後日談で説明的な三人称視点。
そして進級してるけど『ようキャ』から続く1年生編完結。
正式名・東京都高度育成高等学校。
本来ここは、鬼島総理の教育政策による目玉として設立された世俗と切り離された独自の制度やシステムで運営される学校である。
国立でありながら世襲した理事長が存在するのも、その特殊性ゆえにだろう。文科省直轄でも学校法人でもなさそうなのに、まったくもって謎が多い学校だ。
しかし2016年4月1日より、とある生徒が発端となったことで、ほとんどの者にとって予定外の改革も断行されることになった。
具体的な改革内容は、2・3年生にはこの日から2年生の教室に移って午前の数時間使って説明された。では、変更点から順に紹介しておこう。
まずOAA(Over All Ability)というアプリの導入が挙げられる。
このアプリは、生徒の評価を可視化して全生徒に公開するものだ。ちなみに評価は月初めに更新される。
項目は主に下記の4つ。それに平均数値の総合力を加えたものになる。
学力。主に筆記試験での点数から算出される。
身体能力。体育の授業での評価、部活動での活躍、特別試験等の評価から算出される。
機転思考力。友人の多さ、その立ち位置を始めとしたコミュニケーション能力や、機転応用が利くかどうかなど、社会への適応力を求められ算出される。
社会貢献性。授業態度、遅刻欠席をはじめ、問題行動の有無、生徒会所属による学校への貢献など、様々な要素から算出される。
総合力。社会貢献性のみ重みを半分にした上記4つの数値の平均値。
例えば、左京夢月という新2年生の場合。
学力は85のA。
身体能力は55のC。
機転思考力は70のB。
社会貢献性は40のC-。
総合力は58のC+。
これが夢月の各数値となる。妥当な数値なのかは見た者次第だろう。高いと見る者もいれば、低いと見る者もいると思う。
あくまで生徒なら誰でも確認できる個人成績の扱いだ。
OAAの数値は、所属クラスに明確に貢献した査定を受けられれば、社会貢献性と貢献した度合いに応じた補正が入る。例えば、クラス対抗のテストで満点を取って平均点向上に貢献したとかなら、学力の数値が上昇するなどだ。逆に0点なら、退学やペナルティがないと明言されていた場合でも下降。
また全ての数値に影響する総合力も変化する。
そしてここからが予定されていなかったと思われる変更点。
OAAによる報酬と特権、最低保証が追加された。
ただ報酬はわかりやすいだろう。これまでにもあった特別試験の景品や賞金に色が付くというもの。
特権にしても、暗黙の了解のような形で有名無実化していた優秀と見られていた生徒への優遇措置が明らかになっただけといえる。生徒会や部活連(各部活の部長など)への入会・参加資格に一定以上必要とか、生徒会役員の特別報酬や特別試験へ介入が可能になったりなどが誰の目に見えやすい特典だろうか。
最低保証については少し特殊な条件付きだが、クラスポイント(以降、CP)が極端に減少した場合に個人成績のぶんの収入が確保される制度ということになった。
この個人成績とは総合力の数値であり、夢月なら58に500を乗算した29000『円』が収入の最低保証となる。
尤も、夢月の所属クラスが290CP以下にならないなら、それほど意味はないが。
もう1つ、年度末まではプライベートポイント=PPという学校敷地内で何をするにも必須級の独自通貨がこの学校には存在した。
しかし4月に入った現在はない。日本の基軸通貨である『円』への置き換えは恙無く完了している。
なぜなら、とある生徒が発端となって問題点の数々を全て露にしてしまったからだ。それは経済論文や科学論文から引用した文書の形でも提出され、鬼島総理の追認をもって変更が確定された。
たしかに円にした方がメリット多いな。というか、デメリットの減少は急務だろ。大真面目に子供銀行券を運用するような制度は、総理大臣肝いりの国立学校にふさわしくないんじゃね? みたいな流れが鬼島派閥を動かしたといえよう。勿論、こんな崩れた言葉や思考は『流れの発端』になった者しか使わなかったが……。
また前年度の夏休み以降から徐々に変更されてきた生徒の外部接触に関する制度も、今年度からは2週間前の申請と学校の審査を通す、という条件付きで確定された。
これらの結果、半年以上の時をかけて、一時的に坂柳理事長の解任が成され、月城理事長代行が辣腕を振るってシステムを含めた大規模改革が断行される事態に発展する。
更に南雲生徒会長率いる生徒会も負けじと様々な提案を時に実現、時に躓いていったのが現状に繋がっていた。
さて、予定外が多発する学校改革の発端となった夢月が4月1日の夕方前に何をしていたかというと。
「んあー? 春眠暁を覚えず。のんびり行こうじゃあないか、南雲君」
春の麗らかな日差しの中で昼寝を満喫していた。
「て、てめぇ……! 面倒を丸投げしまくって俺の仕事を大幅に増やしておきながら、手伝いもせずに寝てるとかどういう了見だ! しかも春休み中、全く姿を見ないから登校日に同じクラスの一之瀬を張り付かせてようやく捕捉したんだぞ!? こんのはぐれメタルが!」
「南雲もそれ言うのかよ? 現実とゲームを一緒にするなよー。だってさぁ」
生徒会から『左京係』を任命された一之瀬の連絡を受けて駆けつけた南雲が、頬をピクピクさせつつ夢月との会話を試みている。
「僕の出番は終わった。老兵はただ去るのみ。てか、日々を寝て過ごしたい、ってだけだぞ僕は」
「俺の下級生のくせに、なに馬鹿なことを言ってやがる! せめて切磋琢磨しろよ! 聞いてんのか!?」
ただ端から見れば暖簾に腕押しだったが南雲は1人ではなく、夢月と同学年の2年生の役員3人を含む数人連れていたため、助言が入った。
「南雲先輩……。駄目です、夢月君は全く話を聞いてません」
「はぁ!? こんな目の前で話して聞いてないわけあるか!?」
「……あるんですよ、夢月君には。普段のこの人、ほんっとぅに呑気でノリと勢いしかありませんから。同じクラスの私も、会話にはなってると思って何度か空回りさせられました……。多分、今回もほとんど聞き流して何も考えていないんじゃないかと」
「まぁ、元気になったらなったでおちょくってくる。それと比べたら、ぬぼーっとしている左京の方がまだマシとすら思えるからな。どちらにしろ、まったくもって困った男だが」
「呆れたわね。試験の時と大違いじゃない。こんな人に私はしてやられ続けているの……?」
一之瀬、葛城、堀北の3人だ。
彼女らの会話によって南雲は僅かに冷静さを取り戻すが、特に何も考えずに発言する夢月によって再びヒートアップする。
「君達も失敬だな。僕はきちんと思考を巡らせている。
───そう、花見について真剣に」
「遊びじゃねぇか! お前、ホントいい加減にしろよ!?」
「ふむ。南雲も誘ってほしいのか」
しかもこれは夢月の自然な素だ。それがまた自然に南雲に火をくべていた。
「いいだろう。では、桜餅は南雲の担当ということで。日程と場所は、明日の土曜日の夕方5時に神社だ。生徒会の全員連れてきても大丈夫なキャパはあるから、よろしく頼む」
「頼む───じゃねぇえええ!! お前のせいでいまだに多忙が終わらねぇ生徒会長になに頼んでんだ、てめぇ!?」
平日は毎朝話してくる友達兼協力者である東風谷早苗の観天望気は非常に優秀だ。天気の心配はいらない。
「問題ない。明日は晴れだ」
「誰が天気の話なんかしてんだよォ!! お前も少しは手伝えって話してんっ───だから寝るんじゃねぇっつってんだろうが!」
もう話は終わったとばかりにアイマスクで寝る態勢を整える夢月に、南雲のツッコミが冴え渡る。しかし効果はないようだ。なんせ夢月は耳栓まで装着している。
「……なるほど。一之瀬の言う通り、これは会話になっていないな。当事者から外れてみないとわからなかったことだ」
「ね? 不本意ながら、1年間を通して夢月君に話す気があるかないかがだいたいわかるようになっちゃったんだよ。にゃははは、汚れっちまった悲しみにってトコかな……はぁ」
「中原中也か。今日も左京の風が吹きすさぶな」
「南雲会長、そろそろ限界です。今日は新制度の最終点検がありますので、生徒会総出でやらないと間に合いません。こんなところで油を売っている暇はないでしょう」
ゆえに早々に見切りを付けた堀北が、仕事に戻ろうと提案するのも当然だろう。
兄の学によって吹っ切れた堀北は、少なくとも表面上はいつも通りを取り戻している。その言葉を受け、これまで沈黙を保っていた3年生の副会長・桐山と葛城の2人で南雲を引っ張り、夢月の前から去って行った。
夢月も確認のため、注意喚起を呼び掛ける。
「てことで、じゃーな皆の衆! 南雲は桜餅を忘れんなよー?」
「さぁきょぉおおおっ!!」
「葛城! 南雲の手を離すなっ。せーのっ、で行くぞ!」
「はい、桐山副会長! せーのっ!」
ここまでの人数になったのは初めてながら、春休みにも幾度か見られた日常風景である。
南雲以外の生徒会役員は、もはや手慣れてきた感まであった。新入生はこれを見て、困惑することになるかもしれない。
夢月はそんなこんなで日向ぼっこを楽しみつつ、時々訪れる人をいなすことで対応しつつ、本格的に新入生が増えてくる4日までに開催する花見のこと『だけ』を考えていた。
つい昨日まで彼女である佐倉愛里や卒業生達のことばかりを考えていたので、わざと頭を空っぽにする手法によって気分転換していたのだ。周囲に人が多い状況が続くとオーバーヒートしてしまう陰キャの悲しき性である。
更に加えて、新たな端末を支給されてすぐにCクラスの編入生・松雄栄一郎から連絡があってOAAを確認したところ、新入生に七瀬翼の名前を発見して花見を開催する気になったのだ。誘い、連れてくるのはもちろん栄一郎である。
体育祭の時に友好的な七瀬を見て知っていた夢月は、後輩にカッコイイところを見せようとハリキった。それはもうハリキリすぎて早苗が巫女をしてる神社の裏手を借りる手配をしたり、食材や薪、必要機材にテントまで買い込んだりと、半ドンの登校日を存分に活かし尽くしたほどだ。
つまり南雲が訪れた頃には、夢月の電池が切れて寝ることしか考えられない状態だった。雑な対応になったのもしかたのないことだろう。
南雲襲来の翌日、夢月は花見を名目とした七瀬の歓迎会の下準備に余念がなかった。早苗と一緒に掃き掃除したり、場所代として神様に酒を奉納したり、許可を取っておいた焚き火周りを整えたり、料理の下ごしらえまで精力的に動く。南雲達が来る事を想定して、スーパーやホームセンターに余剰分を買い出しに行くのも忘れない。
そうしたちょっとした用事で守矢神社から離れていた間のことだ。
「あはっ。早くに来ておいて迷子になるなんて、今年の新入生には随分ずぼらで間抜けな人もいるんですね」
「は? 先輩、いま何て言いました? 喧嘩売ってます? それか私の聞き間違えですか? あ、ごめんねー。そんな喧嘩っぱやい女がいるわけないですよね。目の前にいるどう考えても頭おかしい先輩を除いて」
「ほう? ほうほう?」
夢月が境内に戻ってくると、見知らぬ女子と早苗がメンチを切りあっていた。早苗は目を細めて鋭く睨み付けている。
何気にほとんどの生徒を怯ませる眼光を正面から受け止めてなお、その女子の態度は変わらぬまま夢月の方を向いて宣った。
「あっ、待ち人の1人が来たみたい。そっちの男のせんぱ~い! ちょっと助けてくださいよ~。私まで頭がおかしくなりそうな人に絡まれちゃって困ってるんです」
「……僕のことか? あ───」
追加で買ってきた薪を下ろした時に、話しかけてきた女子に何か返そうとした夢月だったが、それよりも前に早苗が進み出て───彼女にいきなり顔面フックをめり込ませた。
「ごめんなさい、天沢一夏。ボーッとして手が滑りました。気候も暖かくなってきましたからね」
「へぇ……そう」
しかし天沢と呼ばれた女子も負けてはいない。接近していた早苗の腹に膝を叩き込む。
「すいません、東風谷先輩。足が滑っちゃいました。参道が少し湿ってたからですかね」
「打ち水をしましたから」
そしてお互いメンチの切り合いに戻っていく。
「「初対面からふざけてんですかこの女ァ!!?」」
初対面だったのか、と夢月は思ったとか思ってなかったとか。天沢に対して敬語を使う気が失せた瞬間である。
「―――アハハハッ!」
「―――うふふふっ!」
神社の境内でボコスカウォーズを始める2人の女子。殴り合ってるくせに、2人の顔には同種の狂った笑みと楽しげな雰囲気もあった。好戦的なイロモノ同士で馬が合ったのだろう。
仲良きことは良いことだと意味もなく微笑ましい。夢月はうんうん頷き、何事もなかったかのように花見の準備に戻った。
君子危うきに近寄らず。関わり合いにならないのが吉だと瞬時に悟ったのだ。
数分後、顔面は傷跡が残りやすく見えやすいのでヤバいと考えたのか、早苗と天沢のやり取りはローキックのみとなっており、夢月のうろんな視線もあって流石に不毛な争いだと悟った2人の間で終戦協定が結ばれていた。足をさすりながら、まだ新しめの賽銭箱に背を預けて座り込んでいる。
お盆に湯飲み3つを乗せて境内に戻ってきた夢月は、普通に声をかけた。
「お疲れ、お二人さん。茶を淹れたから一杯飲んでかない?」
「およ? 『左京』せんぱ~い、それもしかしてナンパですか? 困ったなー。まぁでも、一夏ちゃんが可愛すぎる罪ってことで、ここは飲んであげましょう!」
乱れた髪型や服装を整えている時、夢月にもパンツやらブラジャーやらが見えていたものの、直前までガチの殴り合いをしていたアタオカ女子達に劣情を抱くわけもなく。
いかにガワが美少女だろうと、天沢の戯れ言には失笑しか出てこなかった。
「はっ」
「鼻で笑われた!?」
「というか、なんでナンパみたいな言い方するんですか、夢月さん……」
勿論、そんなつもりは欠片もない。そもそも愛里という彼女がいる現状では女に飢えてないので、ナンパみたいな言い方になったのはたまたまである。
夢月としては、どこか自分や早苗に近いモノ『も』感じる天沢の第一印象は、嫌いでも苦手でもない。なら、早苗と殴り合い友情を育んだっぽいし、新入生らしい天沢には特に変わった対応しなくていいだろ、と割りきっただけだ。
うん、早苗が櫛田と仲良くなったのも似た流れ(櫛田とは舌戦だったが)だったしな、と。端末も支給される前で自己紹介もなかったのに、何故か夢月の名字を呼んでた謎はしばし置いといて。
お茶で一息吐く頃には16時を回っていた。花見は17時からを予定しているので、もうそれほど余裕はない。
ゆえに、早苗に予定外来訪者な天沢の相手を任せて、夢月は本格的な調理に入った。花見団子やお菓子などはあらかじめ用意できていたが、ご飯物は作りたてが良かろうと下ごしらえだけだったのだ。
尤も、社務所に備え付けられていた簡易調理場まで2人ともついてきているが。
「それにしても、いきなり殴ってくるような人とよく親しくできますね左京先輩」
付いてくるのはまぁいいが、その天沢の言葉にピクリと反応する早苗。
「ほう? まだ入学式も済ませていない新入生に私や夢月さんの何がわかるんですか」
返された早苗の言葉にピクリと反応する天沢。
「暴力的手段を真っ先にする先輩に言われたくないなぁ~。まんま愚かで横暴な振る舞いだもん」
「はぁ~、浅はかとしか言いようがないですね天沢。言ってわからないなら殴ってわからせるのが手っ取り早いじゃないですか」
夢月は晴れ晴れとした空を見上げ、おもむろに歩く速度を早めた。早苗と天沢は夢月の左右両側で挟み込むようにピッタリ付いてくる。
「東風谷先輩がいつ何を言ったのよ。煽りしかされてないわよ私。左京先輩もこんな人と付き合ってたら大変じゃない? 縁切りした方がいいかもよー?」
「初っ端から私のお腹に膝を叩き込んできた後輩は言うことが違いますね。ブーメランになって自分の後頭部を直撃してますよ。あらあら、健忘症かしら?」
今度は歩く速度を緩めてみる。左右の2人もわかっていたかのような動きで夢月を挟み込んだままだ。誰か助けてくれ。
「そういえば私って食べるの好きなんだよね~。作るのは苦手だから片付けに貢献することで家の役割を果たしてたけど」
「ふん、強請るしかできないのですかこの後輩は。たまには自分で作った方が女子力も付きますよ。あ、ゼロに何をかけてもゼロのままでしたね。すいません」
なんでこの2人は初対面でこんな嫌なコンビネーションを発揮できるんだ? と夢月は心のどこかで思った。色っぽい修羅場でも嫌なのに、色気の欠片もない暴力的なきな臭さしか感じないのが本当にもう駄目だ。
「女子力ゼロ? こんな見るからに健気で可愛い一夏ちゃんなのに? それは東風谷先輩のことじゃ?」
「ふっ、この完璧美少女な私に女子力がないなどありえませんよ。天沢と違って」
「「「……」」」
最悪の混ぜるな危険の組み合わせではなかろうか、この2人。
てか、僕を出汁に混ぜて煮詰めないでくれ、と内心で夢月は嘆く。
「シィッ!」
「はぁあっ!」
「「ぐっはぁあああ!!!」」
到底普通の女子のすることではないクロスカウンターが早苗と天沢双方の頬に突き刺さり、どこぞのバトル漫画の如きやり取りを経て、ほぼ同時に2人とも後方に吹っ飛ぶ。
「ま、また顔を殴ったっ!? 私の可愛い顔に傷でもついたらどうすんの! 表へ出ろ!」
「どの口が言うんですか! 天沢こそこの私に楯突くとはいい度胸です。そこに直りなさい!」
それは怪獣大乱闘の第2幕が開始される合図となってしまう。
全て予想通りの結果である。
「こっわ。関わらんとこ。止めてもしょうがないし、逃げるが吉だ」
勿論、勃発した女子の死闘からいち早く離脱して、社務所の中へ避難する夢月。
『チェス』試験で愛里と一之瀬がやってたらしい猫の喧嘩の延長線上とかならまだしも、あの無駄に高レベルなガチの殴り合いを2度も繰り返すとか、奴らはいったいなんなのか。ナルシストっぽい言動のある似た者同士だから、縄張り争いでも始めたのだろうか。
櫛田や清隆とはまた違う早苗の対応に、夢月の天秤は『ほっとく』選択に大きく傾く。争いとは空しく醜く……なにより恐ろしいからだ。
さて、切り替えて料理料理、っと。
ともあれ、夢月が選び抜いた本日のメイン料理はすき焼き。
歓迎会なのもあって、高級な神戸牛まで多めに用意してある。気合い入りすぎだろと言われるかもしれないが、凝り性な夢月は自分が楽しむために愛里への恋愛ポイント獲得攻勢の合間にも食材の吟味を重ね続け、手抜きは一切しなかった。
こういうこともあろうかと、を想定していくつもの道筋を作っておく事こそが彼の思考の真骨頂である。
まずは大きめの鍋に牛脂を広げ、牛肉に軽く火を通す。
次に砂糖、酒、醤油を加えひと煮立ち。具材はオーソドックスにえのき、椎茸、ネギ、焼き豆腐、しらたき。最後に春菊を乗せて蓋をしてしばらく待機だ。実に良い匂いである。
味は冷めていく時によく染みる。少し早めに作って、食べる直前に残りの肉を投入するのがジャスティスだろう。
待機する間にスライスしたトマトをタッパーに入れ、玉ねぎを炒めて寝かせておく。〆に麺と一緒に鍋にぶち込んで、トマトうどんにするためである。
ついでに、いつの間にか喧嘩を止め、夢月の背後から覗き込んでいる早苗と天沢が鬱陶しくもあったので、つまみ食い防止の手も打った。
マシュマロを炙ってスモア(some more)にして差し出し、気を逸らしておくのだ。
ビスケットに焼きマシュマロとチョコレートを挟む簡単にできるキャンプお菓子は、こういう場合にも重宝したりする。
特にチョコレートは戦争でカカオや砂糖が手に入らなくなって一時途切れたものの、江戸時代から普及した比較的新しいお菓子であまり嫌いな人を聞かない。これ系なら外れはないだろう。
顔を綻ばせた2人からは、お菓子のお陰か、先程のような喧嘩腰な雰囲気は物騒な女子どもから霧散していた。
ふとモシャモシャとスモアを食べる天沢が、なおも仕込みを続ける夢月に話しかける。
「かなり料理が上手いですね、左京先輩……」
「ん? 自炊してれば普通だろ。簡単なモノばかりだし」
「普通……ですかねぇ。去年の年末、愛里さんが悩んでましたよ? 手作りしてみたいけど、夢月さんが凝り性だから自分で作るよりずっと美味しい物を作れるし、出しにくいって」
「口に入れる物は妥協するな、感謝を込めて食えってのが祖父の教えでな。でも愛里のなら、よっぽどのメシマズじゃなければ何でも好きにしろと伝えといてくれ。僕から言うと角が立つ。
恋人の手料理は付加価値を伴って味覚を狂わすから、なんでも美味しく感じるのさ」
「それ、彼女さんを慰めてるの? 惚気てるの?」
「夢月さんは多分何も考えてませんよ。ほとんどの場合、微妙に変な本能のまま生きてますから、この人」
「……なるほどー。予測し難いはずだね」
その時、天沢が零した欠片を飛躍させることで、夢月には『理由』がわかった。
早苗とも仲直り?してるみたいなので、カマかけがてらぶっ込みを入れてみる。
「で、清隆の後輩が何の用? てか、ホワイトルームってすげぇんだな。手加減してたとはいえ、早苗とやりあえるんだからさ」
「ホワイトルーム? なんでしたっけ、それ?」
「っ……なんのこと、って惚けても先輩には意味なさそうだね。それに手加減? 私に対して?」
「してませんよ。本気は本気でした」
まぁ、手加減というか本領を発揮してなかっただけっぽいが。
天沢は自負が強そうだから、こっちには触れないでおくか。
「うん、悪いけど天沢がここに現れた時点で半ば以上確信してた」
「でもその名前を出す意味がわかってる? それを知らなそうな早苗ちゃんがいるのに大丈夫?」
「わざと名前呼びして意識を逸らそうとしても、早苗には効かないよ天沢。コイツも本能で生きてる性質だからな。それと早苗は『知ってるはず』だし、この場だけなら話題にしても問題ない」
何気に早苗は、以前に夢月が執筆・製本して椎名にプレゼントした『ようキャ』完成版を読んでいる。ゆえに、3月7日にみんなで集まった時に早苗に貸していいか椎名から聞かれた時点で、夢月は隠す意味はないと考えていた。おそらく早苗が単純に名詞を忘れているだけだろう。
そして知っていることで危険は増すだろうが、神様という理の外側の存在すら付いている早苗への夢月の信頼は厚い。物理的・社会的脅威ならば心配いらないと確信すらしている。早苗に必要なフォローは、人間関係か精神に関するモノと割りきっているのだ。
「ああ、早苗。ホワイトルームってのは……改めて説明しようとすると面倒だな。えっと、僕が知ってる部分を平たく説明すると、某国のオリンピック選手の育成施設的な感じっぽい場所で、幼少期から蠱毒浸けにして天才を作る目的らしいよ」
「蠱毒……だいたい合ってるけど、随分な言われよう……」
あまりにぶっちゃける夢月に天沢は呆然とすることしきり。
余談だが、この形式の施設は脱落しても脱落しなくても、人間性や一般常識が社会から大きく逸脱してしまうデメリットを内包している。脱落して放り出された者は勿論、メダルすら獲得した元○○の選手とかがつまらない事件で逮捕されたりするのはこういうことだ。
この類の施設の大きな問題点は、才能や能力を底上げするためには他の全てを切り捨てて『それだけ』を刻み込むことにある。キャパシティを特化させるのだ。所詮は他人事であるが、それでも届かないと判断されれば簡単に捨てられる点も下手な奴隷扱いより恐ろしい。
ホワイトルームがこれと同様かは不明ながら、清隆に聞いた話を元に想像した夢月は、現時点でこれの類似施設だと推測していた。
「天才を作る……? もしかして綾なんとかや坂なんとかは」
「坂柳さんは違うんじゃね? 身体弱いし」
「なるほどー。左京夢月には安易に接触するな、ってのはこういうことかー、納得。変なのもいたけど……うん、面白いかも?」
だから、夢月の見解をそのまま語ってみた。天沢の目の前で。
その意図は───。
「夢月さん……」
「ああ、うん。そっちもわかってるよ早苗。出方が意味不明だったから、いま言ったんだ」
───共犯かの判断は保留するが、天沢を囮のように使って隠れながら夢月達を見ている(見ていた?)誰かさんへ暗にした警告だ。夢月や早苗に何かするようなら迎え撃つだけだし構わないのだが、下手な方向に首を突っ込んでくると理の外側に狙われるかもよ、と。
以降、天沢は何か考え込みつつ、夢月達を観察するような目をして沈黙を保った。それはこれ以上ボロを出さないためか、それとも……。
尤も、夢月も早苗も天沢のそんな変化に頓着することはない。いくつかの料理を小皿によそい、暇つぶしの材料に味見を頼む以外は天沢を放置していた。元々、イレギュラーな来訪者なのだからある意味では当然だろう。
「あっ、早苗達こっちにいたんだ。準備の手伝いに裏へ行ってみたら、まだ誰もいなかったし用意もほとんど終わってたから驚いたよ。早く来すぎかと思ってたけど、相変わらず手際が良いねー」
それは櫛田が来ても同じだった。
関係ないけど夢月の知る限りにおいて、学校で一番おっかない女子の上位3人が揃った。最強・東風谷早苗、最凶・櫛田桔梗、最兇・天沢一夏(NEW)である。最恐・坂柳有栖こそいないが、新人が加入したことで、まさにグランドゼロって気分だ。
とはいえ、今はまだ櫛田が猫を被ったままである。そこに救いを求め、夢月は平和への祈りを込めて櫛田に話を振りまくった。
守矢神社の裏手におおよその来訪者が訪れた頃、夢月は乾杯の音頭を取っていた。
「お集まりの皆さん!
本日は桜の木の下で在りし日の故人だと想定して偲び、ランダムに選んだ方のパソコン及びスマートフォンの中身のスライドショーを執り行いたいと思います―――勿論、冗談ですよ? HAHAHA!」
想像してしまったのか恐怖の声を上げる者、ブーイングや野次を飛ばす者。
そこには不思議な一体感があった。
「あれが……」
新入生である石上京は、花見の中心から離れて1人呟くように言葉を漏らす。
「多少無理してでも見に来ておいて正解だったかもしれない」
月城はおろか“綾小路先生”すら言及していたイレギュラー。今はまだ直接的な指示もないためどうするつもりもないが、指示があった場合は敵にも味方にもなりえる異常な立ち位置の先輩。しかも、それを抜いてすら妙に気になる人だと石上には見えていた。
「冗談は置いといて、ようこそ新入生諸君! この場には『3名』しかいないけど御愁傷様だ! なので僕達からせめてもの入学祝いとして、今日は楽しんでいってくれ!」
一方、愛里や四方は夢月が、いざという時以外はふざけ倒す飄々とした掴み所のない男だと知っていた。しかし、いつもここぞという場面での勢いもよく知っていた。それでもその二つはなかなか重ならなかった。
早苗と高円寺、この場を見物する人外の存在達だけは感じていた。
外からだとふざけてにしか見えない夢月が純粋に人を、友達を……神様を信じた上で敬意を持って感謝しているということを。存在を維持するどころか、奔流のように溢れそうなほど一方的に送られる『信じる力』を。
「さあっ、いっちょブワァ~っといってみようか皆の衆!! かんぱ~いっ!!」
4月2日の夕方17時。学校敷地内の暫定守矢神社の裏手は盛り上がる花見会場になっていた。新たに注連縄を巻かれた見事な桜を眺めるパーティーに。設備こそ大したモノはないものの、なんだかんだで気を利かせた生徒会の面々が桜餅だけでなく機材も持ち込み、何故か櫛田がマイクを握って司会進行のような役を買って出ている。
面子は天文部員やその関係者などの友達。そして生徒会のほとんどや、2年生各クラスの者達が各々宴会に集まっていた。
しかも珍しく椎名や栄一郎が引っ張り出してきた龍園(横に並ぶアルベルトと石崎にも頼んだのだろう)や葛城・戸塚が引率している坂柳達まで来ている。
そんな中で最初の音頭を取り終わった夢月は、接客業の経験から急ぐ素振りを見せず急いで料理や飲み物を補充したり、遅れて来た者達への案内を適当な誰かに任せたりと、しばらく縁の下で忙しく動き回っていた。いつの間にか彼の想定よりも大規模な催しになっていたせいで、動かざるをえなかったのだ。
夢月の用意しておいた料理やお菓子は概ね好評で、〆までしっかりと片付いた。
しかし、元が陰キャである夢月が人の真っ只中にい続けるのは辛く厳しい。場が少し落ち着きを取り戻したと見るや、花咲く時期が終わったからか人気がなかったもう1本の臥龍梅の御神木のそばで、賑やかな生徒達を眺めていた。
「夢月君……」
愛里の声に振り返ると、そこには天文部のみんなや鬼龍院などもいた。
「すごいね。この光景を作ったの、ほとんど夢月君だよ……?」
「はっはっは、惚れ直したか愛里? いやぁ、照れるな」
「うん、惚れ直した」
「うぇっ!? あ、あの、いつになく人前でストレート、だな? 近くには身内しかいないけど、隠さなくていいの?」
「いいよ。どうせわたし達のことはみんな知ってるし」
押し付けがましくない静かな優しさを持ち、時に積極的。アイドルまでこなせるルックスに加えて16歳とは思えない巨乳、天生の美的センス。夢月が疲れた時には癒やしてくれる献身的性格まで完備している。
暴走する一点突破型の似非清楚系ではなく、気遣いという武器を罠として保護欲を刺激する遅効性の策を天然で放つ。また引っ込み思案な面が影響して行動に派手さもないので、姫ムーブの機会さえなければ女同士の反感を買うことも少ない。
……僕の彼女、最高じゃね。って惚気るのもしかたないことだろう。
「なんか愛里変わった?」
「変われた、のかもね。こんなわたしは嫌い?」
「いや、好き。変わろうと頑張ったってことだろ。嫌いになるわけがない」
それが本来の愛里の素顔なのだろう。
「ふふっ、ありがとう夢月君。わたしはもう迷わないよ」
その素顔で彼女は力強く微笑む。
元からメッチャ美少女なんだから、愛里にそんな顔と言葉を向けられると本格的にメロメロになって溺れてしまいそうだ。
花見の席で、夢月は愛里を皮切りに友達から次々と話し掛けられた。不思議なことに周りには友達がほぼ全員揃っていたのに、1人1人がそれぞれ個別に短く話しては交代していく。愛里、四方、椎名、高円寺、一之瀬、葛城、戸塚。そして料理の感想を伝えにきた龍園や南雲・朝比奈コンビとも少し話した。
ちなみに、話しに来ていない早苗は栄一郎・七瀬と天沢に混じって話していて、櫛田は司会している関係上来れない。日頃から不審な言動の多い清隆は、どこで何をしているのか所在不明になっていた。
そして南雲達の次に夢月のところへ話しに来たのは石上だった。
「お? 君は……」
「はじめまして。僕は石上、石上京と言います左京先輩」
「新入生か。えっと、はじめまして? 『君も』僕の名前を知ってるみたいだけど左京夢月です。よろしく石上君」
「……はい、よろしくお願いします」
天沢といい……。いや、こっちはまだマシだ。誰かと乱闘にはなりそうもない石上の雰囲気は、夢月を多少なりと落ち着かせた。石上なら、あんな女子同士のガチ喧嘩とか二度の人生通してすら初めて見た異常事態にはなりえないだろう。
更に実に紛らわしいタイミングの登場だったが、石上は十中八九違うと見た。さっき隠れていた奴じゃない。気配など元より感じられず、物音とかも聞こえなかった夢月だが、彼の勘は石上を別口だと訴えていた。無駄な冗談をぶちまけていた『夢月に』注意を多く割いていたことからも濃厚だ。
ということは、この場(もういないかもしれないが)には新入生が4人いたということで……。
それなら、適当な話題でも振っとくか、となる。
「ただ勘だけど、石上君は無駄を嫌いそうだから一応言っとく。僕と話すより有意義な奴らが今ここには揃ってるよ? 新入生を排斥するタイプは……多分少ししか混じってないと思うし」
「そうでしょうか。いえ、ここで長居するのは左京先輩に悪いですね。
───近いうちにまた会いましょう。一度、先輩とは話してみたい」
ただこの話しぶりと天沢の視線がこちらに向いている点を鑑みるに、完全に無関係でもなさそうではある。石上も天沢に気づいてはいるっぽいし……。
それでも本人が良い奴な印象だったので、夢月は軽いお誘いをかけておくことにした。
「ん、だったら天文部の部室にいつでも来ていいよ。僕の教室だと君が来にくい上にいない事の方が多いと思うし、入部とかもしなくていいからさ。入部してない奴らも、なんか普通に来てるからな」
「ははっ、ありがとうございます。是非お伺いさせてもらいますね」
「了解。いつでもお待ちしております石上君」
なお意外と珍しいことだが、夢月が初対面かつ謎を撒き散らすかのような石上に友好的だったのは、マイペース『すぎる』陰キャの雰囲気も併せ持ち、某かぐや様に登場する好きな人物と同性で名前の響きも似ていたからだったりする。京と優、似てね? と。
ついでに石上が去っていった先で、神崎が声をかけていたのをどこぞの自由人の如くスルーする石上を見て、夢月は尚更彼が気に入った。
興味のない他人への無関心さについては天文部員の資質高し、である。
石上が去ってからほとんどが思い思いに過ごしている。
人が入れ替わり立ち替わりしていた先ほどとは一変して、夢月は再び1人になって日が落ちてきた空と桜を見上げていた。
「どうしたんだ夢月。主催者が1人で寂しく黄昏れてるのは怪しく不審な振る舞いだぞ」
そんな夢月に話しかけてきたのは、いなくなっていた清隆だった。相変わらず、おまいう案件を初手でカマしてくる不審人物っぷりである。
「清隆も怪しいからな?」
「オレが怪しいのはいつものことだろ」
「そうであってはならないだろ」
冗談を言い合いながらも、清隆の両手には湯呑。その片方を突きつけてきた。
「飲みながら話そう」
「ん、オッケー。と、サンキュ」
短いやり取りをして、湯呑に口をつける。程よい温度のお茶が臓腑に染み渡るように身体を温めていく。
「単刀直入に聞く。オレを『信用』させることなど可能なのか?」
「できないならやらせないよ。櫛田は『真実』でしか交渉できない。僕以外を使わないつもりなら、まず清隆が腹を割って見せろ」
「ふっ、わかった。夢月に乗ろう。オレから言い出したことだしな」
「ああ、真実を握り合え。僕の見るところ、クラスには……多少マイナスかもだが、ほぼ確実にそれで生徒側の対策ができる。清隆の事情にも強力な追い風になるだろう」
「確かに、な。今は確率もだいぶ上昇した」
清隆だけじゃないが、結論のみで話が通じるとでも思ってるのか、いまだに試しを継続してるのか。天才という存在はこれだから……。
まぁ夢月には一応通じるからなんとか話になりはするが。
ただ精神が削られるし、清隆らしい必要最小限の短いやり取りをした後、気分転換目的で夢月はいつものノルマをこなすことにした。
「ところで清隆って、ここしか来るとこないの? 寂しい奴だな」
「夢月と同じだな」
「と…だと? 失敬な奴だ」
「……なんなんだコイツ。会話のドッチボールを投げ合うといつか後悔することになるぞ」
呆れた風だが、会ったら煽るというのはもはや彼らの平常運転となっている。ないと、どうも調子が狂うのだ。
お茶をすすりながら、夢月と清隆は特に意味もなく暗号混じりで語り(煽り)合う。
「ジェットコースターのような我が人生に悔いなし!」
「リンボでも目指すつもりか。お前の人生にないのは悔いじゃなく救いだろ」
「とんでもない毒舌きた」
「ふははっ。後輩達の会話は相変わらず面白いな。聞いているだけでも飽きない」
清隆との会話がひと段落着いたと見たのか鬼龍院が割って入ってきた。ただ人聞きの悪いと感じた夢月は、弁明と擦り付けを試みる。
「先輩……僕をこの狂人と一緒にしないでください。清隆って天才のくせに超絶不審な馬鹿なんですよ」
「おまいう」
「くっくっく、本当に大したものだよ『後輩』は。『狂わずに』その領域を乗り越えた部分が特にな」
「……それは確かに。夢月の異質さはそこが根源かもしれない」
更に四方も加わり、今度は1人ずつではなく、夢月に近い要素を持つ者達が続々と集まってくる。
愛里、早苗、高円寺、椎名、栄一郎、七瀬、天沢等々。
類が友を呼んだのかもしれない。夢月の周囲が『静かに賑やか』になってくると、櫛田や一之瀬、勿論それ以外も……。
徐々に夢月のいる梅の木の下が場の中心になっていく。
清隆は目の前で気楽に話す異質な友達に奇妙な魅力を感じ続けていた。1人でいても人に囲まれていてもいつも自然体で、孤高ではあっても孤独だと感じない。人にも感じさせない。
きっと集まってきた者達もはっきりと言語化はできない。どこか浮き立つような心持ちにさせてくれ、それがゆえに人を惹き付ける存在感などというものは。
夢月は、出会った頃からなんとなくそういうところがあった。
本人の意思や指向に反して、引き入れよう、または祭り上げようとする周囲は、その独特な性質を気に入っているのだろう。
なんとなくコイツの周りは、永遠に変わらないような錯覚さえ覚えていた。そんなことがあるわけないと確信している清隆が、である。
しかしどんな物事にも始まりと終わりがある。
賑やかな宴会も、静かな花見も、時が経つにつれて終わっていく。
「これは僕が始めた物語ではない……僕『達』が始めた物語だ! だから締めの挨拶は南雲生徒会長がやって問題ない」
「いや!? 完全無欠にお前が始めた物語だろっ!! 変な時に丸投げすんなっ!」
「うむ。そうとも言うな」
「そうとしか言わないんだよ!」
どうやって花見を終了するか考えていなかった夢月と南雲の言い争う声をスルーして、訓練された者達はテキパキと片付けを開始していた。
「思いつきですぐ動くから周囲が困るんだよ、お前は!」
「なんか気が向いてしまってな。後の事とか全く考えてなかっただけだ」
「だったら、どう考えてもお前のミスじゃないか!」
「いや、ない。なぜなら、もしそうなら僕が考えなしみたいで恥ずかしいだろ」
「みたいもなにも考えなしそのものだ! それとも証拠も根拠もないから都合の悪い事実を認めたくないってか!?」
「ふっ、バレなきゃいいんだよ」
「今まさに自分でバラしたんだけどな、お前」
「ぐぅの音しか出せねぇ」
そんな中、誘導の方向性を誤ってやりこめられそうになった夢月だったが、いつまでも無駄話をする2人に業を煮やしたのか、珍しく普段は温厚っぽい3年生の朝比奈が声を荒げた。
「いつまでやってるの『南雲会長』!! 左京君も! 1年生も来てるってのに、主催者と生徒会長が遊んでないで最後くらいはシャキッとして!!」
「は、はい、ただ今! すいません朝比奈さん!」
「なずな、その呼び方は……いや、あと少しでこの馬鹿野郎に」
「雅うるさい。自分でやると決めた仕事はきちんとしてね? 調子乗るのもいい加減にしないとホント怒るからね?」
「「「お、おぉ~!」」」
朝比奈の一喝に複数人から歓声が上がる。片付けに加わろうとしないアレな2人を、一喝だけで人足に転職させたのだから当然だろう。
尤も、一之瀬や堀北ならあるいは似た事が可能だったかもしれないが、おそらく違う理由で脳内が花畑になってる現状だと難しい。
ま、若いうちは革新に傾かないと情熱がない、歳を取って保守を考えないなら思慮がない、という考え方もあるくらいだ。過渡期に変な方向へ進まないならなんでもいい。
一方、夢月はそんな事を脳裏に浮かべつつ、片付けに走りつつ、本人に聞かれたら怒られそうな呟きを零した。
「つ、強い……。侮れないな、あの産廃女子…朝比奈さん」
「楽しかったね夢月君。これからも楽しいこといっぱいあるかな。でも……ごめんね。またわたし、迷惑かけるかも」
幸い、いつの間にか横にいた愛里には聞かれなかったが、代わりにどこかしっとりした雰囲気だったので、夢月は気持ちを切り替えて思ったままを口に出した。
「ふっ、愛里がいてこそだろ。迷惑はお互い様だし、楽しさには『友達』にかけられるモノはなんだって良いスパイスになるさ」
未来に振り返って思うだろう。望む未来を諦めなかったからの今があると。夢月も愛里も同じだ。それに───。
「こうしてハッピーエンドを迎えられてなお、愛里はネガティブな先のことを思うのか?」
最高の彼女と話してるだけでハッピーなんだから、それがきちんと伝わるよう夢月は心からの笑顔で愛里に質問してみた。
「っ……! うん、そっか……そうだよね!
───ありがとう、夢月君!」
「どういたしまして。
───僕こそありがとう、愛里」
ここは高度育成高等学校。
実力至上主義を謳う公平ではなく『結果の平等』がまかり通る人間社会の縮図とやらが蔓延る泥の中。
然れども、人によっては楽園にも牢獄にもなる箱庭。
踊る馬鹿にならないなら、面白きことなき世の中を面白く、住みなすものは心なりけり。を実践できないとかなりキツイだろう。
自分勝手な狂人しか立ち入ることのできない現代の聖域だと、夢月は愛里に言いながら改めて思った。
社畜として生き、一度は死んだ自分の人生。
今は奇跡のような巡り合わせに乗り合わせて、進級という新たな一歩を踏み出す。
『ようキャ』は、そんな左京夢月という高校生の物語───。
今更ですが、質問されたので後書きついでにここで失礼します。
私の中で『ようキャ』と『よういふっ!』の繋がらない部分は、主に南雲と坂柳が原作通り動くか否かです。『ようキャ』の体育祭前からあれだけやっておいて原作と同じ行動はしないだろうな、という考えの元にあえてその部分に目を瞑って書き上げたのが『よういふっ!』でした。
なので、1年生編の6~8巻の部分はふんわりと流すしかなかったわけですね。私的にほとんどの問題を先回りで潰してますので。
今話で夢月、というか登場人物全員が進級してますが、ここまでが1年生編ということになってます。理由は、新制度や円の導入が年度を跨がないとできなくて、微妙にスッキリしないからです。
一応は1年生編が完結したので、もう少し余裕ができて6~8巻の繋がる話を書けたら『よういふっ!』をチラシ裏に移動し、比較的読みやすい文字数に調整して『ようキャ』の続きとしてまとめようかと考えています。元々、残ってたフラグと引っ掛かっていたネタを1冊ぶんくらいでキリの良い形にしようと始めた作品ですし、繋がりは微妙でも登場人物は同じで紛いなりにもIFなら、ギリギリ後ろにくっ付けて問題ないかなと。
そういうわけで、一番最後のタイトル回収は『ようキャ』の方に相成りました。ご了承いただければ幸いです。