やぁ皆!
私はシャーレの先生だよ。
うん、朝日の煌めきが心地良い。朝というのは、生命の潤む至福のひと時だ。顔を洗えば心も洗える。一挙手一投足が、自らを高みへいざなう準備運動と言えるね。
知っているかい? 朝に感じた不愉快というのは、朝だけでなく1日中尾を引くものらしい。自律神経の問題でね、朝に不快になると副交感神経に不調をきたし、そのまま自律神経も乱れて無駄な興奮や焦燥感などを抱えたままその日を過ごすことになるのだと。
つまりね、朝は清々しくあるべきなのだ。それこそが幸福な人生を過ごす第一歩、ということだよ。
さて………
点けるか。
私はTVモニターを起動し、既にインプットしてある映像データを再生させた。
……………
…………………………
『分かりますか? 私もシロコちゃんも………二番煎じ三番煎じ………いえ、それ以下なんです。特別でもなんでもないんですよ』
『嘘を言わないでっ!!!』
あぁ…………
良い、実に良い。
この部分、芸術的だね。
女性のギスギスというものの、書道の教師のお手本のように適切な模範例。
私はこれが見たくて生きているのだ。
これで今日も1日、私は絶好調さ。
お………
モモトークの通知が来たようだ。アヤネかな?
………やっぱりアヤネだ。他の皆が、私に話をする程に余裕があるとは思えないからね。
『先生、助けてください』
分かっていたよ。
あの修羅場を収めることが出来るのは私しかいない、そう捉えているんだね。
確かに、私が呼びかけなければ誰も応じない。それは間違い無いね。
だが………
まぁ、それは後になって分かる。今は良いだろう。
大切な生徒からの救援要請だ。先生として、大人として、応じない訳にはいかないよ。
さあ………
行こうか。
◆◆◆◆◆
先生に送信したモモトークには、ほどなくして返信がありました。
『何があったの?』
私は、今の対策委員会で起きていることを全て書きました。文章は、もしかしたら滅茶苦茶だったかもしれません。もう構成とか、纏まりとか、そんなことを考えている余裕は無かったんです。
先生は少し間を開けて、私の長文のメッセージに返事をくれました。
『私が皆を集める。アヤネも今日、部室に来てくれないか』
その文言を見て、錐の鋭利な先端で突き刺されたような、激しい痛みが胸に走りました。
間違いなくこの問題の最後の話し合いの場。
そこで皆が和解出来なければ、この先もう5人で手を取り合える日々はやって来ない。
そんな恐ろし過ぎる未来が頭を過ったのです。
ですが
ですが、もう私に他に出来ることはありません。
悲しい、本当に悲しいことですが、私はホシノ先輩が何に悩んでいるのか………シロコ先輩とノノミ先輩が、どんなことをしてしまったのか。何も知らずに過ごしていた。
誰の力にもなれませんでした。
あの時だって、頭がパニックになって、セリカちゃんを引き止めることも、シロコ先輩とノノミ先輩に歩み寄ることも出来ませんでした。
…………
………………
お願いします………
私たちを助けてください………
今回……先生が一番難しい立場にいるのは分かっています……
でも……
どうか………
またあの日を………あの楽しかった日々を………取り戻して下さい……っ………
◆◆◆◆◆
家を出て、学校に向かって、校門の前に到着しました。
心臓がずっとバクバクと鳴っていて、息をするのも辛い。身体が震えて、足が竦みそうで、途中で何度も立ち止まりました。
でも、ようやく到着した。
どうか
どうか………皆が元の笑顔を見せてくれますように…………
「あ………」
「あっ…………」
シロコ先輩…………
「アヤネ……………」
シロコ先輩の姿………昨日までよりももっと暗い表情をしています……
それだけじゃない。
目元まで赤い。
泣いていたのでしょうか。
ホシノ先輩への罪悪感…………
先生への罪悪感…………
……………
「ア、アヤネ……」
「………先に行きます」
どれだけ悔いても、現状は変わりません。
私は校門をくぐり抜け、アビドスの砂を踏みしめました。
部室の前。
私の後ろにはシロコ先輩が。ここに来るまでに他にすれ違った人はいません。
扉を開けたら、そこに誰がいるのかも。
…………
ホシノ先輩だったら…………
今対面したら、どうしよう。
いつかは会わなければならないのに、そんな風に弱腰になっている自分に気付き、嫌悪感が滲み出てきました。
「あ………………」
シロコ先輩は短く声を出しましたが、続く言葉はありません。きっと、私と同じことを考えているのでしょう。
ならば、ここで立ち止まっていても何の意味もありません。
「…………………」
ガラガラ…………耳に馴染んだ音を立てて、私は部室の扉を開きました。
「………!!アヤネちゃん………シロコ……ちゃんも……」
部室には1人、先客がいました。
ノノミ先輩です。
いつものように、ニコニコと私たちを出迎えることはしません。
シロコ先輩と全く同じ、曇り空のように薄暗い面持ちで、不安げに私たちを見つめています。昨日までのあの笑顔が、ノノミ先輩の作り笑いだった。そう思えると、私の胸にもずしりと重りがかかります。
「2人も先生に言われて来たんですか………?」
「…………はい」
振り向くと、シロコ先輩も小さく頷きました。
ノノミ先輩もよく見ると目元が赤くなっている。ホシノ先輩のことで、ノノミ先輩も…………
部室には、昨日のセリカちゃんが壊した机と、椅子が残されているだけ。私たちは座って、セリカちゃんと………ホシノ先輩と、先生を待つしかありませんでした。
「…………………」
「…………………」
「…………………」
…………苦しい。
誰も、何も話さない。
普段はわいわいとお喋りをする声で賑わう対策委員会の部室が、全くの静寂に支配されている。
1秒時を刻むごとに、胸の重りをどんどんと重くされている気分。
………………
……………………………
「あ…………」
部室の扉が開きました。
「…………!セリカちゃん…」
扉の向こうにいたのは…………セリカちゃん。
室内の空気に緊張が走ります。
「アヤネ………」
接着剤で固めたように横一字に結ばれた唇が開き、私の名前を呼びました。
そして………
「…………………………」
シロコ先輩とノノミ先輩を睨みつけます。
その針のように鋭い視線から逃れるように、2人は俯きました。
………やっぱり、セリカちゃんは怒ってる。それも、これまで見せたことが無いぐらいの強い怒り。
私の不安感が頭頂部から突き上がりそうな程に増していきました。
「……………………」
セリカちゃんは椅子に腰を下ろした後も、2人から目を話すことをしません。ずっと、逃さないという意志を込めて目を向け続けています。
部室内の窓にヒビが入る錯覚を覚える、ピリついた空気感。私は堪えきれずに口を開きました。
「あ、あの……セリカちゃん」
「……………何」
そこでセリカちゃんは、ようやく視線を2人から外して私に向けました。私に向ける視線には、敵意は無い。目つきは険しいですが、私には負の感情をぶつけることはありませんでした。
少し、本の少しだけこの緊張が和らぎます。
「セリカちゃん………セリカちゃんも、先生に呼ばれて来たの………?」
「………そうよ」
「そ、そう……………何て言われたんですか…………?」
「……………大事な話があるから集まってくれって」
「そ、そうでしたか……私もです。……………あの、セリカちゃん」
「ん……」
「体調は………大丈夫でしたか………?」
「…………」
「私、セリカちゃんまで具合悪くしたんじゃないかって心配で……」
「…………大丈夫よ、ありがとう。アヤネこそ平気なの」
「………!はい………私は何とか…………………」
私はほんの少しだけ安堵しました。
セリカちゃんにはまだ、私に気遣いの言葉をかけられるだけの心の余裕が残っている。自暴自棄になったり、誰も彼もが敵に見えたり、そこまでの傷は負ってない。
………まだ希望はある。
「……………………………」
……そう思った直後、セリカちゃんは再びシロコ先輩とノノミ先輩を睨みました。
見えかけていた希望が、一瞬にして閉ざされたような絶望感。私はこれ以上何も言うことが出来ず、ただ俯くことになります…………
……………
……………………
「セ、セリカ……………」
重たい沈黙が破かれて、細々とした震え声が耳をすり抜けてきました。
「ホシノ………先輩は………………」
シロコ先輩…………
「……………ホシノ先輩は」
ガラガラ………
扉の開く音。
そこにいたのは…………
「ホシノ…………先輩…………………」
「………………………」
目の下にクマを作った、吸血鬼の皮膚の色ように血色の悪く悪くなった、弱りきったホシノ先輩。
私たち全員を覇気に無い顔を向けてから、空いた席へと足を進めていました。
今すぐにでも倒れてしまうのではと心配するほどに、呼吸は浅く、足取りもおぼつかなく見えます。
「あ…………ホシノ先輩…………」
ノノミ先輩が、唇を震わせながらホシノ先輩に呼びかけます。ですが………ホシノ先輩は、一瞥しただけで何も返すことは無く、無言で着座するだけ。
それを見てセリカちゃんは、一層目の怒りの色を強めました。
「ホシノ先輩、本当に1人で大丈夫だったの。やっぱり私が一緒の方が」
「………ううん。どうしても1人が良かったの。ありがとう、セリカちゃん」
ホシノ先輩は確か、セリカちゃんと一緒にいたって話で………
2人の間でどんなやり取りがあったのか。私には分かりませんが………それをここで聞くことは出来ません。そんな雰囲気ではありません……
先生………
早く来て下さい……………
「皆」
「…………!」
私たちの視線が一点に注がれます。
そこには、今までにない深刻な表情をした先生の姿が。
私の心拍数は、刻一刻と高まっていました。
◆◆◆◆◆
先生は部室の扉を開けて、私たちひとりひとりに目を向けました。
黒くて綺麗な、真珠のように鮮やかで瑞々しい瞳。しかしその瞳に、今日ばかりは陰りが見える。そんな先生のらしくない姿に、私たちは息を呑みます。
「皆……来てくれたんだね」
先生は全く笑みを見せることもないままに、部室の中に足を踏み入れました。
「…………事情は分かってる。今、皆がどんな気持ちなのか………」
「っ……………」
先生から目が離せない。
私の希望はもう、先生にしか無い。
先生、どうか。
どうか、私たちのことを…………
「……………すまないっ!!!!!」
「!!?」
先生…………!?
先生は思い切り、深々と、私たちの前に頭を下げました。
「皆が傷ついたのは全て私のせいだ………!!!」
「先生!?」
「私が先生として………大人として………もっと毅然としていれば………!!悪いことは悪いことだとしっかりと伝えられていれば…………こんなことにはならなかった………!!!!シロコもノノミも………ホシノもセリカもアヤネも………傷つくことはなかったんだ…………!!!!!」
あ………
先生の瞳から
ぽたぽたと透明な液体がこぼれ落ちてる
「皆を導くのは私の役目だった………そのはずなのに………っ!!私は皆の仲を壊したくないと恐れて………生徒の願いを聞き入れようとして………正しい道を示すことを躊躇った………!!!!有耶無耶にしようとした!!!どんなに欲しいものでも………やりたいことであっても………ダメなことはダメなのに………私がそれを教えることが出来なかったっ!!!すまないッ!!!私の弱さが君たちを傷つけたッ!!!!!!!」
あ………
先生が………
先生が泣いてる………
私たちと同じように………
弱くなってる…………
「すまないッ!!!私が………私がッ!!先生として未熟だったッ!!私は先生失格だッ!!!!」
あ……
ああっ…………
先生………
やめて………
膝を……
膝をつこうとしないで……
それは……それだけは………
「やめてよっ!!!」
セリカちゃん………?
「何で先生が謝るのよ………?先生は今まで私たちに………私たちにどれだけのことをしてくれたと思ってるの………?」
立ち上がった
セリカちゃんが
先生が両膝を床につける前に
身体を止めた
「物資が尽きかけた時も……ヘルメット団が攻めてきた時も……私が誘拐された時に助けてくれたのも…………カイザーがホシノ先輩を連れて行った時も………………助けてくれたのは先生……………………………………全部先生でしょっ………!!?」
セリカちゃんの言葉で
記憶が蘇ってくる
私たちが苦しい時
辛い時
助けて欲しいって願った時
そんな時
いつも先生がいた
先生が助けてくれた
時には命を懸けて
銃弾一発で危ない身体なのに
迷わず
恐れず
私たちを第一に考えてくれた
先生が
先生がいてくれなかったら
私たちは…………
「先生は何も悪くないわっ!!!悪いのはあの2人よっ!!」
セリカちゃんが
シロコ先輩とノノミ先輩を指さした
「そんな……そんな先生に2人は何をしたのっ!!?先生のこと無理やり押し倒してっ!!!自分勝手に汚してっ!!!!恩を仇で返すどころじゃないっ!!!!先生の温かい気持ちまでぐちゃぐちゃにした!!!先生だけじゃない!!!ホシノ先輩のことも苦しめた!!!!苦しめ続けた!!!!!最低!!最低すぎるわっ!!!!」
「あ………先生………ホシノ先輩………私は………」
シロコ先輩が
目に涙をためてセリカちゃんみ見てる
「ごめんなさい………」
「ッ!!何よその目は…………今更何を言う気なの………?先輩がいくら謝ったって………起こったことは変えられない………」
「先生……ホシノ先輩…………っ………」
今度はノノミ先輩が
頬に一筋の涙が流れ落ちてる
「私が………私が間違っていました…………私は止められたのに………自分のことを止められたのにっ………自分の気持ちを抑えないで……気持ちよくなることしか考えてなかった………っ……!」
「ノノミ先輩まで………!私たちの……私たちのアビドスを滅茶苦茶にしておいて………今更………今更っ………!!」
あ
ああっ
嫌だ
このままだと
「セリカ……私はっ……」
「うるさい………うるさいわ…………聞きたくない……聞きたくもないっ!!2人の口から出てくる言葉なんて全部嘘よ……!!そうやって私たちを騙して、自分の都合の良い風に過ごそうとしたんでしょ!!」
ダメ……
「セリカやめてくれ……私が悪いんだ………全部私が先生として至らないばかりに………」
ダメ……………
ダメ……………………!
「ダメぇぇぇっ!!!!」
「!!!!?」
「どうして………どうして皆そんなことを言うんですかっ!!?」
「アヤネ…………?」
「ちょっと前まで…………ちょっと前まで!!あんなに幸せだったのにっ!!!毎日笑って!!楽しんで!!!そんな幸せがずっと続くって思ってたのに!!!どうしてお互いを傷つけることを言うのっ!!?どうしてそんな悲しいことを言うのっ!!?」
「アヤネ………悪いのはあの2人よ……!?」
「セリカちゃんも!!!」
「!!?」
「私たちはここに仲直りに来たんじゃないの!!?どうしてもうバラバラになるみたいに!!悲しいことばっかり言って!!」
「あ………」
「嫌だ………嫌だよ!!私は嫌だ!!皆がこのまま離れ離れになるなんて!!なるなんて!!!絶対に嫌だ!!!私は皆が良い!!アビドスの5人が一番良いのにっ!!!なんで!!なんでぇぇっ!!!!」
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ…………………………」
……………
…………………
………………………………
◆◆◆◆◆
アヤネちゃんの泣き声が、狭い部室に響き渡った。
セリカちゃんも。
シロコちゃんも。
ノノミちゃんも。
先生も。
皆、皆口を閉ざした。
アヤネちゃんの言葉。
きっとあれが皆の気持ちだった。
皆、アビドスが好きだ。
5人しかいない、借金まみれの廃校寸前だったアビドスが。
何度も苦難を乗り越えて。
その度に私たちは笑っていた。
それがアビドス。
アビドス廃校対策委員会。
そして私は………
皆を率いる3年生。たった1人の、皆の先輩。
ずっと、ずっと考えてた。1人で考え抜いた。
これからのこと。これから対策委員会がどうなっちゃうかってこと。
自分のことで手一杯だった。
辛くて、辛くて、一度は本当に死のうとした。
でも……
どんなに辛くても、私にはやらなきゃいけないことがある。
ユメ先輩から預かったこのアビドスを、最後の最後まで守り抜く。
皆の学校生活が、楽しかったで終われるよう。
それが私の役目。
私があるべき姿。
なら……
今回のことも。
私が終わらせなきゃいけないんだ。
「…………皆」
初めて口を開いた私に、皆の視線が注がれた。アヤネちゃんですら、私のことを見てくれた。
「……悪いのは私も同じだよ」
「え………?」
「私もね………先生のことを押し倒したの」
「!!?ホシノ先輩っ!?」
セリカちゃんが、目をまんまるに見開いてる。言いたいことは分かるよ。でも……ありのままを伝えなくちゃいけない。
「シロコちゃんとノノミちゃんがそうしたって知って、何で私はいけないの、私も先生のこと大好きなのにって………ドロドロとした感情に我慢出来なくて、私は先生を襲った。でも……セリカちゃんに見つかって、結局私は何も出来ないで逃げ帰った」
そう……それが真実。
変えることの出来ない、既に起こった出来事。
「先生……まだ言えてなかったね………ごめんなさい。私も先生のこと、汚そうとした。最低だね」
「ホシノ…………」
「ホシノ先輩………でもそれは、ずっと思い悩んだからで……!」
私は静かに首を横に振った。
「セリカちゃん……ありがとう。でも、どんな理由があっても、私はやってはいけないことをした。それを言わないと、前に進めない」
私は皆の目を見た。
涙に濡れている。
誰もが傷を負って、今に絶望してる。
うん………
そうだよね。
でも、そのままにはしておかないよ。
「皆…………またやり直せないかな?」
「………!!」
「私たちは子供だった。どうしようもないぐらい馬鹿で、自分勝手で。大人になるにはこんな薬が必要なぐらい、本当にお馬鹿さんだった。………それで済む話じゃないけど、でもやり直せないなんて悲しすぎる。私もアヤネちゃんと同じ………このままは辛いよ…………」
これが私の全て。
私の気持ち………
後は皆……
皆の気持ち………
「…………っあ………ホシノ………先輩………」
シロコちゃんの震え声。顔を向けると、ゆっくりと私の方に近づいてきていて、がばっ………と両腕を広げて抱きついてきた。
あの時、セリカちゃんが私にしたように。
「ごめんなさい………ごめんなさいっ………………先輩に酷いこと言った………何度も……何度もっ………!!」
「うん…………」
「ごめんなさいっ………!!!」
「泣かないで………後輩が泣くところなんて見たくないから………」
シロコちゃんの頭を撫でる。
私よりも身体の大きなシロコちゃん。でも今は、生まれたての子犬のように小さく思える。
「シロコ先輩………!!」
「ノノミちゃん」
「ごめんなさい…………!!」
ノノミちゃんはほっぺたをびしょびしょにするぐらいの涙を流しながら、私に頭を下げた。
「私が一番先輩との付き合いが長かったのに…………私はまるで先輩の気持ちを分かっていませんでした………!!先輩は私のことを受け入れてくれたのに……なのに私は……っ……!!」
「いい………もういいんだよ………それ以上自分を悪く言わないで…………」
「ホシノ先輩っ……!!!!」
あれ……
おかしいな。
私まで、涙ぐんじゃってる。
いけない………皆にはもう、弱いところ見せたくないって思ってたのにね………
でも………
きっと………こうやって少しずつ………
またあの日々を取り戻すしか無いんだよね………
最初は痛いだろうけど………
でも……いつも私たちはそうやって乗り越えてきた。
なら、今回だって同じことだ。
私たちは、乗り越えてみせる。
「セリカちゃん……………アヤネちゃん…………先生………」
「ホシノ先輩……」
「こんな私たちだけど……また受け入れてくれるかな………?」
「…………!!ホシノ先輩はそれで……………」
セリカちゃんはそこまで言いかけて、首を横に振った。
「………………先生はそれでいいの?」
そして……先生に尋ねた。
「…………今回の件は、私の甘さが招いたことだ。皆が良いって思うなら………是非もないことだよ」
「…………………」
「アヤネちゃんは………」
「私は…………皆がもう一度やり直せるなら………それが一番です………………」
…………………
「顔を上げて、シロコちゃん。ノノミちゃん」
「ホシノ先輩っ………」
「もう泣くのはダメ。私たちの新しい一歩なんだから。ほら。笑って」
「…………」
「じゃないと………おじさん、くすぐっちゃうよ!!」
「…………!!?」
私はシロコちゃんとノノミちゃんの脇腹を思いっきりくすぐった。
「ちょっ……先輩………っ!?」
2人とも、困惑してる。でも強張ったその顔は、すぐにくしゃっと崩れ落ちた。
「あっ………ははははっ!!!ちょっ……先輩っ……あはっ!!止めてっ!!!あははっ!!!!」
「止めて下さい………はははっ!!!!」
「うん、そう、そう!!笑っちゃいなよ!」
私たちは青春真っ盛り。
悲しくて流す涙より、辛くて流す涙より。
笑って流す涙が、一番似合っている。
◆◆◆◆◆
私はアビドス高校1年生、奥空アヤネ。
今は午前中のお仕事が終わり、お昼休みの時間。
あれから………私たちは、イチからやり直すことにしました。
色々、本当に色々な感情を味わった。
もうダメかもって、絶望もしかけました。
ですが………
皆やっぱり、アビドスが好きだった。
この5人が、この5人で過ごす時間が、何よりも大切だった。
当たり前すぎて気が付かなかった事実。ですが、結局それが一番重要だったんです。何物にも代え難い、私たちの宝物だったんです。
「皆!」
ノノミ先輩の元気な声が、見えない手となって私たちの肩を叩きます。振り返るとそこには、大きなお弁当箱が。
「今日もお弁当、作ってきたんです☆」
ノノミ先輩はキラキラとした笑顔で、何段にも重なったお弁当箱を開けました。
「わぁ………」
セリカちゃんが思わず声をあげます。そこには、様々なおかずが………。
唐揚げ、ハンバーグ、ウィンナー、他にも元気がつく食べ物がいっぱい………
「ノノミ、大変だったんじゃないの?」
「いえ!皆が美味しく食べてくれる所を想像したら……もう居ても立ってもいられなくなって☆」
ノノミ先輩の太陽のような微笑みが、私たち全員を照らします。
…………これです。
私が欲しかったのは、この日常………
なんてことの無いことで、皆で盛り上がったり、笑い合ったり………
それだけ出来れば、他には何もいらなかったんです。
「うへ〜、おじさんお腹ペコペコだよ〜………」
「うふふ……沢山食べてくださいね、ホシノ先輩☆」
………私もお腹が空いてきました。
早く食べないといけませんね。
「いただきます!!!」
私たちはおかずをいくつも摘んで、口に放り込みました。
じゅっ……と刺激的な肉汁を弾き飛ばすハンバーグ。カリカリっと衣が心地良い唐揚げ。
ふんわりと柔らかい卵焼きも、甘い舌触りで普段の疲れを溶かしていくのが分かります。
「美味しい…………美味しいですよノノミ先輩!」
私は先輩に心からの感想を伝えました。
先輩はそれを聞いて、綺麗な緑色の目を細めています。
幸せ。
本当に、幸せで
「美味しい…………今度先生にも食べてもらいたいぐらい…………」
「…………………え? あ…………」
「あ…………そ、そうよねシロコ先輩!!こんなに美味しいものを私たちだけで独り占めなんて!」
「そ、そうだね〜!おじさんも賛成だよ〜」
「ふ、ふふっ……!じゃあ今度、先生が来た時にもう一度作りますね☆………………」
幸せ……です…………。
………………
……………………………
……………………………………………
◆◆◆◆◆
『…………………え? あ…………』
『あ…………そ、そうよねシロコ先輩!!こんなに美味しいものを私たちだけで独り占めなんて!』
『そ、そうだね〜!おじさんも賛成だよ〜』
『ふ、ふふっ……!じゃあ今度、先生が来た時にもう一度作りますね☆………………』
うん…………
うん…………………
楽しみにしてるよ、ノノミ。
…………あ、もうこんな時間か。
やぁ皆。
私はシャーレの先生だよ。
どうだったかな、アビドスの皆の様子は。
アヤネとホシノ。あの2人は、今回の一件のキーマンだった。
アヤネは何も知らされず、ただただこの件を黙ってみているしかなかった立場。だが………そんなアヤネだからこそ、汚れのない心からの説得力の籠もった叫びを響かせられる。
そしてホシノ。最も追い詰められたホシノだが、アビドスへの想いは本物だ。どんなことがあろうとも、最後には皆が一緒にいられる道を選ぶ。傷ついたからこそ、当人が不問にすれば他の者は口出しが出来ないというもの。そして、ずっと皆の頼れる先輩でいたホシノだからこそ、皆を再びまとめられた。ホシノの培ってきた信頼が生きたのだ。
うん。
万事解決。
これで皆の青春は、何事もなく日常へと帰ってきたね。
……………
……………………
と、そう上手く事が進むはずもなく。
節々から感じられるよ。
皆怖いんだね………またバラバラになってしまうことが。
気が付いているかな。
皆、前よりもボディタッチが減ったことに。
前よりもマイルドな言葉を使って会話をするようになったことに、。
ちょっとでも棘がある言葉を使えば、相手を傷つけてしまうかもしれない。
喧嘩になったら嫌だ。
言い争いは嫌だ。
そうした、パックの中の卵が割れないように、丁重に、丁重に扱うような向き合い方が、自然と皆の元々の距離感に隙間をこじ開けてしまっている。
一見、元通りの対策委員会。
だけどね。
クシャクシャに丸めた紙をまた広げても。
その紙は皺だらけなんだ。
元々の、綺麗な、ピンと張った紙には戻らない。
戻れない。
そう。
それこそが。
「ギスギス」の本質。
私が見たかったものの真髄だ。
まだまだ………アビドスの皆は私を楽しませてくれそうだよ。
…………さて。
いかがだったかな、皆。
女性のギスギス、楽しんでもらえたかな?
最初にも言ったけど、私はどのような人間であれ、自己を実現する権利を持っていると考えている。
私や皆は、いわば「日陰者」。
その
それで良いんだよ。
共感なんて必要無い。
そんなものは無くたって構わない。
人生は言うならば「点を取るスポーツ」だ。
広大なサッカーグラウンドを想像してみてくれ。
声援や野次を飛ばす四方八方のギャラリー。
そして私は、22人のプレイヤーの中で………一際輝く、炎のように熱いストライカー。
何度も何度もボールを蹴り、得点する。ハットトリックは日常茶飯事さ。
そう、私たちは皆ストライカーなんだ。
野次なんて無視して良い。グラウンドに立たない人の声なんて、聞いたって仕方が無い。
私たちはただ、自分が「気持ちいい」と思える生き方をして、バンバン点を決めてやれば良いんだ。
人生は一度きり。ならば、その一度を主人公として過ごさなきゃ、勿体ない。
私は皆にそれを知ってもらいたかったんだ。
皆が思い思いの「性」を見つけて、それに邁進出来る日々を心から願っているよ。
ん、これからどこへ行くのかって?
それはね………ミレニアムサイエンススクールだよ。
私の次のお仕事は………
「先生!」
お…………
硝子のように透き通る、綺麗な音色が私を呼ぶ。
振り返るとそこには、冬に積もる雪のように白い生徒が立っていた。
彼女の名前は──────
「やぁ──────ノア」
生塩ノア。
ミレニアムサイエンススクールの2年生。ミレニアムの生徒会であるセミナーに所属する、絶対記憶能力を持つ書記だ。
「先生、お待ちしていました♪」
軽やかな声色で、私を歓迎してくれるノア。
微笑みの立役者である釣り上がった頬は、ほんのりと桃色に染まり上がっている。艶めかしいのトップモデルが服を着て歩いていた。
「なんかノア、やけに機嫌が良いね」
「ふふっ………先生に会うの、久しぶりですから」
「そっか……そうだね。最後に会ったのはいつだっけ……」
「今から35日と18時間43分前です」
「おお………凄い記憶力。流石ノアだ」
「ふふ……♪」
今日からしばらくは、セミナーでの仕事をする予定になっている。
「先生、今までのスーツと違いますね」
「お、気付いた?」
「はい!先生のことなら、全部記憶していますから」
アビドスでの仕事は終わった。
こうしてスーツも新調して、心機一転。私は頑張ることにするよ。
「先生。先日、この辺に美味しいレストランが開店したんです。今日のお昼、一緒に行きませんか?」
「うん、良いね。今から楽しみになってきた」
微笑みが止まらないノア。そしてそんなノアと仲睦まじく会話する私。
今、ノアは私と世界で一番近い所にいる。
この瞬間は、私とノアだけの夢のひと時だ。
でも
それが我慢出来ない子がいるんじゃないかな。
さっきから、背後に視線を感じるよ。
その感情は、決して穏やかじゃない。
そしてその感情は、私ではなくノアに向けられている。
もう分かっているんだ。
君が誰なのか。
自分の感情には、素直になった方が良いよ。
たとえそれが、親友に対する感情であったとしても。
そうだろう?──────────ユウカ
────────生徒たちのギスギスが見たい先生・完
最終話までご清覧いただき、誠にありがとうございます。
宜しければ、評価を付与して下さると幸いです。
さて、最後ですので、本作の誕生について少しお話しします。
本作は1月より放送されていたアニメ"BanG Dream! Ave Mujica" に感銘を受けて作られたものです。
"Ave Mujica" の作中では、度々女性同士が険悪な雰囲気を醸し出す場面が描かれており、私はそこに「女性のギスギスを生み出したい」という自らの初期衝動を見出しました。
他にも、普段読んでいる純文学作品を意識した表現や文構造を要所要所で挟んだりと、個人的には遊び心を持って取り組めた作品として印象に残っています。特に、ホシノが先生を押し倒すシーンでは、安部公房の作品のとある場面の表現を強く意識したものがあります。もし気付かれた方がいらっしゃったら、感想欄等で教えていただけると嬉しく思います。
他の部活のギスギスについては、現時点では見通しは立っておりませんが、今後何かを思いついた場合には、別の作品として投稿する考えです。
長々と語り過ぎても締まりが悪いので、後書きもこの辺りで締めくくりといたします。
それでは、本作はこれにて完結です。重ね重ね、ご愛読ありがとうございました。
どの部活のギスギスが見たい?
-
セミナー
-
便利屋68
-
放課後スイーツ部
-
風紀委員会
-
ティーパーティー
-
百花繚乱紛争調停委員会
-
その他