生徒たちのギスギスが見たい先生   作:せご曇(せごどん)

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ホシノとノノミ─ホシノの恐怖とノノミの笑顔─

 

 あの後、私は枕を抱いて眠った。泣いて、咽び泣いて、それで疲れちゃったのかな。

 

 シロコちゃんへの恨みも、先生への戸惑いも、何もかもを忘れて、私の意識は睡魔に刈り取られた。

 

 目が覚めた時には夕方で、涙も乾いていた。教室まで先生がやって来て、私の側まで近寄ってきた。あの香水の匂いが鼻に染みて、「あっ、先生が来た……」って思って、意識がはっきりとしていったのを覚えている。

 

「先生、昨日シロコちゃんと何があったの」

 

 その言葉を飲み込んで、私は先生と一緒に部室まで戻った。

 

 ……………

 

 ……………………

 

 色々と考え過ぎて、もう疲れちゃったのかな。久しぶりに胸が軽くなったような気がする。不思議と何の夢も見なかった。ただ暗闇の中に意識が埋もれて、何もかも忘れて解放された数時間。

 

 不思議と心は落ち着いていた。

 

「先生、また明日ね」

 

「うん。ホシノ、しっかり休んでね」

 

 先生の夕陽に照らされた笑顔を見たら、もうあれこれ考えるのが勿体なく思えてしまった。

 

 明日はきっと、ノノミちゃんが戻ってくる。ノノミちゃんはシロコちゃんと先生のことなんて知らなくて、いつも通りの私たちを思い浮かべているはず。

 

 私だけが変な感じだったら、ノノミちゃんが不思議がる。ノノミちゃん、ああ見えて結構繊細な所あるから………傷つけたくはない。

 

 思えば、私とノノミちゃんはこの中で一番付き合いが長かった。

 

 最初は私、ノノミちゃんに高圧的に振る舞ってたっけ。あの時の私には、ユメ先輩のこともあって、この世界の全部が敵に見えてた。

 

 でもノノミちゃんは、そんな私と一緒にいてくれた。アビドスに来なくても、ノノミちゃんには未来が約束されていたのに。

 

 だから、ノノミちゃんには心配をかけたくない。私はこの居場所を守りたい。

 

 うん………

 

 もう………忘れよう………

 

 考えたってしょうがない。しょうがないんだ。

 

 もうシロコちゃんと先生は、そういう関係(・・・・・・)になってしまった。それは変えようのない事実。

 

 でも、だからって私が先生に何かをする訳じゃない。そんなことは出来ない。

 

 だって………先生はあんなに優しいのに。

 

 私が先生に乱暴なことをしたら、私は私を許せない。

 

 結局、私はあの時(・・・)から何も変わってないことになる。自分勝手で、人の気持ちなんて考えてなかった、あの時の私と。

 

 もう、良いんだ。

 

 もう、良いの。

 

 ………ははは、何だか眠くなってきちゃった。まだ夜も遅くないのに。

 

 おじさんも歳だね〜。今日は早く寝ることにするよ。

 

 じゃあ………

 

 おやすみ……………………

 

 

 

◆◆◆◆◆

「はぁ…………先生……………」

 

 私たちは既に()を終えていました。

 

 今は熱を帯びた身体を冷ますように、ベッドで横になっています。

 

 何回、「先生」と口にしたのでしょうか。もう数え切れない程に、先生への愛を叫んだ気がします。私の全てを出し切って、今はもう活力といったものは抜けてしまいました。

 

 そのはず、そのはずなのですが……

 

 先生の汗の滴る身体を見て………再び何かが込み上げてくるのを感じました。

 

「先生……また失礼します………」

 

 意味のない断り。本当に、何の意味もありません。

 

 私は先生の唇に自らの唇を重ねました。

 

 あったかい………心の奥底に先生が染みてくる………

 

 私は今日この日のために生まれてきたんだって、そう思わせる程に………私は幸せ過ぎるひと時を過ごしました

 

 …………

 

 ………………

 

「先生…………」

 

「何かな、ノノミ」

 

「シロコちゃんに言っていた………初めての相手がシロコちゃん、っていう話………本当なんですか?」

 

「……………………」

 

 ずっと、ずっと気になっていたんです。

 

 先生程の人が、誰かに好かれない訳が無い。きっとキヴォトスに来るより前から、多くの女性に好意を向けられていたのではないかって。

 

 もしそうなら、先生がその……純潔であったかどうかは、分からない………と。

 

「……………………………」

 

 私は先生のことを見つめます。

 

 黒くて、綺麗で、宝石みたいな瞳。その美しさに、息をするのも忘れてしまいました。

 

「………ははっ、本当のことを言わないと許さないって顔をしているね………」

 

「…………………………」

 

 そんな顔……していましたか?

 

「実はね……それはシロコを傷つけないために吐いた嘘なんだ」

 

「…………!!」

 

「恥ずかしいからあんまり言いたくはないけど……ここに来る前にお付き合いしていた女性はいてね。初めてはその人に捧げた」

 

 ……………

 

「先生は………先生は、まだその方のことを愛しているのですか?」

 

 心臓がきゅって、萎むように痛んだ思いがしました。

 

 こんなことをした私を、先生が好いていることはない。頭ではそう分かっていても、やっぱり先生の気持ちが誰かに向いているなんて考えたくない。

 

「いや…………」

 

 ですが、そんな私の考えとは裏腹に……

 

 先生は天井を、物思いにふけるように、どこかもの寂しげに見上げていました。

 

「結局はお互いの気持ちがすれ違っちゃって。もう何年も会ってないよ」

 

「……………!」

 

「シロコには内緒だよ………?私は彼女のことを傷つけたくないからね」

 

 そして先生は、私の方を見て微笑みかけました。

 

 いつも私に向けるような、温かくて優しい、お日様のような笑みでした。

 

「…………はい」

 

 先生………

 

 過去に何があったかは私には分かりません。

 

 ただきっと、一度はその女性のことを心の底から愛したのだと、それは伝わってきました。

 

 ……………

 

 …………私もいつかは、その女性のように……いえ、それ以上にあなたに愛してもらえるのでしょうか。

 

 私は………

 

 私は、あなたにそんな寂しい顔をさせたくありません。

 

 私なら、先生を幸せに出来る。

 

 私があなたを幸せにしてみせます。

 

 だから先生………

 

 その日まで、どうか待っていて下さい。

 

 この世界の誰よりも、あなたのことを愛してみせます。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 朝が来た。

 

 今日はしっかりと眠れた。昨日とは違って、一晩中眠れないなんてことはなかった。

 

 鏡を見ても、具合が悪そうには見えない。

 

 ………うん。

 

 これなら、ノノミちゃんにも心配をかけないで済みそう。他の皆にも、私のことでこれ以上余計な心配をして欲しくない。先生にも……………

 

 学校に着いた私は、対策委員会の部室の扉を開いた。

 

 もうセリカちゃん、アヤネちゃん、…………シロコちゃんは着ていて、私が4人目だった。

 

「おはよ〜皆〜」

 

「おはよう、ホシノ先輩」

 

「おはようございます」

 

「ん、おはよう、先輩」

 

 皆から挨拶を返される。誰も私のことを心配そうには見ていなかった。

 

「ホシノ先輩、体調は良くなったみたいね」

 

「元々おじさんは平気だって〜。でも、皆が心配してくれたのは嬉しかったかな〜」

 

「本当、昨日は心配しましたよ。弱った先輩なんて、もう見たくありません」

 

「うへ〜、ごめんねアヤネちゃん。もうおじさん大丈夫だからね!」

 

 セリカちゃんとアヤネちゃんのあったかい言葉が、私を励ましてくれた。

 

 ………うん、やっぱりこの方が良い。

 

 このまま、何も起きないで、皆仲良く………

 

「シ………シロコ、ちゃん」

 

 あれ、どうして言葉が………

 

「ん」

 

 

 

「おはようございます☆」

 

 そんな時だった。

 

 ノノミちゃんの声が、扉の方から聞こえてきた。

 

「ノノミ先輩!」

 

 セリカちゃんがノノミちゃんに寄っていく。それに続いてアヤネちゃんも。

 

 私も。

 

 私も、ノノミちゃんの復帰を喜ばなきゃ。

 

「ノノミちゃん!」

 

「もう皆揃っていたんですね! 昨日はご心配をおかけしました………でも、もうバッチリです☆」

 

 ノノミちゃんは満面の笑みを浮かべてピースサインを突き出した。

 

 ノノミちゃんは私たちのムードメーカー。陽気なノノミちゃんのキャラクターに、私たちはいつも救われてる。

 

「ノノミちゃん、おじさん会いたかったよ〜!」

 

「ホシノ先輩………!」

 

 ノノミちゃんと視線が交差する。

 

 たった1日会ってないだけなのに、もう随分長い間離れ離れになってしまったような、そんな寂しさと懐かしさがあった。

 

 ノノミちゃんが両手を広げて、私を迎えるように差し出す。飛び込んできて、そう告げていた。 

 

 そんなノノミちゃんに甘えるように、私は両腕を広げて抱きついた──────

 

「……………?」

 

 ふんわり、ノノミちゃんの柔らかい身体が私を包んで受け止める。

 

 でも、何かがおかしい。

 

 違和感がある。

 

 制服から伝わってくる、この匂い。

 

 この匂い、どこかで………

 

 どこかで…………………

 

 

 

────教室まで先生がやって来て、私の側まで近寄ってきた。あの香水の匂いが鼻に染みて、「あっ、先生が来た……」って思って、意識がはっきりとしていったのを覚えている────

 

 ………………!?

 

「え………?」

 

 この匂い………先生の……………!?

 

 どうして制服にこんなに………!?

 

「ホシノ先輩☆」

 

「あ………」

 

 首が勝手に上に傾く。恐る恐る、恐いものでも見る動きで。ノノミちゃんは目を細めて、口元を綻ばせていた───

 

「私もホシノ先輩に会いたかったです………☆」

 

 

 どうしてなのか。

 

 その声を聞いた瞬間、全身がぶるっと震えてしまった。

 

 

 

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