【完結】よういふっ!   作:麿は星

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 時系列は3月(原作10巻)、前話ラスト前の話です。
※独自展開・独自設定を多分に含みますのでお気をつけください。


清濁

 

 ホワイトデーから遡ること約10日。

 3月に入って数日が経過した頃、僕と愛里は久しぶりに堀北学と橘茜さんに誘われて守矢神社の社務所で話していた。ちなみに場所を使わせて貰うお礼として、早苗と神様にはあらかじめ奉納を済ませている。

 冬休み明けの合宿が終わってからというもの、学や橘さん達3年生は本格的に受験に面接と大忙しだったから、誘われた時に落ち着いた場所の方がいいと思ったからだ。ことによるとお互いの学年で山場前最後の穏やかな時になるかもしれない、と。

 

 特にセンター試験(この年代はこの名称であってるはず)を受けた二人は合宿後にすぐというスケジュールだったらしいし、進路は教えてくれなかった(教えられないらしい)ものの最近受験も終わったばかりという。Aクラス所属でもきちんと受験してるあたり流石である。

……てか、強制参加とはいえ、合宿なんかに参加してる余裕があったのが僕としては驚きだ。合宿で学は南雲と戯れてた(僕の主観)けど、努力の天才的にはその程度の遊びなら片手間で大丈夫な積み重ねがあったのかもしれない。

 

 ちなみに一応の配慮のためか、学校の1区画を使って年明けからそれぞれの進路の試験が日毎に行われていて、移動はほぼないにしろ端から見ても3年生は結構大変そうだ。

 また就職希望者にも、見慣れない企業の担当者っぽい人が面接や試験を行いに、入れ替わり立ち替わり学校を訪れていた。

 これらは、外部接触禁止『だった』例年までの救済措置の流れだろう。

 

 Aクラス所属なら、大学にしろ企業にしろ試験や合否は基本無条件にできるようだが、他クラスは保証しないと学校に明言されてるだけに必死だ。あとスポーツや芸術などの分野も、おそらくスカウトやパトロンなどの目に止まらなければ無理だろう。

 なんであれ、最後の最後までクラス競争の決着がもつれ込んだら、採用条件が面倒になるのは間違いない。やはりAクラス特典は、オマケ程度に考えとく方が良さそうである。

 しかし、僕も2年後にはこれをやるわけだし、今から憂鬱だ。その気持ちを目の前の二人に話してみた。

 

「なあ学と橘さん。リソースを割くなら、進路とAクラス争奪戦のどっちに絞るのがいいと思う? それ以前の問題として、進路に絞ったらやっぱりクラスメイトに怒られるかなぁ。経験者として、忌憚のない助言をくれたら嬉しい」

「……迷惑はかけるかもしれませんが、左京君の場合は早めにクラスの人達にその意見を相談する、というのも手かもしれませんよ? 私が言うのはなんですけど、そういう視点で見られる人ってうちの学校では珍しいですから」

 

 まず返してくれたのは、意外なことに橘さん。

 彼女が明らかに好きだとわかる学に、年下の僕が馴れ馴れしく見えてたらしく当たりが強かった……のだが、いつからか学と一緒に会いに来る機会ができた。いつから、というか愛里と付き合いだしてからだが。

 

「相談、ですか……。うぅ、それはやっぱりリーダーの一之瀬、ですよね。少なくとも最初は」

「……夢月君って、何故か一之瀬さんにいつも逃げ腰だよね。あんなに良い人なのに」

「なんか相性と間が悪いんだよ。復活してからも、クラスで僕だけ露骨に避けられてんだぞ? こんな状態で相談とか無理。確実に嫌われてるもの」

 

 愛里や椎名は年明けの合宿で一之瀬と仲良くなったらしく、時に一之瀬寄りの発言をするようになった。先日の不法侵入も、実は愛里も含む女性陣が主となって共犯したのは記憶に新しい。心配はしてたが、まさか僕が放り込まれるとは想定外だったが。

 それに不法侵入した翌週の月曜日、菓子をもらった日の放課後。坂柳さんが一之瀬を言葉責め(ポイントの使い込みやそれによる出し抜きの可能性とか?)しに来た時のことだ。

 一之瀬は開き直ってなんか主張やら反論やらしてたが、それがひと段落したと同時に一之瀬と坂柳さんに視線を向けられた僕は───。

 

「いや、一年間うちを率いてきた一之瀬を信頼しなくてどうするんだよ? 僕は一之瀬帆波を仲間でリーダーだと認めている。

……それにさっき本人が言っていたけど、当事者同士ですでに話もついて許されてることだ。示談の意味を理解してるなら、外野がゴチャゴチャまぜっ返すべきじゃない。なにより僕は約束しちゃったし、そりゃ信じるだろ。極端な話、裏切りでもクラス移動でもなんでも好きにやればいいとも思ってるし。もしそうなっても、一之瀬が変わらない限り、“やらなくちゃ駄目になった事情”を推察してクラスメイトの説得くらいはしてやるさ。……十中八九やらないだろうけどな、このついに自分で認めたお人好しのポンコツは」

 

 と意見を表明しておいた。愛里も見に来てたので格好つけようかと一瞬思ったけど、結局思ったことをそのまま言った。他からも一斉に見られて動揺し、早口で蛇足を付け足してたら格好良い言葉を思いつかなかったともいう。

 この意見は意外とクラスから賛同者も出た。人格者で人望が厚いのは間違いないからな。そこまで不思議ではない。

 まぁ、坂柳さんには「どっちがですか……」と呆れられ、一之瀬にはすごい勢いで顔を逸らされたが、おそらくささやかな援護射撃にはなってくれただろう。

 問題は、それが裏目に出たか何かのきっかけになったのか、現在は一之瀬から全力で避けられまくっていることだ。

 

「嫌われてる、かなぁ? むしろあれは……」

「いや、今回ばかりは誤認じゃない。プラス面もなくはないと思うが、積み重ねてきたマイナスの心当たりが多すぎる。効果的な和解策を奇襲してでも実行しない限り、許してくれなさそうなんだよ」

「許して……う~ん。そんな感じには見えないけどなぁ」

 

 僕自身は、学年末テストの前あたりから…いや、一之瀬の部屋で話した数日後にちょっと話したのみだ。違うクラスの愛里にはわからないかもだが、穏やかな優しい心を持つ一之瀬を何度もキレさせてきた僕が言うんだ。間違いない。

 

「左京君は色々特殊なので、そう見えるかもしれませんね。でも一之瀬さんから見たら、相談されるのは嬉しいかもしれませんよ? 私も最近まで思い違いしてたので偉そうに言えませんけど……」

「ああ。夢月ならわかると思うが、自分を信じて頼ってくれる仲間の存在はリーダーにとって大きい。苦手としているのは知っているから強く勧めないが、お前は一度、一之瀬と腹を割って話してみるといい」

 

 むむむ。学の立場だとそうかもしれんが、一之瀬はどうだろう? 統率者としては似て非なるタイプに見えるんだよなぁ。両方積み上げていくタイプではあるけども。

 あ、今更だけど学がいるのは、別におかしくない。お互いに時間がある時は普通に駄弁ったりもしてたし、数回だけど遊んだり飯を一緒に食ったこともある。

 それはそうと、学達の助言は。

 

「話をする、か……。それには大きな問題がある。それは───」

「それは?」

「はい。僕の身体が勝手に逃げ出そうとするのと、そのせいで常に精神的な余裕がなく、友達間のノリで煽ったりおちょくったりをしてたことです。しかもそれを話しかけられるたびにしてたので、癖になってます」

「一之瀬さん、早苗さんみたいな扱いされてたんだ……」

「んー、それも少し違う、か? どう言えばいいのか……。

 愛里に置き換えると、少し前の櫛田への対応がわかりやすいんじゃないかな。嫌いってわけじゃなくても、本能が苦手としてるんだ。多分」

 

 なので、むしろ普段なら早苗の方がずっと気楽に付き合える。

 早苗は性格の幅が広すぎて難解だし思考予測も困難だけど、高円寺のように即断即決できるストレートな奴だ。きちんと会話すれば、喧嘩や言い合いにはなっても着地点は見いだせる。僕にとって意味不明な女子特有の部分が少ないからだ。

 一方、一之瀬は邪悪な部分が極端に少ないため、これはおそらく僕が変わるか一之瀬が善属性の中立寄りくらいまで堕ちてくるかしないと、根治には至らないだろう。

 

「夢月、お前…一之瀬には精神的な壁がある程度ではなかったのか」

「壁なんてものは、乗り越えるためにあるんだ。だから違う。僕が一之瀬に感じてるのはそんなモノじゃない」

「壁は乗り越える……」

「……ためにある?」

 

 某3世な大泥棒概念は、女子の愛里と橘さんへの流れ弾になったようだ。先輩・後輩による言葉のリレーをする顔からは理解不能と読み取れる。

 ここは試しに理解を求めてみよう。

 

「例えるなら、吸血鬼に太陽、鬼に豆、といった克服できない特効・弱点のような関係性だ。または絶滅危惧種を目の前にしてどう対応すればいいのかわからない、というのも近いか」

「一之瀬が絶滅危惧種だという認識は俺も異存ないが、それにしては奔走させるがままが多くないか? 動物保護の観点からすると投げすぎるのもどうかと思うが」

「例えるならって言ったろ。それだけで見れるなら西遊記は一話完結なんだよ」

「ふむ。孫悟空と三蔵法師の関係ということか。確かにお経を唱えるだけでは孫悟空が苦しむのみ……。話も旅立つ前に終わってしまう。三蔵法師を奔走させる方がまだマシということだな」

 

 でもどうやら学はわかってくれたようだ。

 僅かな期間とはいえ生徒会で接していたわけだし、一之瀬の理解度も高いのだろう。

 

「待って堀北君。いきなりなにを言い出してるの? 脱線なんてレベルじゃないくらい一瞬で話が明後日の方向に飛んで行ったよ……?」

「……そっか。夢月君達から見る一之瀬さんは、妖怪やエゾナキウサギの変わったフレンズなんだね」

「愛里ちゃんまでおかしくならないで? ちょっと女同士で話そうか」

 

 ただ、愛里と橘さんは一之瀬と同性だから、あの異常性を理解できないのかもしれない。ちょうど自然と男女の組に分かれたし、僕が参考にするには視点が違いすぎて負荷のある助言なのでスルーさせてもらう。

 余談だが、この解決策…というか妥協案は、3日後の早苗の誕生日にさりげなく教えてくれた真実を知り、イベント当日実行に移すまでどうにもならなかった。

 

「それにしても、奔走させてる、か。だが、僕は好きなことを好きにやるのが取り柄だ。つまり変えるのが難しい部分。どうともできん。何をやろうと憚られないのは楽しいからな」

「う~ん、これは根っからの問題児……」

 

 とはいえ、同じ炬燵で話してる以上、声が聞こえてしまうのはしかたない。愛里に変なことを吹き込みすぎないなら、聞こえないフリをするのがマナーだろう。

 

「それに愛里の…学の妹のクラスを外から見てるとよくわかる。団結するのも良し悪しだってな」

「ふっ。それはまた南雲が聞いたら喜びそうな発言だ」

「やめてくれよ学……。なんか最近やたらと南雲が話しかけてくるんだ。おかげで名前聞くだけでテンション下がるし、逃げたくなる」

「夢月も南雲に興味を持たれたんだろう。俺とは違う形だが、気をつけるんだな……」

 

 気分良く嘯いてたら、嫌な名前を出された。

 

「そう嫌な顔をしてやるな。勝負事に関しては『基本』真摯だし、『お前にとっては』頼りになるかもしれないぞ?」

 

 おや? 今の、言葉の妙があったような……? ってことは。

 

「ん? もしかして学が今日僕を呼んだのって」

「ここで察したか。ああ、合宿の前哨戦で聞いた。体育祭の頃から色々動いていたようだな夢月」

 

 と、急激に変化した意味深な発言から南雲か誰かがバラしたんだと察する。でも何で今更?

 僕が疑問を感じている間に、学は居住まいを正して頭を下げた。

 

「───夢月、礼を言う」

 

 これが今日、学の伝えたかったことだとわかるように。

 

「い、いや待て。僕は友達に借りを返しただけでそんな……。それに、ひ、必要だったかもわからんし、勝手にやったことだぞ?」

 

 栄一郎ばりの真摯なお礼の言葉に、動揺が掘り起こされる。

 多分橘さん関係の話なんだろうが、お祭りやイベントにかこつけて楽しむついでにやった事をこんな風に返されると、大したことしてないからこそ……こう、座りが悪い。

 

「友達……そうか。では俺も勝手に何か返さないとな。知らないうちに年下の友にフォローされていた事すら気づいていなかったのを含めて、卒業前に」

「あっ、それはいらん。これから学達3年生も、大変っぽい最後の山場があるんだろ? なんかくれるんなら、全部終わった後にしてくれ。それか───」

 

 でも1つ、妙案を思いついた。

 

「学の卒業後にもしも万が一、左京星望って同期か浪人生が生活範囲にいたら、余裕ある時にちょっとだけでいいから手を貸してやってほしい。親しい奴には星って呼ばれてるからすぐわかると思う」

「左京……? それはまさか」

「うん、僕の兄貴なんだ。多分、学との相性は悪くない…はず」

「……しかし言っては悪いが、会えない確率の方が高いと思うぞ?」

 

 僕がそう言うと、考え込んでくれた学は否定寄りな言葉を口に出す。だけど、それでいいのだ。

 

「別にいいさ。口に出すだけで0を1にできるなら、しといた方が楽しそうじゃん」

「0を1に、か。

……ふっ…はははっ! わかった。覚えておこう」

「お、言ってみるもんだな。ありがとう」

 

 おそらく邂逅はしないだろうが構わない。これは、なんとなく学と兄貴の馬が合いそうというか、確率が0のままよりは違う数字に変えといたというか。言ってみれば、口実みたいなものだ。

 どちらかというと、年上の友達である学の足を引っ張る真似をしたくなかっただけである。

 

「それにしても、夢月の言葉は時に……なんというか妙に、胸に響くことがあるな。体育祭や合宿でもそうだった。お前にはナニかがあると感じるから、特定の者を引き寄せるのだろう」

 

 それは知らない。

 

「学の気のせいなんじゃないか? 僕より、僕の周りの奴らが特殊な力場でも作っているんだろ」

「……ふっ。それはどうだろうな?」

 

 しかし僕の考えを述べても機嫌良さげに疑問を返され、話題は自然といつもの駄弁りへ戻っていった。まぁ、座りが悪い雰囲気はなくなったし、問題ないだろう。

 

 

 

 学との話がひと段落着いてまったりしていると、気を遣っていたのか境内の掃除をしていた早苗の呼び声が聞こえてきた。

 

「夢月さ~ん!」

「ん? 早苗?」

「お客様ですよ~」

「客? 僕にか?」

「はい。ちょっと雰囲気のあるおじさんが来てます」

 

 こんな学校の敷地の外れにある神社まで訪ねてくるおじさん? まったく心当たりがない。

 

「夢月、保険はいるか?」

「いやー、流石にいらない…んじゃないかなぁ。早苗の機嫌が悪くないし」

「さらりと私を何かのバロメーター代わりにしないでください。好き嫌いが激しいのは自覚してますけど、当たり外れも結構ありますからね?」

「よく言う。お前の見る目はそこそこ信用してるよ。“あいつら”に対しても結果的に正しかったしな」

「……っ。ふふっ、そうでしょう! やっぱり思い立った時に退治するのがいいんですよ!」

「すーぐ調子に乗る点と現代社会の常識に囚われなさすぎな点が玉に傷だけどな……」

 

 先日の一之瀬の件で比較的迅速な対応ができたのは、コイツが証拠も根拠もないのに清隆と坂柳さんを疑って、「闇討ちして『聞き込み』しませんか?」って持ちかけてきたのを留めたのが発端だ。聞き込みという言葉が、拘束した上での尋問とか拷問とかの意味で聞こえたのは僕だけではあるまい。

 一之瀬抜きの学級委員会でその意見を聞いた穏健な奴らが、それまで以上に異変解決に向けて本気になったのも当然だろう。

 

 僕達は、ほとんどの学内情報網を櫛田…と世間話くらいしか聞いてない四方・椎名に依存している。なので、攻撃性の情報戦に対しては、自分達に関係するもの以外にどうしても偏りが生まれてしまうのだ。つまり本気になれないと、どっちに動けばいいのかすら勘頼りになる。

 ま、第一印象で、まだ何もやってないかもしれない奴を退治しようとするとか、一歩…半歩間違ってたら犯罪者予備軍か社会不適合者に認定されててもおかしくないがな。

 

 ともかく果断即決なのは、早苗の長所であり短所でもある。いや、今回に限っては単純に嫌いな奴がやりそう。そうだ! ぶっ飛ばしましょう! って思い込んでただけかもしれないが。

 体育祭の前後・最中にコイツと四方に作った借りのせいで、神社の下働き的な仕事を手伝えと頼まれ───組み手の修行名目で、ひたすら投げられてたりしたのでよくわかる。僕か愛里、もしくは友達・クラスの連中の誰か一人でも闇討ちなどに賛同してたら、マジでヤっていたと思われる。見てわかるくらいヤりたくてウズウズしてたもん。

 

 ちなみに少し脇道へ逸れるが、体育祭からの半年間。

 修行とやらでは、最初の頃にあまりにもポンポン転がされて(しかも彼女の愛里の前でだ!)面白くなかったので、波乱万丈な平穏を満喫していた清隆にすがりに行ったら、機械のような無表情で「夢月が押し付けた坂柳と龍園を相手してくれるなら」と無理難題を吹っ掛けられた。

 なんて友達甲斐のない奴だと思った。いまだ部員でもないのに部室に顔を出してたし、少し経った頃には龍園の名前が消えて新境地に至った表情になってたのに、ロボットのように融通の効かない奴だ。僕に坂柳さんの相手が務まるわけがないのは自明だろう。

 

 なので、何十何百と投げられる中で徐々にコツを掴み、自力で早苗を投げ返すことにした。それでも僅かな隙を作ったり見つけて乗じた数回しか転がしていない。半年間で数回だ。

 早苗の常識外れな速度の攻撃回避を最低限習得するだけに年末までの数ヶ月かかったといえば、難度の高さは想像できるだろう。しかもふざけたことに僕が速度に慣れて倒せるようになると、次の組み合いでは謎のレベルアップを遂げやがる。

 あんのクソ緑は、ああ見えて意外と隙のない女である。マジでサイヤ人じゃないだろうな。愛里の前で無様に転がされるのは、今に至ってもまったく忌々しい。

 

 愛里のご褒美がなかったら、絶対毎回は行っていないだろう。恋人からのご褒美は、やることやるのとはまた別の良さがある。

 躾られたと言わば言え。ヤることも最初は楽しさや快楽ばかりではなく、初心者には試行錯誤の連続だったのだ。

 キス1つとっても、あまり舐めまわすのもされるのもアレだと思って、納得のいく技量を習熟するまで苦労した。最初は半分も入らなかったアレを時間をかけてゆっくりと全部『入れた』時や、気持ち良さをお互いの身体に馴染ませた実感を覚えた時など、二人で一緒に感動すら覚えたほどだ。

 つまりそのレベルに達するまでの期間、別方向な癒しのひと時は癖になるほど良い気分転換だったのである。

 

 とまぁだいぶ脱線したが、ことほど左様に早苗は意味不明の権化なのだ。

 ただ、思い込みでも間違ってようとも、最初から謎に犯人や元凶を確信している早苗は動くきっかけとしては有用になりうる。ついでに探偵モノなら落第確実な行動原理とはいえ、例外では神様の助言っぽい気配を感じたら即行動が吉である。

 ともあれ、そんな早苗から見た人の印象は、だからこそ信用に値する。善悪や倫理・常識で判断してるわけじゃないから、危険度については据え置きだけども。

 と、そろそろ話を戻そう。結局、誰が訪ねてきたのか気になってきた。

 

「ま、いいか。んじゃ、ちょっくら行ってくるわ。境内にいるんだよな?」

「はい。そこで待ってもらってます。私が案内しましょうか?」

「いや、僕と学の話は終わったし、早苗も一休みしてったら? もうそんなに話せる機会ないだろうし、学達がよければだけど」

「かまわんぞ。俺も橘も、今日のスケジュールは元々開けている」

「そうですね…そうしますか」

 

 そんなやり取りを経て、僕は早苗と入れ替わるように席を立ち───。

 

「あっ! 夢月君! あ、あとでねっ!!」

 

 愛里と二人で決めたイチャつきたいから部屋に行くね、という巧妙なる暗号を背に受けて後手を振り返し、僕は内心ウッキウキで社務所を後にした。

 両足が無意識にスキップのビートを刻んでいたのに気づいたのが、社務所の出入り口を通る直前だったのは幸い中の幸いである。

 

 

 

 担任と南雲を思い浮かべてテンションを下げた後、社務所を出て境内に行くと、ビシッとスーツを着こなした細目のおじさんがいた。

 この人はたしか…夏に理事長のところまで案内してくれた……。

 

「お久しぶりです、左京夢月君。私を覚えておいでで?」

 

 そのどこか底冷えする口調で、記憶が薄っすら呼び起こされる。

 

「監査の……月城さん、でしたっけ? えっと、左京夢月です。お待たせしてすいません。お、お久しぶりです」

 

 え、予想外にもほどがある人がいるんだけど。

 

「用件の前に改めて。現在は監査ではなく理事長代理を務めています月城常成です。以後、お間違いなきようお願いしますよ」

「へ、代理? あ、あぁ、それはその、御愁傷様です」

「……ククッ。御愁傷様、ですか。違いありませんね」

 

 うぁ、勘だけど……多分この人、元は僕と同類だ。凄く濃い社畜の匂いが漂ってる。しかも、ごく少数しかいない『働ける』上級官僚っぽい雰囲気まである。

 てことは、何か押し付けられてここに来た? そうなると用件も聞きたくないがしかたない。

 

「それで本日は、あー…僕に?何の御用でしょう?」

「おや。坂柳『理事長』のことは聞かないのですか?」

「は、はぁ、坂柳理事長……だと外聞的なモノが悪くなる何かをしに月城代理が来たのでは? ほ、ほら、時々ある急病につき、とか、不正行為により一時謹慎中、みたいな段取り的なアレなんじゃないかなぁと」

「ほう? 根拠はなんです?」

「懐刀はこういう風に使うものでしょう? 表にいるお偉いさんの多くは泥を被りたくないから、大きな変化を起こす時には大抵は使える仕事人にやらせるものですし。僕が言うのはなんですけども」

 

 実際、こんな時期に代理なんて名乗られたら、こういう想像しかできない。偏見混じりなのはわかってるけどな。

 

「ククッ、はははっ! そこまで言うなら私の所属まで予想できていそうですね、左京君?」

「あくまで勘ですが」

「勘ときましたか。なるほど。あの方が踊らされるわけです」

 

 笑顔を見せた月城さんに、僕の直感が囁く。

 あ、ヤバいこと言ったかも、と。

 なら、“当たり障り”のない答えに切り替えよう。

 むー? 社畜、官僚、仕事人。そして学校の制度改革。これらの材料から、この学校に派遣されるような職務で不自然すぎない間違いは。

 

「内調関係、じゃないですかね。目的は僕の排除か取り込みですか?」

 

 内調とは内閣情報調査室。平たく言えば、国の調査機関のトップの1つと言っていいだろう。ま、当たってなくてもそれはそれでいい。僅かでも妥当性があれば、質問の返しにはなっているはずだ。

 正直、学校制度に介入させた時に総理大臣の主流派閥を動かしたんだから、僕が学生であろうといずれ何らかの動きはあると思っていた。思ってはいたが……なんかえらくアクションが遅くなったな。松雄に社長の席を譲ってからになるとは思ってなかった。

 

「いえいえ…ふふっ、君は本当に不思議ですね。その年齢で清濁を知っている。更にはそれをされる自覚がありながら、よくもまぁあっけらかんと……。個人的にはかの最高傑作に」

「さ、最高傑作っ!? って、やべ」

「……正直な反応をする脇の甘さも、ですね」

 

 つい口が滑った。反応してしまった。

 でも、こっちは本命じゃない感じか? ならまだ助かった、と思うには早いか? 駄目だ、まだ読みきれない。

 てか、清隆の父親の関係者でもあるのかよ。まぁ、政財界の上の方なんか複雑怪奇なのが常態だけどさ。

 

「ふぅ。さて、まずは仕事の話を。

 私の目的の1つは、綾小路清隆君の退学です。初手を乗りきるようであれば、来年度の新入生には懸賞金2000万『円』をかけますので、よければ左京君も奮って参加してください」

「……き、機会がありましたら」

 

 目的の1つとか初手とか真っ黒すぎるだろ。せめて口止めしてくれよ。誰にも言わない…言えないけどさ。デメリットとリスクが大きすぎる。

 だけど……うげぇ。この流れって、絶対アレじゃん。

 

「その嫌そうな顔からすると、左京君も話の先を察しましたか。やはり天才とやらや彼の居た『彼処』の後輩、『毛色』の違う子供よりある意味で有望かもしれませんね」

「いえ! 僕は普通の一般高校生ですから! 高円…清隆の方がずっと有望ですよ!!」

「ははっ、ご冗談を。左京君は普通じゃありませんよ。私とこうして会話になっているだけで、坂柳有栖嬢よりも『わかっている』ではありませんか」

 

 冗談じゃねぇえええ! って、全てを有耶無耶にできたらどれほどよかっただろう。勿論、僕にそんな豪腕は振るえない。てか、連想できちゃうから、そんな情報をさらっと流さないでくれよぉ。

 

「そして───そう。普通では坂柳理事長に面と向かって啖呵を切るなどできません」

 

 あああああっ、それになんかめっちゃ買い被られてるぅ!

 やめて! 僕のライフはもうゼロよ!?

 

「大企業や政府を操ることもできません」

 

 いや!? すぐは無理でも、可能とする奴ならいるんじゃないか? 高円寺に早苗(神様付き)、清隆ならワンチャン…って、流石にこんな話は丸投げできないよ、コンチクチョウ!

 

「では前置きもしたところで、そろそろ本来の用件を伝えましょう。

 左京君、私は君をスカウトしに来ました。何処からかは……すでに察しているでしょう。答えは決断した時まで取っておきますか」

 

 ノ、ノォオオオオ!! やっぱりぃ! と、内心慌ててはみたものの、どうしてかそこまで危機的状況とは思えない。僕の勘も逃げろとは言っていない。

 ふむ。礼を失なわないよう断っても大丈夫ということだろうか。試しに、早苗や高円寺、鬼龍院先輩、あるいは南雲と近い枠に入れて考慮してみよう。

 

「僕は自分のためにしか生きられない人なんで……」

「ふっふっふ。今どきの学生が、そのために学校の理事長に啖呵を切り、信じられないほどの変革を成したと? しかも欲の皮が突っ張ったお偉方を選定して多数動かした上で、です。私もそれなりのキャリアはありますが、そのような学生は聞いたこともありませんよ。左京君はいずれ必ず大成するでしょう」

「過大評価ですよ。きっと運が良かったんでしょうね。能力的にはそこまで達しないと思います」

「ですが、他の方からも言われませんでしたか?」

「……っ」

 

 月城さんは薄目を開け、鋭い視線で僕を覗き込んで問いかけてきた。

 当然、僕は言葉に詰まる。似たような言葉をかけてきた何人かの顔が浮かんだからだ。

 ヤバいな。これは僕も本気で断らないと絡め取られる可能性がある。

 

「私も『この業界』ではまだ若いつもりですが、後継者を育てるには早い方がいいに決まっています。そしてどうせなら、力を持つ者を育ててみたい」

「い、いや、だからって僕はどうなんです? 正直、僕以上の能力を持つ天才や鬼才なら、この学校にも結構いますよ?」

「かの最高傑作や坂柳嬢、それに高円寺君もですか。確かに彼らも優秀です。ですが、内面が『できているか』はまた別問題でしょう。今はまだ才能に振り回されているようにも見えます」

 

 お、おぉう。なんかすごい本気度を感じるんだが。

 僕はなるべく色々な方面を話題に出して丁寧に断りを入れ続けたが、月城さんはなかなか諦めの色を見せなかった。それでも僕の信条的にも義理としても断る選択肢しかないし、そもそも志向があったとして伏魔殿のようなブラック業界に、この年齢で飛び込むなんて即決できるモノではない。

 結局、月城さんとは何度か押し問答を繰り広げた末、ようやく退いてもらった。

 

「……私としたことが焦りすぎましたか。しかたありませんね。しかし私の言葉は頭の片隅に置いておいてください。左京君がこうして上からも注目される価値のある人材だということをね」

「見込んでもらえたのは嬉しいですが、その……僕はおそらく『月城さんの』期待には添えないと思いますが」

「そういうところですよ、左京君。その真意を見抜く目は日頃から鍛えておくといつか役に立つでしょう」

 

 褒め言葉か助言かわからないけど、そういう言葉をくれるなら鋭い視線で見透かそうとしないでほしい。

 

「おっと、思わぬ長居をしてしまいました。左京君がその気になった際はこちらの連絡先に」

「あ、ご丁寧にどうも。僕の名刺もあるので、遅れましたがこちらをどうぞ」

「……ふふっ。それとご友人を放置させたお詫びとして、些少ですがお納めください」

 

 恐ろしく早い社畜仕込みの切り替えと名刺交換。僕でなきゃ渡しそびれちゃうね。って、ふざけてる場合でもないか。

 癖のように常備していたケースからマナーに沿って僕の名刺と交換すると、月城さんが小さく笑ってなにやら端末に似た機械を操作する。その直後、僕の端末から通知音が鳴った。視線を誘導されたので確認してみれば、振込先不明な場所から10万PPという振り込みがあったとのこと。

 額はともかく、僕は目を見開いた自覚を持ちつつ、戦慄した。

 

 こ、これっ…………完全に裏の意図を隠した口止め料じゃねぇかああああっ!

 

 なにこれ!? マジの勧誘意思しか感じないんだけど! これって月城さんの勧誘を大人の誰かに言うなってことでもあるよね!? 僕ってそんなに月城さんみたいな立場の人に目を付けられてたの!? しかも他にも目を付けてる人がいるって証明にもなるじゃん! 今日一番の衝撃なんだけど!

 あぅあぅあ~、勘弁してクレメンスぅ……。僕の許容量はとっくにパンパンだよ。

 

「勿論、快く呑んでいただけますよね?」

「……はい」

 

 しかも、それは有無を言わさない雰囲気だった。

 大人って汚いよな。PPから円に変わる直前だからか、微妙な額のどうとでもできる絶妙なラインで一石何鳥も狙ってくるし。

 まさに『できる』官僚って感じだ。何も言わずに受け取って呑み込む以外の選択肢を潰されている。

 

「結構。明言もいただいたことですし、私はこれで失礼します」

「本日はお忙しい中、色々ありがとうございました。まだ肌寒いのでお体に気をつけてくださいね」

 

 向こうがいきなり訪ねてきた上に位攻めされたんだから、学生としてお礼を言うのはおかしいかもだが。

 社交というのはこういうのもある。礼儀一つで意外と心象は変化するものだ。

 月城さんは一瞬呆気にとられたように目を開いて……姿勢を正し、最短距離を描く手の動きで敬礼を返してくれた。

 僕が学生だからだろうか? 特徴的な右手の三指の形はボーイスカウトの敬礼だ。それが敬意、礼儀、親密を表す挨拶と知っている僕には洒落が利いている。

 にわか知識で申し訳ないが、僕もなるべく再現した敬礼を返しておいた。わけはわからないが、敬意には敬意である。

 

「……ククッ。これは私が言うことではありませんが───綾小路清隆君の件は気にかけるだけ無駄でしょうね。時間を置いてじっくりと思考を巡らせてみることです。左京君なら『可能』とするかもしれません」

「それはなにが……」

「つい独り言を零してしまいました。いけませんね、年を取ると。では改めて」

 

 目を細めて笑い、見送る僕から身を翻しながら、月城さんは小さくそう口にした。

 何を思ったのか去り際に唐突に助言っぽいモノをくれた人だ。窘められた、と感じた僕は大人しく口をつぐむ。

 そして今できる精一杯の感謝を込めて頭を下げ、月城さんが去りゆくまで見送り続けた。

 

 ≪夢月は悪い子だね~。そんなだといつか怖~いお化けに食べられちゃうよ~?≫

「どっちの意味でですか!?」

≪アハハッ、なに言ってんの~≫

「……洩矢様も早苗のとこ行きます? 多分、堂々としてればバレないですよ? それと……………………ありがとうございます」

≪ふふんっ。これでも神だからねっ!≫

 

 と、月城さんの姿が見えなくなったあたりで、早苗の神様が声をかけてきた。見守ってくれてたのは気づいていたし、御礼を言うのは当然だろう。

 しかし何故、僕の周りにはこう一筋縄ではいかない存在ばかりが跋扈しているんだ。別にそれに対してどうということじゃないけど、気まぐれにいきなり現れると驚くので前フリとか入れてほしい。

 何はともあれ、知る限りにおいて最も清濁を併せ呑んでいる神様と冗談を言い合いながら、僕達は待たせていたカオスな顔ぶれの友達のいるところへ混ざりに行った。

 

 まぁ予想外はあったものの、何事もなく平和な1日だった。

 それなら、細かいことは抜きにして、まったり過ごすのが人生を楽しむコツだろう。

 僕はそう信じているのだ。

 




 冒頭の独自設定は、こういう制度がないとAクラス以外では浪人生が爆増するんじゃね? って想像から膨らませました。Aクラス所属でも人や進路によっては卒業後の難易度ヤバそうですしね。
 もし私が原作の卒業前後の設定を見逃してたらすいません。

 月城がしたボーイスカウトの敬礼についても本当ににわかなんで、間違ってても見逃してくれたら助かります。
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