ホシノ先輩が来た。
昨日のホシノ先輩の様子………あれは私の仕業。私がホシノ先輩を惑わせることを言って、それであんなに暗くて、落ち着かない状態になった。
そう、全部私のせい。私が先輩と先生を結びつけたくなくてやったこと。
悪いことだって分かっているのに、こんなに胸がドキドキしてる。先生が私とだけ一緒にいたって、そう世界に刻めたから。
でも、今日のホシノ先輩は明るい。昨日のあの弱った先輩じゃなくて、いつもの先輩に戻ってる。
いや……戻ってるんじゃなくて、あれは………
「シ………シロコ、ちゃん」
セリカとアヤネとのやり取りを終えたホシノ先輩が、私に話しかけてきた。
セリカたちと喋ってる時の声に比べて………その声は震えている。
……………
……………やっぱり、まだ私と話すことに抵抗がある。
当たり前だよね。先生と私の繋がりを見て、それを見なかったことにするなんて出来ない。
でも、ホシノ先輩は水に流そうとしているみたい。なら、私も先輩の意志に従う。
「ん」
私が反応すると、ホシノ先輩は口を開きかけて、一瞬噤む。そして、もう一度口を開いた時に、部室の扉が開いた。ホシノ先輩は意識してかは分からないけど、逃げるように視線を扉に移した。
「おはようございます☆」
ノノミだった。
明るくて元気な笑顔。うん、いつも通り。体調は良くなったみたい。昨日1日見ていないだけだったから、特に変わることも無いか。
「ノノミちゃん、おじさん会いたかったよ〜!」
「ホシノ先輩………!」
ホシノ先輩はノノミを見て、ノノミの方へと駆け寄っていく。長い間離れていた人たちみたいに、再会を喜びあってる。
やっぱり、か。
私に対しての声より、ずっと弾んでる。
ノノミとホシノ先輩は抱き合っていた。
「…………?」
ん………
何だか、違和感がある。
何だろう………ノノミの雰囲気?それとも、ホシノ先輩……?
ただ抱き合ってるだけなのに。ホシノ先輩のボディタッチが激しいのも、ノノミがフレンドリーなのも、何もおかしくないのに。
私には、あの2人の間に何かが隔たってるように見えた。
「気のせい…………?」
透明な壁、分厚い壁。何て言えば良いか、分からない。
身体を離したホシノ先輩は………何故か固まっていた。
◆◆◆◆◆
部室に来た私を迎えたのは、温かい皆の声でした。その声だけで、私が普段、皆からどのように思われているのかが分かって……嬉しくなりますね。
まぁ、昨日先生と一緒に夜を過ごしたことはナイショですが………
ホシノ先輩から腕を離した私は、皆に一度視線を向けます。……うん、これで皆揃いました。対策委員会、復活です☆
「ノノミちゃん………何かあったの……?」
「え?」
ホシノ先輩から声をかけられます。私にしか聞こえないような小声、しかもそれは、寒さに怯えている子供の出すようなか細いものでした。
「何か、って?」
ホシノ先輩は口を半開きにさせたまま、時間でも止まったみたいに固まっています。
一体、どうしたのでしょうか。
まさか先輩、私と先生の昨日のこと、気付いたとか……?見てもいないのに、そんなことはあり得ないと思いますが………
「先輩?」
「っ………」
「おはよう、皆」
「………!」
ドクン。
胸から全身を駆け巡る強い衝撃。ドン、ドン、ドン……愉快なリズムで、私のハートは強い音を奏で始めました。
そう────先生が来たのです。
「先生……!」
「お……ノノミ。身体は大丈夫?昨日は心配したんだよ」
ああ、先生…………
既に昨日交わしたやり取り。先生が昨日の出来事を皆に悟らせないために、話を合わせてくれている。ただそれだけ……そう分かっていても………先生に気遣ってもらえることが、こうも嬉しいなんて………
「はい……!この通り、もう大丈夫ですよ☆」
私は胸を張り、先生のお気遣いに応えました。先生はそんな私ににこやかな頷きを送ります。
「それは良かった……………ホシノも」
「えっ?」
「今日はちゃんと寝たみたいだね。顔色、良くなってるよ」
先生は私の次に、ホシノ先輩に目を向けました。
階段を踏み外しそうになった子供のように、目を丸くするホシノ先輩。
ホシノ先輩も、シロコちゃんと先生の一件を知っている。先生の言葉と皆の様子からも………ホシノ先輩、かなり思い詰めていたみたいですね。
分かります………その気持ちは痛いほど。
私も昨日は気が気ではありませんでしたから………あれこれと、シロコちゃんと先生がどんな風にもみくちゃになったのか、どんな言葉のやり取りがあったのか、先生はシロコちゃんをどう思っていたのか………考えなくてもいい、考えるべきじゃないことをあれこれ思い浮かべて、独りで虚しくなって、独りでないていました。
きっと、ホシノ先輩も同じ体験をしたんですよね……?
どれほど苦しかったことか………
「あ……あはは!だから言ったでしょ?大した事ないって〜、皆おじさんのこと見くびってる〜?」
ホシノ先輩は両腕を上に曲げて、力強さをアピールしていました。小柄で細身のホシノ先輩には、あまりに合っていないポージングで、それがどこかおかしくて笑いが溢れます。
「あ〜………ノノミちゃん、おじさんのこと笑ったね?」
「ふふっ……ごめんなさい☆ ホシノ先輩、可愛くて………」
うん、うん………
こんな何でもないことでも笑える。それぐらい、今の私の心は幸せに満ちているんですね。
「まぁホシノ。それだけ元気な証拠だよ。私も安心した」
先生の慈しむような微笑みが、ホシノ先輩を照らしました。ホシノ先輩は顔を赤らめて、後頭部を何度か掻いています。その仕草は何かを誤魔化しているような印象を与えましたが………この温かい空気感の前では考えるだけ野暮ですね。
笑いが止むと、私は先生の服装のある異変に気が付きました。
ネクタイが曲がってしまっていたのです。
先生にしては珍しいミス、端正な先生には似つかわしくないという違和感。
「ん……先生、ネクタイ」
「………!」
私が指摘しようと思ったことをシロコちゃんも口にしていました。
──先を越された
そんな焦りが全身をざわめかせて、半ば無理やりに私の身体を突き動かします。
誰よりも愛しい、先生のもとへ。
「先生!ネクタイ曲がっちゃってますよ〜?」
「!!」
シロコちゃんの声を打ち消すように、上から覆いかぶせるように、私はハツラツを前面に押し出して先生に駆け寄りました。
「直しておきますね〜☆」
「あはは………みっともない所見せちゃったね」
襟元に手を伸ばす私に、先生は申し訳なさそうに呟きます。私は首を横に振り、満面の笑みを浮かべました。先生の全てを、肯定するために。
「いえ! ………先生のそういう所も、私は好きですよ」
私は小声で、他の誰にも聞こえないように囁きました。
「先生、昨日もネクタイ曲がってたわよ。もっとシャキッとしなさい!」
「セリカは手厳しいね……でも確かに、ちょっと抜けてるかもしれない。気を引き締め直そう」
昨日………昨日も………
一昨日は確か、先生がシロコちゃんに襲われた日。そして昨日は……私が先生を押し倒しました。なら、昨日も今日も、私やシロコちゃんの相手をさせられたから、疲れてこうなった……ということでしょうか。
………悪いことをしてしまいましたね。
なのに、どうしてでしょうか。弧を描くこの唇の力を、ほどくことが出来ないのは。それすら口実にして、こうして先生とほぼ密着して、先生の温もりを少しでも感じられることに、私は愉楽を見出している……
たったこれだけの些事でも、私は胸いっぱいに幸せを吸い込んでいるようです。
ああ、最高! そう叫びたいほどに………
「よし………ありがとう、ノノミ」
「いえ!」
「じゃあ皆揃ったことだし……今日も頑張っていこう。私は職員室にいるから、何かあったらいつでも呼んでね」
私たちは頷きました。
今日も頑張りますよ、先生の期待に応えるためにも。
「……………………」
背後から当てられる、意味深な2つの視線には目を背けながら。
◆◆◆◆◆
「ノノミ先輩、住民の健康志向についての調査なんだけど……」
「ああ!それは私の担当でしたね☆」
私たちは今、書類仕事に手を付けている。昨日の続き、ホシノ先輩とノノミがいなかった分の埋め合わせ。
………………
頭の中には、さっきのノノミのことがちらついてる。
私を遮って、ノノミは先生に近付いた。元々は私がやろうとしてたことを横取りされたから、気分は良くない。でも、それよりも気がかりなことがある。
今日のノノミは、部室に入って来た時からやたらと機嫌が良い。
ノノミはいつも元気。私たちの中でも明るい………でも今日は、何かが違う気がする。いつもの明るさに、何かが加わったような………それがさっきのホシノ先輩とノノミの間の見えない壁に繋がってる……?
「ノノミ先輩、街の清掃ボランティアの募集なんですけど、昨日大方段取りが決まったので、後は先輩に確認してもいたいです」
「まぁ、昨日でもうそこまで? アヤネちゃん、偉いです☆」
「ちょっ……ノノミ先輩!?」
ノノミはアヤネの頭の上に手を乗せると、ニコニコと笑いながら撫で始めた。
「もうっ、止めてください!」
アヤネは困ったような、恥ずかしいような顔を見せて抵抗する。それを見たノノミは、ますます口端を釣り上げて、抱き寄せるようにして頭をぐるぐると撫で回す。
…………ハイテンション。
いつも、こんな感じだっけ。
昨日1日、そう……1日しか経ってない。
なのに、何かが違うように思える。
何かが………
昨日までと………………
…………
…………………
………まさか、ノノミと先生……何かあった………?
私が知らない所で……この感じだと……昨日………?
でも、ノノミは昨日は学校に来てない。なら……夜?先生は学校に残ったから、ノノミはその時に………
……………
証拠は何も無い。ただ今日はたまたま、ノノミの気分が良いってだけかもしれない。
なのに、何なの。
この胸騒ぎ。何かが気持ち悪くて、さっきから落ち着かない。
「ん、ノノミ。今日はやけに機嫌が良い。何かあったの?」
頭で思ってるだけのはずが、気が付くと口から言葉が漏れていた。溜まっていくぞわぞわとした不快感を吐き出すように。
「それ私も気になってたんだよね。ノノミ先輩、今日は何かノッてるなって」
セリカも同じことを思ってたみたい。これはナイス追い風かも。
「ん〜、やっぱりバレちゃいましたか〜………」
するとノノミは、両目を閉じて俯いた。不思議な挙動だったから、私たちの関心はどんどん強まっていく。
「実はですね〜………」
ノノミはもぞもぞと制服のポケットに手を入れた。
何だろう……私の胸もドキドキと鼓動を始める。
「じゃ〜ん!!」
そして、ノノミが勢い良く皆の前に突き出したのは────何枚かの紙切れだった。
「ノノミちゃん?それは…………」
「これはですね………レッドウィンター自治区への飛行機のチケットです☆」
「「「「チケット?」」」」
よく見れば、確かに「レッドウィンター」って書いてある。確か、一年中雪が降ってるキヴォトスの北にある学校の自治区だったはず………
「この前、雑誌の応募があったので葉書を出したんですが………当選したんです!今朝、ポストに入ってるのを見て……それでずっとウキウキしてたんですよ☆」
「レッドウィンターって、あの雪の?」
「はい☆ 6枚あるので、私たちと………先生で、スキーでも行けたらな〜って」
「なるほど……そういうことだったんですね」
セリカもアヤネも、目を光らせてノノミを見ている。ノノミもニコニコしながらチケットをひらひらと動かしていた。
スキー、か。
確かに楽しそう………先生も一緒…………
「も〜、そういうことは早く言ってよ〜」
ホシノ先輩も柔らかい笑顔でノノミを眺める。
「サプライズのつもりだったんですけど……失敗しました」
「後で先生にも伝えなきゃね」
「はい☆」
…………
………………
ノノミはそう言って、仕事の方に戻っていった。
レッドウィンターへのチケット。それが、ノノミが嬉しそうにしていた理由………
…………
………………
本当に、それだけ…………?
「あ、ホシノ先輩〜、この書類の確認、お願いします〜☆」
私の中には、まだ拭いきれない疑惑がしっかりと痕になって残っていた。
"何かがおかしい"、それだけが痕になって。
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