邪竜幼女 ~村娘に転生した最強ドラゴンは傍若無人に無双する~ 作:富士伸太
我、太陽の化身にして最強の邪竜ソルフレアが人間に敗北した後、どれだけの月日が経ったであろうか。
皆既日食のあの日、我の肉体は勇者の攻撃の前に完全に滅び去ったが、魂だけを物質化して肉体から切り離して逃亡に成功した。
そして宝石のような一粒の石となった魂は幾千、幾万の月日で陽の光を吸収し、今ようやく、長い長い眠りから覚めることができた。今まで生きてきた中で一番のピンチだったが、のどかな景色を見ているだけで「生きてる」という実感がある。
が、それも百年くらいで飽きた。
(うーん……暇じゃの)
魂だけとなったとき、周囲に敵がおらず、なおかつ太陽の光が当たって回復に専念できる場所を無我夢中で探していたところまでは覚えている。
どこかの山の山頂であることには間違いないが、見覚えのある景色ではない。というか見覚えがある場所であれば人間も魔物もきっと気付くわけで、そういう場所は無意識的に避けたのだ。
暗黒領域の外であることは確実。
魔物たちの集落は影も形もない。
知恵のない魔物が闊歩し、それ以外は野鳥やカモシカ、熊が出るくらいのものだ。
勇者たちに見つからぬよう全力で隠れたことが仇になった。人も魔物も訪れることのない山奥とはいえ、月日が経てば魔物たちは権勢を取り戻して発展を続けるだろうと思っていたが、完全に予想が外れてしまった。
(せめて領域内であれば知恵ある魔物に預言を授けて、我を保護してもらうこともできたじゃろうが……。魔物の集落よりも人間の集落の方がまだ近そうじゃの……。いや、待てよ?)
このまま肉体を再生して再び人間に挑んだところで、同じことの繰り返しになってしまう。何の進歩もないではないか。
定命の定めにある人間のような矮小な生き物は、代を重ねて知恵を紡ぎ、我に勝利をもぎ取った。我も、奢りを捨て、人間たちに打ち勝ち、再び頂点に立ってこの世界に君臨する。
それこそ我、誇り高き太陽の化身ソルフレアというものである。
(そのためにまず、人間というものをもっとよく知らなければ。暇じゃし)
我は、人間に転生しようと決めた。
魔物に転生してもよいが、転生した種族に肩入れしたことになるので色々と面倒くさい。人間であれば後でまた魔物たちを統べるときに言い訳も立つ。というか魔物がおらんのでどうしようもない。
そう思いあぐねてさらに百年ほど経つと、我の期待に応えるかのように開拓者が現れ始めた。
しかも暗黒領域の結界のすぐ近くの森を切り開いて、田畑や農園を作っている。
これは幸先が良い。
(……どうやら人間は、家族という単位で生きておるらしいの)
我、人間観察の趣味に目覚めた。
人間は夫婦という番を作り、その番が集まって群れを作る。
馬や牛にも似てるし、ゴブリンやオーガなどとも似ている。
巣作りや道具、服作りに異様にこだわっているが、これはこれで面白い。
(問題は、血の繋がらない幼体を育ててくれるかどうかじゃな……)
この世界の人間や動物は、肉体が滅びた後も魂が別の存在として生まれ直すことがある。我はそれを真似してみようと思う。
そこで我は、集落に住む人間に向けて「声」を放った。
夢の中だけで聞こえるような、か細く小さいかわりに魂に響く神秘の声……つまり、神のお告げや預言と呼ばれるものを届けた。
(子を欲する夫婦よ。そなたらの願いを叶え、子を授けよう)
我は賢いので、群れを作る習性を持つ者は、血の繋がらぬ子であっても世話をすることがあるのを知っていた。特にそれは、子を産むことができぬ番に多い。
しかも、神聖な場所で拾った子は特に大事にされるっぽい。
多分。
そうでもない例もたくさん見たが、案外イケると思う。
「ねえ、ゴルド……本当にこんな山奥に何かがあるのかしら……?」
「わからん。だが昔から神のお告げが昔からあるらしい。ヨナも夢で聞いただろう。正直ちょっと記憶が曖昧なんだが、神聖な声だった……気がする……」
赤髪の壮健な男と、長い銀髪のすらりとした女が、並んで山道を歩いてきた。
ヨッシャ!
人里にこっそり声を掛け続けた甲斐があった。
もう少し具体的な話をした方がよいかと思ったが、手も足もない状態で我の正体が露見されても逃げようがない。曖昧かつ、なんとなく神聖な雰囲気を感じて誰か来てくれと願っていたが、ドンピシャだ。
見たところ、若すぎもせず年を取ってもいない。
恐らく子供を欲しているのになかなかできぬと見た。
(付け加えて……腕前も悪くない。どこかで腕を鳴らした冒険者か?)
男の方は、実直そうなふるまいの戦士だ。荒くれ者といった風情ではあるが、野良の獣や魔物が現れてもよく女を守っている。
女の方はしっかりと槍の技を磨いている気配がある。
防御の一切を男に任せ、十字槍を振るって魔物を屠っている。
……美しい所作だ。
男は無骨で、質実剛健で、優しい。手さばきは荒くれ者だが、立ち位置や足さばきは周囲の全てを見通し、全てを女のために注いでいる。
女は繊細で、華やかで、激しい。奔放だが的確な槍さばきはどんな獣であっても一突きで屠っている。それもこれも、男の一切を信じて託しているからこそ為せる技だ。
かような二人に子が生まれぬとは、人の世は難しいものだ。
「流石にここまで山奥だと魔物も強いな。大丈夫か、ヨナ」
「大丈夫よ……って、ねえゴルド! あんなところに、宝石が……!」
二人の視線の先にあるのは卵ほどの大きさの宝石……つまり我自身の姿があった。
二人の男女にようこそと声をかけたかったが、生身の声は出せぬ。
せめて二人を歓迎するよう、光を放ってみた。
「本当に子宝祈願の神様じゃないかしら。あんなに神聖な魔力が込められてるだなんて……きっと御神体か何かよ」
「よし、不妊が治るか、それとも天から子供を授けてくれるのかはわからんが……やるだけやってみようじゃないか」
男女が我の前に跪いた。
うむ、素晴らしい態度じゃ。褒めてつかわす。
「夫婦として連れ添って五年、一向に子供が生まれる兆しがありません。医者にも祈祷師にも願ってもどうにもなりませんでした」
「どうか私たちに子供をお授けください」
子を望む思いが、家族と共に生きていきたいという定命の者の祈りが、我に伝わる。
ようやく千載一遇の好機が来た。
「ゴルド! これは……!?」
「宝石が……赤ちゃんに……!?」
我は多くの者の願いや望みを叶えてきた。
それはただ自分の力を譲り渡したり、施しをしただけではない。
我自身が制御しきれない大いなる自然の力を、祈りを利用して形にできる。
つまり、子供が欲しいという願いを叶えるということは、我が子供になる、ということを意味する。
「……どことなく……お前に似てるんじゃないか」
「背中にウロコがあるし、竜人の血筋ね……。でもあなたにもなんだか目元が似てる気がするの。髪もあなたと同じだし……」
えっ、いや、そこは偶然じゃぞ。
古来、我が力を分け与えたのは魔物ばかりではない。
魔物の側に鞍替えして人間の国と袂を分かった人間にも与えたことがある。
たまたまこの女の方が竜人で、女の方こそ我に似ているだけである。
髪の色が男に似ているのも偶然だ。
あえて言うなら、目の前の人間の姿をちょっとばかり参考にしただけで。
だがそれらの偶然は夫婦にとって、大いなる天啓となったようだ。
「あのお告げは、この子を拾って育てろ……ってことなのか?」
「お告げはわからないけどこのままにしておけないわよ……わわっ」
だがこの瞬間、大いなる過ちに気付いた。
まずい……瞼が重い。
人間の体は思ったよりも視界が狭いし、手も足も弱い。
思い通りに体が動かぬ……空も飛べぬ……!
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
「よしよし、恐くない、恐くない」
「大丈夫か? お腹空かせてるんじゃないか?」
「お腹を空かせてるって言っても……乳母を探さないと……」
「急いで村に戻ろう。このままじゃまずいぞ」
(い、いかん……! 今の肉体に引っ張られて、我が、我であることを忘れてしまう……!)
今の我は名も無き赤子だ。
名も無き、というところが非常にまずい。転生してまったく新たな肉体に宿ってしまった以上、ソルフレアという名前の繋がりが消えてしまっては二度と記憶を思い出せなくなる可能性がある。
(しまった……この状態で正体が露見するのを恐れて、名乗るのを忘れておった……せめて、名前を告げねば……。炎よ、我が名を刻みつけよ……!)
我は、魔力を振り絞って岩に文字を刻みつけた。
これで正しき名で呼ばれればすぐに記憶も失われることはない。
魔力を使って、人間の全盛期の体に成長させることができる。
ともあれ赤子の体のままではどうにもならぬ。
「おや、赤ちゃんのいたところに文字が……ソル?」
「ふむ……この子の名前じゃないか?」
だがそれはすべての文字を刻みつけることなく途絶えた。
「いい名前だな」
「……ソルちゃん。うちの子になる?」
二人の優しい笑みだけが、我の瞼に残った。
◆
我の前に現れた男女……開拓村の村長ゴルド=アップルファームと、その妻ヨナ=アップルファームは、我を拾ってから激動の日々を過ごしたそうだ。
二人は元々、在野の冒険者パーティーの集合体の旅団であり、魔物たちと戦って土地を手にして、そこを王国に認められて開拓村を手に入れた。
それまでの熱き闘いの日々は終わり、平穏な日々を過ごすはずであった。
ある者は麦を作り、ある者は山で山鳥や猪を狩り、そしてある者は果物を作った。
ある者は結婚し、家族を作った。
アップルファーム夫妻は結婚してから子供ができないことを悩んでいたが、ある日突然、子宝祈願の山に登ったと思ったら子供を拾って降りてきて乳母を探し始めた。
村人たちは度肝を抜かれた。
人間も魔物もおらず、獣しかいないような山に子を捨てるなどありえない。
あれは神の子だと囁く者もいれば、あれは悪魔の子だと囁く者もいたが、ゴルドたちは「俺たちの子だ。俺たちが育てる」と言い、それ以上は語らなかった。
幸いにも、村人たちはそれを受け入れた。開拓村はつまるところ伝統も家柄も持たざる余所者たちの集まりであり、他人の生まれの良し悪しを指摘すれば自分に返ってくる。
そしてやがて、我の生まれの珍しさを忘れた。
むしろ才能と元気溢れる我を見て、神の子とか悪魔の子とかの異名よりも「アップルファーム家の悪戯っ子」、「シャインストーン開拓村で一番の悪ガキ」として世に憚ることとなった。
どうやらハイハイしかできないのに親の目を盗んで外に遊びに出かけようとしたり、歩けるようになったら子供たちの間でガキ大将となって年上の子供とケンカをしたり、馬や牛の背中に乗ろうとして厩舎に忍び込んで、翌朝、牛と一緒に寝ている我が発見されるなど、大人たちを散々困らせていた。
ごめん、我、その記憶ない。
なんか寝てたら馬にほっぺ舐められたのはかろうじて覚えてる。
ともあれこうして転生してから数年、我はアップルファーム家の至宝にして村一番の
転機が訪れたのは我が十歳の誕生日が近付いていた頃……つまりごく最近の話だ。
シャインストーン開拓村に、隊商がやってきた。