生徒たちのギスギスが見たい先生   作:せご曇(せごどん)

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ガチクズ先生とノノミ①─ノノミの自家発電─

 

 私はアビドス高校2年、十六夜ノノミ。

 

 今は対策委員会の部室のお掃除をしています。

 

 部室の掃除は私の担当。普段、対策委員会の皆は借金の返済のための活動、アルバイト、お勉強………色んなことで忙しいです。

 

 そんな忙しい皆の負担が少しでも減ればと、私は放課後にお掃除をすることが日課になっていました。

 

「………………………」

 

 …………こうして1人でいると、たまに考えてしまうんです。

 

 私がこうしてここにいて良いのか、って。

 

 私はネフティス社の関係者……それも経営者一族の出。今アビドスがこうして借金の返済に追われているのは、ネフティスのせいでもあります。

 

 皆が借金返済のために身を粉にして働いている時、ふと普通の学園生活を送る皆の姿が頭をよぎるんです。学校には沢山の生徒がいて、借金の返済も何も無くて、授業を受けて部活動を楽しむ。そんか普通の学園生活…………ネフティスが鉄道事業に失敗していなければ、アビドスの借金はここまで膨れ上がることはなかった。そう思うと、私が皆の前にいて良いのかどうか、分からなくなります。

 

 皆の笑顔を見るのは好きです。でもその笑顔を見るのが、時々とても苦しい。

 

 私は………どうすれば良いのでしょうか。

 

「……!!」

 

 部室の扉がノックされる音。

 

 でも委員会の皆ならノックはしないはず………一体誰が?

 

 扉が開くとそこにいたのは─────

 

「おや………ノノミだけか」

 

「せ、先生…………!」

 

 穏やかな笑みを浮かべた先生でした。

 

 先生

 

 シャーレから赴任してきて、私たちを助けてくれた大人の人。

 

 セリカちゃんに、ホシノ先輩………いいえ、アビドスの皆が、先生に助けられてきた。

 

 私たちにとって、先生はただの大人じゃない。とても頼りになる………私たちの数少ない理解者です。

 

「先生、どうしたんですか?」

 

「うん、仕事でちょっとアビドスに用があってね。帰りに皆に顔を見せようと思ってたんだけど………皆はもう帰ったのかな?」

 

「はい……放課後は色々と忙しいので。お掃除は私の担当ですから」

 

 先生は私が持っている箒を見て頷きました。

 

「なるほどね………なら、私も手伝うよ」

 

「えっ……?」

 

「ノノミ1人でやると大変でしょ?」

 

「でも………」

 

 先生はシャーレのお仕事でお忙しい身。本来なら私の役割であるお掃除まで手伝ってもらっては、申し訳が立ちません。

 

「1人より2人。お部屋が綺麗な方が皆も気持ちが良いよ?」

 

 ですが、先生は白い歯を見せて笑います。

 

「……………!」

 

 その笑顔に、一瞬胸が強く鳴ります。どうしてでしょうか……自分でもその理由は分かりませんでした。

 

「どうかな?」

 

 ……………

 

 この温かさ………先生はいつもと変わりませんね。ここまで言ってくれるのならば、お断りするのはむしろ失礼というもの。

 

「では………お願いします」

 

「うん、一緒にピカピカにしよう」

 

 

 

 それから先生と一緒に部室………それだけでなく学校中の教室をお掃除することになりました。

 

 元々は部室だけのはずだったのですが、「この際だから全部綺麗にしちゃおう」と言い出して……気付けば夜になっていました。

 

「ふ〜、中々キクね」

 

 先生は額の汗を拭って笑います。

 

「普段は座って仕事をすることが多いから、こうして動き回るのは何だか久々な気がするよ」

 

「ふふ……お疲れ様でした、先生」

 

 先生は本当に一生懸命に、皆が気持ち良くいられるようにと学校の隅々まで綺麗にしてくれました。

 

 本当に、私たち生徒のことを思いやってくれているのだと、直にそれが伝わってきて……私の胸は知らず知らずの内に温かくなっています。

 

「ノノミも、顔が晴れたね」

 

「えっ………?」

 

「来た時は、何だか思い詰めてるような顔をしてたから」

 

「あっ…………」

 

 今日先生と会った時は………そうでしたね。少し考え事をしていて、あまり晴れやかな気分ではありませんでした。

 

「何か、悩み事でもあったのかな」

 

「それは………」

 

 私は口を閉ざします。

 

 これは……私個人の問題だと思ったから。先生に話しても、それでどうにかなるものではありません。生まれは変えられませんし、過去を変えることも出来ません。

 

 先生に余計な心配をかけてしまう訳にはいかないと思い、私は首を横に振ろうとしました。

 

 ですが、その時………

 

「皆じゃないからこそ、言えることもあるよ」

 

「え……」

 

「普段は委員会の皆が相談に乗ってくれると思う。でも、皆には言えないような悩みもまた、あるんじゃないのかな?」

 

「…………!」

 

 皆には言えない悩み………

 

 先生はまるで私の心の中を覗いているかのように話を続けます。

 

「でも、私なら相談に乗れるかもしれない」

 

「あ……」

 

「私は先生だ。生徒の悩みには向き合いたいし、生徒では気付けないことも私なら気付けるかもしれない。何て言ったって『先を生きる者』だから『先生』だからね………っのは、ちょっと調子に乗りすぎか」

 

 先生はくすりと笑みをこぼしました。

 

 ………何でしょうか、この感じ。

 

 凝り固まっていた筋肉をほぐされているような、そんな心地の良さ。

 

 確かに………確かに、そうかもしれませんね。

 

 皆にはあまり話したくない。でも……先生になら、話せることもあります。

 

「先生……聞いてくれますか」

 

「うん、良いよ」

 

 内に秘めていた薄暗い感情を解き放つように、私は口を開きました。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 私は先生に全てをお話しました。

 

 私がセイント・ネフティス社の経営者一族であること。ネフティスの事業の失敗が、アビドスの衰退の一因となったこと。

 

 今皆がこうして借金返済に追われている理由には………私たちが関わってしまっていること。

 

 皆の笑顔を見るのが時々苦しい。もっと楽しい生活が、今よりも充実した毎日が、アビドスにはあったんじゃないかって、そう思ってしまうことも。

 

「なるほどねぇ…………」

 

 先生はそんな私の話を黙って聞いてくれました。

 

「確かに、ノノミの抱える悩みは皆には話しづらいし、解決も難しいよね」

 

「……………………………」

 

 やっぱり、先生にも……

 

「でもさ」

 

「……!」

 

「私には皆が充実していないとは思えないな」

 

 先生の目が私を捉えます。

 

 すると……どうしてか、身体が動かなくなりました。

 

 まるで魅入られたように、私は先生から目が離せないんです。

 

「確かに、アビドス高校は他の学校とは大きく違う。そもそも全校生徒が5人しかいないってところから、何もかもがね。ゲヘナやトリニティ、ミレニアムみたいに部活も無いし、借金の問題もあるから授業も無いようなもの………明らかに『普通』じゃないのは間違い無いね」

 

「………………」

 

「でもさ、それと楽しむっていうのもまた、全く違うことなんじゃないかな?」

 

「え………」

 

 先生は目を閉じて、続きを語りました。

 

「セリカは色んな所でバイトしてるけど、結構楽しそうじゃない?何かとトラブルに巻き込まれては怒ってるけど、生き生きしてるように私には見えたよ」

 

「………………………」

 

「シロコも………度々銀行強盗の計画を立ててるね。本人は結構乗り気っていうか、もうそれが癖になってるみたいだ。まぁ強盗はダメだけど、その姿勢は前向きで良いと思うよ」

 

 先生は2人のことを思い浮かべているのか、おかしそうに笑っています。

 

「シロコとセリカだけじゃない。ホシノもアヤネも、そんな『普通』じゃないアビドスが好きだから、たった5人でも頑張ろうってなれるんじゃかいかな。本当に嫌なら、別の学校に編入するっていう手もある。それをしないのは、この学校を『特別』だって思えてるからだと私は考えてるよ」

 

「…………………」

 

「皆タフなのさ、ノノミが思ってる以上にね。生きていれば辛いことなんていくらでもある。でもアビドスの皆は、そんなのも引っくるめて笑ってるよ。ならノノミも、笑わなきゃ損だ」

 

 そう言って先生は、爽やかで、優しくて、そして……

 

 愛おしい

 

 そんな微笑みを魅せました。

 

「先生…………………」

 

 月明かりにあてられた先生の顔は、とても美しくて、思わず溜め息を漏らしそうになります。

 

 徐々に………徐々に私の心の中には「先生」という響きが満ちていくのを感じるのです。

 

「それでもノノミが笑えないって言うなら………その時は私がノノミを笑わせるよ」

 

 先生はそう言って、両手の指を何度か折り曲げました。

 

 もし私が笑えないのなら……くすぐるということでしょうか?くすぐって、私のことを笑わせてみせるということですか?

 

「ふふっ……」

 

 何ともそれは……子供っぽいですね。先生は時々、そういう所がありますから。

 

 でも………

 

「ありがとうございます」

 

 先生に話して、どこか憑き物が落ちたように、肩が軽くなったように思えます。

 

 私が笑えなくなった時

 

 その時は、また先生に頼りますよ?

 

 言質、取りましたからね。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 その日から私の頭の中には、先生の顔が浮かぶようになりました。

 

 家で1人でいる時、学校で1人でお掃除をしている時、ふとした瞬間に思い浮かぶのは先生のあの笑顔。

 

 先生の優しくて温かい言葉を思い出すと、胸が弾むように高鳴るのです。

 

 これまでに感じたことのない感情。

 

 私は時々そのせいで落ち着かなくなります。

 

 そんな時先生に連絡したら…………先生は休みの日に、私と2人きりでお出かけに付き合ってくれました。

 

 何回も、何回も。普段のお仕事で疲れているはずなのに、先生は私と一緒にいてくれる。

 

 ……………

 

 ………………………

 

 回を重ねるごとに、先生ともっと一緒にいたい……ずっと一緒にいたいという気持ちはどんどんと強まって………

 

 先生、私と会う時に凄く優しいんです………優しいのは普段からなんですが……私といる時にしか見せない優しさがあって………エスコートをしているみたいに私に気を遣ってくれて

 

 それが……何と言ったら良いのでしょうか………まるで私が「特別」であるかのように扱ってくれている気がして

 

 気が付けば私は、毎日のように先生の夢を見るようになっていました

 

 先生と私だけの、2人の世界がそこには広がっていて

 

 毎日、朝起きる時は幸せで胸がいっぱいで

 

 でも、現実では先生と2人きりではなくて、むしろ会える日の方が少ない

 

 その現実に、ひどく胸が焼かれるような思いがする

 

 もう……確信しているのです

 

 私は先生のことが好き

 

 先生に……恋をしているのだと

 

 気が付いた時には、もう手遅れでした

 

 私は重病に侵されています

 

 この「恋」という名の病は……どうすれば治るのでしょうか

 

 教えてください……先生…………

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 今日は朝からどこか落ち着かない気持ちです。

 

 その理由は既に分かっています。分かりきっています。

 

 今日は………先生がアビドスに来ました。

 

 対策委員会は先生の手によって連邦生徒会に正式に認められた委員会となり、現在は先生が顧問を務めています。

 

 先生は顧問として定期的に私たちの活動内容を確認しに来るのです。

 

 今日は1日、先生の間近で過ごせて……本当に幸せでした。

 

 もし心臓が風船でできていたなら、幸せを押し込まれ過ぎて破裂していたかもしれません。ボンっ、て………

 

 ですが、1日が終わりを迎えるにつれてどんどん寂しい気持ちにもなりました。

 

 まだ終わって欲しくない まだ先生といたい

 

 でも終わってしまう 今日が終わって、きっと明日もすぐに………

 

 そんなことばかりが頭を埋め尽くして、きっと皆から見ればボーッとしていたような気がします

 

 …………

 

 ……………………

 

 お風呂………入らないと

 

 先生の前で、汚れた体ではいたくないから

 

 

◆◆◆◆◆

 

 シャワー機から放たれる水が、浴室の床を濡らし続ける。

 

 ザー、ザー、ザー

 

 びちゃ、びちゃ、びちゃ

 

 この無機質な水の音のせいで、私は一層物思いの世界に沈んでいく

 

 今日の先生の声が、先生の横顔が、先生の微笑みが

 

 頭の中でぐるぐると、無限に切り替わるように映し出されるんです

 

「はぁ………」

 

 先生………

 

 先生…………………

 

 この気持ちを落ち着けるには……どうすれば良いんですか……

 

 このままだと私……心臓が止まって、死んでしまうかもしれません

 

 バクバクって、うるさいんです

 

 この水の音がかき消されてしまうぐらい、心臓の音が鳴り過ぎて、頭がどうにかなってしまいそう

 

 あぁ……

 

 先生…………

 

「はぁっ………はぁっ…………」

 

 熱い…………

 

 温水が身体に当たり続けたから………?

 

 いえ………違う………

 

 身体の外側じゃない………内側………もっと奥が………

 

 熱風邪でも引いたみたいに、熱くて苦しい……

 

「先……生…………」

 

 全身が疼きます

 

 まるで何かを求めているよう、何かに興奮しているように

 

 この疼き、一体どうすれば収まるの………?

 

 ──────まさか

 

 閉じかけていた目をわずかに開いて、私は鏡に映る自分を見つめました

 

 赤い

 

 顔も身体も、ひどく紅潮してる

 

 沸騰したお湯のように熱い血液が全身を駆け巡って、私から正常な思考と理性を剥がしつつある

 

 頭では分かっていても、止められない

 

「…………………………」

 

 私の手は、勝手に動いていました

 

 直接見たことは無い ただ人伝に………誰かから聞いた方法で、これから疼きを止めます

 

 ネフティスにいた頃には全く触れることも無かった………インターネットでしか知り得なかったことを、これから、初めて

 

 ゆっくりと、何かに怯えるように伸ばされた私の手は、羞恥の心で一度だけビクリと震えて硬直します

 

 しかし………5秒も経たない内に再び動き出して─────女の人の一番大切な部分に触れていました

 

「先……生…………っ…………」

 

 この世界で一番、大好きな人の顔を思い浮かべながら

 

 

 

 

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