏食因子は副次効果として飛躍的に身体能力を上昇させる。
だからもしかしたら老人でも適合すれば活躍できてしまうのではないか。
しかし鏡を見てすぐにそれがただの妄想であると知った。
病人のようにこけてはいるが、己の知る顔とそう印象は変わっていなかった。
ただ伸びに伸びていた髪が邪魔だった。だから真っ先に、手近にあった眉毛を整えるのにでも使いそうな小さな剃刀で、適当に短くした。
後ろが跳ねまくっているがそう悪くも無いだろう。
とりあえずお風呂にはいりたかった。
しかしこの部屋にはないようだし、勝手にうろうろしても良いものか……。
彼女がそう困っていると、コンコン、とドアがノックされた。
「……はい」
声を出すことがまだあまりうまくいかず、裏返りそうになってしまう。
「お邪魔しますよ」
「榊……博士? なぜここに……」
いつも目を細めているせいで人の良い笑みを浮かべているように見える人。
彼は極東支部……いやフェンリルの中でもトップに居る人物だ。
「はっはっは、支部長がわざわざ君を起こしに向かったくらいなんだ。私が来ても別に不思議はないでしょう」
「し、支部長……!?」
支部長も博士も、彼女は遠くから顔を見たことがある程度だった。もし支部長が変わっていたらなおのこと分からない。
そんな遠いはずの人たちが、なぜ。
「まぁ私が来たのは健康状態チェックのお知らせのためなんだけどね。大事な新型候補者君だからね、多少特別扱いかもしれないねぇ」
「新型……?」
彼女はそれを起きるときにも聞いたような気がした。
「近年開発された新しい神機だよ。銃器と刀の両形態を切り替えて使えるんだ。便利な分、条件が厳しいようで、なかなか候補者が見つからない。どこの支部でも、獲得に苦労しているみたいだね」
「……博士、わたし」
「君が」
眼鏡の奥の目は細められたままだったが、それでも表情が少し硬くなったのが分かった。
「あの部隊の生き残りだということを聞いて、色々調べて来たよ。申し訳ないけれど君個人のことはあまり私の記憶に残っていなくて」
生き、残り。つまり誰かしら死んでいるということ。
分かっていたはずだ。それでも、突き刺さってくる。
強靭な体を持つゴッドイーターだ。
あんなふうに
なっていたとしたって
もしかしたら
だれか
ひとりくらい
いきて
「皆は……!」
いつの間にか博士にすがりついてしまっていた。
博士は沈鬱な様子でゆっくりと首を振った。
「生き残ったのは、君だけだった」
しばらく、その言葉だけが頭の中を漂った。
意味を受け取ることを拒絶された音の並びだけが、ふわふわと。
気づくとずるずると座り込んでいた。
「……っ!」
抑えきれない嗚咽が溢れる。
予想のうちだったのだろう、泣き出されても博士が動じることは無かった。
彼女の肩に手を添えて、なだめるように話しかける。
「ヒバリ君が言っていたよ。支部長が、もし君がアラガミに対抗し得る力を求めていたら、ずっと寝たままよりも、動けるほうがいいんじゃないかと言っていたとね。それに応えて君は起きてくれた。……もう一度前線に立ってはくれないかい?」
彼女は少しの間泣いていたが、すぐに小さく頷いた。
(……かたきを、取れるかもしれないんじゃないか……!)
もう一度アラガミを喰らう側に立てるなんて、きっと幸運なことなのだ。
あのときから自分の生きる目的は、そこにだけあるのだから。
ゴシゴシと涙をこする。
人前で泣くなんて。
博士もいい迷惑だろう。
いたわるようにこちらを見ている博士に、決意の目線を返して。
ハタと気づいた。
「博士、わたしあの時、神機を破壊……されました……腕輪ごと」
「回収はできなかったと聞いているよ」
「そう……ですか。じゃぁ、別の神機ということですか……? あるんですか、こんなことって」
「他に例は知らないねぇ」
博士はきっぱりと首を振ったが、ふと思いついたように言った。
「…………だけどもしその、君の破壊された神機を食って、とりこんだアラガミが居たとしたら。そのアラガミのコアが回収されて、神機に使われたとか……そういうことがあったとしたら?」
けれど博士は言ったそばから肩をすくめた。
「分からないけどね。まぁ、まったく別物が偶然、ということなのかもしれないし」
今となっては調べようも無いことだ。
「そういえば……腕輪を、破壊された、ということは、ちょっと……」
言いながら博士は彼女の右手を取った。
「うっ……腕輪は肉体と融合する物だからどうなっているのかと思ったら……すごい痕があるけど、大丈夫なのかい……? 動く……いやそんなめっちゃ振り動かさなくても。指は? ふむ……問題なさそうに見えるなぁ……でも心配だから、健康診断では重点的に検査をしてもらえるように口添えしておくよ」
「きっと体に残ってたP53偏食因子のおかげなんでしょうね」
苦笑交じりに彼女はそう言った。
「うーん。腕輪からの定期的な供給を絶たれたら体内で残留因子が暴走することもあるから怖い所だけど。どうやら医療班が頑張ってくれていたみたいだね」
「……アラガミ化……ですか? 医療班に感謝しないと」
昔ノルンで見たような気がした。少し背筋が寒くなる。
「腕輪は年々改良が重ねられているから、今なら戦闘中に壊れるなんてことはないと思うし、安心して良いと思うよ。まぁかねてから言われていた小型化はまだ実現していないんだけれど」
「そういえば」
彼女がふと顔を上げた。
「今は……何年ですか?」
「──……2071年だよ。君は3年ほど寝ていたことになる」
「3……年……ですか」
「支部の顔ぶれも結構変わってしまっているから、あれこれ聞かれなくて済むんじゃないかな」
博士はつとめて明るく振舞った。
「あの支部で3年近くゴッドイーターをしていて私の記憶にあまり残っていないということは、問題も怪我も少ない優秀な人材だったということだね!」
「影が薄かっただけですよ」
彼女は苦笑混じりにこぼす。
「いやいや! ともかく、健康診断と、適合試験、無事終わることをお祈りしてます。ではまた後日!」
博士はにこやかに出て行った。
彼なりにその場を暗くすまいと配慮したのだろう。
その日、博士のお知らせ通りに健康診断が行われ(結局右腕は問題がないと診断された)、念願の風呂にも入ることができ、食事も取って────。
夜、また少し泣いて。
心に誓った。
生涯アラガミを喰らい続けるのだと。
皆の分まで、いつまでも────。