最後のアビドス生徒会長   作:シャッチトムソン

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水の世界

 

「そうだ。水族館に行こう」

 

唐突に始まった生徒会長のお声を右から左へと受け渡しつつ。私は今月の資料を作成する。全く、副会長と呼べば簡単だが、その実は役員不足で会計や書記も兼任担当している。

 

他人に任せれば済む話だが、お姉ちゃんに任せると2度手間や余計な時間がかかることになりそうなので却下。

小鳥遊さんは治安維持で外回りが比較的に多いので結果的に私が事務仕事を承るのが都合がいい。そんな状態である。

 

あと1人くらい役員が増えれば楽になるけど、そもそも廃校になると噂が絶えない生徒会に入ろうとする生徒なんてただでさえ残り少ない在校生徒の中から出てくるわけもない。

 

 

「ユウちゃんが無視してくるよ〜!!」

 

「聞いてるよ。

私はいいけど、小鳥遊さんはまだ帰ってきてないからきかないと」

 

私の頭を撫でてくるお姉ちゃん。

もうそんな歳でもない。

鬱陶しいなとその手を払いのけるのは簡単だ。

 

実際、頭が揺れてそれにつられてパソコンの画面が揺れるので邪魔をしないでくれよと思う。

 

けど、なんとなく逆らう気にはならず黙って受け入れてしまうのはこんな感じでフワフワとして存在の梔子ユメという人物が私の姉で、幼い時からそしてこれまで一緒に過ごしてきた時間。その中で上下関係を無自覚になるまで私の自己形成の根源的な場所で刻まれてしまったからなのだろう。

 

ガチャと扉が開く方向に行けば噂をすればなんとやら目的の人物が戻ってきたようだ。

 

「あっホシノちゃん。水族館に行きましょう」

 

「水族館ですか?…分かりました少し待って下さい」

 

スタスタとと同年代に比べても小さな身体はレターケースに手を伸ばし必要な紙を取り出すとペンを走らせて私の元にやってくる。

 

「弾薬の申請書です。確認よろしくお願いします」

 

軽く目を通せば必要事項はキチンと書かれている。

後は確認者である私の印鑑待ちと会長の承認印のみ。

 

受け取っても問題無いと判断すると私はその用紙を受け取って再度確認。不備がないことが分かると判を押す。

 

「小鳥遊さんありがとうね。いつも直ぐに出してくれるから後々溜まらなくて凄く助かってる」

 

「いえ、当然の事ですので」

 

「だって?お姉ちゃん?」

 

「ヒィン…すぐ出します」

 

私がニッコリと笑みを向けるとお姉ちゃんはピクッと体を震わせてレターケースに手を伸ばそうとするが、なにも今すぐに出せというわけではない。いや今すぐ出してもらうのが助かる方法ではあるが、あいにく今日の予定は埋まってしまったのでそちらを優先した方いいだろうといった判断だ。

今から溜まった仕事をやっていては、どんどん遅れてせっかく水族館に行くのに時間がなくなってすぐ帰ることになるかもしれない。

 

「もうそんなに急いで出さなくていいから。普段から気をつけて欲しいってだけだよ。水族館行くんでしょ?」

 

「うん。うんうん気を付けるよ。それはすごく気をつけます」

 

よっし、いっくぞー!!と上機嫌なお姉ちゃん。

それじゃあと私もパソコンの電源を落とすと立ち上がる。姿鏡の前でスカートに寄ったシワを伸ばし外に出歩くので一応の身だしなみは整えておく。

 

「アナタも先輩に甘過ぎませんか?」

 

小鳥遊さんの声が横から響いてくると鏡には私と小鳥遊さんが並んでいた。私の鼻あたりに頭があるのでこうして並んでみると身長差を実感しやすい。頭の上で跳ねているアホ毛を考慮するなら一緒くらいになるが、それは身長として認めるわけにはいかないだろう。

 

そんな彼女のいつも鋭い感じの目つき。

今回はそれとなくジトーと見られている気がした。

 

 

 

目的の場所。

水族館に入れば待っていたのは水の世界。

フロアは薄暗く。水槽から差し込む光によって青く照らされた館内は神秘的な雰囲気でいつもの日常世界からはみ出してしまったみたいである。

 

その青色の世界を多種多様な生物が水の中を自由に泳いでおり訪れた人達の目を楽しませる。

 

「ねぇ皆んな。お昼からイルカショーがあるよ!!絶対に見ようね」

 

興奮を内心に秘めつつ。

逆にそれを隠さず年に似合わずパンフレットを見てはしゃぎ回る姉の姿に変に冷静な気分になってくる。

 

「お姉ちゃん小さい子供じゃないんだから静かにして、他の人もいるんだから…全くもう。

小鳥遊さんは何かみたいやつある?」

 

「私はクジラを見てみたいです」

 

珍しく高揚した声に小鳥遊さんも楽しんでくれている事が分かる。それに本当に海の生物が好きなのだろう。パンフレットに載ったクジラを見せつけてくる姿は普段から物静かな彼女のイメージとはかけ離れていた。

 

「クジラはこの水族館の目玉みたいですし、私も楽しみです」

 

「はい。早く見てみたいです」

 

似た趣味を持つから会話もいつも以上に弾み。

今日はまだ来たばかりなのにきっともう既に1日の中で小鳥遊さんと話した回数を更新してしまっているだろう。

 

「「「「大きい」」」

 

合わせてもないのに全員が揃って同じ事を口にする。

 

まさに圧巻の一言。

その雄大さは自然の大きさを伝えるには十分過ぎて自分の世界がなんだか広がった気さえしてくる。

多分これは一種の感動なのだろう。

 

ただただスケールの違いに圧倒されるばかり。

 

 

「ほら。寄って寄ってはいチーズ」

 

カシャっと静かな空間には大きく場違いなシャッター音が響く。

 

一体いつの間に見つけてきたのか。お姉ちゃんの端末を手に写真を代わりに撮ってくれた見ず知らずの人から端末を受け取るとお礼を言って撮ったばかりの写真を見る。

 

それは寄るという寄せられたの表現が正しい。

私達は左右に分かれお姉ちゃんの腕に抱き寄せられお姉ちゃんも抱き寄せ過ぎて胸に若干顔がめり込んでしまっている。

でも皆んなも私もクジラを背に実に良い表情をしていた。

 

 

次に向かったのはサメさんのフロア。

何を隠そう私は大のサメさん好きなのである。

 

どれくらい好きかというと同じサメ映画を何周も観てしまうほどの入れ込み具合。それくらい好きだと言えば伝わるだろうか。

 

特に私はジンベエザメが好きなのだが、どうやらこの水族館には居ないらしい。少し残念であるが、その代わりにクジラを見れたお陰で満足している。ジンベエザメこそ居ないが様々な種類のサメが泳ぎ回り、中でもホホジロザメは映画の主役に抜擢される事の多いサメ界のスター。

映画の中でもカッコいいのに生は流石にヤバすぎる。

 

 

でも。

小鳥遊さんはサメというと怖いイメージがあるらしくあまり乗り気ではなさそうで。

そこはサメさんを愛する者として誰かをサメの道に歩かせるのが世の定め。強そうに見えるサメさんの実はお茶目な生態から説明していくうちに当初の近寄り難いイメージが薄れたのか、水槽から離れた場所で見ていたのが嘘の様に今では水槽に張り付いてサメさんを見るまでに興味を持ってくれたらしい。

 

昼からはイルカショー。

 

芸を披露するイルカ達の連携の取れたショーに感嘆の声をあげた。途中もっと近くで見ようとしたお姉ちゃんがずぶ濡れになる事態が発生。

 

「いい思い出になった」

 

なんて軽口を叩けるくらいにはお姉ちゃんも今日を楽しんでいるのだろう。

 

ショーが終わりある程度お姉ちゃんの服が乾く頃には時計の針は昼を指している。お腹も空いてきたし水族館に併設されたレストランに行ってみんなでご飯を食べた。

 

「小鳥遊さんは何にする?」

「そうですね。…これにします」

 

「うん。なら注文するよ」

「梔子さんお願いします」

「…ムムム」

 

私が注文ボタンを押そうと手を伸ばすと不満げなお姉ちゃんの顔が見えた。さっきまでは水に濡れても楽しそうだったのに、顔を膨らませてご立腹状態だ。

 

「どうしたの?」

 

「固い」

 

「え?」

「固い固い固いかったーい!!

ユウちゃんもホシノちゃんも固いよ。話しているのに何処か壁がある感じがするし、今日は楽しい日でしょ。2人とももっと打ち解けないと!!」

 

「そ、そんなこと急に言われても困るよ」

 

確かにクールな小鳥遊さんに対してイマイチ距離間を掴みかねているのは事実だ。

 

最初の頃よりは会話は増えた。

友人かと言われると知り合いと言葉を濁してしまう。

 

私はそれ程小鳥遊さんについては詳しく知らないし。生徒会の業務以外だと正直言って話しかけづらく近寄り難い。

 

普段は何をしているのか?

趣味は?好きなもの嫌いなもの。

 

思えば私は小鳥遊さんの何も知らない。

だから会話をする為の材料もない。

 

そんな私だ。

彼女がクジラが好きでなおかつ実は私と同じで海の生物が好きな事なんて今日初めて知った。

 

でもそれをお姉ちゃんに言われるとなんとも言えない気分になってくる。

 

端的に言ってお姉ちゃんは人との距離感がバグっている。

電話一本で困っていると聞けば飛び出して行くし。初対面でも少し話をしただけでも友達認定する。道端で困っている人が居たらいくら用事があっても助けてしまう超が付くほどのお人好し。

それで何かとお人好しな性格につけ込まれて人の善意を利用する輩に騙されてもあちゃ〜と気にせずまた他人に対して疑いもせず接している。

 

小鳥遊さんともそうだ。

お姉ちゃんの小鳥遊さんに対する態度は最初の頃から何も変わっていない。今も親しげに話しかけているが、これは初対面の時から一緒の接し方。私からすればお姉ちゃんの方が異常である。

 

他人と他人はそんなに早く打ち解ける事なんてできるはずも・・・

 

「とりあえずその呼び方を変えようよ」

 

今にして考えてみると真っ直ぐな性格はお姉ちゃんの美点だったのだろう。そんなお姉ちゃんに引っ張られてようやく私とホシノの関係は始まった。

 

「…ではホシノさん」

 

「……ユウさん」

 

「ダメだダメだ。ぜっ全然ダメ!!同級生なんだよ同い年でしょ!?そこは呼び捨てじゃないとダメだよ2人とも」

 

下の名前で呼ぶのにも少し躊躇ってしまったのに今度は呼び捨てにしろときた。でもそうしないとお姉ちゃんは諦めないのだろう。

 

私は覚悟を決めて口を開く。

 

「「ホシノ(ユウ)」」

 

何故か勇気を出して口にしたその声はダブって聞こえた。

 

「「・・・」」

 

なんでタイミングが悪いのだろうか、まさか被るとは思ってなかった。私達の間には変な空気が流れ始めそれも相まって顔から火が出そうなくらいな羞恥心が遅れてやってくる。

 

「よし!!生徒会メンバーが一段と結束した記念すべき日として何か買いに行こう」

 

そんな空気を変えてくれるのはお姉ちゃん。

 

レストランを出るとすぐ近くにはお土産屋さんが構えられており、海の生き物を題材にした様々なお土産が置かれていた。見るだけで満足してしまいそうなくらい魅力溢れる商品ばかりだった。

 

当然その中から選ぶとなると買う物も中々決まらず頭を悩ませる。私の大好きなサメさん。しかしそれではいつも通りな気がするし、なら水族館の目玉であるクジラ、はたまたイルカかペンギンか、、、私の中で平行線が続く。

 

「お互いに送りあえばいいんじゃないかな?」

 

悩みに悩む私を見かねてかお姉ちゃんが話しかけてきた。

その手にはホシノが捕まえられていてどうやら彼女も彼女で私と同じ悩みを抱えていたらしい。

 

「送りあう?」

 

「そうそう。他の人から貰うと自分で買うのとは違うでしょ」

 

 

それはそうだ。

と私はお姉ちゃんの言葉に共感した。

 

友達や家族からもらうとその品には形状し難い付加価値の様なモノが生まれる。それは場合によってはどんなありふれた品だったとしても特別なモノとして、かけがえのないモノになることがある。お姉ちゃんにしては名案かもしれない。

 

私は友人やらそういった事には疎いですからよくわかりません。ですがいいと思います」

 

そうなると話は一つ進んで誰に送るのかになってくる。

 

「私はいいよ。2人は私のお願いを聞いてくれたわけだし、これ以上求めちゃダメ」

 

なら必然的に私はホシノにホシノは私となる。

そうしてお土産から今度は贈り物を選別することになった。

 

時間はかかったが喜んでもらえそうな物を見つけることができたので個人的に満足している。後は渡すだけだ。

 

「ホシノ。私からはコレを」

 

私が選んだのはクジラのキーホルダーだ。

相手の趣味に合わせた安直な贈り物かもしれないが、これなら基本的になんでもつけられるし、置き場や取り扱いに困ることもない。

たまにあるプレゼントやお土産で貰ったものの、どうすればいいのか捨てることもできずにとりあえず家の奥底に眠らせるなんて事態にはならない。

 

「!?」

 

「今度はホシノちゃんの番だよ。君が選んだ物を渡しちゃおう」

「ほら。そんな風に言ったら緊張して出せなくなるからお姉ちゃんは黙っていようね」

 

それ見たことか、お姉ちゃんがプレッシャーをかけるものだからホシノは緊張して出せなくなってしまっているのではないか。

 

「・・・」

 

一向になにもしないホシノを見ているとだんだんとこちら側までどうしたのだろうかと心配になってきた。

 

「…すみません。まさか被るとは思っていなかったものですから」

 

申し訳なさそうにそっと手を差し出し握られていた手のひらから出てきたのは私が選んだのと同じクジラのキーホルダー。

 

違いがあるのは私の物はピンク色でホシノが選んでくれたのは緑色。深く区分するなら若草色とでもいえばいいのか?少し青みがかったエメラルド色のクジラさんだった。

 

「待っていてください。また選んできます」

 

戻される手を私は咄嗟に掴む。

 

「私はそれがいいな」

 

「同じものなんて…」

 

「同じものなんて関係ないよ。

ホシノが選んでくれた。私はそれがとても嬉しいんだ」

 

私のその気持ちに嘘はない。

だってこんなに嬉しいのだから。

この気持ちが嘘のはずがない。

 

 

水族館から帰る道。

ユウとホシノの銃にはそれぞれのクジラが元気そうに揺れていた。

 

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