走って、走って、気が付けば家に着いていた。
靴を脱ぎ捨てて、制服も脱がないで、私はベッドの上でうずくまってる。
さっきから身体の震えが止まらない。
先生とシロコちゃんは………セ…………をしてたの………?
どうして……?
先生とシロコちゃんはそういう関係だったの……?私が知らない内に恋人になってて、それであんなことを……?
学校の中で………?
おかしい……
先生はそんな人じゃない。学校の中で生徒とそんなことをするような人じゃない。
じゃあ何で?
シロコちゃんが………無理やり先生のことを…………?
……………
考えたくはない………けど……
シロコちゃんの力なら
先生を押し倒して、そういうことをするのも出来ないことじゃない。
シロコちゃんだって、先生のことが好きなんだ
もしかしたら、気の迷いでそうなって……
「確かめなきゃ」
あんなものを見せられて、何も見なかったことになんて出来ない
さっきから先生とシロコちゃんがくっついてる姿が頭から離れないの
ずっと
ずっと
誰よりも深い所まで結びついてる、2人の姿が
◆◆◆◆◆
あの後先生に見送ってもらって、私は家に帰った。
今はシャワーを浴びてる。
お風呂場では出来ることが無い。だから何かがいつも頭に浮かぶ。
今の私は……先生のことしか考えられない。
先生
私が初めてだって言ってた。
私が先生と……初めてした人になった。
ドクン、ドクン。また胸の音がうるさく鳴り始める。
私のために、私が無理を言っただけなのに、先生は自分の初めてをくれた。
全部、私のために。
………嬉しい。
嬉しくて、嬉しくて、死んじゃいそうになる。
そこまで先生に大切に思われてたなんて。
「先生………」
また先生と一緒にいたい。先生のこと、もっと肌で感じていたい。
でも…………
うん、約束は守らないと。先生はいつも私たちのことを助けてくれた。私たちに言ったこと、絶対に守ってくれた。
なら私も守る。これ以上我儘を言ったら、先生に嫌われちゃうから。
だから、先生………
いつかは……私だけの隣にいてね
◆◆◆◆◆
結局私は一睡もすることが出来なかった。
眠ろうと思って目を閉じると、瞼の裏側には先生とシロコちゃんのあの姿が浮かんでしまって、息が苦しくなった。
嫌な想像ばっかりが、考えたくもない結論ばかりが脳をグラグラと揺らして、何度も吐きそうになる。それを抑えてはまた想像して………本当に辛かった。
鏡を見たけど、酷い顔をしてた。とても人に……先生に見せられるような顔じゃなかったけど、私はシロコちゃんとお話をしなければならない。
昨日あったこと、先生に何をしたのか。それを聞かないと、私は私でいられない。
私は朝一番に部室に入って、シロコちゃんを待った。
………………
もしシロコちゃんが無理やり先生を襲ったとしたら……?
私はどうしたいの?
私はシロコちゃんに何をして欲しいの?
先生とシロコちゃんが結ばれた事実は変わらない。どんな理由があっても、もう変えられない。
今更確認をして何かなるの?
「ダメ………」
そんなことを考え出したら、悪い方向にしかいかなくなる。
いっそのこと………見なかったことにする………?
何事も無かったかのように、いつもの私のまま、シロコちゃんと対策委員会の皆………それに先生と………
先生と…………
「ひっ………!?」
誰か来た……!?
突然音がして、身体の芯から震え上がる。
誰かが部室の扉に手を掛けたんだ。
すぐに扉はガラガラと開けられる。
開いた先にいたのは───────
「あ………」
「ん……ホシノ先輩」
シロコちゃんだった。
ドン、ドンと胸を鈍器で叩かれているような、痛くて不快な緊張の鼓動感。
私はシロコちゃんと向かい合っている。まだ考えも纏まらない内に、シロコちゃんが目に映る。
その瞬間、昨日のあの光景が頭の中を駆け巡る。シロコちゃんの甘い声が、先生に愛を叫ぶ幸せそうな顔が、私から呼吸を忘れさせる。
「おはよう、ホシノ先輩」
「あ………」
どうしよう。
シロコちゃんにあのことを話す……?
話して意味があるの……?
そんなこと聞いて、私に何の得が……?
何も無かったことにすれば、少なくとも今の私たちの関係は────
「シロコちゃん」
「ん……どうしたの先輩。よく見たら……顔色も良くない。風邪でも引い───」
「ちょっとお話があるの」
「え……………」
◆◆◆◆◆
私は先輩に連れられて部室を出た。
「ホシノ先輩、どこに行くの?」
「…………………」
廊下を歩いている間、先輩は何も言わなかった。
どうしたんだろう…………
「ここ……教室?」
私たちは使われていない教室の前に着いた。ホシノ先輩は教室の扉を開けて中に入る。
私もそれに続いて教室に入って行った。
「先輩、どうしたの。こんな所にまで来て」
先輩は背中を向けたまま、動かない。
何か重要なお話がある……ってことだよね。
「シロコちゃん」
先輩は私を見た。
「………!」
真顔
少しも感情がこもってない、本物の真顔で私を見る。
今までホシノ先輩に……対策委員会の皆に向けられたことの無い目。
一瞬、背筋が凍るような寒気がした。
「昨日の夜さ」
…………!?
昨日の夜…………!?
「シロコちゃん………先生と何をやってたの?」
「ホシノ………先輩………?」
昨日のこと……あれは先生と私の2人だけの秘密のはず。
何で先輩がそれを………?
「私、見たんだよ。シロコちゃんと先生が、は……裸になって」
「!!?」
「………どうしてあんなことをしてたのかな」
嘘……
ホシノ先輩、まさかあれを見てたの……?
どうして、どうやって……?学校の中に先輩がまだ残ってたの……?
「ねぇ、シロコちゃん。どうして?」
ホシノ先輩の声が低い。
この顔、間違いなく見てる。私と先生が……してたことを。
怒ってるんだ。
先輩も先生のことが好きだったから。
どうしよう。
どうやって話せば良いの?
「……………………………………」
「……………………………………」
お互い何も言わない、重苦しい時間が流れる。
ただ時計の針の音だけが教室に聞こえる。
先輩は真顔だったけど、時折凄く悲しそうな目になる。
先輩の悲しげな目。たまに先輩は、そういう目をする時がある。
その度に、私は胸が締め付けられる思いがした。先輩は深くは語らなかったけど、何かが以前にあったのかなって。辛そうな先輩を見るのは嫌だった。
そんなホシノ先輩の目を見て私は
私は今………
私は…………………
ホシノ先輩と先生を、結びつけない方法を考えていた。
もし先生が優しさで私を受け入れてくれたと知ったら。
ホシノ先輩も先生に甘えるかもしれない。そうなったら、先生はホシノ先輩を拒まない。きっと私みたいに受け入れる。
そうなったら、先生は私だけのものじゃなくなる。
それは嫌だ
先生は私だけのもの
私だけのものでいて欲しい
「先生は……」
「………………!」
ごめんね、先輩
私、悪い子なんだ
「私が無理やり押し倒した」
「……………!!」
ホシノ先輩の目が大きくなる。ブルーとオレンジの、綺麗な瞳。
でもその中には、ぐちゃぐちゃな感情が渦巻いてる。
「シロコ………ちゃん…………?」
「先生は私が腕尽くで倒して、それですることになった」
「自分が………自分が何をやったのか……分かってるの………!?」
先輩の呼吸が荒くなる。瞳がグラグラと揺れている。
うん、意味分からないよね。
私も分からないの。
どうして自分の心臓が、こんなに速く動いてるのか。
「分かってるよ。私は取り返しのつかないことをした」
そう……
「先生の初めてを……奪った。キスも……身体の方も」
「シロコちゃん……!!!!」
ホシノ先輩が大きな足音を立てながら、私のすぐ目の前にまで来た。
顔は赤い。怒ってる………でも、ただ怒ってる訳じゃない。どこか恥ずかしそうで、どこか恨めしそう。
これは………この表情は………
「先生は………先生は……!!!」
先輩はブレザーを掴んできた。私の胸に、顔を埋めるようにしながら。
「先生は…………なに?」
「っ……!!」
続きの言葉は出てこない。
そうだよね。
だって、もう取り返しはつかないんだから。
何をどうやっても、先生と私は繋がった。
ホシノ先輩が何を言っても、もうそれは変わらない。変えられない。
「ホシノ先輩は……私にどうして欲しいの?」
「!!」
「私にこんなこと聞いても意味は無い。先生に謝って、ヴァルキューレに出頭する?」
「それは…………」
やっぱり。
ホシノ先輩は、私に何かをして欲しい訳じゃない。
ただ、自分の気持ちが纏まらなくて、頭の中がぐちゃぐちゃなだけ。
だって、ホシノ先輩も先生が好きだから。
好きな人の初めてを奪った私のことを……女として許せない。
その気持ち
今の私には、凄くよく分かる。
だって………私も逆の立場だったら、同じだっただろうから。
「ねぇ、先輩………」
私は先輩の耳元に口を近付けて、仕上げの一言を囁く。
これで先輩は、先生と繋がれなくなる。
優しくて、真面目な先輩なら…………
「先輩も………先生を押し倒す?」
「!?」
「先輩の力なら出来る………先生ならきっと……許してくれるよ」
耳元から離れて、ホシノ先輩の顔を見る。小さくなった瞳、わなわなと震える口。
私はそれを見て、成功を確信した。
「…………っ!!!!」
すると先輩は、一瞬で顔をくしゃりと歪めて、右手を素早く振った。
ぴしゃり、乾いた音が教室に響く。それと同時に、左頬がじんじんと痛くなる。
叩かれた
私はホシノ先輩に叩かれた
「最低……………最低だよ……シロコちゃん…………」
「…………………………」
ホシノ先輩の目。軽蔑、怒り、悲しみ…………………
それと────────嫉妬
「私は………私はッ!!!」
そこまで言って、先輩はハッとした顔になる。さっきとは違う感じに、何か怖いものでも見たような、そんな歪み。
「っ───────!!」
先輩は目を強く閉じて、私に背を向ける。
扉を荒く開けて、そのまま廊下を走って私から離れて行った。
「あぁ………………」
湿った吐息が口から漏れる。
頬に熱が集まるのが分かる。叩かれたからじゃない。身体の奥底から熱くなってるんだ。
「ホシノ先輩に……嫌われちゃった」
ホシノ先輩に、最低って言われちゃった
なのに何でだろう
私は妙な気持ち良さを感じてる。頭に浮かぶのは先輩のあの顔じゃなくて、先生と過ごした幸せな時間のことばっかり。
そっか
これで先生は私だけのものだから
それが嬉しいんだ
「悪い子………」
そう……私は最低で………どうしようもない
砂狼シロコっていう、1人の女なんだ
◆◆◆◆◆
気持ち悪い
気持ち悪い気持ち悪い
シロコちゃんの湿った息が 生温かい囁きが
まだ耳に残ってる
『先輩の力なら出来る………先生ならきっと……許してくれるよ』
「違うッ!!!!」
私はそんなことしない!!出来ないっ!!!
私のことを偉いって言ってくれた先生に……!!
そんなこと……!!
『私は………私はッ!!!』
何を
何を言おうとしたの
『私は我慢したのにッ!!』
違う!!
そんなことじゃない……!!
我慢じゃない………!!私には……先生を無理やり汚すなんて……!!
「あっ………!?」
爪先が引っかかって……
「っ………………」
床に叩きつけられて、熱くなっていた心に急に冷水を掛けられた。
………
……………………
先生はシロコちゃんに初めてを奪われた
私は先生が寝ている時に先生の初めてを奪おうとした
何が違うの
どっちも汚い どっちも先生のことなんて考えてない
自分が気持ち良くなろうとしてただけ
我慢
そうだよ、我慢でしかない
本当はあの時、先生とキスしたかった
したくて、したくて、一度は我慢出来なくなって唇を近付けた
先生の言葉で我に返って、先生の気持ちを踏みにじろうとした自分が嫌になって、泣いてしまった
その変な胸の痛みは今でも残ってる
なのにシロコちゃんは
あんなにうっとりした顔をしてる
「なんで………」
なんでこうなるの……?
シロコちゃんばっかり………
シロコちゃんばっかり………………!!
『先輩も………先生を押し倒す?』
…………………
私も………
……………………………
ダメ………
シロコちゃんにあんなことを言ったのに……
私まで先生を襲ったら……………
先生が………先生が悲しむよ………………
「……………………ずるい」
シロコは誰もいなくなった教室を出た。
教室の扉の鍵は閉まっていない。
シロコも、ホシノも、扉の隙間から会話を密かに聞いていた者の存在に気が付いていなかった。
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