「じゃあまた明日、さようなら〜☆」
「……………………………」
ノノミ先輩が私たちに大きく手を振る。シロコ先輩は何も言わないで、黙って背を向けて歩き出す。
2人が向かう方向は真逆。決して顔を合わせることも、言葉を交わすこともない。これでもう、今日の2人の繋がりは途絶えてしまった。
「セリカちゃん………」
そんな2人を見送ったアヤネは、私に顔を向けていた。まなじりを下げた、弱々しくて不安に満ちた黄色い瞳が、赤い縁の眼鏡の奥で揺れている。沈みゆく夕陽は、私たちのことを照らさない。身体中を薄暗い影で塗りたくられた私たちに光が射すことはなくて、きっと今日はアヤネの曇り顔は晴れないんだと悟った。
「私……このままは嫌だよ………」
「………それは私も同じよ」
私もアヤネも、きっと同じことを考えてる。
シロコ先輩とノノミ先輩、何かがあったはずだけど、2人とも何も答えてくれない。
私たちには話したくない、話せない………そういうデリケートな問題って可能性も十分にある。
だったら………
だったら、先生に相談すれば………解決してくれるかもしれない。
先生は今まで、何度も私たちを救ってくれた。
私がヘルメット団に誘拐された時も、カイザーPMCの手先が学校を襲ってきた時も、ホシノ先輩が退学しそうになった時も。
他のどんな大人たちだって、私たちを助けてくれなかった。助けられなかった。
でも先生は……先生だけは、決して見捨てなかった。私たちと一緒に、最後までアビドスのために戦おうとした。
そんな私たちは……今までで一番のピンチにいるかもしれない。そして、そんなピンチから救い出してくれるのは……先生しかいない。
「アヤネ、大丈夫………」
「え………」
「私が……先生に頼んでみる」
「……!」
「先生なら………何とかしてくれるかもしれない」
私はスマホを取り出して、モモトークから先生にメッセージを打ち込んだ。
『先生、今時間大丈夫?』
◆◆◆◆◆
あれから家に帰るまで、先生から返信は来なかった。
先生は忙しい。だからすぐに返信が来ないのは分かる………分かってるけど………
今は1秒でも早く、先生にこのことを話したかった。
スマホを取り出して、モモトークを開いた。先生に送ったメッセージには、いまだに既読は付かない。
「早く………早くして………」
画面から目を離せないで、ずっと視線が固まったままだ。そのせいで目がチカチカしてきたけど………でも、私には目を逸らすことなんて出来ない。
いつ気付いてくれるか分からない。もしかしたら今日は、真夜中になっても気付いてくれないかもしれない。
それでも、こうする以外に私がこの時間を耐える方法は無かった。
「………………………!!」
既読………!
先生が気付いてくれた………!!
『先生!』
良かった……!
『セリカ、どうしたの?』
『先生、今すぐ話したいことがあるの!』
『今すぐ……重要なことみたいだね。分かった、話を聞こう』
やった………!!
『もしかして通話の方が良いかな?』
………!
『うん!その方が伝えやすいわ!』
メッセージを送信した直後、先生からの通話の通知が来た。
私は焦る指先を慎重に操作して、画面をスワイプして先生からの通話に応じた。
「もしもし?」
………!
先生の声………!
「もしもし!先生!」
「何やら急ぎの用件みたいだね。どうしたのかな、セリカ」
「うん……!実はね…………」
私はそれから、今のシロコ先輩とノノミ先輩のことを先生に説明した。
シロコ先輩がノノミ先輩を避けてるかもしれないこと。どこか2人の間に距離があって、徐々にそれが広がってきているかもしれないこと。
私が不安に思ってたこと、全部話した。
「なるほど………シロコとノノミに何かがあったんじゃないかと」
「うん………私……このまま2人が仲悪くなっちゃうじゃないかって心配で………」
「………………………」
「ねぇ先生……明日……来られない?先生が話してくれれば、シロコ先輩もノノミ先輩も分かってくれると思うの。私たちには言えない悩みも、先生になら話せるかもしれないし………」
「……………分かった」
「………!」
先生が来てくれる。
それだけで、少し救われた気がした。
「…………私の方からも」
「え?」
「少し、セリカに頼みたいことがある」
「わ、私に………?」
「うん。セリカにしか頼めないことなんだ」
…………!!
私にしか………?
急に私を持て囃すような言葉を言われて、顔が赤くなってる。
先生には見せられない、見せたくない取り乱し様。目の前に先生がいなくて良かった………
「そ、そう………分かったわ!何でも言って!」
◆◆◆◆◆
「……………………」
暗い
暗い
明かりの灯ってない、監獄の独房の中みたいに暗くて冷たい。
早退して、帰ってきて、ずっと引きこもったまま。あれから丸1日が経った。
「………………………」
声を最後に出したのはいつ?もう何年も誰とも喋ってないような、絶対的な孤独。私の味方は誰もいなくて、私の苦悩は誰にも分かってもらえないで、私はたった独りでこの空虚な時間を垂れ流し続けている。
「…………ははっ」
久しぶりに聞いた自分の声は、乾いた笑い声。よぼよぼのおじさんでも、もう少し張りのある声を出せる。
「あぁ……………」
ユメ先輩
ふって、目の前にユメ先輩が現れた。真夜中の砂嵐になったテレビ画面のようにざらついていて、おぼろげな先輩の姿が映し出される。
先輩……
先輩……………
先輩も、こんな気持ちだったんですか…………
誰にも理解してもらえないで、誰にも味方になってもらえないで
そして最後は、誰とも分かり合えないまま、孤独の世界で倒れていく。
こんなにも、こんなにも辛かったんですね。
今になってそれを思い知るなんて、私は馬鹿です。大馬鹿です。
…………
…………………
シロコちゃん……
ノノミちゃん………………
幸せそう………だったなぁ………
先生………
会いたいよ………
シャーレに行けば……
助けてくれるかな…………
◆◆◆◆◆
「………………………」
学校休んで、家に籠もって、今度はシャーレの前にいる。
でも、正々堂々と入口正面には立てない。
先生には会いたい。会いたくて仕方がない。
なのに、どういう顔をして会えばいいか、分からない。
私は会って、何がしたいの。
先生にこの気持ちを伝える………?好きだって言ったら、私は救われるの……?
嫌と言うほど繰り返された自問自答には、まだ決着が着かない。
「………………………」
シャーレのすぐ近くの茂みに隠れて、もう随分と時間が経つ。
先生は出てこない。
徹夜……かな。先生はよくシャーレで徹夜でお仕事をしてる。そうでもしないと終わらないぐらい、先生のお仕事は多い。
今日はもう、夜も遅い。
もしかしたら先生は、出てこないかもしれない。
………
………………
帰ろう………
「………………!」
入口のドアが開いた……!
反射的に息を止めてしまう。別にあそこまで呼吸の音が聞こえるはずなんてないのに、それでも私という存在を隠すことに必死になっていた。
誰かが出てくる………あれは………
先………生…………!!
「ふ〜……今日は結構捗ったな………明日も頑張ろう」
シャーレの建物から先生が出てきた。お仕事を終えて、少し疲れた様子の先生が。
コツン、コツン、黒いローファーが地面を踏み鳴らす音が、徐々に遠ざかっていく。
ごくり……
私は唾を飲み込んだ。
手を伸ばせば届く距離に、先生がいる。きっと今、世界で一番先生に近い所にいる。
ドクン、ドクン
心臓の鼓動がどんどん速くなってる。
「はぁ…………」
止めていた息を、固く閉ざしていた口から吐き出した。
沸騰した
先生を
私が先生を追いかけても
後ろから抱きついても
先生は怒らない
だって、シロコちゃんにもノノミちゃんにも、何も言わなかったんだから
じゃあ、ここで我慢してる理由は何?
私がこうしていることに、意味なんてあるの………?
悪魔のような自意識が、私の耳元をくすぐってくる。
理性が揺れ動かされて、くらくらと視界がぶれ始める。
「あっ…………」
そして………
色々と考えている内に、先生は見えなくなっていた。
◆◆◆◆◆
わざわざシャーレまで先生に会いに行って。
でも結局、先生に声をかけることも出来ないで。
そのまま逃げ帰ってきた。
その次の日の夜。
私はまた、シャーレの前まで足を運んだ。
運んだは良いけど、先生に何を言うのかは何も決めてなかった。
何をするのかも………
勇気を、今の私には搾りかす程も残っていなかった勇気を何とか引っ張り出して、先生の後をつけていった。
先生に気付かれることはなく、先生はそのまま人通りの少ない夜道を歩いていった。
シャーレの近くは、治安が良い。キヴォトスとは思えないぐらいに静かで、銃の音なんて滅多に聞こえない。それこそ力の弱い先生が1人で出歩いても、何の問題も無いぐらいに。
先生を追っている間、自分を止めるのに必死だった。ここなら誰も気付かない、先生のことを好きに出来ちゃう。
もう先生と気持ちよくなるか、止めるか、その二択しか考えられなくなるぐらい、私は冷静ではなくなっていた。
でも……
また何の答えも出せないまま、私は敗走していった。
怖かった。
先生がもしかしたら、私を否定するかもしれないって。仏の顔も三度まで……そんな言葉があるように、私の時になって、貧乏くじを引かされるみたいに先生が怒ったら。
何よりも。
私があの時のシロコちゃんみたいに
今の私じゃなくなっちゃって、全く別の、何か分からない存在になるんじゃないかって。
それが恐ろしかった。
じゃあ
このまま、我慢する?
シロコちゃんとノノミちゃんだけ、幸せになってもいい?
何で2人ばっかり………
先生が好きなのは私も同じなのに
私も2人に負けないぐらい先生が好きなのに
何で2人だけ気持ち良くなってるの
先生も何も言わないし
せめて先生が怒ってくれたら
2人のことを拒絶してくれたら
どんなに救われたことか
でも………
先生は優しいから
きっと、きっと許しちゃうんだろうね
私たちの気持ちを受け止めて
自分はそのためには汚されても文句の1つも言わない
私たちのことしか考えてない
今までだってそうだ
何度も危険を冒して、命懸けで私たちを助けてくれた
ちょっと前まで繋がりなんて無かった私たちを、生徒だって理由だけで
お人好し過ぎて、ため息が出そうになる
生徒バカ
世界一の生徒バカだよ
………………
………………………
嫌われない………
先生は私を嫌いにならない…………
多分、あの時先生に………キ、キスをしてても……
先生は何も言わなかった
怒らなかった
なら、私がこうしている意味は何?
何で私はこんなに苦しんでるの?
シロコちゃんも、ノノミちゃんも
自分のやりたいようにやって
あんなに幸せそう
それが許されてるのに
私がこんな惨めな思いをする理由は何?
おかしいよ
こんなのってない
私がこのままこうしてても
時間はどうせ過ぎていく
先生との距離が、どんどん離れてく
シロコちゃんもノノミちゃんも、私を突き放していく
だったら
だったらもう、捨てちゃえばいい
もう難しいことなんて考える方が馬鹿らしい
私は先生と一緒に居たい
でもそのためには、他にもライバルがいる
ライバルとの差は、今の私では埋められない
じゃあ、今の私はもういらない
投げ捨てちゃっていい
シロコちゃんもノノミちゃんも
もう、知らない
私も私のやりたいようにやる
私だって恋をしてるんだ
この気持ちに、もう蓋なんて出来っこない
私だって、幸せになりたい
だから先生………
私のことも、許してね?
◆◆◆◆◆
私はまた、シャーレの目の前に来ていた。
茂みに隠れて、じっとしてる。瞬きもしないで、入口をずっと見つめている。
「…………!」
ドアが開いた………中から先生が出てきたんだ………
先生はそのまま、真っ直ぐ前に歩いていく。一昨日、昨日、変わらない先生の進む道。
先生が少し離れたあたりから、私は茂みを出て先生の後を追い始めた。
「……………………………」
先生の後ろ姿が、付かず離れずの等距離が維持されたまま目に焼き付く。
本当に、手を伸ばせば届きそうな距離にいる。
もう私を遮るものは、何も無い
人の姿も見えなくなって
街灯の明かりもまばらになってきた
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン
さっきから心臓の音がうるさい
うるさくてうるさくて、仕方がないの
でも
静められそうにない
うん
もういい
もういいよね………?
私の足音が、徐々に隙間を埋めて聞こえる
上下に先生の姿が揺れていく
走って、駆けて、先生との距離を一気に縮めていった
「先生!」
「ん…………ホシ………!?」
先生が振り向いた瞬間に、先生の腰に抱きついた
「うおっ………」
あっ……
先生の香りだ………!
あったかい………先生を感じられる………!
「えっ……!?ホシノ………!?」
「先生ぇ…………えへへへっ………」
ああ……
私と先生が……お互いを見つめてる………
先生の瞳に、私が映ってる……
ううん………
私しか映ってない………
きっと私の瞳の中にも
先生しか映ってないんだ
今この場所には、2人だけがいて
2人だけのお祭りが、これから始まるの
お互いを感じている私と先生
お互いを見ている先生と私
感じている私を見ている私と
感じている先生を見ている先生
私を見ている私を見ている先生と
先生を見ている先生を見ている私
私たちは合わせ鏡を見ているように
お互いの姿しか映らない
映し出せない
「はぁ………はぁっ……………」
「ホシノ……休んでたんじゃないの………?身体は大丈夫なの……?」
あぁ………
あぁ………!
やっぱり……先生は先生だ………
こんな訳が分からない状況でも……私のことを第一に考えてくれてる………
嬉しくて嬉しくて、堪らない
「へへぇぇ…………おじさん具合悪かったんだけどねぇ………先生のこと見たら……治っちゃったよぉ………」
限界…………
もう限界…………
これ以上は待てない……
これ以上は我慢出来ない…………!
「先生ぇ……おじさん聞いたんだ…………シロコちゃんとノノミちゃんのこと………」
「………!」
「先生のこと無理やり倒して………先生のこと……いっぱい愛したんだよね……?」
「ホシノ……」
「先生は何も悪くないよ…………何も悪くない………悪いのは全部……私たちの方…………だから先生…………」
「今度は私のこと………愛してね………?」
この世界の………誰よりも………
あの時出来なかった、ファーストキス
私の初めてを………先生に捧げるよ…………
キスだけじゃない………
私の全部………先生にあげる………………
「ホシノ………………先輩…………………?」
「え………………?」
セリカ………………ちゃん…………………?
活動報告にて、曇らせへの持論を語っています。
宜しければ、足を運んでいただけると幸いです。
どの部活のギスギスが見たい?
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