生徒たちのギスギスが見たい先生   作:せご曇(せごどん)

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シロコとノノミ、ギスギスします。



シロコとノノミ②─シロコの怒りとノノミの嘲り─

 

 シロコとホシノの言い争う部分はこのフォルダへ………

 

 ホシノが教室で泣く所はこちら………泣き声は別途、音声ファイルとしても区分けしておこう…………

 

 ノノミのこの顔………中々良い………やはりあんなことを突然知らされれば、こうなるのも無理は無い…………

 

 ……………

 

 ……………………

 

 ………………………ん? あぁ………もうこんな時間か。

 

 やぁ………皆。私はシャーレの先生だよ。

 

 今何をしていたか、だと?それは勿論、私の「趣味」を遂行していたのだ。

 

 彼女たちの様子を、私は逐一確認している。その一挙手一投足には、私を満たすための「パーツ」が散りばめられており、それらは全て形あるものとして残して置かなければならない。それらは私の「励み」となり、明日なる世界を生きる「活力」として、私を漲らせるのだ。

 

 やはりと言うべきか、少女期の女性は良いものだ。喜怒哀楽が明瞭で、何に喜び、何に哀しんだのかが手に取るように分かる……その胸の中を、まるでテレパシーでも使ったみたいに掬い取れる。

 

「ずるいよ、シロコちゃん」

 

 ほら…………

 

 表面上、委員会の不和を避けようとしていたホシノだが………心の奥底の、一番弱い部分を蝕む嫉妬心を抑えきれず、ポロッと本音が漏れいでる。シロコにすら聞き取れない小さな声だったが………私はしっかりと聞いていたよ。

 

 うん…………良い。実に良い。

 

 自分の感情に正直というのは、素晴らしい。私はそんな正直者と正直者による、掛け値無しの心のぶつかり合いを見るのが生き甲斐なのだ。

 

 一連の彼女たちの感情の坩堝は、永久に私のものとして保存しておくことにする。勿論、アビドスの皆にはナイショだよ………もっとも、君たちならば告げ口などしないだろうがね。ここまで私と愉楽を共にした、同志たる君たちならば。

 

 さて………ノノミが席を立った。何か動きがあるだろう………ここで私は、次の布石を打っておくことにする。

 

 じゃあそういうことで、お休み…………

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 あと少しでお昼休みですが、まだお仕事は残っています。しかし………私はお手洗いに行くと言って、部室を一抜けしました。

 

 勿論、行き先は決まっています。先生がいる職員室です。

 

 我慢していましたが……どうしても先生に会いに行きたくなってしまいました☆

 

 書類作業を進めている間も、ずっと先生の顔が頭を過るんです。昨日のあの幸せな時間、瞬間、その全ては記憶から洗い流されていくことなく深々と、岩盤を削るように、十六夜ノノミに「先生」の二文字を刻みました。

 

 今朝も、チケットを持って行ったので態度は誤魔化せましたが………それでも不自然でしたかね?あれは雑誌の懸賞……などではなく、私の立場(ネフティスの力)を利用して得たものですが、少しはしゃぎ過ぎ?

 

 いえ……そんなことはどうでも良いですね。私はあくまでも私のままでいるつもりですから。

 

 そう、先生のことが大好きで仕方がない………十六夜ノノミとして。

 

 もう職員室の扉が見えてきました。私はノックをする………前に、扉を少しだけ、誰にも気付かれないように静かに開きます。実はまだ私もあまり知らない、一人でいる時の、誰にも見せていない先生の姿が気になったのです。

 

「……………………………!」

 

 しかし…

 

 扉の隙間から垣間見える先生。それはお仕事に勤しんでいる真面目な先生ではなく………机に伏して、無防備に眠りについた、しどけない姿。

 

「まぁ………」

 

 まさか居眠りをしているとは思っていなかったため、小さくはありますが驚きの声が漏れました。

 

 ですが………私から何かを言うことは出来ません。先生がお疲れなのは、私にその責めがあるからです。昨日の夜に押しかけて、無理やり私の我儘に付き合わせた。ならば、これもまた仕方がないこと。

 

 そう……仕方のないこと。ですから、どうにもならないついでに、お邪魔させていただきます……☆

 

「失礼しますね、先生…………」

 

 私は音を立てないように職員室の扉を開き、室内に足を踏み入れます。そして一旦は先生に背を向けてゆっくりと扉を閉め、ピタッ……扉が完全に閉まったことを確認します。

 

「わぁ…………」

 

 先生のお側には、白い書類が山のように積まれていました。ちょん、って指で押したら、倒れてしまうのではないかという程に………いえ、あそこまで積まれていたら、指で突いた程度ではびくともしませんか。

 

 シャーレで先生のお仕事をお手伝いしたことは、これまでに何度もありました。その度に先生の普段のお仕事の量に、息を呑んだものですが………こうしてお疲れで眠っている先生を見ると、本当に大変なのだとよく伝わってきます。

 

 こんなに多くのお仕事をこなして、私たち生徒の相手までしてくれて………徳を積みすぎて、来世ではどんな存在に生まれ変わってしまうのでしょうか。出来ればその時、私もお隣で一緒に居たいのですが……残念ながら、私は地獄へ行くことになりそうです。だって、こんなにも悪い女なのですから………

 

「ですから先生……今世では……ずっと、先生のお側にいさせて下さい………」

 

 私は身を屈めて、先生の寝顔を見つめます。すぅ、すぅと小さくて可愛らしい寝息を立てて、気持ちの良さそうな眠りについている先生。

 

 まじまじと見つめていると、徐々に身体の内側が赤みがかっていくのを感じました。薪をくべ、勢いづいた火に、ぐるぐると回されて角度を変えながら炙られるお肉の気分。ポッ、そんな間の抜けた擬音が、頭のてっぺんから噴き出してきそう。

 

 あぁ……

 

 今すぐに抱きしめて、その唇に蓋をしたい…………

 

 私のこの気持ちを……また先生にありったけ注ぎたい………

 

 ………いけない。この調子だと、また自分を押さえられなくなってしまいます。昨日、先生とお約束しました。あのような事(・・・・・・)は今回限りにする、と。

 

 本来ならば、1回でも許してくれるものではありません。ですが先生は、私の心の深い部分にあった苦しみを理解して、昨日だけは許してくれたのです。

 

 これ以上、先生の優しさに泥を塗りたくはありません。

 

 これからは………正統に、ストレートに、先生に振り向いてもらえるように頑張るのですから。

 

 ………………

 

 ………………………

 

 誰も………見てません……よね。

 

 ほっぺたに……ほっぺたに、ちょっとキスするぐらいなら。

 

 それぐらいなら、良いですよね………?

 

「先生、失礼します………」

 

 また意味の無い断りを入れて、私は唇を先生の頬へと近付けていきました。

 

 

 

 その時でした。

 

 職員室の扉に誰かが手をかけた音が、静かな室内の空気を震わせたのは。

 

「………………!?」

 

 胸の内で警報が鳴り、私は反射的に、即座に先生から距離を取りました。

 

 かけられた手はそのまま離れていくはずもなく、そのまま音を立てて扉を開きます。

 

 そして、扉の奥にいたその人は、青いマフラーを巻いた私の友人は、無言でこの私たちだけの楽園を踏み荒らすのでした。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

「すみません、ちょっとお手洗いに行ってきます」

 

 あと20分ぐらいでお昼休みの時間。ノノミは仕事の途中で立ち上がって、部室を出て行った。

 

 別に、何の違和感も無いはずの言葉。だけど私には、ノノミがそれだけの理由で席を外したようには思えなかった。

 

 何か別にやりたいことがある。そんな考えが、今朝のハイテンションと結びついて私に嫌な想像を強制する。

 

 あり得ない、いや、あり得なくない。だって私たちは皆、先生のことが好きなんだから。でもノノミは、昨日は具合が悪かった。いや、それは嘘で実は─────脳内での絶え間ない問答に決着が着く前に、私は席を立ち上がっていた。

 

「私も行くね」

 

 ガラガラ……扉を開けて部室から出る私は、きっと機械みたいに無駄無く素早く歩き出していた。

 

 

 

 廊下に出た私は、まずトイレの方に向かった。ノノミはお手洗いに行くと言って出て行ったんだから、ここにいなきゃおかしい。

 

 ピンク色で塗りたくられた壁の女子トイレの中に入って、個室の扉が閉まっているかを確かめる。閉まってたら、私の思い過ごし。ノノミにごめんをしなきゃダメだ。

 

 ……………

 

 ……………………

 

 いない。

 

 個室はどこも閉まってない。もしもう出たんなら、私とすれ違ってるはず。

 

 妙な胸騒ぎが私の両手を湿らせる。

 

 まずい

 

 行かなきゃ

 

 ノノミを止めなきゃ

 

 

◆◆◆◆◆◆

 職員室。ノノミが来るとしたら、ここしか無い。

 

 私は扉を開けようと手を伸ばす────その時、頭の中で待てって言われた気がして、動きが止まった。

 

 ただ開けただけなら、ノノミが何かをやっていた……もしくはやろうとしていたとしても、誤魔化される可能性がある。今のノノミは、油断ならない感じが漂ってるから。

 

 私はそっと……音を絶対に立てないようにして、ほんの少しだけ向こう側が見えるぐらいに開いた。

 

 すると………

 

「………………!」

 

 やっぱり、そんな感想が口から漏れそうになるのを堪える。私の目線の先には………顔を赤くして何かを喋っているノノミがいた。その隣には……先生…………しかも、あの感じは寝ている……?

 

 ノノミのあの様子……背筋に冷たい何かを突っ込まれたような、物凄く嫌な感じがした。私はあの顔を見たことがある。いや、違う。私がそうだった。先生のことを思い浮かべて熱くなってる時の私……それを鏡で見てるみたい。

 

 あ…………

 

 ノノミが目を閉じた……

 

 そのまま唇を、先生の顔の方に………

 

「…………っ!!」

 

 ダメ

 

 それは嫌だ

 

 先生にそれをしていいのは、私だけ

 

 私だけなの

 

 ダン!強い力で取っ手を握った私は、自分の存在をはっきりと示すように、職員室の扉を開けた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

「シロコちゃん………?」

 

 私の姿を見たノノミは、先生から距離を取っていた。まるで、先生には初めから近付いてはいなかったと見せているように。

 

 でも、私見てるから。ノノミが何をしようとしてたのか。

 

「ノノミ、何してるの」

 

「何、って………別に何もしてませんよ?」

 

 ノノミは小さな声で、私に不思議そうな顔を向ける。

 

 ………やっぱり。これが違和感。ノノミが平然とした様子で、ずるい嘘を吐いてる。元々、ノノミは何かを誤魔化すような嘘を吐くタイプじゃない。おふざけでもない、ぬちゃっとした気持ちの良くない嘘を。

 

 今目の前にいるノノミは、私の目を誤魔化そうと、私を騙すための嘘を吐いてる。それが違和感の正体だった………

 

「じゃあ何でここにいるの」

 

「それは、書類の中に先生に聞いておきたいことがあったからです。お手洗いついでに立ち寄ってみたのですが………眠っているようなので、起こすのも悪いかなって──」

 

「嘘」

 

 バクバクいってる心臓が、ノノミの言葉を遮らせる。それは自分でも驚くぐらいに、感情が籠もってない声をしていた。

 

「嘘、って……別に嘘なんて吐いてませんよ。どうしたんですか?シロコちゃん」

 

 ノノミの嘘は、私には分かる。私に嘘を吐くってことは、私をやり過ごして先生と何かをしたいってこと。じゃあ、何がしたかったの?そもそも、ノノミはどうして機嫌が良いの?

 

 頭の中で色んな疑問ががなり立ててくるのが、嫌過ぎる。こんなに嫌な気分は早く終わらせたい。

 

 私は決着を着けようと、ノノミを問い質すことにした。

 

「私、見てたよ。ノノミが先生のほっぺに……キスしようとしてること」

 

「…………!」

 

 ノノミの目が大きくなった。驚いてる。やっぱりだ……答え合わせはとっくに済んだ。私は隙間を許さずに次の言葉を投げつける。

 

「ノノミ、朝から機嫌が良かった。チケットが当たったからって言ってたけど………違うでしょ。昨日、何かあったんじゃないの。休んでたけど、何かを………先生と───!」

 

 そこまで言ったら、ノノミが私の唇に人差し指を縦に立てて近付けてきた。その動作に、私は勢いを殺されて口を閉ざす。閉ざされる。

 

 ノノミは半開きの目を潤ませて、緑色の瞳をチラリと先生に向けた。その目に魅入られるように吸い付いていた私の視線も、釣られて先生の姿を映し出す。

 

 ─────気持ち良さそう。

 

 その隣には、山積みになった書類。それだけで先生が、今は疲れから解き放たれて眠ってるんだって、心の中にすっと説明が入り込んでくる。

 

「先生は今、お疲れです………起こしては悪いですよね?」

 

「……………………」

 

 唇が力を帯びる。ノノミに言いたいことを、言わせないために。

 

 先生は疲れてる。そんなことは当たり前。一昨日は、私の我儘にも付き合わせた。だから、私に何かを言う資格なんて無い。

 

「場所を………変えましょうか」

 

「………………………」

 

 私に頷く以外の選択肢は残されていない。首が縦に振れるのを確認したノノミは──

 

「…………………っ!?」

 

 先生の頭を右手で、猫の赤ちゃんを可愛がるみたいにさらさらっと撫でた。私たちの誰にも見せたことのない、艶っぽくて柔らかい表情を浮かべて。

 

「では………行ってきますね、先生」

 

「……………………!!」

 

 ノノミの右手は、私の逆鱗も一緒に撫でていた。手が離れた後には、ざらざらとしつこく擦られたような、くすぐったくて痒い、不愉快な感触だけが残っていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 扉を開けたのはシロコちゃんでした。職員室の中に入ってきて、私に対して色々と質問を投げかけます。無表情、でも目の中に怒りの色が滲んだ、複雑な感情のまま。

 

 このままここで言い争いにでもなったら、先生が目を覚ましてしまう。今はせっかく心地良さそうに眠っているのに、起きて早々、愉快ではない光景を目に入れてしまいかねない。

 

 そう思った私は、シロコちゃんに場所を変えるように提案しました。先生のことを引き合いに出すと、シロコちゃんは大人しい。フフ……やっぱり……恋する乙女……ですね。意中の相手には、なるべく嫌な思いをして欲しくないという共通の習性が、私たちにはあるのです。

 

 私たちは屋上へと向かうことになりました。あそこならば、他の皆に会話を聞かれることもない。部室に戻るのは少し遅れてしまいますが……まぁ、仕方ないです。

 

「……………………」

 

 お互い、無言で階段を上っていきます。これだけ近い距離にいて、雑談の一つもない。普段ならばあり得ない話です。知らず知らずの内に、肌の表面がピリピリするような殺伐とした空気が漂うのが分かります。

 

 階段を上り終えた私たちは、屋上の扉に手をかけて、ガチャりと開けました。この地上全てを照らす太陽の光が、薄暗かった屋上手前から顔を出す私たちにも降り注ぎます。その眩しさに思わず目を閉ざしかけますが、程なくして明るさに慣れていきました。

 

「すぅ……………………はぁ…………………」

 

 空気が………澄み渡っています。

 

 まるで、今の私の心の中をそのまま映しているよう。

 

 もっとも……シロコちゃんの心は映していないようですが……

 

「ノノミ。さっきのこと、説明して」

 

 この美しい空を堪能する余裕は、シロコちゃんには無かったみたいです。無駄な時間を過ごす気は無いとばかりに、一直線に本題を切り出しました。

 

「さっきのこと、とは?」

 

「ふざけてるの?……ノノミが先生にキスしようとしたこと」

 

 惚けてみたのですが……怒らせてしまいましたね。

 

「ちょっとしたイタズラ……みたいなものですよ。寝ている先生が可愛くて、チュッ……てしてみたくなったんです☆」

 

「嘘でしょ」

 

 職員室の時と同じように、私の弁明はシロコちゃんの冷たい声で一蹴されてしまいます。

 

 これもお気に召しませんか……?嘘は言ってないのですけど………

 

「冗談であんな顔は出来ない。あんな………あんないやらしい顔………今までのノノミは一度もしたことがなかった」

 

「あら、いやらしい顔って何ですか?私は私ですよ……?」

 

「違う。今日のノノミはノノミじゃない………そんなずるい嘘は吐かない」

 

「…………ずるい?」

 

 

 

 

 ………ずるい?

 

 ずるい?

 

 私が………………?

 

 

 聞き捨てならない言葉が、シロコちゃんの口から聞こえてきました。

 

 

「ノノミは今朝から機嫌が良い。チケットが当選したって言ったけど………それだけが理由じゃない。先生と何かあったんじゃないの。昨日学校には来なかったけど、本当は先生に会いに行って───」

 

「シロコちゃん」

 

 

 

 

 

「ずるい、って何ですか」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 ノノミは私の質問に、どこか気の抜けた答えを返してくる。いつものノノミのような態度。外側だけ見れば、明らかにそうだ。

 

 だけど、私には全然違って見える。言葉から息遣いから、何から何まで昨日までのノノミとは違う。自分の本当の気持ちを隠そうとして、普段の自分を演じてるような、そんな気持ち悪さが垣間見えて仕方がない。

 

 それがイライラした。私が知りたいのは、そんな外側のノノミの言葉じゃない。本当のノノミが、先生に何をしようとしたのか。何が……あったのか。それだけ。それだけなのに、ノノミは何も答えようとしない。そんなこと知る必要は無い、言っても分からない。ノノミの両目が、そう伝えているように思えた。

 

 私は、喉の奥からむせ返るように湧いてくる苛立ちが抑えられなくて………いつまでも私を煙に巻こうとするノノミを責め立てた。

 

 

「シロコちゃん」

 

 

 

「ずるい、って何ですか」

 

 

 

 

 

「え………」

 

 

 

 

 寒い

 

 何、これ

 

 ノノミ……………?

 

「ねぇ、シロコちゃん。ずるい……って何ですか?」

 

「あ……………」

 

「私の何がずるいんですか?」

 

 ノノミの顔から、笑いが消え失せた。

 

 私の記憶のどのノノミとも違う、優しさも快活さも何も無い、鉄のように冷たい真顔。

 

 ただ一つだけ、分かることがある。

 

 ノノミは怒ってる。

 

 私に怒ってる。

 

「私、何もずるいことなんてしてませんよ。シロコちゃん…………シロコちゃんの方が、私よりよっぽどずるいんじゃないですか?」

 

「え」

 

「昨日………見ましたよ。ホシノ先輩と2人で話しているところ」

 

「!?」

 

 嘘…………

 

 見られてた…………?ホシノ先輩と、あの教室で話してたところ………?

 

 でも、どうして………ノノミは昨日は学校に来なかったはず………

 

 ノノミの目線が私から逸れる。斜め下……砂まみれの床に目を移して、何か嫌なこと、苦しいことを思い出すみたいな、辛そうな表情を浮かべてる。

 

「シロコちゃん………ホシノ先輩に言ってましたね。一昨日の夜……先生のことを襲ったって」

 

「な……」

 

「何で知ってるの……ですか?実は……昨日は一度、学校まで来ていたんです。普通に登校して、普通に出席するつもりでした。そのつもりでしたが………」

 

 

「シロコちゃんとホシノ先輩が一緒に歩いているのを見かけました。何か嫌な感じがして、何かが起こるんじゃないかって思った私は………こっそりと後をつけていったんです」

 

「そしたら………教室の中で、ホシノ先輩が言ってました。シロコちゃんが、先生のことを無理やり押し倒して………という話です」

 

「私、あんまりにも………あんまりにもショックだったんです。シロコちゃんが先生とめちゃくちゃになっている間……私は家で、自分独りで、自分のことを慰めていたんですよ?先生の顔を頭に浮かべて……先生、先生って声に出しながら…………惨め過ぎて、とても皆の前に出られる状態じゃなくなって、私は帰ったんです」

 

「そして帰ってから、玄関で大泣きしました。どうしてシロコちゃんが、何でシロコちゃんばっかりって………私だって先生のこと大好きだったのに。妬ましくて、妬ましくて、そのまま胸が苦しくなって死んじゃうかなって思ったんです。泣き疲れて……気付いたら寝ていて、夜になってました」

 

「その時………何かが吹っ切れました。何で私が我慢しなきゃいけないのか………って」

 

 

 

「やめて」

 

「私、夜の学校に行ったんです。そしたら先生がちょうど、お仕事を終えて出て来て……」

 

「やめて…………」

 

「ついて行きました。先生の後ろを、滞在先のホテルまで気配を殺しながら………それで、先生がお部屋に戻ったのを確認した私は」

 

「やめてっ!!!!」

 

 

「あら………? シロコちゃん、何があったのか知りたいって言っていませんでしたか?今、包み隠さずに………正直に説明していますよ。ずるい嘘なんて、少しも吐かないで………」

 

 

 ノノミが先生に何をしたのか

 

 そんなことはもう分かる

 

 分かってる

 

 私みたいに先生を押し倒したんだ

 

 それで、先生と一緒になって、もみくちゃになって………

 

 聞きたくない、そんなこと

 

 私の先生が、私以外の女と抱き合ってるところなんて………!

 

「シロコちゃん………それは『ずるい』ですよ。私はあんなに苦しんだのに。独りで咽び泣いたのに。シロコちゃんだけ気持ち良く終われるなんて、そんな御伽噺は許しません」

 

「うるさい………先生は私の人。私だけの人なの」

 

 お腹が物凄くムカムカする

 

 ノノミが先生を、私の先生を()ろうとしてることが、嫌すぎて、嫌すぎて、拳に力が入る

 

「えぇ?先生がそう言ったのですか?」

 

「………………言った」

 

「フフっ………嘘ばっかり」

 

「嘘じゃない………!」

 

「先生は『まだ』誰のものでもありません………先生は生徒皆に優しい『先生』なんですから………」

 

 

 で、す、か、ら

 

 ノノミが口をゆっくり動かして、目を半分閉じた

 

 あの時見た、いやらしい目つき

 

 間違いなく「女の目」

 

 口の中で、歯が強くかみ合わさるのを直に感じた

 

「私が先生を振り向かせてみせます」

 

「は………」

 

「キヴォトス中の、他の全ての生徒よりも、私のことを見ていたい。そう、先生に思ってもらうんです」

 

「ふざけないで……」

 

「真面目ですよ。シロコちゃんよりも、ずっとね………」

 

「…………っ!!!」

 

 一瞬、目の前が真っ白になった

 

 視界がクリアになった時には、私は両手でノノミの胸ぐらを掴んでいた

 

「暴力ですか………?そんなことをして、先生はシロコちゃんのことを好きになってくれるんですか?」

 

「先生は私の先生………!ノノミのじゃない………!」

 

「う〜ん………困りましたね………そうだ。シロコちゃん、良いことを教えてあげます」

 

「は…………?」

 

「シロコちゃん、先生の初めての人になったって喜んでましたが…………あれ、先生の嘘ですよ」

 

「………………!!」

 

 ノノミがまた訳のわからないことを言った

 

「おかしいとは思いませんでしたか?あんなに優しくて、人間が出来た先生が………今まで女性とのお付き合いが無かったなんて」

 

「っ…………」

 

 あり得ない

 

 嘘だ

 

 そんな言葉で頭がいっぱい

 

 なのに何でか、私の手の力が弱くなってる

 

「先生の初めての女性(ひと)は、キヴォトスに来るよりも前にお付き合いしていた方です………」

 

「嘘……」

 

「もうお別れしたようですが………先生はその方と既に愛し合っていたんです」

 

「嘘だ………」

 

「分かりますか? 私もシロコちゃんも………二番煎じ三番煎じ………いえ、それ以下なんです。特別でもなんでもないんですよ」

 

「嘘を言わないでっ!!!」

 

 ガンっ!!

 

 ノノミをそのまま屋上の柵に押しつけた

 

 結構力がこもってるのに、ノノミは少しも苦しそうにしない

 

 嗤ってる

 

 私を見下ろしながら、嗤ってる

 

「先生は優しい人。だからシロコちゃんが傷つかないように嘘を吐いてあげたんです。シロコちゃんはそのおかげで幸せな気持ちになれた………何よりも、私たちは無理やり先生を襲ったんですよ?先生を責めることが出来ますか?」

 

「っ……………」

 

「そう……私たちはまだ、先生と寝た女の1人でしかありません。強引なのを考えると、他の今までの女性よりもスタート位置は後ろ…………当然ですが、私はこのままで終わる気はありません。最後には私が、先生と添い遂げるつもりです」

 

「ノノミ…………!!」

 

「私が必ず、先生を幸せにします」

 

 ノノミは目を閉じて、いつもの笑顔を浮かべた

 

 混じり気のない、屈託の無い笑顔

 

 私はその笑顔に、一瞬 一瞬だけ魅入られてしまった

 

 その瞬間、力の緩んだ私の両手を、ノノミは振り払った

 

「そろそろ離してもらえますか……制服にシワが残っては嫌ですから」

 

「…………………」

 

「ではシロコちゃん……部室でまた会いましょう。勿論……ここで起きたことはナイショですよ?」

 

 シーッ

 

 人差し指を唇の前に立てて、ウィンクをしてみせるノノミ

 

 そして、そのまま屋上の扉を開けて、この場を去って行った

 

 

 ………

 

 ………………

 

「っ!!!!」

 

 バンッ!!

 

 私は柵に拳を叩きつけた

 

「ノノミ……………!」

 

 怒りがこみ上げてくる

 

 歯ぎしりが止まらない

 

 

 先生を

 

 私の先生を

 

 横から盗み取ろうなんて

 

 

 許さない

 

 そんな泥棒猫みたいなこと、私が許さない

 

 

 ノノミじゃない、私

 

 私なの

 

 先生と最後、一緒に笑ってるのは私なんだ

 

 

 負けるもんか

 

 

 絶対に、ノノミには負けない……………!!!

 

 

 

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