バトル・スポットからさわぎ 作:ヒヨコスキー
〇月×日
色々なことが起こりすぎて頭が痛くなってきたので、出来事を整理したい。
*****に言われた「レポート」も兼ねて、今日から日記を書いていこうと思う。
目覚めると雪が降り積もる森の中で倒れていて、さかさまになった視界の中央にクソデカ芋虫がいた。
それがポケモンの「キャタピー」だということに気付いたのは、人の頭ぐらいある大きさのソレを見てパニックに陥り、ひとしきり喚いた後だった。
叫び声を聞いて集まってきたクソデカ蜂ことスピアーくん達からキャタピーを抱えて逃げ惑っていた俺を助けてくれたのは、この近くで炭焼き職人をしているおじさんと相棒のカモネギだった。
俺の叫び声を聞いていたのはスピアーだけではなかったというわけだ。
バッタバッタとネギでスピアーを切り倒していくカモネギの姿は、そのゆるキャラみたいな見た目に反してかなり格好良かった。ネギの切っ先(?)が全然見えなかったもんな。
おじさんとカモネギは俺を助けたのち、「あ!」と俺が抱えたままのキャタピーを指さして叫んだ。
なんでもこのキャタピーは昨日の夕方ごろ、スピアーにさらわれて行方不明になっていた個体で、おじさんはこの子を探しに森の奥へやってきていたらしい。
実際、キャタピーの体にはあちこちにちぎれた糸がついていて、傷もあちこちに見られた。
想像するに自力で脱出してきたところで倒れている俺にばったり出くわし、目覚めた俺がさわいだせいでスピアーに見つかってまた追われる羽目になったのだろう。申し訳ない。
キャタピーをだっこしたままおじさんの先導で森を抜けると、山間の農村のような牧歌的な町に到着した。
立て看板には「ヒワダタウン」の文字が書いてあった。その時はポケモンにありそな地名だな~とか思った程度だったが、今になって思い返してみるとなんだか覚えがある名前だ。確かジョウト地方の下の方にある村だったか?
ぼけーっと森の入り口で町を眺めていると、急にキャタピーが俺の腕の中で暴れ出した。ぼてん、と落下したキャタピーはよじよじと地面を這って、こちらに駆け寄ってくる女の子の方へ向かっていく。
後から聞いた話、誘拐されるときその場に居合わせた子だそうだ。キャタピーを探してほしいと号泣しながらおじさんに頼み込んだのもこの子だったそう。そりゃ気が気じゃなかったよな。
抱き合ってわんわん泣き出した女の子とキャタピーを見て、俺はなんだか言いようのない気持ちになり、緊張の糸が切れたのもあって自分までボロボロ泣いてしまった。女の子とおじさんとカモネギがぎょっとした目で俺を見ていた。
……で、そのあと俺は気絶した。
体力が限界だったのだ。
キャタピー(重さ2.9キログラム)を抱えて死ぬ気で走り回るのはインドア派にはきつかった。
気絶している最中、俺は夢を見た。
夢の中で、俺は白く輝く体を持つ*****に会った。
彼(あるいは彼女?)の言葉を理解するのは難しかったが、やりとりを繰り返していくうちに、理由は分からないが彼が謝罪をしていることが分かった。こっちはその理由が分からないせいではぁ、とかどうも、とかいう返答を返すしかなかったが。
彼は謝罪のしるしとして、俺に……この形をどう書き表したらいいんだ? なんかこう、トゲトゲした車のハンドルみたいなのが付いたスマートフォンを渡してきた。夢の中で渡されても……と思ったが、目が覚めると奇妙なことに同じものが枕元に置いてあった。こえーよ。
「レポート」をはじめとする便利機能が目白押しだよ! という感情が伝わってきたので、実際便利なものなんだろう。現にこの日記もトゲトゲスマホに入力する形で書いている。しかし寝転がりながらだとハンドル部分邪魔だなこれ。
そういえば電池とかはどうなっているんだろう。画面上にそういった表示はないので、不思議パワーで常にMAX充電なのかもしれない。持ち運びはだいぶ不便そうなので、そこは考える必要がありそうだが……。
あと、これだけははっきりと伝わってきた。
――「あなたの現状はあなた自身の選択の結果であり、そして未来のあなたは、この選択を後悔していない」。
どうしてか、その言葉は確信に近い形でするりと俺の頭の中に入ってきて、今もなお、それが事実であることを俺は疑っていない。
ぱちぱちと炭が爆ぜる音で目覚めると、そこは炭焼きのおじさんの家だった。俺を看病していたカモネギは、俺が目覚めたのを見るや否や、おじさんの下へすっ飛んでおじさんを呼んで来る。
囲炉裏を挟んで向かい合うように座り、ぐつぐつと鍋で煮込まれているシチューっぽいなんかどろっとしたスープをかき混ぜながら、おじさんは「君はどこの誰なのか」と俺に言った。
荷物の中に身分証である「トレーナーカード」がないことを確認させてもらった、というようなことも。
なにより森――「ウバメの森」の中を手持ちポケモン一匹持たずに歩いていたことを強く疑問に思っている様子だった。
そりゃそうだ。おじさんからすれば、あんな両腕にトゲついてるバケモンが闊歩している森を抵抗する手段なくぶらぶらしていた奴=俺、なわけだし。
ただ、おじさんの態度にこちらへの不信感なんかを感じることは出来なかった。俺が言うのもなんだが、こんな得体の知れないやつを家に上げて看病するなんて普通は嫌だと思う。
そんなことを言うと、「その言葉そのものが君の善性の証明だし、あそこで号泣できる人間を疑う方が不自然だ」とおじさんは答えた。
……その時はあんまり意味が分からなかったが、多分褒められていたんだろう。
嬉しいが、今思い出してもちょっと恥ずかしいな。
頭の良い人間なら上手い嘘で乗り切れたんだろうが、俺はそんなに賢くはない。
それに、自分を信用してくれている人に向かって嘘をつくこともはばかられた。
というわけでおじさんに向かって俺は出来る限り言葉を尽くした。
ポケモンが俺の世界では創作物である――というところはあまり関係がないし、話がややこしくなりそうなので伏せたうえで、気づけばあの森で倒れていたことと、おそらく自分がポケモンが存在しない別世界から来た人間であること、など。
ひとしきり話し終えたところで、おじさんは囲炉裏の炭を替えながら「そういう話を祖父から聞いたことがある」と言った。
“虚空に穴が出現し、人が飲み込まれたり、あるいは人が出てきたりする”――確かそんなことを言っていたか。
このヒワダタウン近辺で「神隠し」の伝承として伝わっているそれは、話を聞く限り、間違いなくアローラ地方における「ウルトラホール」のことだろう。「ウルトラビースト」は衝撃的な存在だったのでよく覚えている。
ウバメの森にはそういった伝承が多く残っているそうで、そのせいで村の子供たちは森にあんまり近寄ることはないんだと。こわ。
実際は子供が一人でどこかに行かないようにする方便なのかもしれないが……うーん、その辺なんか原因に覚えがあるような気がする。思い出せないが。
ともあれ前例がないわけではないので、いったん明日トレーナーカードの発行ができるかをポケモンセンターに行って聞いてみよう、という方向で話は進み、ついでにしばらく俺はおじさんの家でお世話になることになった。「キャタピーを一緒に助けてくれたお礼だよ」と言っていた。ただこれは方便というか、俺別に何もしてないし……単におじさんが優しいだけである。ただ非常に助かった。
風呂に入ってゆっくりと疲れをいやした後、日中ずっと炭を焼いていたおじさんの手持ちのブーバー(状態:ねむり)の横をそろりと抜けて、俺はほこほこした体を冷ますために外に出た。
雪が積もっていることからわかっていたが、季節は冬。
だいぶ冷え込んでいる空気が火照った肌に触れて心地よかった。……いや、だいぶ盛った。寒すぎたのですぐに家の中に引っ込んで、布団にくるまってこれを書いている。
ただスニーカーの裏側から伝わる新雪の感触と、頭上にきらきらと輝く星空の輝きは、「ここに来てよかった」と思うに十分だった。元の世界では南の方の都市部に住んでいたから、そういうのがだいぶ、新鮮だった。
……正直、だいぶ落ち着いたせいか、元の世界のことが気になり始めている。
家族は自分がいなくなったことに気づいているんだろうか。そうだとしたら、とても心配させていないだろうか。
*****はこの現状が俺の選択の結果であると言っていた。それはきっと事実なんだろう。ただ、俺自身にその選択をした覚えがないという一点が、とても引っかかっている。
あの言い回しも気になる。
未来の俺はこの現状を後悔していない、ということは――今現在の俺は?
……だめだ、頭が痛くなってきたし、日中動き過ぎたのもあって眠気が限界だ。
難しいことを考えるのは明日にして、そろそろ寝よう。
おやすみなさい。