自機は主人公張れる気がしなかったので   作:千里亭希遊

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おいていかないで - 3 years ago -

 それは天使の姿をした悪魔だった。

 

「逃げろおおおおおおおおおお!!!!」

 

 ヘイオンの絶叫。

 隊長の、あんな、声は、聞いたことが無い。

 それでも月乃(つきの)は聞き入れるなどできなかった。

 

「やだ、嫌だよ! 隊長──っ!」

 

 暴れる彼女を取り押さえていたのはサルワだったのか、リリックだったのか、あるいは二人ともだったのか。

 半狂乱になって戻りたがる月乃を、誰かが無理やり神機ごと抱えあげて、一目散にジープのある方へ走っていく。

 

「やだ!!! やめろっ!!! 離せえぇえ! 隊長っ、置いて……やだあああああああ!!!!」

 

 そんな駄々で全員の命を危ぶめていることにすら思い当たらず、彼女はわめき続けた。

 隊長を残して逃げることに加え、彼女に怒鳴り散らされて、周りの隊員だって辛かった。

 

 ヘイオンも不注意や怠慢で足を取られたわけではない。

 月乃を庇ってのことだった。

 だからこそ余計に彼女も暴れるのだろう。

 

「駄目だよ! 駄目! うわぁあああああ!!!!」

「……悪いねっ」

 

 サルワがそう言って彼女に当て身を食らわせた。

 彼女ががくりと首を垂れ、静かになる。

 

「あいつの気持ちを、汲んでやろうじゃないのさ……」

 

 そう言うサルワの顔は涙でぐちゃぐちゃだった。

 

 どうして、こんなことになるんだ──……。

 リリックは悔しさで奥歯を噛み砕きそうになりながら、意識を失った彼女を抱えて走る。

 

(気ィ失ってまで神機離しやがらねえのな)

 

 邪魔ではあったが神機ごと引きずるしかなかった。

 

 

 

 ──それは極東支部からかなり西での出来事だった。

 

 この時から3年弱の昔、衛星の捉えた影は結局つきとめることはできなかった。

 その影と今回の物が同一かどうかなど誰にも分からない。未知の個体だった。

 

 全体的に真っ白で、巨大で、包帯のような白いものがぐるぐると各所に巻かれていて、そこからヒラヒラと垂れたたくさんの先端はグラデーションでだんだんと緑色になっていた。

 そして8枚の鳥のような翼。

 

 頭や腕や脚の先からは無数の蛇がうじゃうじゃと生えていて、どうやら伸縮するらしい。

 顔らしき場所のほとんどが巨大な目のような模様で占拠され、腹の辺りにも巨大な目のような模様があった。

 最初は脚は地面から生えている、コクーンメイデンのようなものかと思われた。

 

 けれどその脚の先は──充分距離を取れていると思われた場所の下から突如現れ、たじろく間すらなく人々を次から次に捕食した。

 それが脚の先だとわかったのは、後でその本体が地面から抜けて空を飛び始めたからである。

 

 護衛班は守るために在り、その目的は殲滅にあるのではない。

 だからこういった未知のアラガミに遭遇した場合、大抵は全員無事に逃げることを第一に考える。

 

 しかし初撃で調査隊は全滅した。

 

 そして恐るべき勘と超反射を発揮したヘイオンによって、月乃は辛くも攻撃を逃れ──代わりにヘイオンが貫かれ捕らえられた。

 

 片方の肩に己の神機、そしてもう片方に昔の絵の米俵のように月乃を担いで、リリックはひたすら走った。

 こんな大荷物を担いでも走り続けられるのは、火事場の馬鹿力に加えてゴッドイーターだからこそだろう。

 

 すぐにまた月乃が嗚咽を洩らしはじめる。

 もしかしたら先の当身で気を失っていたのではなく、単に大人しくなっただけだったのかもしれない。

 大人しくしていてくれることは有難いことだった。

 一番は自分の足で走ってくれることだが──戻ろうとされてはたまらない。

 

「来る」

 

 ボソリと小さな声がした。

 何が、などの確認は要らない。この数年で分かっていることだった。

 時折月乃は感覚が異常に研ぎ澄まされるらしい。

 だったら完全に信用してガード体勢を取る。月乃は肩から飛び降りて既に同じ体勢を取っていた。

 

 息ぴったりに、神機に装甲のないサルワをガード範囲に入るようにして。

 その瞬間に、

 

 ガガガガガガキィイイン!!!

 

 重い音がいくつも響き、何の気配もなく足下から現れた蛇たちをほとんど弾いていた。

 

 だが──

 ぐらり、と、小さな体が傾いた。

 

「アパス!!!」

 

 ──それは。

 横文字でないと呼びづらいとしきりにごねる隊長のために、サルワが月乃につけてくれたコードネームだった。

 

 ──名前に水と月が入ってるんだから、もうコレしかないよ!

 

 ぐっ、と親指を立ててウィンクをしたサルワに、頭をぽんぽんたたかれる月乃。

 名付け親といえるのだろうか。月乃──アパスはサルワを実の母のように慕うようになった。

 

「このバカッ!! わざとだろ!! ──あたしを、ガードしきれないからって……!」

 

 盾では足りず、神機本体を破壊し、あるいはアパスの右腕をかすらせて、幾本かの蛇が軌道をそらされていた。

 

「腕輪……が」

 

 リリックは冷や汗をかく。

 一生外せないといわれていたものが、壊れている。

 捕食されにくいと言われていた対アラガミ装甲が──貫かれている。

 

「何でだよッ!」

 

 そう叫んで自棄(ヤケ)になりかけていることに気づき、リリックは落ち着こうと努める。

 蛇の姿が見えなくなっていた。また地面の下から次の攻撃が来るかもしれない。

 

「逃げるぞ!!!!」

 

 そう言うリリックだったが、血まみれの右腕でなおも壊れた神機を手に取ろうとしているアパスの様子を見て戦慄した。

 

「バカヤローーーー!!! そんな腕で何しようってんだ! 腕輪壊れたんだぞ! 神機に食われるだろうが!!!」

 

 慌てて彼女を神機から引き離し、再び抱えて走り出す。

 

 ジープを止めた場所はそう離れていなかった。しかしひどく遠く感じる。

 

「……壊れ……るなんて、おもわな……っ」

「いいから!」

 

 列になっていた3台のジープのうち一つに急いで飛び乗り、負傷しているアパスに後部座席を占拠させる。

 サルワに応急の止血をしてもらいながら、リリックはジープを発進させ、極東支部への通信を試みた。

 

「こちら第4部隊。調査は失敗。調査隊は全滅した。依頼にあったアラガミは完全な新種。現状の対アラガミ装甲が通用しない可能性がある……」

 

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 静かだった。

 熱に浮かされながら途切れ途切れの意識をかきあつめて、月乃は周りを必死に探す。

 ジープに乗っていたはずなのに、そんな様子が無い。

 

 血を流しすぎたのか、指先がひどく冷たく、痺れている。

 けれど逆にその冷たい指先くらいにしか、感覚が無い。

 

「たい……、……ル……ヮさん、し……さ……ん」

 

 言葉もまともに出てこない。

 

 ……リリックさんというのは呼ぶのにも呼ばれるのにも面倒くさいからなんて良く分からないことを言われ、敬称をつけるくらいなら詩田でいいって言われて、それでそう呼んでいて……だから、呼びやすい、はず、なのに。

 

 ぐぐ、と、精一杯の力を振り絞って上体を起こそうとする。

 なかなか上手くいかない。力が入らない。

 ふと、指先の冷たさを助長している物があることに気づく。

 

 それは、辺りに広がった冷たい物。

 水辺──?

 体の下に液体が広がっているようだった。

 徐々に、目が働くようになってきた。

 それは、気味が悪いまでに毒々しい赤色で──。

 

 意識が急速に覚醒した。

 それは、量のせいで冷たくなってまでも固まらない──。

 

「ひやぁああぁあああああああ……」

 

 彼女の喉の奥からこぼれたのは、掠れたか弱い隙間風のような音だった。

 目の前に、見えるのは──ころんと転がる、何か、の、残骸。

 それが、何か、が、何なのか、なんて、考えることができない。

 

 思わずそれ(・・)に手を伸ばそうとして、もう一つ、自分を庇うように上に覆いかぶさっている、良く見知ったF制式の黒い腕に、気がつく。

 それを、見上げて。

 

「し……」

 

 呼びかけようとして。

 

「ぃやあああああああ……」

 

 嫌だ。

 こんなのは、嫌だ────!!!!

 

「やああああああああああああ!!!!!!」

 

 冷たく動かない彼の腕の中で、彼女は叫び続けた。

 

 喉が、枯れるまで。

 

 枯れても、ずっと。

 

 そうして彼女の髪は、真っ白になった。

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