シロコちゃんのあの言葉………
ノノミちゃんのあの匂い……………
ノノミちゃんもまさか……先生と…………
先生と………セ………セッ……………
「…………うっ……!?」
気持ち悪い
気持ち悪い
気持ち悪すぎて、吐きそう
私はトイレに駆け込んだ
「うぇ……うぇぇっ……!!!」
先生の香水の香りがむせ返る
私に、見てもいない光景を押し付けてくる
ノノミちゃんが先生の服を無理やり脱がせて
ノノミちゃんも裸になって
ノノミちゃんが先生に抱きつきながら、ずっと叫ぶの
大好き、大好き
先生のことが大好きです
しばらく時間が経ったら
部屋の中が暑くなってて
じめっ……とした、嫌な空気で満ちている
ノノミちゃんはまだ物足りなくて
先生の唇にまた蓋をする
先生は優しいから
そんな勝手気ままなノノミちゃんのことも受け入れる
ノノミちゃんは自分の「好き」で心の中を満たし尽くして
世界で一番の幸せ者になる
じゃあ
じゃあ私は、何?
先生のことが好き
絶対に、間違いなく、好き
好きだけど、まだ何も言えてない
一度先生のこと、黙って汚そうとした
だけど、出来なかった
先生のこと考えたら
対策委員会のこと考えたら
私だけそんな勝手なことするなんて、自分で自分を許せなかった
なのに
シロコちゃんは、私がそんなこと考えてる間に先生と気持ち良くなってた
ノノミちゃんも………先生に対する「好き」が抑えられなくなって
私だけが置いていかれた
何で
何で私がこうなるの
何で私は先生に受け入れてもらえないの
ねぇ
何で
何で
「何で」
何で
「何でぇっ!!!!!!!」
◆◆◆◆◆
階段を下りて、私は廊下を歩いていた。
「…………………………」
さっきのノノミの笑顔が、私を見下ろして嗤うノノミの両目が、物凄く解像度の高い写真になって、ずっと目の中に貼り出されてる。
………私は、先生の初めてじゃなかった。私が最初で、唯一の相手じゃなかった。特別でも何でもない、先生と寝た女の1人でしかなかった。
………考えるまでもない。先生が好かれないなんて、あり得ない話だった。きっと先生のことだから、キヴォトスに来る前も誰にでも優しくて、頼りになる人だったはず。真面目で、綺麗で、かっこよくて、でもたまにどこか抜けてて。そんな先生のことを、私は、私たちは好きになった。アビドスだけじゃない……きっと、他の学校の生徒だって。皆、先生のことが好きだ。
先生は優しいから。私に喜んでもらうために、今となっては残酷な嘘を私に吐いた。責めることなんて出来ないし、しない。したくない。でも………胸がズキズキ痛むのも変えられない。
ノノミは……本気。自分が初めてでも何でもないって知っていて、それでも先生の側にいようとしてる。私は自分が初めてじゃないって知ってショックだったのに。ノノミだって、家で…………してる時に私が先生と抱き合って、めちゃくちゃになったって知って、ショックだったはずなのに。ノノミは吹っ切れて、開き直って、先生のことを追い求め始めた。
それが嫌だった。腹が立った。私より後に、横から入ってきたノノミに先を越されるのが。先生を好きなのは私で、先生が好きなのも私。私の頭の中ではイコールになりかけてた事実が、実際にはただの私の夢でしかなかったって突きつけられて、悔しかったし、悲しかった。
……………
……………………
負けたくない………
絶対に………絶対にノノミには………負けたくない……
負けられない……………
「あ、シロコ」
「え…………?」
急に、先生の声がした。
傾いていた首を上げたら、目の前には先生がいる。私と真っ直ぐ向き合って、変わらない微笑みを浮かべて。
「先生………?」
「シロコにも伝えておかないとね」
「私にも………?」
「うん……実は、急にシャーレの仕事が入っちゃってね。これから何日間か、戻らないといけなくなったんだ」
「……………!」
シャーレに戻る……ってことは………
先生に会えなくなる……ってこと?
「先生、もうアビドスには来ないの……?」
「ううん、そういう訳じゃないよ。シャーレでの仕事が終わったら、またアビドスで残りの仕事を終わらせるつもりだ」
「………! 良かった………」
ホッ……って、胸を撫で下ろす。
このまま先生とまた、しばらく会えなくなっちゃうんじゃないかって、一瞬凄くヒヤッとした。
「時間が………そろそろ行かないと」
「そんなに急いでるの?」
「うん。悪いけど、ホシノに会ったら伝えといて。他の皆にも頼んだけど、シロコにもお願いするよ。部室にいなかったみたいだから」
「ん………分かった」
ホシノ先輩
さっき階段で話した。
でも部室にいないってことは、どこに行ったの?
…………
今はいいや…………
「せ、先生………」
「ん? どうしたの、シロコ」
開いた口が、先生と目線が重なり合った瞬間に閉ざされた。
………聞いても無駄なこと。
それに、聞かない方が良い。
ノノミのこと、昔の恋人のこと、私のことどう思ってるか………そんな聞きたくて堪らない色んなことは、きっと聞いても虚しくなるだけなんだ。
「………ううん、何でもない。お仕事頑張ってね……」
「うん、ありがとう。頑張ってくるよ」
先生はニコッと笑って、私の隣を横切って行った。
「………行かないで」
私の声は………きっと先生には届いていない。
◆◆◆◆◆
ホシノ先輩が部室を出てから少しした頃、先生が部室を訪ねてきました。
シャーレのお仕事が緊急で入ってしまい、何日かアビドスを離れるとのこと。
先生のお顔を見られなくなるのは残念ですが、数日経てばまた会えます。それまで、私は私に出来ることに注力するだけです。
さて………まずは何をしましょうか。やっぱり、お料理は出来たほうが良いですよね。愛する人の胃袋を、私のこの手でギュッ……と掴んで、虜にする。どんな高級レストランよりも、先生に「美味しい」って言ってもらえるご飯を食べてもらいたい。ほっぺたの落ちた先生の、赤みがかった天使のような微笑み。見てみたい、そして私の手でそれを作り出してみたい。
帰りに本屋さんに立ち寄って、料理研究本を買っていきましょうかね。
「あ、シロコ先輩」
と……頭の中で色々と考えていたら、シロコちゃんが戻ってきました。
「ん………」
「シロコ先輩、先生は仕事でシャーレに」
「知ってる、さっきすれ違った」
セリカちゃんの言葉を、どこかぶっきらぼうに遮るシロコちゃん。どうやら、まだ屋上での一件がシロコちゃんの中では色の濃いシミを残しているみたいです。セリカちゃんは一瞬だけ喉を鳴らしましたが、あまり気には留めなかったようです。
「ホシノ先輩は?」
「ホシノ先輩………」
ホシノ先輩……シロコちゃんを探しに、教室を出て行きましたね。まだシロコちゃんのことを探しているのでしょうか?
それとも…………
「先輩とは……すれ違った。でも、他に用があるって」
「そうなんだ……」
用………
用………ですか………
「…………………」
シロコちゃんの脱力が感じられます。屋上で見せた、普段のシロコちゃんとは全く異なる、取り乱した感情はもうそこにはありません。一通り怒りは発散されて、今では虚無感を覚えている模様です。
ある意味………シロコちゃんがメンタル的に遅れを取っている今だからこそ、先生との距離を詰めるチャンスだったのですが。シャーレに戻ってしまったことが残念です。
「さあ、お昼ごはんにしましょう☆腹が減っては戦はできぬ、ですよ」
このままシロコちゃんから暗い空気が広がっていくのは良くありません。ここは私が主導で、いつもの対策委員会の空気感を維持します。先生も、それを望んでいるでしょうから……
鞄の中からから昼食を取り出そうとしたその時、部室の扉が開きました。
「あ、ホシノ先輩」
シロコちゃんを探しに出ていたホシノ先輩が戻ってきたようです。
シロコちゃんとは一度会って、その後何かをしていたようですが……それは一体
「ごめん………体調悪いから帰るね……」
「えっ?」
ホシノ先輩…………?
考えを巡らせるより前に、ホシノ先輩は感情の抜けた声で室内に入り込み、荷物を手に持ち始めました。
「体調って……良くなったんじゃ」
「ごめん」
セリカちゃんの言葉を最後まで聞くこともなく、ホシノ先輩はさっ、さっと歩いて、部室の扉に手を掛けました。
ガラン、素早く扉を開けたホシノ先輩は、私たちの誰とも顔を合わせることもなく、扉を閉めて部室から出て行きます。この場にいたくない、誰の顔も見たくない、進んで孤独を求めるような、冷たくて寂しい足音。次第にそれも遠ざかって聞こえなくなりました。
◆◆◆◆◆
ホシノが早退してから3日が経過。ホシノは未だに登校してこない。
◆◆◆◆◆
私はアビドス高校1年生、黒見セリカ。
………………
…………実は、気になってることがあるの。
「皆、今日もお弁当を作ってきましたよ………☆」
ノノミ先輩が、緑色の風呂敷に包まれたお弁当箱を取り出して、机の上に置いた。
この3日間………ノノミ先輩がお弁当を作って持ってくるようになった。料理始めたんだ、って思ったんだけど………気になるのはそこじゃない。
「今日はオムライスです☆ ライスの味付けが中々大変でしたが……是非食べてみてください☆」
ノノミ先輩は、黄色い卵にピカピカの赤いケチャップが振りかけられたオムライスの入ったお弁当箱を、机の真ん中に寄せる。
今日も、私たちに試食してみて欲しいみたい。
私もアヤネも、スプーンで何口分か掬って、口に運んでみる。酸っぱさとしょっぱさが混ざり合ったケチャップで舌が刺激されたかと思えば、今度はふんわりと柔らかくて甘い汁を弾き出す卵の風味が口中に広がる。その後、塩コショウが絶妙に振り分けられたチキンライスによって再度舌が刺激されて、お昼休みまでに蓄積された食欲が倍増する。胃袋が早く飲み込んでと、私に強く訴えかける。
………美味しい。
「美味しいです、ノノミ先輩。特に卵の味が」
「本当ですか?嬉しいです☆昨日の夜、動画を見てず〜っと味付けのこと考えてましたから☆」
………………
「シロコちゃんもどうぞ☆」
「…………いい」
「え〜? 今日こそはって思ってたのに………」
「いいから………」
しょんぼりした顔を浮かべるノノミ先輩。でも、その目の奥には光がある。笑顔がある。本気で残念がってるようには思えない。
……これ、これなの。
私が今抱いてる不安は。
シロコ先輩とノノミ先輩の様子がおかしい。
シロコ先輩がノノミ先輩のことを拒絶してて………でも、ノノミ先輩はそれを気にしないで、私たちには優しく振る舞う。
シロコ先輩とノノミ先輩、喧嘩してる………のかな。2人の間に隔たりがあるように見えて、でもそれをずっと聞けずにいる。
………ダメね。
聞かないと。このままなんて、絶対に良くない。
「ね、ねぇ!」
「ん……」
「どうしたんですか?セリカちゃん」
「シロコ先輩、ノノミ先輩、何かあったの?」
長々しい言葉は抜きにして、私は一気に斬り込んでいく。
「何か……って?」
「シロコ先輩、ノノミ先輩のこと避けてるわよね……?ホシノ先輩が早退した日から………ずっと何かが引っかかってる」
「避けてる? シロコちゃん、私のこと避けてるんですか〜?」
「……………」
ノノミ先輩がシロコ先輩に顔を向ける。そこには私たちに向けるのと変わらない、柔らかな微笑みが貼り付いている。
シロコ先輩は首を横に振った。そんな事実は無いって、私たちの誤解を解くように。
「ほら、別に避けてないって言ってますよ?セリカちゃん、急にどうしちゃったんですか?」
「いや………だって、何かおかしいじゃない………シロコ先輩、いつもならノノミ先輩ともっと楽しそうにしてるのに……ここ何日かずっと楽しくなさそうにしてるし………」
「そんなこと……ない…………」
シロコ先輩が、そこでやっと口を開いた。でも、それは否定になっていないような、乾いた返事。
「私も……少し気になってました。先輩たちの間で何かあったんじゃないかって………」
「アヤネちゃんまで?そんな風に思われてたんですか………」
アヤネも………
アヤネと視線が合った。アヤネも同じ不安を抱えてる。それが分かる。
「先輩……もし何かあったなら、私たちに言ってください。きっと力になります………そうだよね、セリカちゃん」
私は力強く頷いた。
人に話すと解決することって、あると思うから。
「そうですねぇ……………」
「………何でもないってば。見回り行ってくる」
あ………
シロコ先輩……
「ホシノ先輩いないし、私がやらないと」
シロコ先輩は立ち上がって、そのまま部室を出て行ってしまった。お昼ご飯も食べないで、私たちに何も話さないで。
3日前からそうだ。シロコ先輩、見回りに行くって学校を離れることが増えた。
いつもはホシノ先輩がやってくれてることだから、代わりが必要なのは分かる。
でも………
私には、皆といる時間を避けてるように見えるの。皆っていうか……ノノミ先輩。
「ノノミ先輩、シロコ先輩と本当に何も無かったの?」
「う〜ん……私にはあまり心当たりがありませんね………」
…………
ノノミ先輩も、何かはぐらかしてるみたいに………
……………
……………………
このままは嫌……
このままだと、私たちがバラバラになっちゃうみたい。
先生に……先生に相談したい。
今はシャーレでお仕事をしてるから、私とお話出来るか分からないけど………
でも、頼れる人はもう……先生しかいない
今日………先生に連絡してみよう。
どの部活のギスギスが見たい?
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