生徒たちのギスギスが見たい先生   作:せご曇(せごどん)

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シロコとホシノ③─シロコの拒絶─

 

 シロコちゃんとの話を終えた私は、階段を下りて教室へと向かいます。

 

 ずるい……ずるいなんて言葉が、シロコちゃんから出てくるとは思いませんでした。先生への気持ちが暴走して、先生を力尽くで汚したシロコちゃんが。私の気持ちも知らないで、1人で勝手に気持ち良くなろうとしたシロコちゃんが、ずるいという言葉を人に使うなんて。考えもしませんでしたよ。

 

 でもまぁ……今ではそれもお互い様です。

 

 私も結局は、先生を力で押さえ込んで、私の思うがままにしてしまいました。結局は同じ穴の狢……対策委員会の皆からすれば、私たちはどっちも同じ「ずるい」なんです。だからもう、シロコちゃんには何の恨みもありません。

 

 最後の段を下りて、私は1階に戻ってきました。ここから職員室に行って、先生にご挨拶でもして行こうかと思いましたが、これ以上席を外すのは不自然ですからね。今は我慢しておきます。

 

 長い廊下を、真っ直ぐに進んでいきます。何もすることが無い時間だからこそ、頭の中では自分の考えというものが膨らんでいくものです。

 

 今の私は、先生のことを考えるので手一杯。これからどうやって先生とお近付きになるか、交流を深めるか。先生に振り向いてもらうために、今何をするべきか。私だけの幸せライフプラン表にペンを走らせていると、気付いた時には部室の前に着いていました。

 

 ………そうですね。まずは地道に。千里の道も、一歩から。

 

 私は、先生が期待してくれるような理想の生徒で在りましょう。先生が尊重してくれた私、それはこれまでの私そのもの。いつも通り………アビドス高校廃校対策委員会のムードメーカー・十六夜ノノミとして、日々学校生活を盛り上げていきます。

 

 さあ、計画はもう始まっていますよ。今日も1日、頑張っていきましょう☆

 

「戻りましたよ〜☆」

 

「ノノミ先輩!」

 

 

◆◆◆◆◆

 ノノミちゃんが出て行った後、シロコちゃんも出て行った。

 

 …………………

 

 タイミングが被っただけ…………だよね…………?

 

 別におかしな話じゃない。だから、何かあるって考える方がおかしい。明らかに考え過ぎだ。

 

 なのに………

 

 なのに、ずっと鼻に残ってる。今朝のノノミちゃんの制服から漂った、先生の香水の香りが。何度鼻を擦っても、あの瞬間と変わらずに鼻腔をくすぐり続けている。

 

 もし、先生とノノミちゃんに何かがあったとしたら……?シロコちゃんが今立ち上がったことも、単なる偶然じゃない………?

 

 ………いいや、考え過ぎ。考え過ぎだよ。どうしてそんなにノノミちゃんのことを疑うの……?たまたま先生と同じ香水を使ってただけかもしれない。それにもしかしたら、私の鼻がおかしかっただけかも。可能性は他にもある、無限にある。なのに私は、シロコちゃんのことがあってから………何でもかんでも先生と結びつけて考えようとしてる。

 

 そんなことじゃダメだ。ダメだって。私がノノミちゃんを信じなくてどうするの。もう………シロコちゃんのあのことは忘れて、いつもの対策委員会を続けるって決めたよね?3年生の私がこれじゃ、また昨日みたいに皆に心配をかけちゃう。それは良くないよ。先生にも………変な気を遣わせちゃう。私があの事(・・・)を知ってるって、先生には気付かれたくない。

 

 偶然。ノノミちゃんもシロコちゃんも、何事もなく帰ってくる。そうに決まってる。

 

 私は、私の後輩たちを信じる。

 

 今は目の前の仕事に集中しよう。ペンを持って、書類の続きを書かなきゃ。まだまだ、今日の分は残ってるからね。

 

 ………………

 

 ………………………

 

「ノノミ先輩、遅いですね。シロコ先輩も………」

 

「ま、そんなに気にしなくて良いんじゃないの?同じ学校の中なんだし」

 

「………………………」

 

 ノノミちゃんたちが出て行ってから、5分以上が経った。まだ帰ってくる気配は無い。

 

 ドン、胸の鼓動が私を不安がらせている。何もない……何もないよね……?ただのお手洗い……それが長引いてるだけ………

 

 あ………

 

 さっきから全然仕事が進んでない…………

 

 住民の交流会についての意見書、私の担当なのに。少しも空欄に文字が埋まってない。

 

 …………………

 

 …………………………

 

 早く

 

 早く帰ってきて

 

 何かあったんじゃないかって、ずっと胸がバクバクいって、落ち着かない。

 

 このままだと、嫌なことばっかり考えちゃう。考えたくもないことが次々と頭に浮かんできて、もう我慢をするのが辛い。

 

 ノノミちゃん………シロコちゃん………

 

 

 

「戻りましたよ〜☆」

 

「…………!」

 

 扉が開いた。ノノミちゃんの声も聞こえた。

 

 パッて、顔が明るくなるのが分かる。目を向けた先には、ニコニコと笑っているノノミちゃんがいた。

 

「ノノミ先輩!」

 

「少し遅くなっちゃいましたね。まだお昼休みまで………時間が残ってますね、早く仕事に戻らないと」

 

 ノノミちゃんは駆け足で席まで移動して、椅子を引いて着席した。ペンを持って、いそいそと書類に文字を書き始める。

 

「あれ、シロコ先輩は?」

 

「ん〜、シロコちゃんはもう少し時間がかかるかもしれませんね〜」

 

 シロコちゃんはまだ帰らない、か。

 

 ………本当に何も無かったよね………?

 

 ノノミちゃんの様子からは、何かあったようには見えない。今も鼻歌を歌いながら仕事に手を付けている。

 

 うん、大丈夫。

 

 何も無い………何も無かった………

 

 ……………

 

 ……………………

 

「あ、お昼休みだ」

 

 セリカちゃんが時計を見ながら呟いた。

 

 ペンを置いて、伸びをするノノミちゃん。書類をとんとんと机で揃えて、クリップで挟むアヤネちゃん。

 

 結局、シロコちゃんはお昼まで戻ってくることは無かった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 お昼休み、私は部室から出た。

 

 シロコちゃんが帰ってこなかった。

 

 私の頭では、大きなサイレンが鳴っている。何かがおかしい、何かがあった。そんな危機感だけが風船みたいに膨らんでる。

 

 シロコちゃん、どこにいるの………

 

 トイレに行って、シロコちゃんがいるかを確かめた。個室はどこも閉まってないし、そこには誰もいない。

 

 じゃあ他の階………?

 

 私は階段に急いで向かった。その時だった。

 

「………………!」

 

 コン、コン、上の階から足音が聞こえる。

 

 シロコちゃんだ。

 

 シロコちゃんしかいない。

 

 私は階段を上って、足音の方に近付いて行った。

 

「………! シロコ………ちゃん………」

 

「……………ホシノ先輩」

 

 足音の主はシロコちゃんだった。私よりも高い所から、見下ろす形で私と対面する。足は止まって、お互いに見つめ合っていて………嫌でも一昨日の記憶が蘇る。意図してないのに、眉間と唇がぐにゃっと歪むのが分かって、チクチクと胸を刺すような刺々しい感情が私の全身を包みこんだ。

 

「…………………」

 

 見上げた先にあるシロコちゃんの淀んだ表情。

 

 間違いなく、さっき何かがあったって書いてある。いつものシロコちゃんの顔じゃない。………あの時の(・・・・)シロコちゃんの顔でもない………

 

「シロコちゃん…………」

 

「…………………………」

 

 お互いの視線が絡み合ったまま、何秒が経ったのかな。気持ちの方は全然重ならないのに、時間の感覚だけは共有している。どっちの心にも、きっと言い様のないずしんとした重さの重りがかけられていて、1秒、1秒と長い時間が経つごとに苦しみを味わってる。

 

 ………ダメだ。

 

 このまま苦しい時間を過ごしても、何の意味もない。私がここに来たのは、シロコちゃんがノノミちゃんと何を話したのかを聞くため。

 

「シロコちゃん………何か………あったのかな」

 

 気を緩めれば口から出てきそうな否定的な感情を必死で抑え込みながら、私はシロコちゃんに問いかける。

 

 シロコちゃんの青い色の瞳が、僅かに揺れた。シロコちゃんの心の中で、揺らぎが生じてる証拠。思い出したくない、嫌な記憶を引っ張り出してる時の身体の反応。

 

 この数日で、嫌と言うほど学ばされたことだった。

 

「っ………………」

 

 だけどシロコちゃんは、私の問い掛けに答えることはしないで、そのまま階段を下り始めた。

 

「待ってよ、シロコちゃん」

 

 私はシロコちゃんの肩を掴んだ。少し驚いた顔をするシロコちゃんに、すかさず次の言葉をぶつける。

 

「何があったの?言わなきゃ分からないよ。シロコちゃん、ノノミちゃんと何かあったんでしょ?私なら力になれる。皆には言えないことでも、私になら言えるでしょ?」

 

「……………………」

 

「シロコちゃ────」

 

「離して」

 

 ………………!

 

 シロコちゃんは冷たい声でそう言って、私の手を払い除ける。

 

 驚く私をよそに、また無言で階段を下りていく。

 

「何かあったんだよね?そんな顔するなんてシロコちゃんらしくないよ」

 

「……………」

 

「ノノミちゃんに何を言われたの?何をされたの?シロコちゃん、教えて────」

 

「うるさい………」

 

「…………!!」

 

「ホシノ先輩に出来ることなんて無い…………」

 

「な………そんなことないよ………!!私にだって出来ることは」

 

「じゃあ時間を巻き戻せる?」

 

「…………え?」

 

「ノノミと先生を、会わなかったことに出来る?ノノミを家で寝かせたままに出来るの?」

 

「何を……」

 

「出来ないでしょ………じゃあ意味無いよ………」

 

 ノノミちゃんと先生…………ノノミちゃんを家で…………

 

 え……………?

 

 じゃあ今朝の匂いは?ノノミちゃんの制服の、先生の匂い

 

 あれは?

 

 あれは、昨日ノノミちゃんと先生が会って………

 

 会って……………

 

「え…………じゃあノノミちゃんと先生が……………?」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 やぁ皆。

 

 私はシャーレの先生だよ。

 

 屋上でのシロコとノノミのギスギス………あれは素晴らしかった。まさしく、私が追い求めていた女性と女性のぶつかり合いそのもので、心が躍ってしまったね。

 

 そして、昼休憩が始まるとホシノが席を立った。きっとシロコを探しに行ったのだろう。

 

 あれ程のダメージを負ったにもかかわらず、まだシロコのことを気にしてあげるとはね。実に健気で、だからこそその心の歪みというものに惹かれているのだ。

 

 だが………リアルタイムでの鑑賞は、少し難しそうだ。

 

 恐らくここからは、ギスギスが加速する。シロコは煮え切らない感情を隠せないだろうし、ホシノに至っては………私とノノミの関係を察するだろう。

 

 そうすれば、対策委員会全体が、これまでとは異なるピリついた空気感を纏うことになる。

 

 そんな時、私が近くにいたならば?私に救済が求められる。私が対策委員会の不浄を、面々に巣食う負の感情を取り除く役を担うことになるだろう。喧嘩の仲裁……当然だね、先生としては。

 

 そうなれば……中途半端な所でギスギスが終わってしまう。まだポテンシャルを秘めているというのに、その全てを引き出す前に幕引きとなってしまう。

 

 いいや、まだだね。

 

 まだ早い。

 

 こんなものでは物足りない。

 

 ここで一旦は、私のいない環境というものを作る必要がある。

 

 私抜きで、私を巡ってギスギスする。誰もその惨状を救えないという状況を、今作らねばならない。

 

 と、いうことでね………私はしばし、アビドスを離れることにするよ。急に、たった今、シャーレから喫緊の仕事を任されてしまったのでね。

 

 なに、少ししたら戻って来る。ほんの野暮用だ。それさえ済めば、また元気な顔を見せるさ。

 

 じゃあ皆。しばしの別れだ。

 

 皆も、元気な顔を見せてね。

 

 

 

 





次回、セリカとホシノ①。

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