邪竜幼女 ~村娘に転生した最強ドラゴンは傍若無人に無双する~   作:富士伸太

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農場主の娘、ソル=アップルファーム 2

 

 

 やってきた隊商は村特産のリンゴと羊毛を買い込み、そして村人たちは娯楽を求めた。

 

 シャインストーン開拓村は辺境も辺境、田舎も田舎。少し先にいけば結界によって閉じ込められた暗黒領域がある人間の支配地の最果てであり、大変失礼ながら未開の地と思っている人間も多い。よって外からの情報がないのである。

 

 隊商が持ってきた絵本や滑稽本は飛ぶように売れた。そこに創世神話を書き綴ったものがあり、邪竜ソルフレアについて書かれてた絵本を買ってきた。

 

 我は齢9つにして本が好きで、挿絵のない本だって読めちゃうアンニュイ&ミステリアスな美少女ではあるが、「絵本が少なくて読み聞かせしたこと少なかったからやりたいの!」というママの願いを聞いて、朝食の前にしぶしぶママの絵本読みを聞くことにした。

 

「むかーしむかし。竜は災厄であり、恵みでありました。本当に竜だったのかは誰にもわかりませんが、遠吠えはまさに竜としか言えないくらい大きくて恐ろしいものでした」

 

「ふーん……」

 

「竜はお寝坊さんで、みんな困っていたのです。眠りが浅いと冬がすぐに終わっちゃいます。あくびして涙を流すと雨がざあざあ降って川が溢れちゃいます。……ソルちゃんも規則正しい生活しようね」

 

「ちゃんとしてるのじゃ。魔物がみんなの魔力を使って巨大化して我に聞こえるくらい大きな声で頼んできたから、決まった月に起きて、決まった月に寝るようにしたのじゃ」

 

「ソルちゃんにはもっと小さい単位で寝起きしてほしいのだけど……」

 

「うむ」

 

 人間の世は時間が細かくて大変である。

 

 ……んんん?

 

 いや、我は何を思っておるだろう。

 

 一年はめちゃめちゃ長いのに、不思議と、一日くらいの感覚で考えていた。

 

「ともかく竜は、ようやく地上にいる人と魔物に気付いたのでした。そして竜は、人間をいじめて魔物に味方するようになっちゃいました」

 

「いじめてなどおらぬし! むしろ人間だって魔物をいじめたりしたのじゃ!」

 

「そうよねぇ。人間の方が魔物をいじめてたから竜は魔物に味方したって解釈の方が私は好きだなぁ……って、あれ? この話したっけ?」

 

「え……? いや、したような、してないような」

 

「多分したのかしらね……。ともかく竜は、魔物と一緒に暮らすようになりました。魔物たちは血気盛んだったので、竜はみんながケンカしても大怪我したり死んだりしないよう、法律やルールを作ることにしました」

 

「うむ、うむ。流石は古来の竜である」

 

「でもその法律は割と雑で、『うっかりくしゃみして台風を起こしてはいけない』、『殴り合いのケンカは一年以内で終わらせること』、『湖よりもたくさんの酒を飲んではならない』みたいな竜から目線のものが多くて、魔物は頑張って竜を説得して、役立つルールに変えていきました」

 

「そ、それでも一生懸命考えたと思うのじゃ! ウチの村にも『三日三晩宴会してはいけない』とか変なルールあるのじゃ!」

 

 奇妙な気分であった。

 

 おねしょしたときのことを近所のエイミーお姉ちゃんに茶化されたときのような、恥ずかしい気持ちが湧き上がってくる。

 

「えっと、ママはソルちゃんのことを馬鹿にしているわけではないのだけど……?」

 

 ママが不思議そうに、こてんと首をかしげた。

 

 言われてみればその通りだと我もこてんと首をかしげる。

 

「あれ?」

 

 昔話のはずなのに、まるで自分の絵日記を読まれているような気恥ずかしさがある。

 

 ママが読む絵本にうんうんと頷き、ときには「違う、そうじゃない」と反論し、そしてママのお話が終わる頃であった。

 

「……もっとも偉大で、同時にちょっと傍迷惑な竜の名前は、ソルフレア。太陽の化身である大いなる竜はお隠れになりましたが、明けない夜がないように、いつの日か再び姿を現すときが来るのかもしれません」

 

 ママが絵本の末尾の言葉を読み終えたとき、我の背中に電撃が走った。

 

 ソルフレア。

 

 魂に刻まれ、しかし今は失われた我だけの名前だ。

 

 悠久のときを過ごし、魔物と共に栄華を極め、しかし人間に敗れた記憶と共に思い出していく。いや、思い出してしまった。

 

「ママ」

 

「なあに、ソルちゃん?」

 

「いつの日か、というのは、今である」

 

 我は……我の本当の名は、ソルフレアである。

 

「どうしたの、ソルちゃん?」

 

「ま、まさかこんなことで過去を思い出してしまうとはのう……。不幸中の幸いと言うべきか……」

 

 ただソルと呼ばれていた状態では我はアップルファーム家のスイートダイヤモンドにして村一番の美しき娘であったが、本来の名前と共に昔話を聞かされたことで魂が揺さぶられ、大いなる太陽の化身、邪竜ソルフレアとしての記憶が蘇ってしまった。

 

 わなわなと震えていると、隣の部屋で斧の研ぎをしていたパパが休憩しに居間にやってきた。

 

「ソル、どうかしたか?」

 

「さあ……私にもさっぱり」

 

「やっぱり誕生日に犬ほしいか? 俺も牧羊犬は欲しいんだが、調教しなきゃいけないから中々難しいんだよ」

 

「もしかしてお腹痛い? 変な物でも食べたかしら……?」

 

 頭を抱える我を心配して、ママとパパが語り掛けた。

 

「ママ、パパ……いや、母上、父上」

 

「お、おう。どうした突然かしこまって」

 

「我が名は大いなる太陽の化身、業火の邪竜ソルフレア。幾星霜の果てに再びこの世に覇を唱えるため、人の身にて顕現したものである」

 

 我はそう言い放ち、魂から湧き上がる魔力を練り、体に循環させる。

 記憶の復活と共に、大きな魔力がその身に宿りつつある。

 

 そして我は魔力を使って体を成長させ……ようとしたがなんか上手くいかない。しまった、人間の体に魂が馴染みすぎた。もうちょっと身長がほしいのじゃが。

 

「な、なんて力だ……ヨナ……もしかして」

 

「ええ、ゴルド……これはもしかしたら……」

 

 パパとママが目配せする。

 怖がらせてしまったと、少し心が痛む。

 

 前世の記憶を思いだしたが、今の記憶……パパとママと共に過ごした記憶を忘れたわけではない。いや、忘れられようはずもない。子守歌を歌ってくれたことも、誕生日にアップルパイを焼いてくれたことも、すべて覚えている。

 

 だが今は、別れのときだ。

 

「そなたらの献身、大義であった。我はこれより覇道を征く。別れの時だ」

 

 上を向こう、涙が流れぬように。

 引き止められるだろう。

 だがそれでも振り切って行かねばならない。

 

「ソル……お前、まさか……」

 

 パパがわなわなと震えている。

 我の正体にようやく気付いたのであろう。

 

「もしかして……反抗期が、来たのか……?」

「そんな……家出したくなっちゃうなんて……このままじゃソルちゃんが不良になっちゃう……!」

 

「うむ……うむ?」

 

 パパとママが愕然とした顔をしているが、なんか予想してる方向と違う。

 

「男の子なら一度はソルフレア様の神話にハマるもんだが、まさかソルもそうなるとは……。あ、もしかしてソルフレア教団とかに入ろうとしてるんじゃないだろうな……?」

 

「このあたり見たことないわよ? いるのかしら……でもソルちゃんが知ってるくらいだしいるのかも……」

 

 パパが心配そうな顔をして我に質問してきた。

 けど知らない。全然そんなの知らない。

 

「ソルフレア教団って、なに?」

 

「あれ、知らないのか? 古き神ソルフレア様を崇め奉るって建前で、夜な夜な廃教会や廃屋に集まって酒を飲んだり暴れ馬や暴れ竜を乗り回したりする若者たちのことだ」

 

「今時、魔物でもソルフレア様を崇めてないのに、不思議よね……」

 

 パパは困ったものだと眉をしかめ、ママが首をかしげる。

 いやほんと不思議なんじゃが。

 

「ほら、やっぱり神話に出てくる存在の中じゃ一番強いってところが子供心をくすぐるんだよ。勇者様以外に負けらしい負けはないし」

 

「そういうものかしらねぇ……男の子がハマるのはよく聞くけど」

 

「好きなものがあるのはいいことだけど、もう少し同世代と触れ合って社会性を身に着けた方がいいと思うんだ。やはり村の中だけだと刺激も少ないし、変な組織に勧誘されたりしてコロっと靡いちゃうかもしれない」

 

「そうなのよね……隣町に学校ができるらしいし、相談してみようかしら……」

 

 パパとママはそう言いながらチラッチラッとこっちを見てくる。

 

 これは……転生したとかじゃなくて、なんか格好いい雰囲気に憧れてるお子ちゃまとみられておる……!

 

 な、納得がゆかぬ……!

 

「わ、我は遊びじゃないのじゃ! その証拠に……」

 

 魂がしっかりと肉体に定着していて外見を操作するのは無理っぽい。

 じゃが、竜の力を一時的に自分の体に宿すことはできるはず……!

 

「むん!」

 

 体内に貯め込んだ魔力を放出すると、背中に翼が生まれた。

 そして肘から先と膝から先が、猛々しい竜のように変化する。

 

 おお……けっこう格好良いかもしれぬ……。

 

「これは……【竜身顕現】か……?」

 

「凄い……この年で竜の力を宿すなんて……」

 

「りゅうしんけんげん?」

 

 なんかまた知らない言葉が出てきた。

 

「大昔、ソルフレア様や太古の竜から竜の力を分け与えられた人間は竜人と呼ばれていて、【竜身顕現】という魔法が使えるんだ。ママも竜人の地を引いてるから使えるぞ」

 

「私とおんなじね! でもソルちゃんほどちっちゃい頃には使えなかったなぁ。13歳くらいだったかしら」

 

「いやいやいや! 我がオリジナルじゃし!?」

 

 そういえばそんなこともあった。

 力を人々に分け与えた結果、我のサイズがちょっと小さくなったのじゃった。

 だから我はママの真似をしているのではない。

 ママやママのママとパパ、ご先祖様たち全員が、我の力の真似っこなのじゃ。

 

 我こそ開祖である!

 

「いや、ソル。わかる。気持ちはわかるぞ。名前も被ってるしな」

 

「そうそう! そうなのじゃ!」

 

「けれどソルフレア様にあやかってソルって名前を付けられた子や、ソルって付いた地名は世の中そこそこあってな。ソル・マウンテンとかソル・リバーとか」

 

「あれ紛らわしいのよね。朝日山とか日輪川とか、古地図だと全部ソルなんとかになっちゃうし」

 

「古代語で太陽って意味だからよく使われるんだよ。朝日とか夕日が綺麗に見える観光名所はソルって名前が地名に関係してるんだよ」

 

「さすがパパ! 博識!」

 

 ……そういえばそうじゃった気がする。

 

 領土の名前にソルって付けていいですかとか千年くらい前に聞かれてたような。

 

「あと、もう亡くなったけど私のひいおばあちゃんもソルって名前だったのよ」

 

「ウチの地元にもソル爺さんとかいたな」

 

「ちょっと古い名前だけどいい名前よね。最近はかっこいい名前の子供も多いけど、私やっぱり、あなたの名前がしっくりくるし好きよ」

 

「そうだよなぁ……。ソルは、しみじみいい名前だ」

 

 ママとパパから頭をなでられる。

 なんとも心地よい気分じゃ……我が竜だった頃には考えられぬ悦楽の境地よ……。

 

「えへへ……ではなく!」

 

 いかんいかん、流されてしまうとこじゃった。

 我があまりにも偉大過ぎたゆえに「ソル」という名はありふれた名前になってしまったようで、ソルフレアと特別な縁があると言ってもピンと来ぬのじゃろう。

 

 じゃが我こそが正真正銘のソルフレアである。

 それを理解してもらわねばならぬ。

 

「パパ、ママ。聞いてほしいのじゃ」

 

 我は咳払いをして、居住まいを正した。

 できる限りこの二人の恩に報いることができるように。

 

「我こそ太陽の化身、業火の邪竜ソルフレア。悠久の眠りの果て、再びこの世に覇を唱えるために顕現したものである」

 

「お、おう」

 

「そ、そうね、ソルちゃん」

 

「巣立ちのときは来た。じゃが……そなたらには格別の恩がある。恩賞は思うがままじゃ。望みを言うてみるがよい」

 

 つまり、【竜身顕現】を使えるソルという名前の子……というだけでは、我が偉大なる竜である証拠としては薄いということじゃ。

 

 であれば我の、願いに呼応する力を見せれば、きっと信じるであろう。

 夫婦を望めば子となることができる。

 他に願いがあれば、その願いに合わせて魔力を使えるはずじゃ。

 

 恐らく。

 

 多分。

 

「そうねぇ……ソルちゃん」

 

「うむ」

 

「犬が欲しいからって野良犬を捕まえようとしないでね」

 

「だ、だって、牧羊犬がいたら助かるってパパ言ってたしぃ……」

 

 ママがパパを凄まじい目で睨んでいる。

 

「い、いや! 確かに言ったが絶対必要ってわけじゃないし、難しいんだよ!」

 

「いい、ソルちゃん。牧羊犬はちゃんと躾けられた頭の良い犬じゃないとダメなの。ソルちゃんはエイミーちゃんの家の猫ちゃんが羨ましいだけでしょ」

 

「我だってペットと遊びたいのじゃ!」

 

「だったらちゃんと良い子にすること。タマネギも食べて。ご飯冷めちゃうわよ」

 

 テーブルの上には、カリっと香ばしく焼き上げられたライ麦パンがある。

 その隣には、玉ねぎとソーセージのスープ。

 ソーセージもパンも大好きじゃ。

 じゃがタマネギだけはいかん。

 

「……だ、だぁって、苦いしぃ……」

 

「だからスープにしてあげたじゃない。甘いから。大丈夫だから」

 

「でもぉ、なんかぬるぬるするしぃ……歯に引っかかるしぃ……」

 

「だからちゃんと細かく切って、甘くなるようにしーっかり炒めました! あなたが邪竜ソルフレア様なら、なんでも喰い尽くす最強の顎と牙があるんでしょ! おてても人間に戻して! お洋服ひっかけちゃったらどーするの!」

 

「はい、ママ……頂きますぅ……」

 

 我は観念してちびちびと飲み始めた。

 願いを聞く態勢でママの話を聞いてしまったので、逆らおうとすると肌がピリピリする。

 普段と違って義務感がわいてくる。

 

「お、反抗期が来たと思ったら素直じゃないか。偉いぞ!」

 

「やったぁ! いい子よソルちゃん!」

 

 パパとママが手を合わせて喜んでいる。

 それを見ていると「我、がんばった」と自分をほめてあげたくなる。

 

「それと、お寝坊もしないように朝がんばって起きてね。ソルフレア様は地上の生き物のために規則正しく起きるようになったのよ」

 

「う、うむ。我もそのときは反省して……って、そうではなく!」

 

「ああ、そうだ。最近、猪の魔物が現れて垣根を荒らしてるみたいなんだよな」

 

「ほほう。敵が現れたのか。ならば我が……」

 

「けど今日の仕事はそれで終わりだ! 午後はパパと遊びに行こうな! また行商人が市を開いてるから本も買えるぞ!」

 

「やったぁ!」

 

「邪竜ソルフレアと月光の狼ミカヅキの決戦のお話が読みたいんだったかな」

 

「違うのじゃ、その続きなのじゃ!」

 

「ははは、わかったわかった。ちゃんと読んであげるから良い子にしてるんだぞ!」

 

「うん! いってらっしゃい!」

 

「それじゃソルちゃん。それともソルフレア様? 歯磨きしてお着替えして、集会所にいきましょうね。今日は隣町から神官さんが来て、聖書を読んだり文字を教えてくれたりするから、しっかり聞くのよ」

 

「はーい! なのじゃ!」

 

 集会所でお勉強した後は村の子供たちと一緒に遊べる楽しい時間じゃ。

 だがこないだは鬼ごっこをして全員5秒で捕まえたので我だけ鬼禁止となっていて、他の遊びを考えねばならぬ。

 

「……って、ちっがーう! 我は世界を再び支配するために力を取り戻して……」

 

「ほーら、ソルちゃん行くわよー!」

 

「いってらっしゃい! 良い子にしてるんだぞ!」

 

「違うのじゃママ! パパ! だからぁ……!」

 

 今日は我が記憶を取り戻した記念すべき日である。

 そのはずが、よくあるいつもの日と変わらず過ごすこととなってしまった。

 

 

 

 

 

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