生徒たちのギスギスが見たい先生   作:せご曇(せごどん)

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シロコとホシノ①─ホシノの我慢と罪悪感─

 

『先生 今から会えないかな?』

 

 私はアビドス高校3年小鳥遊ホシノ。

 

 モモトークで先生にメッセージを送っていた。

 

 すぐに既読が付いて、先生から返信が来る。

 

『いいよ』

 

 その三文字に、心臓がトクンと小さく跳ねる。口元の筋肉が緩んで、目が自然と細くなる。

 

 これから先生と会える。先生と2人きりになれる。

 

 先生はこれからアビドスまで向かいに来てくれる。それまで私は、この目の前にある書類仕事に手を付けて時間を過ごすことにした。

 

「……………はぁ」

 

 思わず溜め息が漏れる。最近、溜め息をつく回数がどんどん増えてる。

 

 私は………先生のことが好きだ。

 

 この「好き」は対策委員会の皆に対する「好き」とは違う。今まで抱いたことのない、不思議で特別な感情だった。

 

 先生

 

 キヴォトスの外から来た大人の人。私たち生徒よりもずっと力は弱くて、押せば倒れてしまうぐらいに弱い。

 

 なのに、誰よりも芯は強くて………頼りになる人だった。

 

 最初は先生のことも信用していなかった。他の大人たちと同じで、最後には私たちのことを見捨てる。そんな風にしか考えてなかった。

 

 なのに。

 

 なのに、先生は他の大人たちとは全く違った。

 

 私たちのこれからのことを、一生懸命に考えてくれた。

 

 先生だけだった。私たちに寄り添ってくれたのは。私が心を許せた大人は。私の………弱さを見せられる人は。

 

 ………………

 

 待ち遠しい。

 

 先生が来るまでの数十分間が、物凄く長く感じられる。

 

 早くあの声を聞きたい、早くあの笑顔を見たい。先生に「ホシノ」って呼んでもらいたくて、今から胸がドキドキする。

 

 それに………今日は先生の寝顔が見られるかもしれないから。

 

「はぁ………」

 

 今日何度目の溜め息だろう。

 

 結局先生が来るまでの間、書類仕事には全く手が付かなかった。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 先生からそろそろ着くというメッセージを貰った私は、机の上にあった書類を急いで隠した。

 

 今日は仕事を手伝って欲しくて先生を呼んだ訳じゃない。仕事とは一旦離れてもらう。

 

 先生が来る。あともう少しで。そう思うと、心臓のバクバクが速くなってきた。

 

 扉をノックする音が聞こえると、心音が一段と強くなる。先生が来た。先生に会える。やっとこの数十分のもどかしさから解放される。

 

 私は救いを求めるようにして口を開けた。

 

「ど、どうぞ〜!!」

 

 緊張で少し上ずった声が出ちゃった。恥ずかしい……

 

 でもここは、笑顔で先生をお出迎えする。

 

「こんにちはホシノ」

 

 先生………!

 

 凄く温かい笑顔………その顔が見たかった………

 

「ホシノ?」

 

「へっ!?」

 

「どうしたの? 顔赤いよ?」

 

 嘘……そんなに顔に出てた…!?

 

「い、いや〜!今日は暑くてさ!顔も赤くなるよね〜!」

 

「あぁ………そうだね。確かに、ここに来るまでも暑かったね」

 

「うんうん! おじさんも暑さにゃ弱いんだよ〜……うへぇ」

 

 今日は確かに暑い日だけど、クーラーがかかった室内でここまで赤くなるほどの気温じゃない。

 

 言い訳としては苦しいけど、顔に出たものは隠しようがない。

 

「今日はどうしたの?またお仕事が溜まったのかな?」

 

 先生が早速用件を尋ねてくる。

 

 今日はお仕事じゃないんだよ、先生。

 

「ううん、違うんだ。お仕事で呼んだんじゃないの」

 

「そうなの? じゃあ今日は……」

 

「へっへ〜……先生、これ見てくれる?」

 

 私は貝殻の形をしたマイ枕を両手に持って見せた。

 

「ホシノの枕?」

 

「先生は知らないかもしれないけど、実はただの枕じゃないんだよねぇ」

 

 そう、この枕には不思議な力が込められている。

 

「これは神秘的な力を持った『どこでも入場券』だよ〜」

 

「どこでも?」

 

 私だけが知っている、この枕の秘める特別な力。今日は先生に、それを目一杯堪能して欲しかった。

 

「ふふっ、何を言ってるのかよく分からないでしょ?ま、説明するよりやってみた方が早いかな?」

 

 先生に枕を渡して、椅子に座って楽な姿勢になって貰う。

 

「これで良いのかな?」

 

「うん。それじゃ、そのまま目を閉じて………」

 

 先生はゆっくりと目を閉じる。

 

 ………………

 

 凄くリラックスしてる…………気持ち良さそう……

 

「何だか……眠く………」

 

 早速、「どこでも入場券」の効き目が表れてきたみたいだね。

 

「ふふ……これはどんな場所でも安らかに眠れる夢のチケットなんだ」

 

 そう、私がいつも抱えて眠っている魔法の枕。その効き目は、疲れている人には抜群。どんな所にいてもぐっすりと眠れる。

 

 それから先生は、目を閉じたままでいる。

 

 もう眠った、かな?

 

「………先生」

 

 聞こえているかは分からないけど、私は先生に語り掛ける。

 

「たまには先生も全部忘れて、お昼寝でもしてみたらどうかなって思ったんだよね」

 

 先生のお仕事は物凄い量。シャーレでのお仕事だけでも沢山なのに、私たち生徒の悩み事とか、トラブルとかの解決も手助けしてくれる。

 

 ………普通じゃ出来ないことだと思う。本当に尊敬してる。

 

「先生は、いつも頑張ってばかりだから……」

 

 生徒のためなら自分のことは後回し。頑張り過ぎで、見ているこっちが心配しちゃうぐらい。

 

 でも私はきっと、先生のそういう所が………

 

「………先生」

 

 返事は無い。聞こえるのは静かな息の音だけ。

 

「いつの間にかさ………私にとって、先生は……………」

 

 …………………。

 

 続きを言おうとしたけど………あまりにも安らかな先生の寝顔に、思わず息を呑む。

 

 …………綺麗

 

 本当に綺麗で………優しい顔……………

 

 こうして見ると、女の人にも見えるぐらい。

 

「はぁ………」

 

 溜め息が漏れてしまう程に、その寝顔は美しかった。

 

 …………………

 

 ……………………………

 

 部屋の中は静か。

 

 なのにさっきから、物凄くうるさく感じる。

 

 どうして?

 

 答えは分かりきってる。

 

 私の心臓の音。

 

 先生が眠ってから、息をするのも辛いぐらいドクドクと胸の内側を叩いてる。このまま胸を突き破って、死んじゃうんじゃないかって程、強く速く。

 

「………………………………」

 

 ああ………

 

 先生………

 

 先生だけが………

 

 先生だけが………私をこんな風にしちゃうの………

 

 これが……「好き」ってことなんだね

 

 去年までの私が今の私を見たら何て言うかな。「何変な顔してるの?」って嫌な目で見るのかな。

 

 でもね、そんなに悪いものじゃないんだよ。

 

 上手く言えないけど……

 

 ピリピリしてた頃の私には分からなかった、甘くて、あったかくて、幸せな気持ち……

 

 …………

 

 ………………………

 

 気が付くと私は先生の唇を見ていた。さっきから視線を動かそうにも動かせない。文字通り釘付けになっている。

 

「…………………」

 

 ごくり、と唾を飲み込んだ。

 

 ただ先生の寝顔を見ていただけなのに。そのはずなのに、私の身体は少しずつ火照っていた。

 

「先生………」

 

 先生を呼んでみる。眠っているから、当たり前だけど私の声には反応しない。

 

 気持ち良さそうに、夢の世界に旅立ってる。

 

 それを見て……ドン!と一際強く胸を打たれた感じがした。

 

「っあ……………………」

 

 熱い………

 

 熱くて、熱くて、溶けちゃいそう………

 

 クーラーもついてるし、部屋の中は暑くなんてない。そのはずなのに……

 

 私の身体が、この状況に反応してしまっている。

 

 先生と2人きり。他には誰もいない。この世界には、私と先生しかいない。

 

「先生………」

 

 どうか気付いて………

 

 ……………………

 

 気付いてよ……

 

「これじゃ……私………」

 

 我慢……出来なくなっちゃう………

 

「…………」

 

 その唇に吸い込まれるみたいに、私の顔は先生に近付いていく。

 

 50cm、30cm、10cm

 

 お互いの息遣いが伝わるぐらいまで、私たちは近くにいる。唇と唇の距離はあと5cmも残ってない。

 

 もうダメ………私は私を止められない。

 

 こんなの間違ってる。やっちゃいけないことだって分かる

 

 分かってる

 

 分かってるのに……

 

 身体が言うことを聞いてくれないの………

 

 ごめんなさい……先生…………

 

 

 

「ホシノ………」

 

「……………!?!?!?」

 

 えっ……!?

 

 先生……………!?

 

 

 驚きで肩がびくんと震えた。

 

 うるさくて仕方が無かった心音が聞こえなくなる。この今の一瞬、完全に心臓は止まってる。

 

 先生に気付かれてた?全部バレてた?先生に失望された?先生に嫌われた?

 

 嫌だ

 

 そんなの嫌だ

 

 ネガティブな思考が脳内に濁流のように押し寄せてくる。

 

 直前までのマグマみたいに熱かった感情が急激に冷やされる。

 

「先……生…………?」

 

「……………………」

 

 消え入りそうな声で恐る恐る先生を呼ぶ。

 

 返事は……無い。目も開ける様子は無い。

 

 じゃあ……

 

 …………ただの寝言……だったの……?

 

「ホシノ」

 

「ひゃ………」

 

 危ない……

 

 口を両手で強く押さえて、何とか声は漏れなかった。

 

「いつも…………偉いね………………」

 

「あ……………」

 

 先生…………?

 

「むにゃむにゃ………」

 

「あっ………」

 

 寝言………だったんだ………本当に…………

 

 ………………

 

 私の夢を……見てたんだ………

 

 偉いね……って………

 

 夢の中でまで……私のことをそんな風に………

 

 ………

 

 それなのに……私は………っ………

 

「っ………」

 

 なのに私は………先生の唇を無理やり奪おうとした

 

 寝ている間なら気付かれないって、ずるい考えで先生を汚そうとした

 

 もしこれが先生の「初めて」だったら

 

 私は先生の「初めて」を先生も知らない内に台無しにするところだった

 

 先生はこんなに思ってくれているのに

 

 先生の期待を裏切って、自分の欲望のために

 

 これじゃ、嫌ってたあの大人たちと何も変わらない

 

「……………先生………先生………!」

 

 ごめんなさい………

 

「ごめんなさい…………!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 今日も夜の見回りが終わった。

 

 最近は街で変な騒ぎを起こす人が減ってる。学校の周りも随分と平和になって、前までのアビドスとは比べものにならないぐらいに穏やかな空気感が漂っている。

 

 全部、先生が来てからだ。

 

 …………………

 

 あの日から私は、胸にしこりのような気持ちの悪い感触を抱えたまま。

 

 先生は夜まで眠って、目を覚まして帰って行った。

 

 「ありがとう、ホシノ」って優しく微笑みながら。その笑顔が私の罪悪感を刺激した。

 

 先生の純粋な気持ちを、優しさを、私は私の身勝手でぐちゃぐちゃにしようとしたんだ。

 

 そんな私を知ったら、先生はなんて思うかな。

 

 気持ち悪い……って思うよね。

 

 そう……だよね………

 

 …………………

 

 あれ…………?

 

 まだ電気がついてる。先生が残ってお仕事をしてるのかな…?

 

 こんなに遅くまで……本当に一生懸命だね。

 

 一応………挨拶して行こうかな。

 

 こんな私だけど、やっぱり先生の声は聞きたいから………

 

 私は夜の校舎の中に入って、誰もいない静かな廊下を歩いていく。

 

 ただ一室、光を放っている所へと向かって。

 

 ……………

 

 ……………………

 

「あれ…………?」

 

 誰かの声が聞こえる………

 

 先生………と………シロコちゃん………?

 

 もしかして、一緒にいるのかな。シロコちゃんも最後に先生に会いに来たみたいだね。

 

 先生に挨拶したら、シロコちゃんと一緒に帰ろ───

 

「はぁっ………はぁっ…………」

 

 …………?

 

 この声は何………?

 

「あっ………先生………先生ぇ…………」

 

 …………!?

 

 シロコ……ちゃん………?

 

 急に寒気がした。

 

 首裏を冷たい手で引っ掴まれたみたいな、そんな凍えるような寒気が。

 

 息が荒くなる。

 

 足が速くなる。

 

 見てはいけない。そう脳が警鐘を鳴らしてる。これ以上は進まないでって叫んでいる。

 

 なのに足は止まってくれない。

 

 気付けば職員室の前まで来ている。

 

 扉の開いた隙間から、息をするのも忘れて部屋の中をそっと覗き込む

 

「好き………大好き………」

 

 

 

 …………………

 

 …………………………

 

 …………………………………は?

 

 ……………え?

 

「先生ぇっ!!」

 

 先生と………シロコちゃん……が……

 

 裸に………?

 

 なに……?

 

 なにこれ……?

 

「んんっ………!!」

 

 今度は唇と唇を………

 

 ??????

 

 えっ、待って

 

 待ってよ

 

 これって、

 

 先生とシロコちゃんが

 

 セ……セッ………

 

「い…………」

 

 いや……

 

 そんなの……

 

 そんなのあり得ない………おかしいよ………

 

「先生……大好き………!!!もっと……もっと抱きしめて……!!」

 

 …………っ!!?

 

 

 

 私はその場から離れていた

 

 何も言えずに、ぐちゃぐちゃになった頭の中をどうすることも出来ずに

 

 ただ逃げるように、学校を出て行った

 

 

 

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