ホシノ先輩の顔色が少し良くなった。柴大将の特盛ラーメンを食べて、この何日分の空腹が全部満たされたみたい。最後にはもう食べるのが苦しいって顔になってたけど、飢えて苦しいよりはずっとマシよ。
「この後はどうするの?」
隣を歩くホシノ先輩が、私に尋ねてきた。
あのまま家に籠もっていてもプラスにならないと思って、勢いで連れ出してきたホシノ先輩。
この後のプランとかは考えてなかった。
「そうねぇ………特に決めてはなかったけど………………あ」
何をしようかと頭の中で計画をこねくり回していると、目の中によく知っている人物のシルエットが映った。
私の今の悩みのタネの1つで………今はあまり会いたくない人。
「シロコ先輩だ」
「え」
私がシロコ先輩の名前を口にすると、ホシノ先輩は短く声をあげて固まった。
石像のように、シロコちゃんに目を向けたまま、ビタリと止まって動かなかった。
「ホシノ先輩?」
「ん…………ホシノ先輩、セリカ」
すると、シロコ先輩の方も私たちの存在に気が付いた。
「何してるの、2人で」
「え? あ、あー……………」
「あ…………」
「………?」
「ああっ………………」
突然、ホシノ先輩の声が震えだした。身体も小刻みにぷるぷると震えてる。
「ホシノ先輩……?」
「あ………う、うっ………!?」
「…………!?」
えっ………!?
ホシノ先輩…………!?
「先輩!?どうしたの!?」
「ううっ………!!!?」
ホシノ先輩が膝をついた
口に手を当てて、うずくまってる
頭が混乱する
何で、どうして
落ち着いたと思ったのに
ホシノ先輩の気持ちが、少しは落ち着いたと思ってたのに
何で………?
「はぁっ………はぁっ……………」
涙目になったホシノ先輩が、荒い息を吐き出してる
この場で吐くことは無かった
でも、冷や汗が凄い
明らかに普通じゃない
「ホシノ先輩……大丈夫………!?」
「はぁっ…………」
浅い呼吸を繰り返して、ホシノ先輩は何とか胸の気持ち悪さを抑え込んだみたいだった。
「ホシノ先輩、帰ろう………帰って身体を休めないと………」
「っ…………」
ホシノ先輩は何度か頷いた。私の声は聞こえているみたい。少し安心した私は、ホシノ先輩の肩を担いで、何とか立ち上がらせた。
「シロコ先輩!」
「え……」
「シロコ先輩も手伝って!ホシノ先輩を家まで送るわよ!」
シロコ先輩とノノミ先輩の問題とか、色々あるけど今はそれどころじゃない。
ホシノ先輩を家まで連れて行かないと………
「やめて……」
「早くして!!ホシノ先輩、何?」
「やめて………」
ホシノ先輩は声にならない声で何かを言ってる。こんなに近くにいても聞こえないぐらいのか細い声だった。
シロコ先輩がこっちに近付いてくる足音が聞こえる。
私たちの隣に並んだシロコ先輩は、ホシノ先輩のもう片方の肩に手を回そうとした。
その時だった。
パシッ………
何かが弾ける乾いた音が、私の耳に響いていた。
「え…………?」
何が起きたのか分からない。
私はホシノ先輩とシロコ先輩を見て固まっていた。
「触らないで………」
「ホシノ………先輩……………?」
「…………………」
ホシノ先輩の表情。
こっちからはよく見えなかった。
でも、この距離だからはっきりと分かることがある。
拒絶してる。
ホシノ先輩は、シロコ先輩を拒絶してる。
シロコ先輩とノノミ先輩の件。それにホシノ先輩と先輩の件。
無関係じゃない…………?
シロコ先輩とノノミ先輩だけじゃない………シロコ先輩とホシノ先輩にも何かが………?
「……………帰るわ。シロコ先輩、私だけでホシノ先輩は連れて行く。何かあったら連絡するから………」
「…………………」
私はぐちゃぐちゃになりそうな頭の中を、ホシノ先輩のことだけを考えるようにして必死に保ちながら、そのままホシノ先輩の家まで向かうことにした。
◆◆◆◆◆
手にはジンジンと、叩かれた後の痛みが残っている。
ホシノ先輩が、私の手を振り払った。
"触らないで"
ホシノ先輩の、私に対する短い言葉。たった一言、それだけを言った。
セリカは何があったのか分かっていない様子だった。困惑していたけど、でもホシノ先輩を家まで送るのを最優先にして私から視線を外した。
…………
…………………
バレる。
私と先生の関係が。
ノノミと先生の関係が。
セリカにバレる。
セリカは間違いなく、私と先輩に何があったのか尋ねる。それを止める方法は私には無い。
そして………もうあそこまでになったら、先輩は誤魔化せない。あの夜のことも、何もかもがセリカに話されてしまう。
もしそうなれば………
もしかしたら………ホシノ先輩も先生と………
私のライバルが、どんどん増えてしまう
ホシノ先輩だけじゃない、セリカも、アヤネも
もしかしたら、アビドスの皆で戦うことになるかもしれない
………………
………………………
止める方法は、もう分からない
不本意
不本意だけど
ノノミにも話すしか無いかもしれない
これからのこと
ノノミも共犯なんだから
◆◆◆◆◆
ホシノ先輩を担いで、何とか家まで戻ってきた。
歩く内に、先輩の呼吸がほんの少しだけ落ち着きを取り戻していた。
やっぱり、シロコ先輩と何かあったとしか思えない。
一旦ホシノ先輩をベッドに寝かしつけた私は、側でずっと考えていた。この数日の間、先輩たちに何があったのか。
「………………」
シロコ先輩とノノミ先輩がギクシャクし始める前……ホシノ先輩は体調を崩していた………
あの時は眠いっていう話で………先生に言われて仮眠を摂って………
もしかしてあの時………あの日の朝に何かあった………?
「う……ううっ……………」
「…………!?」
突然、暗い部屋にホシノ先輩のうめき声が聞こえ出した。心臓が止まりそうなほどにびくついた私は、恐る恐る先輩の顔をのぞき込む。
「先輩………?」
「ううっ……………シロコ……ちゃん………」
寝言…………?
先輩は目を覚ましていない。悪夢にうなされているの……?
「ノノミちゃん…………」
「………!!?」
「どうして…………どうして………………」
ノノミ先輩………………?
シロコ先輩と………ノノミ先輩……………
2人の名前を……こんなに苦しそうに……………
やっぱり……やっぱりあの2人のギクシャクと、ホシノ先輩は関係してる…………?
じゃあ、何で3人は…………
「ううっ…………」
「ホシノ先輩」
このままだと、眠っている方が逆にホシノ先輩を苦しめることになる。
私は先輩の肩に手を乗せて、何度か強く揺さぶった。
「起きて…………起きてホシノ先輩………!!」
「う…………」
もう開かないのかと思わせる程、ぎゅっと閉じられた瞼を、ホシノ先輩はゆっくりと、光を恐れる独房の囚人みたいに開けていった。
「ホシノ先輩……大丈夫?」
「セリカ………ちゃん………」
「凄くうなされていたわ………酷い夢でも見ていたの………?」
「……………………」
ホシノ先輩は私から視線をそらした。
言いたくない、そんな顔をしてる。
でも………
これを見過ごすことは流石に出来ない。
明らかに、3人に何かあったとしか思えない。
「ホシノ先輩、寝言で言ってたわ」
「え…………?」
「シロコ先輩………ノノミ先輩………どうして、って……」
「……………!!?」
ホシノ先輩の顔が、驚きの色に染まっていく。両目は丸々に見開かれて、左右の瞳が小さく見える。
「先輩が休みだしてから、シロコ先輩とノノミ先輩の様子がおかしいの。喧嘩してるのかなって思うぐらい、よそよそしくて………」
「…………………」
「ホシノ先輩も。休む前から、体調を崩してた。思えばノノミ先輩も休んでたし………」
「それは………」
「ねぇ………何があったの………?」
「…………………」
ホシノ先輩は何も言わない。
唇を横一文字に硬く閉ざして、俯いたまま。ここまで私に言われても、まだ答える気になってくれない。
それが
それが
とても悲しかった
「………ホシノ先輩…………お願いよ………」
「………!!」
一度声に出したら
もう止まらない
目頭がじわって湿るのが分かる
もう堪えるのは、限界だった
「私………このままなんて嫌………ちょっと前まで……あんなに楽しかったのに…………」
「セリカ………ちゃん…………」
「私……ホシノ先輩のこと大好きよ………だから………ホシノ先輩が苦しむ姿………これ以上見たくない…………」
「っ……………」
それしか言えない………
それだけが私の本心…………
「ホシノ先輩っ………お願い……お願いよぉ…………私のこと信じて…………私………先輩を独りにしたくないの…………」
「セリカちゃん……………私は………っ…………!!」
……………
………………………
「…………………」
「…………………」
お互いに俯いてる。
ホシノ先輩の頬に、何重にも重なった涙の痕が残っていた。きっと私にも同じものが見える。
「ホシノ先輩……………」
「……………………」
ホシノ先輩は、壊れかけの玩具が動くように、鈍く顔を私に向けた。
一瞬、口を開いた。その直後、また口を閉ざした。
迷ってる。ホシノ先輩が、本当のことを話すかどうか。打ち明けてくれる一歩手前まで来ていた。
私は引き下がる気は無い。
「お願い、教えて」
ホシノ先輩の肩を、この両手で掴んだ。びくっと震えるホシノ先輩だけど、私を見てくれていた。
「…………………あ」
口を開いた。
後は、聞くだけ。
「私は──────」
「………………………………は?」
◆◆◆◆◆
今日も朝から早起きをして、お弁当を作ってきました。
ですが……昨日はセリカちゃんも休み、ホシノ先輩も休み。シロコちゃんもお昼は見回りで学校を離れちゃうし………食べてくれるのはアヤネちゃんだけ。
そのアヤネちゃんも、どこか浮かない様子………困りましたね。
シロコちゃんが、まだ気持ちに整理をつけられていないから。もう私たちのことに皆気付きつつあります。
一体どうしたものでしょうか………
今後のことを頭で考えていると、ガラガラ……と部室の扉の開く音がしました。
ドアの向こうに立っていたのは、シロコちゃんです。
ここ数日では珍しくない、明るくない顔色で私を見ていました。
「おはようございます☆シロコちゃん」
「ノノミ」
おや………?
無視されると思っていたのですが………意外にも私に話しかけてくれたみたいです。何だか嬉しいですね……☆
「どうしましたか?シロコちゃん」
「昨日、セリカとホシノ先輩に会った」
セリカちゃんと、ホシノ先輩に?
2人とも欠席してましたが…………外で会ったということは、病院の帰り……ですかね?
「ホシノ先輩、私を見て吐きそうになってた。それでセリカはホシノ先輩を連れて家まで帰った…………多分、私たちのこと、セリカにバレてる」
「えっ?」
私たちのこと………先生との関係が…………
セリカちゃんに気付かれる。
「そう………そうですか……………」
「どうするの。もう誤魔化せない………」
うーん………これはセリカちゃんに大目玉を食らいそうですが………
でも、そんなに難しくない話だと思いますよ?
「誤魔化す必要は無いんじゃありませんか?」
「は………」
「このまま過ごしていても、どの道どこかでバレちゃってたと思います。だって、シロコちゃん………嫌な気持ちが顔に出てましたし」
「…………!!」
そう指摘すると、シロコちゃんが私に鋭い視線を向けてきました。
「ふふっ……そういう所ですよ?」
「ノノミが変なこと言うからでしょ………」
「私と同じ空間にいないなんて無理なんです。本気で隠し通す気なら、シロコちゃんもその態度は改めないといけませんね」
「………………」
まだ睨みつけられています。怖いですね………このままこの議論を続けても平行線になるので、手早く次の話に移ります。
「誤魔化さないというのは、ありのまま全てを受け止めてもらうということです」
「は」
「私たちが先生と関係を持った。それについてホシノ先輩はひどく思い悩んだ。………なら、ホシノ先輩の考えていることは1つですよね?」
「……………」
「『私も先生に愛されたい』…………ホシノ先輩だって、先生のことが大好きでしょうから」
「それがどうしたの」
「もう分かっているんじゃありませんか?先生に言って、ホシノ先輩とも一夜を過ごしてもらうんです」
「……………っ!!!」
シロコちゃんの髪が逆立ちそうな勢いで、一瞬ぶわっと舞い上がりました。食いしばられた白い歯が見えて、いよいよ怒り心頭に発する………といった形相です。
「もしセリカちゃんとアヤネちゃんが、それに不満があるのならば………2人にも先生との素敵な時間を過ごしてもらうんです」
「ふざけないで……」
「ふざけてなんていませんよ?だって、そうするしか無いじゃないですか。シロコちゃんは怒るセリカちゃんに何て言うんです?無理やり先生を襲っておいて」
「それは……」
「私たちは完全な加害者なんですよ?何を言っても言い訳になんてなりません。ならせめて、皆にも同じスタート地点に立ってもらえば、何とか納得してもらえるんじゃないですか?」
「ノノミ………!!」
ふふ………可愛いですね、シロコちゃん。私の提案が、そんなに不服ですか。
シロコちゃんは唯一であることに拘っていました。先生の初めての女、先生の唯一の女。夢見る乙女のようで、実に可愛らしいです。
でもね、シロコちゃん。それはもう無理なんです。私がいる限りは…………
「我が儘ばかり言っていても、現実は変わってくれません。シロコちゃんも先生に見てもらいたいなら、まずは現実を受け止めるべきです。私は逃げも隠れもしませんでしたから」
「ッ……………」
「私はシロコちゃんのこと、好きですよ。だから同じスタートラインで戦って、堂々と決着を着けたいんです。そして……シロコちゃんと同じくらい、皆のことも好き。公平な勝負なら恨みっこ無しです」
「私は…………」
シロコちゃんが続きの言葉を言い淀んでいたその時、部室の扉がまた開きました。
「あっ………」
「あ〜!アヤネちゃん、おはようございます☆」
アヤネちゃんでした。私たち2人に視線を注がれたアヤネちゃんは、一瞬強張った表情を見せます。
「お、おはようございます………」
シロコちゃんは挨拶をする余裕も無いのか、口を閉ざしたまま。
いけませんね………そんなにピリピリしてたら、ホシノ先輩の話以前に、皆に私たちのことを伝えているようなものです。
「アヤネちゃん、今日もお弁当を作ってきたんです。お昼にまた、食べてくれますか?」
「は、はい…………あ、あのっ!」
私たちのことを交互に見るようにして、アヤネちゃんは口を開きました。
「大丈夫………ですよね……?2人とも……喧嘩なんてしてないですよね………?」
「喧嘩?」
「先輩たちの様子……今までと違います………も、もし何かトラブルがあったら、私に言ってください!どんなことでも力になります!だから!」
バン!
一際大きな音を立てて、部室の扉が開きました。
そこにはセリカちゃんが。
そしてその表情は─────
「シロコ先輩、ノノミ先輩」
怒りの色をたたえていました。
「セリカちゃん………?」
「2人とも………ホシノ先輩から話を聞いたわ。…………先生のこと襲ったって」
「…………えっ?」
ストレート過ぎる切り出し。
アヤネちゃんは硬直し、頭に大きな疑問符を浮かべています。
「先生を襲って、無理やり先生と寝たって…………」
「え……?セリカちゃん…………?え?」
「どういうことなの先輩」
今まで見せたことのない程の、激しい怒り。
決して私たちに向けることの無かった剥き出しの敵意。
強烈な刺々しいその視線は、私たち2人のことを胸から上に突き上げるように串刺しにしていました。
ですが………
これは予想していたこと。
むしろ重要なのは、ここからです。
「………確かに、私たちは先生のことを押し倒しました」
「ノノミ先輩!?」
アヤネちゃんが目をカーブミラーのように丸く大きく見開いています。
「シロコちゃんの話だと、先輩はそのことで思い悩んでいたとか」
「……………」
「私もそうでした。先生のことが大好きだったんです。シロコちゃんが先生と寝たと知って、絶望の底に突き落とされました……ですが、その時に思ったんです。シロコちゃんばっかりはズルいって………ホシノ先輩も、そう思ったんじゃないですか?」
「………………」
シロコちゃんが、視線を意図的に私たちから逸らします。
「なら、ホシノ先輩にも先生との時間を過ごしてもらってはどうでしょうか?」
「……………!」
「先生なら許してくれます………先生なら受け入れてくれます………だって先生は、私たち生徒のことを」
「ふざけないでッッッッッッッ!!!!!!」
とてつもない轟音で、部室の机が叩かれました。
その衝撃で、机にはヒビが入り、ガシャンと音を立てて崩れていきます。
怒る気持ちも分かります…………
真面目なセリカちゃんならそう思うことも、分かっています。
でも、私たちは結局、同じ行き着く先しか用意されていないんです。
「セリカちゃん、ホシノ先輩は先生のことを───」
「ホシノ先輩、自殺しようとしたのよ」
「え?」
「口開けて、ショットガンの銃口向けて………あと少し私が向かうのが遅れてたら………先輩はあそこで死んでた………」
「セリカ…………?」
「死んでたのよっ!?!?!?!?!?」
ホシノ先輩………………?
どの部活のギスギスが見たい?
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セミナー
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放課後スイーツ部
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風紀委員会
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百花繚乱紛争調停委員会
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