シロコとホシノ、ギスギスします。
「あっ……! あぁっ………!!」
先生………先生っ…………!!
「…………………………………」
流れるシャワーの音が静かに聞こえる程、今の心は凪いでいます。
私は私の興奮を、色で尽くされた欲心を、私自らの手で落ち着かせました。
…………………………
……………………………………
何を………やっているのでしょうか。
浴室で、1人で勝手に舞い上がって、人生で初めて自分を慰めて。
しかもそのために先生のことを想像した。
私は先生のことを、
………………恥ずかしい。
1人の生徒として、私のことを純粋に尊重してくれた先生に対して、私は汚れた眼差しを、情欲のはけ口を求めてしまった。
自分が情けない。
もし先生が私のこんな真実を知ってしまったら。
きっと失望するでしょう。気持ち悪いと思うでしょう。
ですが先生。
この気持ちを伝えれば、先生は私を受け入れてくれますか。
………私には、それが分かりません。知りたいのに、知りたくない。
もし拒まれてしまったら。私はこの破裂寸前にまで膨れ上がった甘い感情を、きっと一世一代の
こんなにも誰かのことを考えたことは今までありません。
こんなにも誰かの声を聞きたいと思ったことも、肌に触れたいと思ったことも、名前を呼ばれたいと思ったことも。
全て初めてなんです。
私はもう、劣情に塗れた汚れた女に成り下がっているのかもしれません。
ですが………そんな女にも、失いたくないものがあるんです。
先生…………
私は誰に相談すれば良いですか。
どうすれば………あなたの「特別」になれるのですか……?
◆◆◆◆◆
「……………」
私は煮え切らない思いのまま、学校に来てしまいました。
きっと先生を見れば、私は昨日のあの下卑た光景を思い出してしまう。先生という人の思い出が、あんなものに塗り替わってしまうのが怖い。
でも先生に会わないということも出来ない。私の心は、身体は、結局先生を求めてしまっている。
今の私は、先生がいなければ息をするのも難しいんです。
「………………?」
あれは…………ホシノ先輩に………シロコちゃん……?
私は遠目に2人の歩く後ろ姿を目に入れました。
一体どうしたのでしょうか。2人だけでお話を……?
本来であればあまり気に留めないはずでした。
しかし………
どうしてか、強い胸のざわめきを覚えていたのです。これから2人が話すことは、私にとっても決して無視出来ない、聞かなければならないことではないかと。
私は静かに2人の後をつけることにしました。
2人が行き着いたのは、空き教室の一室。ホシノ先輩が中に入ると、シロコちゃんもそれに続きました。
「………………」
私はそんな2人に気付かれないように、教室の扉を僅かに開けて、息を潜めて聞き耳を立てるしかありません。
ホシノ先輩は明らかに普通の様子ではありません。いつも見せるような軽快さは欠片も無くて、俯いたその顔からは表情がよく見えない。
既に重苦しい雰囲気が教室に漂っています。
「昨日の夜さ」
その沈黙を破り、ホシノ先輩が口を開きました。
「シロコちゃん………先生と何をやってたの?」
昨日の夜………シロコちゃんと………先生………?
「ホシノ………先輩………?」
まだ話が見えてきません。ですが………シロコちゃんの表情が、少しずつ変化していきます。
決して明るくない、焦りや困惑といった色をたたえた、シロコちゃんらしくないものへと…………
「私、見たんだよ。シロコちゃんと先生が、は……裸になって」
「!!?」
「………どうしてあんなことをしてたのかな」
「は……………………………………………?」
……………………?
裸…………?
昨日の夜………? 裸……………先生…………シロコちゃん……?
……?????
??????????
「ねぇ、シロコちゃん。どうして?」
ホシノ先輩
え?
裸で
男の人と女の子が、夜に裸で
それって、それって、あれしか
「……………………………」
シロコちゃん?
どうして何も言わないんですか?
2人で、夜に先生と2人きりで、裸でいたってことですか?
シロコちゃんが?
は?
どういうこと……?
「先生は……私が無理やり押し倒した」
「……………!!」
「!?!?!?!?」
えっ……
無理やり………シロコちゃんが先生を………
押し倒して………
犯し………た……………………?
「シロコ………ちゃん…………?」
「先生は私が腕尽くで倒して、それですることになった」
「自分が………自分が何をやったのか……分かってるの………!?」
「分かってるよ。私は取り返しのつかないことをした」
「先生の初めてを……奪った。キスも……身体の方も」
ホシノ先輩が教室から出ていきました。
走って、走って、遠くの方へと消えていきます。まるで喧嘩に負けた負け犬のように、その場から一歩でも遠くへ離れようとする必死な後ろ姿が目に映りました。
「……………………」
途中から放心状態になっていたみたいです。
ホシノ先輩とシロコちゃんの会話内容は頭にありません。ただ1つ、シロコちゃんが先生と強引に関係を持ち………先生がシロコちゃんによって純潔を失った。
その事だけは、私の心の奥底に刻まれていました。
「あっ……」
シロコちゃんが出てくる。
私の身体は反射的に、教室から少し離れた曲がり角に向かっていました。
身体を隠して、息をするのも止めて、私という存在をその場から隠そうとしていました。
「…………………」
壁にもたれかかって、ずるずると滑り落ちるように床にへたれる。魂が抜け出たかのように口が半開きになっています。
立ち上がろうと脚に力を入れても、ガクガクと震えて腰すら上げられない。
脚の震えは、段々と全身へと伝播していき、思わず声が出てしまう程に身体が寒くなる。
さっきのシロコちゃんの赤みがかった頬が、妖しげな口端が、あの浴室での虚しい自涜を嘲笑う。私が先生を求めて、それでも叶わない現実から逃げようと、情けない声まであげて必死に自分を慰めていた間に、シロコちゃんは先生を自分のものにしてしまった。誰の了承も得ないで、私の了承も、先生の了承さえも得ないで。
こんな
こんなこと
こんなことって、あるんですか
それからの私はどうやってあの場から立ち去ったのでしょうか。
既に皆の前に………先生の前に出る気力なんて無くなっていた私は、一歩歩く度に膝から崩れ落ちそうになるのを堪えながら、学校から出ていきました。
対策委員会の皆には、体調が悪いので休むと、当たり障りのない嘘を吐いて。
気付けば家の玄関にいて、そして靴も脱がずにその場に座り込んで、膝に顔を埋めてすすり泣く。次第に声は大きくなって、小さな子供みたいにえんえんと泣き喚きます。惨めで、惨めで、もう死にたいと思った頃には、疲れ果てて眠っていました。
◆◆◆◆◆
私は教室を出て、部室に向かった。
ホシノ先輩、どうしてるかな。もしかして……帰っちゃったかな。
部室の前に着いた。私は扉に手をかけて、ゆっくりと引く。
ガラガラ。扉が開くと、部室の中には────
「あっ、シロコ先輩。おはようございます」
「シロコ先輩、おはよう」
アヤネとセリカがいた。
「おはよう」
私はいつものように挨拶をして、2人の顔を見る。しっかりと眠ったのか、ハリツヤのありそうな綺麗な肌と、朝のエネルギーに満ちた瞳が私を捉えた。
「ホシノ先輩、荷物は置いてあるっぽいけど……どこに行ったか分かる?シロコ先輩」
「ん……」
そういえば、ホシノ先輩は私よりも早く、一番最初に来ていた。荷物も置きっぱなしだし、2人には何があったか分からないか。
「分からない。アヤネも知らないの?」
「はい……」
「ん……でも学校には来てるみたいだし、心配しなくて良いんじゃないかな」
自分でもどの口が言っているのってぐらい、ぺらぺらと嘘を並べ立てた。
先輩がどこに行ったのかは知らない。でも……先輩がどんな気持ちかは知ってる。
知った上で、私は自分の気持ち良さの方を選んだんだから。
そう言った直後、部室の扉が開いた。
「あ──────」
「ホシノ先輩」
「アヤネちゃん、セリカちゃん、おはよ〜」
戻ってきたホシノ先輩は、私の名前は呼ばなかった。
◆◆◆◆◆
「あ、通知……ノノミ先輩、体調悪いから休むって」
「えぇっ!? ノノミちゃん、あんまりそういうこと無かったのに………おじさん心配だな〜」
対策委員会のチャットに来たのはノノミからのメッセージ。今日は身体の調子が良くないから休むって話だった。
ノノミがそんな風になるなんて珍しい。
「ノノミがいない分も頑張らないとね」
私がそう言うと、セリカもアヤネも頷いた。
ホシノ先輩だけは、皆に向けているのと変わらない微笑を浮かべたまま、それに応えない。
「さてと………じゃあ今日も頑張りますか」
そんなホシノ先輩の言葉は、きっと私には向けられていないんだろう。
◆◆◆◆◆
「アヤネちゃん、ここの経費についてなんだけど……」
シロコちゃんとの気持ちに決着が着かないまま、私たちの1日は始まってしまった。
─────ずるい。
あの時口から出た言葉が全てなんだと思う。
シロコちゃんの罪を咎めたい訳でもなく、先生のことを気にかけている訳でもない。
私はただ、自分が出来なかったことを勝手にやったシロコちゃんが許せなかったんだ。
「あ、これはこの前購入した校内設備ですね。確か支払いは───」
でも、私がどう思ったって、シロコちゃんが先生と
この先先生を見る度に……シロコちゃんといる度に、あのことを思い出す。
そんなの
そんなの、私
「ホシノ先輩?」
「へっ?」
「聞いていますか?」
アヤネちゃんと目が合う。
眼鏡の奥の黄色い瞳に私が映ってる。綺麗で、純粋で、私よりもずっと……ずっと輝かしい眼。
「あー………ごめんね、ちょっとボーッとしちゃって」
「ホシノ先輩……やっぱり顔色悪いですよね……? 先輩も体調良くないんじゃ」
「え? あ、あぁ! 大丈夫大丈夫……! おじさん頑丈なだけが取り柄だし。心配しなくて良いよ」
アヤネちゃんの心配そうな声を聞いて、胸がチクリと痛んだ。
そんなに優しくしないで
今の私にはそんな優しい言葉………相応しくないよ……
今日はノノミちゃんが珍しく具合が悪くてお休みしてる。私まで弱ってたら、皆に負担をかけちゃう。
私はたった1人の3年生なんだから。いつも皆のことを思いやる先輩でいないと────
◆◆◆◆◆
「アヤネちゃん、今度はここなんだけど………」
「う〜ん……ちょっと分かりませんね…………ここはシロコ先輩の担当部分ですから。シロコ先輩に聞いてみた方が良いと思います」
ドキリ。
「あー…………シロコちゃん、ね………」
胸に痛むような強い衝撃が走る。
ドクン、ドクン。鈍器で殴られたように胸が痛い。
私とシロコちゃんは同じ部屋にいる。同じ対策委員会のメンバーで、同じアビドスの生徒。
関わらないなんてこと、絶対に無理だ。
「…………?」
アヤネちゃんが不思議そうに私を見た。
ダメだ。ここで変な空気にしたら、アヤネちゃんにもセリカちゃんにも私たちのことがバレてしまう。
それはダメ。そんなことになったら、皆の関係が壊れちゃう。
私の居場所が、私たちのアビドスが。
またあの時みたいに、私だけに。
「………シロコちゃん」
「ん、先輩」
シロコちゃんと目が合う。
その目を見て、あの光景が蘇って………私は耐えられなくて書類に視線を落とした。
「………ここの住民の聞き込み調査の件なんだけど」
「ん、これは──────」
シロコちゃんの声。
いつもと何も変わらない。あんなこと無かったかのように、さっきの私との話なんて知らないかのように、私の気持ちなんてどうでもいいみたいに、普通に話してる。
私だけ。
こんな気持ちになってるのは私だけ。
「ずるいよ。シロコちゃん」
「ん、何か言った?」
「いや………」
誰にも聞こえない声。でもそれは、しっかりと漏れていた。
「何でもないよ」
…………何でもない訳、ないでしょ。
分かってるくせに…………
どの部活のギスギスが見たい?
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