【完結】よういふっ!   作:麿は星

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 『よういふっ!』最終話です。



未知のどら猫

 

 ゼロ戦神話というモノがある。

 僕はこの神話を考えると、ホワイトルームとやらやこの学校を通して見た綾小路清隆が想起される。太平洋戦争中のゼロ戦が強かったというイメージがあるのを、僕が勝手に神話のように繋げて解釈しているだけではあるが。

 以前にゼロ戦の設計を見る機会があって少し考察してみた時、妙に無理の多い設計になっているのが気になっていたからだ。

 

 まず前提として、当時のアメリカもイギリスも日本もほぼ同レベルの出力のエンジンを製造できる技術力があった。それは設計図などから推察可能である。ならば、もっと高性能な機体ができていたとしても不思議ではない。

 こうならなかったのは、おそらく知識や技術のない決定権を持つ当時のお偉いさんが、専門知識に疎かったか変な思い込みを持っていたからだろう。

 

 ゼロ戦神話に疑問が湧くのは、スペック上ではどう考えても弱い機体だからだ。この事実に加え、当時の日本には高出力エンジンを作る技術力がない、という定説?も疑念を増す要因だ。もしや、まともに資料を読みこんだり調査をしないまま思い込んだのでは?とさえ考えたくなる。

 なぜなら色々と資料を漁ってみると、その思い込みの中身はおそらく『空を飛ぶには軽くあるべき』である。

 大戦初期は、ここから小さく薄く軽いスペックを求められた結果、ゼロ戦を含む日本軍機体に多い出力不足と紙防御の原因に繋がったと思われる。

 

 根拠の1つは、『大空のサムライ』の著者でゼロ戦パイロットの撃墜王・坂井三郎が語っていた。

 ゼロ戦は弱すぎて、旧型の96式艦上戦闘機との模擬戦では全く勝てなかった。なのに全てゼロ戦に置き換えられてしまった、と。

 ただ、空母に載せる艦載機であれば、小さく軽くて航続力のある機体が重宝されるのもわかるので、ケースバイケースということではあったのだろう。

 

 ちなみに当時のお偉いさんが専門知識の基礎も理解していなかったと考えられる根拠は、大型爆撃機富嶽の開発で現代の技術力でさえ不可能なサイズと重量を指定した上で高出力を要求していたことから明らかだ。

 この無茶な要求をしておいて、他国の大型エンジンや出力を比較したら当然日本の技術力は低い、となる。なんせ、前提が無茶苦茶なんだからな。そもそも比較できる状態にない。

 想像力の欠如は、容易く他人をブラックに追いやるものだ。それがお偉いさんなら尚更に被害者数の増加を招くだろう。

 

 また当時の日本の技術者に技術力がなかったというのも考え難い。

 他国の機体の性能を存分に味わって考えを改めたからか、開戦から約1年後に艦載機の大型化・重量化が即座といっても過言でないほど迅速に行われたからだ。元々の土台がない技術者ばかりなら、たった1年で高性能機体が出せるはずがない。

 尤も、徴兵のデメリットを考えなかったのか、飛行機の設計者や、組み立てる熟練工まで徴兵してしまい、開発力も生産力も落とした謎の日本クオリティはなんというか…こう、だからこそこの学校や清隆のいたというホワイトルームとやらを想起させる。全体を見ず、一部だけを見てるような似た匂いというか……。

 事実、坂井氏は熟練の整備士が自分の機体担当していた時は安心できたが、交代要員できた学徒整備士になってからは飛行にすら毎回不安と不備を感じていたと後に溢している。

 この学校や清隆の背景になんとなく重ならないだろうか。

 

 正直、しばらく何事もなかったので忘れかけていたのだが、山内の自爆特攻で清隆にもこの印象が再び舞い戻ってきた。

 そして自爆特攻で思い当たるのは、やはり神風特攻だろう。

 あらかじめ断っておくが、特攻や体当たり自体は悪い戦術ではない。そりゃあ人道的観点からすると非人道的ではあっても後世に残る戦果は挙げてるし、実は着想は先に実行したアメリカから得ている。

 まんま体当たりじゃないけど、雷撃隊が燃料が尽きるまで日本艦隊を探し回り、発見・攻撃できない場合はそのまま海に落ちて消息不明になるという非効率かつ無謀な戦い方だ。このまさに無駄死にに等しい方法よりは、何らかの意味が生まれる可能性のある神風特攻隊は慰め程度にはなるだろう。

 

 問題点は特攻云々ではなく、想像力の欠如していた人による無能な運用にある。

 あまり言及されているのを見ないが、搭載する爆弾を大幅に増量した部分に真の問題が隠されて『いない』。

 当たり前の話だが、重量250kgの爆弾なんかを搭載したら飛行速度が落ちる。そしてスペックの半分以下にまで速度を低下させられた特攻機体など良い的でしかない。目標に到達する前に多くが撃墜されたのも当然だ。せめて速度低下しない50kg程度の爆弾であれば、運動エネルギーが加わりより大きな戦果となっていたはずなのにだ。

 こんなのさらっと資料を流し見た僕でさえ簡単に想像できる事を、人命が多数かかった状況で想像できなかったのだから、いち高校生に無能呼ばわりされてもしかたないだろう。

 

 ついでに類似例を挙げるなら、イスラム系の自爆テロがある。成功した多くのテロリストは、必要最低限の爆弾を持って命を散らせた人達だそうだ。多くは、どうせ死ぬなら爆弾をたくさん抱えて道連れを、と考える心理効果があるため、爆弾を大量に持つせいで走るのが遅くなり、敵を巻き込む前に射殺というケースになるという。

 車に載せる場合も同じである。素早く動ける程度に量を抑えないと、デメリットが大きいのだ。

 

 自爆テロはともかく、目先しか見えてない人が上に立つと、どれほど現実から掛け離れた愚かなものになるか。現代の問題でもあると言えるだろう。

 無能の運用で使い捨てられる一兵卒を自分に置き換えて想像すると、充分に現代に通じる恐怖となるからより恐ろしい。

 さて、長々と脱線したが、上記っぽいのをだいぶ薄めて『この学校流で』堀北さんにぶつけてみたがどうなるだろうか。まぁ、僕は諸事情で早苗と清隆達にぶつかりに行くから、もう関係ないといえば関係ないけども。

 

 

 

 開始前、僕が相手をすることになる櫛田と綾小路グループが遠くから見えた。

 今の清隆は、よく手入れされた日本刀のようだ。ただしそれはとても静かで、抜き身のようにわかりやすくなく、あたかも妖刀。刺されるか斬られる瞬間まではわかりにくい雰囲気だ。しかも冴え渡る頭脳持ちというオマケ付き。1度でも倒しそこねると2度目がなさそうな性質は、家に出る蚊やゴキブリにこそ欲しいものである。

 1年間の付き合いが見せている幻かもしれないものの、下手に手を出せばやられると僕の勘は告げていた。

 なので、開始の合図とともに駆け出して行き、早苗と一緒にギリギリ声の届く距離で無意味に煽ってみる。

 

「午前に高円寺との激戦を終えたばかりの僕をやっつけてオレTUEEEするなんて言わないよな、きっよたかー? 恥ずかしすぎんぞー、それは! ふっはははは!」

「夢月さん、もう痛みはないでしょうに……。別に構いませんが」

 

 ふむ。まだ少し距離があるので見えづらいが、いつもの無表情に見えて小さく頬がヒクヒクしてる。多少は効いたようだ。

 

「早苗のご指名だ。あっさりやられてくれ。それに僕とやると話し合いとかに持ち込んじゃうぞー?」

「……さっさと倒してしまいますよ。それまで夢月さんもやられないでくださいね? そういう『運命』じゃないらしいですが、もしやられたらダサすぎますので」

 

 自惚れる気は更々ないが、僕は誇るべき避け勘というものがある。数は不利だが、避けるだけなら早苗に付いて行くこともかろうじて可能だ。だから早苗を孤立させるような真似はしない。戦力運用としては正しくても、清隆の周りはなるべく他(僕)が抑えるべきだ。

 そしてもう1つ。早苗のやる気を引き出すのは、現状なら僕が適任というのもある。

 

「何が運命だ。誰が、何が関係してようと僕の運命なら、それは僕だけのものだ。誰にもどうにもさせないよ。違うか早苗?」

「ふふっ、その通りですね! 私も自分の運命を変える奇跡にかけては自信があります! 守矢の二柱の名にかけて!!」

「だろうな。でなければ、現人神だの風祝だの公言できないだろうし」

 

 なによりこれは僕が楽しい!

 ついでに早苗も楽しめるなら一石二鳥である。

 

「まぁ、見ていろ。運命も奇跡もねじ伏せるのが、僕の叡智と経験というものだ」

「あーはっはっはっは! 相変わらずわかってますね夢月さん!

───テンション爆上げで行きますよ!!」

「おっしゃ了解。この勢いはもう誰にも止められないぜ!」

 

 うむ。清隆の性格上、大きめの声で煽り合う非効率はしないと思っていた。今のうちに言いたい放題しておこう。

 相変わらず急激にテンション上がる理由がわからない曇りなき笑顔になった早苗と並んで、僕は更に前へと突っ込んだ。

 

 

 

 清隆単独なら僕も躊躇ったと思うが、このようなチーム戦では話が別だ。

 体育祭の棒倒しや騎馬戦でもそうだったが、強力な個がいても指揮官の能力次第でいくらでも濃度を薄めることが可能である。

 そして一之瀬が完全な指揮をできるようにする最大のメリットが、僕と早苗の外れ者以外……つまり統率が取れる生徒達の掌握。一之瀬は指揮能力を100%発揮でき、指示を通して連携を十全に活かせる一般生徒もWINWINな戦術だ。

 ついでに、僕や早苗を独立部隊にしといてWINWINの中に混ぜてもらえば、清隆も封じられて八方良しである。

 一方、自軍戦力の強化に割り振った采配なので、向こうの攻撃には正攻法でしか対抗できない欠点があるわけだが。

 

「須藤だ! 速ぇ! なかなか当たらねぇ!」

「みんな! 堀北さんにも注意して! 死角に回り込もうとしてる!」

「平田と軽井沢もなかなかやるぞ! 警戒しろ!」

 

 右翼の柴田と一之瀬、中央の四方が声を上げるのが聞こえてくる。

 須藤は単純に身体能力が並外れていて、一撃離脱を繰り返してくる。堀北さんや平田は平均能力値が高いため、援護や指揮をそこそこのレベルで行いつつ、個人技でも撹乱してくる。

 それを少し意外なことに、主に平田の後方にいる軽井沢さんが指示を出しながら、戦力の足りないところに援護を入れる。スペックはどうあれ、なかなかの指揮能力だ。

 勿論、こちらも負けてはいないが、両クラスとも決定打はいまだにない。しかし本格的に攻めている感じでもない。今はどちらも有利な場所を確保しようとしているのだろう。

 ただ一之瀬は戦術を早々に切り替えた。

 

「攻撃してる人は、一旦安全が確保できた場所まで後退! 進軍してくる人がいたら危険だから後方組で援護しよう!」

「今、下がったらヤベェんじゃねぇか一之瀬!? 押し込まれるかもしれないぞ!?」

「大丈夫だから! 今は私を信じて!」

 

 ん? ああ、むしろDクラスの最大戦力に到達エリアまで突破してもらいたいって考えか。須藤・平田・堀北さんの誰かが突破してくれれば、以降は参戦できないルールだ。ペイントボールを当てるよりも、よほど安全で確実な戦力削りができる。目立つ3人全員がいなくなっても、所詮は数人分の突破にしかならないからだ。そうなれば他の大多数は殲滅される。

 結果的に、うちの勝利になるって狙いだろう。流石に乗っては来ないだろうが。

 

 そもそも双方の人数が少な目とはいえ、ああいう目立つエース級を初っ端に全投入するとは、向こうのリーダーもなかなか思い切ったな。本来なら切り札として援護程度で自陣の消耗を抑え、逆に消耗してきた相手への決め手かトドメ用に温存しておくものだ。

 それがあそこまで縦横無尽に動き回るあたり、リアルタイムでの制御ができなくなっているのかもしれない。大雑把にしか指示できないなら、おそらく一之瀬が組み上げた蟻地獄作戦的なものも案外ハマってくれる可能性がある。

 

「須藤君、一旦戻って! おそらく誘いよ!」

「おう! 鈴音がそう言うならそうかもな! 援護をくれ、ちょっと突っ込みすぎた!」

「僕が側面から回り込んで四方君達を抑える! 堀北さんは補給の中継をお願い!」

 

 ま、普通に須藤以外は無理か。須藤も堀北さんがフォローを入れると普通に従ってるし、平田の遊撃も侮れない。

 ただこの流れなら、僕や早苗はどう考えても援護向きじゃないので、放置しても良さそうだと思えたのは僥倖か。僅かな時間だろうが、双方が硬直状態に陥る。Dクラスは基本防御の方針で動いてるっぽいので、無理攻めしなければ運動能力の低い生徒を守ると見た。

 

 そして紛いなりに3本のルート全てを守ろうとしているなら、どこか1本でも突破すれば一気に崩せる。戦力としては価値が低い生徒を、そこから突破させられるからだ。

 当然、Dクラスは繋げられたルートを取り返そうと更に戦力を分散させざるをえない。一之瀬の真の狙いはここだ。そのために必要な突破口をどうにか切り開こうとしているのだろう。なら、ルートの1本くらいくれてやれ、というのは悪くない。

 ま、難しいことは一之瀬に全部丸投げして、僕と早苗は『清隆』を倒すことを第1目標に設定しておこう。

 

 

 

 全体を俯瞰して大体を推察しつつ、警戒を怠らないように適正な射程圏内まで辿り着いた僕達に、さっき煽り言葉を投げかけた清隆が語りかけてきた。

 

「夢月、東風谷。やはりお前達が来……」

「やかましい。機械人間が話さないでください。ひどく不快です」

「……」

 

 そして酷い言いがかりを見た。

 

「この私の眼前でコソコソと蠢き、友達を操ってぶつける。外道の法理をもって姑息な企てをする者をこの私がいつまでも見逃すとでも?」

「早苗もヘルシングるのかよ……。まぁ、お前ならアンデルセン神父にもなれそうだけども」

 

 それにしても、いつものように話を遮られ、機械呼ばわりされても違和感なく通常運転な清隆すら、ちょっと傷ついた雰囲気になったじゃないか。

 勿論、ここはあえて本人をスルーして早苗にツッコむのが僕である。

 

「綾なんとかは、震えることなく藁のように負けるんです」

「それはちょっと意味が違うくね? お前、響きだけで言ってね?」

「夢月さん……」

「わ、わかったから睨むな。……えっと、な、汝はなんぞや!」

 

 でも多分、早苗の求めてるのってこうだよな? なまじ顔は良いもんだから、恐ろしい流し目を向けられると恐怖しか感じない。ついでに元ネタ知らない人に、なに言ってんだ? みたいに見られるのって地味に痛い。

 それでも僕は早苗のノリに乗ることにした。

 

「現人神なり!」

「な、ならば神様よ。汝に問う。両手に持つモノはなんぞや」

「ペイントボールと盾なり!」

「ならば神様よ。改めて汝に問う。汝はなんぞや」

 

 僕が三度返すと、我慢できなかったのか早苗がそのまま突っ込んだ。櫛田と三宅が隙を窺ってたのでしかたなく視線で牽制しておく。

 

「私は使徒にして使徒にあらず

 守矢教徒にして守矢教徒にあらず。

 私は、ただひたすら守矢の二柱に従う者。

 ただ伏して許しを請い、ただ伏して敵を打ち倒す。

 闇夜で短刀を振るい、夕餉(ゆうげ)に毒を盛る死の一兵卒の刺客なり。

 時至らば、お賽銭を賽銭箱に投げ込み、荒縄を以って己の素っ首吊り下げるなり。

 されば私を先頭に守矢教徒達は一斉に徒党を組んで地獄へと下り、隊伍を組みて方陣を敷き、七百四十万五千九百二十六の地獄の悪鬼と合戦所望するなり。

 つまり私『達』は現人神とその使いというわけです!!」

 

 てか、台詞両方とも早苗が言うんかい! せっかく警戒しつつ、話を振られても大丈夫なように準備してたのに勝手な奴だ。

 でも以前の体育祭で僕がやった少佐の演説もどきを、早苗はいたく気に入っていた。満を持す機会を狙っていたのかもしれない。だって口を挟む隙がないほどいやにスラスラと言葉が流れてくるんだもん。

 

「───ふぅーーー! 気ん持ちぃいいい!! 私のやる気メーターが満タンになりましたよ夢月さん!」

「……おい。なんかさりげなく僕まで守矢教徒とやらの一員みたく混ぜられてんだけど」

「気のせいです! もしくはノリです! 細かいことは流しましょう!」

「コイツ……」

 

 だが、聞き逃せない一言には忘れずツッコミを入れる。

 入れなかったら、きっとコイツは僕の同意と見なして、いつの間にか入信させていたに違いない。早苗の勧誘は、どこからアップデートしたのか最近巧妙になってきているのだ。

 

 

 

 っと、櫛田と三宅以外の綾小路グループの面々が挨拶でも交わそうとしたのか立ち上がったので、挨拶代わりに密かに左手の盾の中で握り込んでいたペイントボールを持ち替えて適当に放ってみる。

 

「ぶべらっ!?」

「あ、当たった。ラッキー」

 

 それは見事、反射的にしゃがもうとした長谷部さんの頭上部に直撃し、彼女の顔面をコントのごとき赤色で染め上げた。

 

「女子にいきなり顔面直撃弾って……」

「いや、顔に当たったのは長谷部さんが素早くしゃがんだからなんだが」

 

 残念ながら脱落の判定はないが、それでも最初の対象は狙い通りに当てられた。早いうちに落としておきたかったのは別なのだが、長谷部さんでもOKだ。

 試験の勝負中ではあるし、狙い難い位置にいたとはいえ、文字通りに顔やイメージに泥を塗ると後が怖いからな───本命の清隆とコンビを組むと厄介な櫛田って。

 

「左京も何も言わずに不意打ちだと!? よくも波瑠加の顔面をトマト色に!」

「真っ先に女子を狙うとは卑怯な!」

 

 それを受けて、何故か激高したかのような三宅や幸村に向けて、探りがてら切り替えておちょくりを入れる。

 

「きしゃしゃしゃっ! ここは勝負の場だ! 男も女もねぇ! 強い奴が勝ち、弱い奴が負けるんだよ! 傷つくのがイヤなら勝負の場に出てくるんじゃねぇ!」

「ここはトマト祭りの会場じゃねぇだろうが! それに傷ってか恥なんだよこの野郎っ!!」

「……なんなの、その笑いは。フレ○ザードを演じるならちゃんとやってよ左京君。調子狂う」

「……いや、キョーちゃん。これでもどっかの馬鹿どもよりはよっぽどマシだわ。少なくとも正直に勝ちに来てるし、愛里から聞いた通り」

 

 ヤバい。今更だけど、三宅がなんか強い。何気に場馴れ?してるし、迫力もそれなりだ。怖さは龍園ほどじゃなくとも、石崎とはガチの殴り合いもできそう。

 長谷部さんも何気に反射神経はそれなりだ。胴体に当てるつもりだったのに、とっさにしゃがまれた。顔面真っ赤になったけど(比喩や感情表現じゃなく物理的に)。

 しかし、口上が終わるやいなや襲いかかっていた早苗と交戦中の清隆、全体のフォローに走る櫛田、渡された手拭いで顔面の赤色を拭いながらも笑顔になってる長谷部さんには、変な受け取られ方をした気がする。

 

「…………ははは。カオスだ」

「啓誠、下がってろ。東風谷相手だとオレも余裕がない。一瞬の隙が命取りだぞ」

 

 ほら、どっちかというと呆然となってる幸村や警戒しつつ注意を促す清隆が普通のはずなのに、何故か逆に浮いて見えるもの。勿論、会話が終わる前にもペイントボールが飛んできてるので、勘と反射神経に身を任せつつ、何手か先読みして避けまくる。正面からなら、数人がかりでもなんとか避けられるな。

 そうしている時、早苗が一歩を踏み出したのが視界の端に映り、猛烈に嫌な予感を覚えた。

 

「ちょ、ちょっと待て早苗ぇ!! お前、直でぶん殴ろうとしてなかったか!? やるなよ!? 絶対やるなよっ!!?」

「ほう? それはつまり、夢月さんも期待してるんですね」

「違っげーよ!! フリじゃないから! 無駄に深読みするんじゃねぇ!」

 

 後方に下がって清隆を集中攻撃していた早苗のところまで移動し、必死になって止めた。

 山の天気のようにワンシーンごとに機嫌が変わる早苗は、どうやら清隆と交戦したことで一気に土砂降りへと変化したようだ。これが弾幕戦であって肉弾戦ではないと忘れるほどに。弾がなくなったから、そうしようとしたんだろうけども。

 疑問符が付かないレベルの早苗を抑えるのは並大抵ではない。

 

「なにやってるんだか……」

「い、今のうちに盾とバリケードで態勢を整えよう」

「……そうだね。私も熱くなっちゃってたかも」

「ああ、今が好機だ。このモヤモヤした気持ちごと全弾左京にぶつけてやろう。行くか」

「待ったぁああああっ!! 少し落ち着け明人! 普段のお前はもっとこう、冷静だっただろ!? 俺が明人のツッコミに回る想定なんかしてないんだが!?」

 

 幸い、向こうも何やら騒いでるし、一旦お互いに落ち着いてから仕切り直しといこう。清隆の相手を僕、それ以外を早苗にしないと別の意味で危ない。対早苗のクールダウンの札もすぐに切ろう。

 

 

 

 僕と早苗は少し後退し、向こうの5人も数少ない物陰に隠れた。

 しかしただ休ませるにはもったいないので、超位魔法の詠唱で挑発してみた。三宅を止めようとしてた幸村や清隆には、多少効果があるだろう。

 

「春はあんこう鍋。ようよう白くなりゆく思い人の眼鏡の曇りを少し拭いて、箸休めにしらたきとご飯を掻き込む。鍋奉行が立ち上がり、細かく仕切り出す。

 

 夏は肉。蛍の多く飛ぶ秘境にて、月の頃はさぞかし盛況。仄かに光るのも輝く月光も、をかし。雨などが降るも、をかし。ゆっくり食すのも、急いでかぶり付くのもまた一興といえる。

 

 秋は夕餉。昼でも夜でもない黄昏の境界で、鳥達が並んで流れていく中での純日本食は最高の贅沢。澄み渡る空に登ってくる星々の美しさは言うに及ばず。

 

 冬は炬燵。それはまさに寒さを避ける科学の結晶。雪など降れば1日中外に出ないことさえザラ。白き世界は美しけれど、堕落の果てにある暖かさに人は決して勝てぬ。昼になるまで動かぬが吉である。ふさわしき相方は旬のうなぎと言えよう」

 

 僕の詠唱は意外なことに最後まで邪魔されずに放てた。

 なんかみんなボーッとしてるけど、早苗の苦手な文系の超位魔法を持ち込んだことで、なんとかデフォルトに戻せた。

 あとは自然に相手をスイッチするだけだ。

 

「…………何故、唐突に枕草子(改変)なんだ?」

「詠唱の最後に言っただろ。お前らの勝率はこうしてる間にも、うなぎ下りだ」

「下る時はどの魚類も同じだろ」

「魚の重さにもよると思うが」

「v=vo+at、だな」

「数式をディベートに利用するじゃない」

「夢月ならわかるだろ?」

「……わかるが、こういう日常会話に専門用語的なの挟まれると一瞬脳がバグる」

 

 それにしても返してくれたのはありがたいが、なんて無粋なんだ清隆。古文に数式の食い合わせは悪いと、古事記にも書いてあるというのに。

 

「二人で即突っ込んできた上に、私の顔面に遠慮なく全力投球のペイントボールをぶつけてきたはぐりんが、脳がバグってないと思ってるとか……」

「加速は速度に関係ないから大丈夫だ」

「ふむ。v=∫ady」

「だからインテグラルを論破に使うんじゃない。清隆には風情というものがないのか」

「お前に土を付けるのはオレだからな」

「ははっ、ご冗談を。呑気にディベートに付き合うお前は勝ち気がないだろ」

「コイツ……」

 

 畳み掛けるような清隆のナンセンスな舌戦に、誰もついていけない。思わずといった感じに口を出した長谷部さんと、なんとか反論している僕がギリギリといったところか。

 ちなみにさっき隠れた時に、早苗は僕のザックを漁って確認しつつ、勝手にいくつかペイントボールを補充している。避けるのと言葉に集中してた関係で、僕は長谷部さんに投げた1発しか使っていない。弾数に余裕があるのだ。

 

「しっかしやるな、清隆。なんか笑えてくるくらいだ」

「楽しそうに言うものだな。東風谷もいるとはいえ、そちらは弾数が限られている上、人数差もあって窮地だというのに」

 

 ただ、僕の残弾は“3つ”。早苗が僕のザックから5つを持っていったようだ。相手をスイッチするかのように、櫛田や三宅、長谷部さんのいる方へ突っ込んでいった。

 そして動きと清隆の発言から、櫛田と幸村は交代で空になったザックの補充係をしてることが読み取れる。ここから打開策を打つなら、言い負かしからの撹乱が妥当だろう。対清隆だけであれば可能だ。

 今なら、見込みのある『リーダー候補』への洗礼───ぶっちゃけ、堀北さんに負け確の勝負をさせる仕込みをした清隆への対抗策も打てる。

 

「窮地ってのは最初からだから問題ない。でもやっぱり相対する奴ら…いや、清隆が強いって思ったら、なんか逆に笑えてこねえ?」

「……理解できなくはない。夢月も実力者の端くれにはいるからな」

「ふははっ。そうだろう? ま、僕は強くないが」

「そう、だな。こうしていても、やはり負けるとは思えない……が」

「それでも安心や油断はできないか。何度かお前すらひっくり返したこの僕を相手にすると」

「……っ」

 

 まぁ、予想はしてたが早苗や高円寺と同様に、清隆は僕と会話しながらも三宅達の援護を怠らないわけだが。

 誰かのトドメ寸前にペイントボールをばらまかれる度に、非常に邪魔くさそうな顔を隠さず、早苗が押し引きを繰り返している。勿論、僕への攻撃も継続しつつだ。

 

「なんてな? お前、色々変な動きはしてたみたいだけど、そんなに勝ちには拘ってないだろ。こんなこともあろうかと、正攻法と奇策の2枚を持ってきてるからよかったら楽しんでくれ」

「夢月はどこを目指してるんだ……?」

「知らねーよ。特に考えてないし、頭だって並なんだから想像程度しかできないわ」

「お前にオレが葬れるか?」

「お前相手ならそれは語るに及ばない。すでに1回どこかで言った気がする」

「……ふっ。たしかに、な」

 

 しかし……はぁ。清隆から時々漏れてくるパッと見はそうでもないクズ思考が、コイツも狂人かただのアホなのでは? と僕を疑わせてくる。獅子身中の虫とすら言える行動を事も無げにして、マジでコイツはなんなんだ。

 自分の影響を考慮せず、守ることを度外視して破滅に向かいたがるタイプは……一応、信じられないことに世の中には意外と多いが、清隆はあまりそういうタイプに見えないんだがなぁ。どっちかというと躊躇いなく「僕を置いて先に行け」「了解」の会話を素でやりそうなタイプ。

 僕としては、まだ横で無駄な煽り合いしてる邪悪な2人の方がわかりやすい。  

 

 関係ないが、櫛田は”清隆と内々に付き合いだす前“から……体育祭以降の約半年間ほど髪を伸ばしてたので、現在では早苗や長谷部さんより少し短いかなっていうくらいのロングに変貌している。

 ああ。言うまでもなく、清隆と櫛田は十中八九偽装で何らかの共犯関係だ。大方、お互いの足を掬おうと暗闘するために、あえて内側に潜り込んで弱みを探っているのだろう。甘い雰囲気はほぼ感じられず、身内だけだとだいたいは殺伐としている。2人とも友達ながら、こういう点でも明らかにヤバい奴らである。

 

 更にそれに加え、不意に会っても髪や服が乱れてることもなく、服とかにお互いの匂いや髪の毛が付いてたこともなかった。

 愛里との経験を積んだ僕は、アレ系の誤魔化しが大変なのに詳しいのだ。どんなに気をつけてもほとんどの友達に一瞬でバレるのはどういう理由か。いくらアイツらでも、特にこういう偽装工作を日々工夫している愛里の目を掻い潜れるとは思えない。

 ゆえに清隆と櫛田が、ゆうべはお楽しみでしたね案件になってないのは、僕から見ても確定で間違いないQED。

 

……知らず脱線していた。思考を戻そう。

 そんな櫛田と早苗は、早苗の弾が少なくなったのが原因か“いつものように”じゃれ合いを始めていた。

 

「櫛いらずの桔梗」

「道迷い早苗」

「あぁん?」

「はぁん?」

「2人揃ってゴミキュア」

「「「ぶふぉっ!!」」」

「「夢月さん(左京君)、ぶっ殺すよ?」」

「ひぃっ! ごめんなさい…つ、つい」

 

 って考えてたら、火中の栗を拾いに行ってしまった。

 コイツら…というか櫛田が争ってるところに乱入するとこう…胸が高鳴るんだよね。恐怖で。それなのにツッコミ処が満載だからやっちゃうんだ。

 方向音痴気味な場合もある早苗の「道迷い」はともかく、髪を整える時に「櫛いらず」な櫛田の呼び名はむしろ褒め言葉だろ、とか。なんで罵倒語で名字の韻を踏んでるんだよ、とか。

 悔しい……! でも芸人魂に感じ入っちゃう! って感じである。

 だが、おそらくこれが再び開戦の火蓋を切ったのだろう。邪神と悪魔の八つ当たりは、お互いではなく連れへと向かった。

 

「おわぁっ! あっぶね!」

「くっ、やられた……!」

 

 ターゲットになったのは僕と幸村。櫛田に狙われた僕の方はなんとか避けたが、弾の補充から戻ってくる途中だった幸村はそうはいかなかった。早苗の投げたペイントボールの赤色がべったりと胴体左側に広がっている。

 

『Dクラス・幸村君、脱落です。速やかにエリア外へ移動して待機してください』

 

 無情にもアナウンスで最初の脱落者確定である。

 なので肩を落として去ろうとする幸村に、僕はさりげなくついていこうと「みんな、気をつけてっ! 左京君が幸村君について、なに食わぬ顔で突破しようとしてるよ!」櫛田ァ……! 普通にバラしやがった!

 こうなってはしかたない。プランBだ。

 

「まさか僕の神算鬼謀を見破るとは……! 侮れないな、櫛田……!」

「……むしろ見破れないと思ってたのか夢月。当たってもないし、アナウンスもされなかったのに」

「ハンッ! 上等だ。早苗、暴れまわれ。僕が許す。直接攻撃以外なら何をやってもいいから、まずは数を減らそう。そして」

 

 これなら鉄火場だと何故か以心伝心っぽくなる早苗には伝わるが、それ以外にはただの指示にしか聞こえないだろう。

 

「早苗は『弾がなくなったら』補充に走れ。その間は僕だけで食い止める」

「ほう……? 言うだけの自信はあるんですか、夢月さん」

「清隆を含めて3人くらいまでならだけどな。僕の回避能力を舐めるな」

 

 不敵な笑みを一瞬だけ浮かべ、僕は早苗に発破をかける。

 

「───プランBだ。僕を使い潰す気で走れ、早苗。でもできれば助けてくれるとありがたい」

「……っ! ここは任せます夢月さん……!」

「おうっ!!」

 

 正念場だ。やってやるさ。

 

「左京こそ俺達を舐めるなよ。そう簡単にやられてたまるか!」

「そうだよね! ゆきむーの仇は取らなくちゃ!」

「はぁーはっはっは! お前らの時間は僕のモノだ! お前らは何もわからないまま落ちる!」

 

 これでいい。僕が大丈夫だと意図のわかるように予言めいた大法螺を吹いたと同時、早苗は脇目もふらず身を翻していた。

 多分だけど、清隆の基本パターンは数発で態勢を崩した後に必殺を狙う。早苗は全て一撃必殺で狙い、結果的に相手を崩せる態勢になる。微妙に似ても違ってもいるが、これをどんな態勢でもほとんどラグなく行えるから強いと見た。

 なら、回避行動を必要最小限にして常に一定の態勢を整えられれば、清隆だけじゃなく他に対しても有効だ。僕1人でも的確なパターン作りができれば持ちこたえられるはず。

 

 肝は複数ある射線を僕に限定すること。逃げ道を複数想定して優先順位を間違えないこと。

 そのためには、悩んでは駄目。逃げるのも、躊躇うのもだ。一瞬でも呆然としようものなら、清隆級の相手には楽な的当てでしかない。どうにかして脱出の道筋を瞬時に判断するのが僕には最低限必要である。

 逆に言うと、その隙を僕が作り出せれば早苗にはそれなりのアシストになる。

 ゆえにプランBを発動した。あとは持ちこたえるだけだ。

 

 

 

 早苗が後退してから、どれくらいの時が経過しただろう。限られた弾を使わないまま、僕は回避に全振りして逃げまくっていた。

 

「なかなか隙を見せないな……。夢月の身のこなしは大したレベルじゃないんだが」

「うん。左京君って、何気に早苗や高円寺君さえ出し抜くからね。出し抜かれないのも上手いってことかも」

 

 まず清隆に櫛田。この2人は要注意だ。僕が大きく態勢を崩せば、おそらく決められるだろう。今も無駄弾は投げず、隙を窺っている。

 

「なにこの回避力! 全然当たらないんだけど!?」

「そろそろ観念して当たれ!」

 

 それに熱くなってきた三宅や長谷部も、パターンが読みやすくはあっても侮れない。最小限の動きと即座に次の対応に繋げる態勢を維持する必要があるからだ。

 さながら今の僕は、踊るゴキ…勝手にホームステイしてくる黒き存在のように転がったりしてでも逃げ延び、ペイントボールをちらつかせつつ蜂のように言葉で刺すはぐれメタルである。

 

「嫌だ!! そんな頼みは聞けないね!!」

 

 なので、某無能な真の漢リスペクト…なんて思う暇もない。本当に反射的な言葉が飛び出た。

 

「コイツ、ペンウッド卿かよ……。思わず感じ入っちまったぜ」

 

 む、これがわかるとは、三宅はわかってるな! って、そんな場合でもない。

 僕一人になってからは完全な耐久戦になった。だが、ドッチボールなどで撃墜数は稼がないのに、不思議と毎回最後まで生き残る勘のおかげか、3ないし4対1でもなんとかなっている。

 あ、早苗がすんなり後退できたのは、残弾数を誤認させられたのと清隆達にセオリーという常識があったのが要因だろう。誰も弾切れまで暴れるとは思わない(1~2発は残してる的な?)ともいう。

 

 

 

 それから1分もしないうちに戦況が動いた。

 早苗がうちのクラスの物資補充エリアに帰還し、そこからダイレクトでDクラスの生徒を爆撃し出したのだ。

 そう。プランBのBはback attackの頭文字である。

 尤も、意味は相手の背後からの攻撃じゃなく、自分が後退しての遠投狙撃だがな。

 

「ちょ、遠距離から連続で投げてくるの反則だろ!」

「うるせぇ、いこう! 早苗、なぎ払えぇえええ!!!」

「ルフィみたいな台詞なのにやり口が鬼畜すぎぃ! 巨神兵が混ざってるからぁ!!?」

「ぎゃあああっ! 当たった!?」

「アナウンスはされてないよ! まだセーフみたい! 急いで物陰に隠れて!」

 

 大混乱している。無理もない。

 

「させません! 私のレーザービームのごとき強肩、とくと味わってもらいますよっ!!」

「き、清隆ー! 早く(遮蔽物のない場所に)来てくれーーー!!」

「さりげなく? 混ざってオレを陥れようとするんじゃない夢月! 今は敵同士だろ……!」

 

 周囲の混乱に乗じてのクリリン式は無理があったか。

 てか、僕だって「できない?」って早苗に吹き込んだりはしたけど、こんなことが実現できるとはちょっとしか思ってなかった。

 強肩とパワーだけなら清隆や高円寺、須藤あたりも可能かもしれないが、エイム力となによりレーザーのような弾道と速度のペイントボールを破砕しない力加減は、おそらく早苗しかできないだろう。

 しかし、あの仄かに光ってるのが早苗の宣う弾を守っている奇跡とでも言うのだろうか。奇跡のバーゲンセールか、ふざけんな。力こそパワーを地で行くんじゃない。

 

『Dクラス・三宅君、脱落です。速やかにエリア外へ移動して待機してください』

 

 しかし常識はさて置くと、充分な戦果だ。三宅を脱落させ、長谷部さんを『予定していたポイント』へ待避させた。

 

「きゃっ、なに!?」

「それは悪手じゃろ、長谷部」

 

 流石に遠投にまで繊細なコントロールは求められない早苗の爆撃をアシストに、僕も突っ込む素振りを見せて、中央の四方の射程圏内に追い込んだのだ。四方の某会長ムーブとともに、長谷部さんの肩から胸にかけてペイントボールの赤が広がる。

 そしてここしかない。

 僕は被弾した長谷部さんに僅かに気を取られた第二候補である櫛田を、残弾の3発を持って狙い撃つ。

 

「櫛田っ!」

「えっ、ひゃうっ! あ、あぁ~!?」

 

 2発目が櫛田の脇腹付近に当たった。油断なく、抜け目なく、脱落者から残弾を回収していた清隆の警告も間に合わない。

 

『Dクラス・長谷部さん、櫛田さん脱落です。速やかにエリア外へ移動して待機してください』

 

 無論、隙は逃せない。立て続けに清隆以外を脱落させる。

 僕や四方、早苗の遠投にも対応しながら冷静に脱落した仲間の弾を回収していた清隆は流石と言えるが、徐々に包囲は狭まってきた。ここからがキツいのだが。

 

 当然、四方達の中央や一之瀬のいる右翼でも戦況は動いている。アナウンスは聞こえてなかったが突破者や脱落者も増えてきて、現在の残存はDクラスが5人、うちのクラスが6人ってとこか。

 双方の何人かはエリア到達していて、特に中央はほとんど残っていない。

 平田が四方を抑えているうちに、堀北さんと軽井沢さんが率いた合計4人がエリア到達したと思われる。一方、一之瀬と網倉の率いた合計7人がエリア到達しているので、多少はうちが有利って感じか。まだ四方と平田、柴田と須藤などの数人は残ってやりあってるが、僕達が清隆を倒せなかったとしても、何人かがエリア到達すれば人数的に勝ち確だろう。

 

「さて、清隆。足手まといを『切り捨てて』身軽になったな? 残弾はいくつ回収できた?」

「14だ。どうにか狙い通りになったか。これは確かにオレの窮地だな……」

 

 櫛田達綾小路グループの面々が居なくなり、ある程度は清隆の本領を発揮できる状態だ。僕達の声は拾われてる可能性が高いから完全ではないが、こういうのを虎に翼を与えたようなものと言うのだろう。だから効果はないと承知の上で露悪的に挑発する。

 露骨にも程がある時間稼ぎだ。

 

「お前、そんな事ばっかりやってると、マジでいつか退治されるぞ清隆。文字通りの意味で」

「……ククッ、東風谷にか?」

「それ以上に清隆のクラスの誰かにだよ。しかも、なにソイツらまで煽ったり、成長させようとしてんだ。馬鹿なんじゃねぇの?」

 

 ついでに入れなかったが僕も対象だろう。

 愛里や櫛田、堀北さんに……高円寺もか? いま仄めかしている材料だけで、すでに早苗の嫌悪感が溢れ出している。このまま進むと、早苗以外からも仇敵か諸悪の根源みたく思われかねないと思うのだが。

 ただ、もうわかっている。

 清隆は自分自身を含めた何物も信じない生粋の───。

 

「馬鹿、か……。そうかもしれないな」

「さっきはお前に聞かれたけど、今度は僕がそのまま返そう。

 清隆はどこを目指してるんだ?」

「さあな。ただ導き出す未知の答えがオレの好奇心を満たしてくれる。現時点では最も『未知』をもたらすのが夢月だということだ」

「わかるようなわからないようなことを。はぁ……一応、忠告はしたからな」

 

 ま、でもそんなことはどうでもいいか。今一度、ここで止めればいいだけだ。清隆への不信感も事後処理を経由して、一旦は一定程度に収まるだろう。

 虎の威を借りれる今なら可能なはず。

 

「清隆、チェックメイトだ。死に物狂いで足掻け。あるいは届くかもしれない」

「ふっ、そういうところだ夢月。こうでなくてはつまらない」

 

 勿論、その頃にはこう言えるだけの戦力が揃っていた。

 周囲を早苗にやられてなお、ついに突破を果たした平田を追撃せず四方が。遠投狙撃で3撃墜、更に3方面へのアシストによって大戦果を挙げ、最大所持数の残弾を補充してきた早苗が。

 僕の横に並ぶ。

 

「四方は右、早苗は中央、僕は左だ。

 最後まで僕以外は抜かるな。清隆は並じゃない」

 

 わざと腕を大きく振って短く攻撃指示をする。

 

「残弾が心許ない奴が両翼ってことだな、了解だ」

「なるほど、そういうことですか。ようやく綾なんとかをこの手で退治できます。試験のお遊びなのが残念ですけどね」

 

 四方も早苗も采配に納得できたようなので、準備は完了だ。

 1つ頷き、僕はいつも通りの言葉を放った。

 

「で、僕は逃げ隠れがデフォルトだから攻撃には“多分”参加しない。無人島だったかで言ったように、あとは君達に任せた」

「「「……は?」」」

 

 そのまま清隆の左側に唯一存在する障害物に、いそいそと身を隠す。

 四方や早苗がいようと単独の清隆相手は僕には無理だし、足手まといな上に残弾もない。妥当な判断だろう。なんか障害物越しにこの場の全員から凝視されてるけども。

 ふむ。一言かけるのは親しき仲にも礼儀ありかもしれない。

 

「ん? どうした3人とも? 僕に遠慮せず、同レベルの天才同士で存分にやり合うといい。それか、なんなら僕は先にエリア到達、からの戦力外になっといた方がいいか? あ、清隆が功績欲しいなら狙ってもいいけどオススメはしない」

「「「……」」」

「ん、んじゃ。そういうことで……えっと、みんな頑張って?」

「「「…………」」」

「ア……アスタ・ラ・ビスタ、ベイビー? 地獄で会おうぜ?」

「「「……………………夢月(さん)」」」

 

 何故か誰も口を開かなくて加速度的に居心地が悪くなってたから、盛り上がり場面で変な妄言が漏れてしまった。

 しかしこれで僕の役割は全て終わりだ。僕の試験も終わった。何も問題はない、よな?

 と、障害物に背を預けて、何故か発生している居心地の悪い静寂から最低限の警戒を残したまま、僕は現実逃避した。神経を集中し続け、動きっぱなしで疲れていたのだ。

 やることやったし、終着点は見えたのだから、もう休んでもバチは当たらないだろう。

 

 そのまましばらくサボ…待ち、気を取り直して僕を居ないものとして激戦を繰り広げる3人。……と、最終盤サボ…待っていた僕だったが、盾の裏に握り込んでた残弾が1発残ってるのに気づいて。……そ、その、つい無駄にするのもアレで、なんとなく勘100%の山なりの置きエイムをしてみた。だって余ったらもったいないじゃん?

 

「あ……」

 

 そしたら、四方達の攻撃を回避してたまたま落下点にいて、投擲のために前傾姿勢になっていた清隆の背中へ吸い込まれていったというかなんというか……。現実である証拠として、清隆の背中を赤色のペイントが染め上げているの自分の目で確認したので、夢でもないというか。

 あ、あーっと、清隆も目の前の天才どもに集中せざるをえなかったので、頭上への注意が薄くなっていたと思われる。

 狐と狸の化かし合いをブチ抜くのは、何も考えていない猿だった……ってこと?

 高レベルな2対1の激戦の最中に、マジですまん。こんなつもりはなく、若さゆえの出来心だったのだ。

 清隆にペイントボールが直撃した後、僕より遥かに強い3人がポカンとした表情を浮かべて僕を見ていたのは微妙に気まずかった。

 

 だが、味方に当たったわけでもないし、ただの清隆の並外れた不運といえよう。そういうことにして切り替える。

 一拍置いて清隆脱落のアナウンスも流れて安全確保された僕はエリア到達を目指して、何事もなかったと思い込んで悠々と歩き出す。清隆含む友達3人に見送られながら───って、四方と早苗は僕側だろ。いつまでボーッと突っ立ってんだ? まぁ、もはや僕達以外の残存はいなくなっていたから好きにすればいいが。

 なんであれ、決着も僕の『チェス』試験最後の山場もこうして一件落着した。

 

……試験後、意味不明なことに僕は両方のクラスの相当数から、無言で余ったペイントボールを投げられまくり、ほぼ全身を赤と青のまだら模様にされた。

 

 しかも審判的な立場である2人の先生方さえも、それについて不問に付す裁定を下した。

 たしかになんとなくでお魚くわえたどら猫ムーブしたのは悪いと思っているが、そんな怒るようなことじゃないだろう。

 無論、断固とした対応を取る所存である。

 僕はいつでも理不尽に抵抗するレジスタンスなのだ。

 あとで愛里に甘やかしてもらうまで、この恨みを忘れはしない。決して───。

 





 完結までお読みくださりありがとうございました。
 例によって後書きは活動報告に載せておきますが、あらすじにあるように完結後も気まぐれに更新するかもしれません。
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