桃から産まれた十六夜咲夜 作:みみみすと
むかしむかし、あるところに、一年中ぼんやりと霧のかかった湖と、その湖に注ぐ一本の川がありました。
そしてその湖のほとりには、外壁から庭の塀まで真っ赤に染め上げられた、恐ろしげで気味の悪い館が建っておりました。
人びとはそこに住むものについて口ぐちにうわさしました。ある者はあれは吸血鬼の館だと、またある者はあそこには恐ろしい悪魔が棲んでいる、と言いました。
だからこそ、その館の主の姿を見たものは、みんな拍子抜けしてしまいました。なぜなら、その館に住んでいたのは、かわいらしい姉妹だったからです。
そこでは、レミリアと名乗るかわいらしいお嬢様が、フランドールというこれまたかわいらしい妹様と仲良く暮らしておりました。
この館に訪れたものはみな、この姉妹を見て、うわさがいかにあてにならないのものかと笑いました。吸血鬼も悪魔もどこにもいやしないじゃないか、と。
そして、彼らは二度と生きてその館から出てくることはありませんでした。
そう、このお嬢様こそが、高貴なる吸血鬼にして、
そしてもちろん、館のやたらどぎつい赤色も、このお嬢様の趣味なのでした。
さて、お嬢様は500年を生きるりっぱな吸血鬼ですが、館のことはぜんぶ部下に任せていましたので、暇をもてあましておりました。それで、ここ最近は、まいにち近くの川まで散歩にでかけておりました。
ある日、お嬢様が、川でいつものように、吸血鬼の弱点である流水を渡れなくて困っていると、
「どんぶらこ〜どんぶらこ〜」
という瀟洒な効果音とともに、大きな桃が川を流れてやってきました。
それはそれはとても大きくておいしそうな桃だったので、部下思いのお嬢様は、館のみんなにふるまったら喜ぶと思って、大喜びで館に持って帰りました。
お嬢様が桃の味を楽しみにしながら館に帰ると、そこでは妹様が優雅に紅茶を楽しんでおりました。
「あ、お姉さまおかえり。 ……わあ、なにそれ? なんというか、すごい桃ね。 あ、そこの妖精メイド、ミルクとお砂糖を持ってきて」
桃を見た妹様は大層びっくりしておられました。きっとお嬢様が持ってきた桃があまりに大きかったからでしょう。
それにしてもこの妹はミルクも砂糖もなしでどうやって紅茶を飲んでいたのでしょうか。もしかしたら、飲んでるフリをして背伸びしたい年頃なのかもしれません。
「それにしても驚いた。 最初はただの大きいだけの桃かと思ったけれど、この桃、中から人間の赤子の気配がするのね。 お姉さまったら、よくこんなもの見つけたわね」
「え? ま、まあね。 うん、そうね、そういう運命だったのよ」
……なんと、どうやら桃の中には人間の赤子が入っているようです。お嬢様はそういう気配とかは言われても全然わかりませんが、適当に話を合わせておきます。
「ふーん、そう。 じゃあ、ナイフで切ったら危ないかもしれないから、私が壊しちゃうわね」
そう言うと、妹様は空中に手を突き出しました。実は、この吸血鬼の妹様は、手を握るだけであらゆるものを破壊する不思議な魔法が使えるのです。
妹様がそのままそっと手を握ると、大きな桃は粉々の灰になり、中から小さな赤子が出てきました。
「あら、可愛いじゃない」
妹様はそう言いますが、お嬢様はそんなことより桃を失ったことがショックでなりません。長い付き合いでお嬢様の甘党ぶりを知っているはずの妹様のこの所業。まるで悪魔です。
お嬢様は恨めしげに赤子を見つめます。視線を感じた赤子が不思議そうにお嬢様を見つめ返します。確かにこれはちょっと可愛いかもしれません。悪魔に拾われてしまった哀れな人間に、悪魔に桃を破壊された哀れな吸血鬼はちょっとだけ親近感を覚えました。
(……せっかくだからこの偉大なるスカーレットデビルが名前を決めてやろう)
桃から産まれたので桃太郎、いやもっと捻ってジェネラルピーチロード二世というのはどうでしょうか。
「お姉さま、それ冗談よね?」
……あまり捻らないほうがよさそうです。その夜が月の大きな十六夜のことだったので、十六夜と名付けました。
「お姉さま、今日は十七夜よ」
……。
昨夜が十六夜だったので、十六夜咲夜と名付けました。
それからしばらくして、咲夜はすくすくと育ち、りっぱなメイド長になりました。ちなみに、お嬢様は全然気にしていませんでしたが咲夜は女の子でした。あー桃太郎にしなくてよかった。
「咲夜ったらすっかり立派になって……。 桃なんかよりよっぽどいい拾い物だったわね」
お嬢様はそう独りごちると、そろそろとキッチンに忍び込みます。目的はもちろん、メイド長の作る料理をつまみ食いするためです。
「あら? こんなところにプリンがあるじゃない」
メイド長がいくら巧妙におやつを隠しても、何百年も生きた吸血鬼の目は誤魔化せません。日課のキッチンあさりで鍛えられたお嬢様の目は、キッチンのすみに置かれた4つのプリンを目ざとく捉えました。
「4つあるんだし、1個くらいもらってもいいわよね。 なんたって私、この館の主だし。 ……あーおいしい」
そうして、お嬢様はプリンをぺろりと平らげると満足そうにキッチンを去っていきました。
しばらくすると、今度はメイド長の咲夜がやってきました。手ではワゴンを押しています。咲夜はプリンが乗っているトレイをトワゴンに乗せると、紅茶の用意を始めました。
やがて紅茶の用意を終えた咲夜は、プリンが減っていることに気づかないまま、ワゴンを押してどこかにいってしまいました。
そうして咲夜が1つ少ないプリンを持ってやってきたのは、妹様の暮らす地下室でした。
「妹様、おやつのプリンをお持ちしました」
「あら咲夜、ありがとう、でも生憎ね。 見ての通り今は4人に分身してしまっているのよ。 1つしかないおやつを4人で分けたら、自分同士でケンカになってしまうわ」
なんと、妹様は魔法で4人に分身することができるのです。しかし咲夜は完全にして瀟洒なメイド、そこはぬかりありません。
「ご心配には及びません。 ちゃんと4つ用意しておりますので。 ……あら? 3個しかありませんわね」
咲夜がプリンを3人の分身に渡すと、なんと本体が食べる分がなくなってしまいました。理由はもちろん、お嬢様がつまみ食いをしたからです。しかし咲夜たちにはそんなこと知るよしもありません。事件は迷宮入りしてしまうのでしょうか。
「申し訳ありません。 確かに4つお作りしたと思ったのですが……。 もしや、お嬢様がまた勝手に食べてしまったのかも……」
なんと、お嬢様のつまみ食い癖はすっかり咲夜にバレておりました。
しかし犯人が分かったところでもはや後の祭り。すでに食べられたプリンはどうすることもできません。珍しく失態を晒した咲夜はすっかりしょぼくれてしまいました。
そんなメイドの様子を見て、プリンを食べ損ねた妹様の本体は何か思うところがあったのか、こう言いました。
「ふーん、お姉さまね。 なるほど。 ……よし、あいつぶっ殺してやる」
「「「いいねー!」」」
なんと、なかなか過激なことを言い出しました。しかもなぜかプリンを食べたはずの分身たちも殺る気満々です。いや、むしろそういう効果のあるプリンだったのでしょうか。
そしてちょうどそこに盗み食い犯のお嬢様がやってきました。
「あ、フラン。 咲夜がプリン作ってくれたみたいよ。 あなたも食べに……って何その顔!? 私なにかした!?」
盗み食いをしておいて、なにもかくにもありません。とんちんかんな姉の言葉に妹様の怒りは頂点に達します。
「黙れ。 プリンのかたきめ、死ねい!!!」
「ぎゃあああああああああああ!?」
こうして、妹様とプリンを食べた3体の分身たちは、メイドを泣かせた悪い吸血鬼を無事に退治し、館とそのキッチンには平和が訪れましたとさ。
めでたし、めでたし。
元の物語からけっこうずれてしまいましたが、「桃太郎」でした。
こんな感じに短い話をいくつか書いていく予定です。