強欲少女のヒーローアカデミア 作:pastel
随分と居心地の良い世界になったじゃないか。良い、これで良いんだよ。もう私は権利を侵される事は無い、このちっぽけな私財も世界へ平等に分け与える事で奪われる可能性を失くし、この自我も絶対不変となる事で永久に守られる。他の為に自分を曲げる必要なんてないんだ、それは慈悲故の譲歩じゃなくてただ今の自分を相手に否定され奪われてるだけなんだから。そんな事許せない、許されない。不変でいいんだ、誰かと関わる必要も無ければ何かを得ようと足掻く必要も無い。欲を満たそうと他者から奪うなんて以ての外さ。独りの時点で満ち足りているのだからそこから何かを求めればそれは強欲で……その欲の一つ一つが身を滅ぼす。そう、私の手を煩わせた連中はその愚かな欲望が身を滅ぼしたんだ。私はそんな奴らに救いを与えただけに過ぎない。そもそも私が殺したっていう前提が違うんだよ、奴らは私という道具を使った自殺、自傷行為をしたに過ぎない訳で、そこに私の悪意なんてない。全部全部自分勝手に他者の権利を侵害した結果、しっぺ返しを喰らったに過ぎない。そんな彼らに私も同情したからこそ、わざと利用された上で慈悲を与えてやったわけ。まあ道具っていうのは言葉の綾で、私は決して誰の道具でもない。そもそも人を自分の欲を満たす為の道具として扱うって本当に人として有り得ないよ、どういう教育受けてきたらそんな精神性で世の中生きていけるんだろうね? 意味が分からないよ。もはや人の形をして人の言語を話してるだけで本当は擬態してる宇宙人とか言われた方が納得できる、生物としての格がそういう奴らのせいで下がってるんだよね。もう個でいえばノミ以下だよ
──────渋谷事件から数日、ミルコと一方的な決別をした彼女は特に目的もなく過ごしていた。もはや剣聖を超える英雄になる! だなんて可愛らしい夢も『小さな王』となる事で砕け散り、唯一彼女の満たされる事ない強欲を埋める事が出来たかもしれない人達との関わりも自身を不変とする事で拒絶した
満たされる事のない満ち足りた存在、あらゆる物を欲しておいてそれを拒絶する矛盾を抱えた憐れな王。それが『レグルス・コルニアス』であり少女を強欲たらしめる所以である
睡眠も食事も排泄も必要としない彼女は雨が降っていても服を濡らすことなく只管宙に浮き街を見下ろしながら神様気取りで喜悦する。宙に浮き綺麗な騎士服に身を包んだ彼女に気づく人間はいない。まるで誰にも見えていないかのようにその存在を無視されていた
目に見えなくても知覚できる。どこに行ってもどこを見ても『私』がいる感覚を……視覚を遮断し神経を研ぎ澄ませる事でやっと感じる事のできるちっぽけな私の1部……でもそれで充分、君達がしっかりと役目を果たそうと勤勉に生きてる事を知覚できればそれで充分なんだ。別に不安とかそういう訳じゃない、私自身がその怠慢を許さないというだけ。心配しなくても私は私の私財を大切に扱うさ。大切にせず妻達に全て任せた結果身を滅ぼしたのがあの男……私はそうはならない。君達はその調子で励んでいけば──────
ふと、何かを感じた……目を開けてみれば別に珍しくもないありふれた存在。それなのに何故か目を離せない。『私』しかいないこの環境だからこそ浮き彫りになる異常──────『私』じゃない人間が、いる
路地裏を歩いてる男の元へ降り立つレグルス。目の前の存在に思考が追いつかない彼女は力のコントロールなど二の次、着地の衝撃で地面から壁までヒビが入ってもお構い無しに詰め寄り、その疑惑は確証に変わっていく。やはりこの男は─────擬似心臓が無い!!
「おい、おいおいおいおいどういう事なのかな君! 一体どうして、どんな理由があって何の権利があって誰の許しがあって『私』という存在を否定したのか教えて貰っていいかな? 大人なら少なくとも善悪の区別くらいついてるよね? だってそれは学校とかじゃなくて親から学ぶ当然の常識だもの。つまり君はこれを悪い事だって自覚してやったって事になるよね、有り得ないよ! ちょっとの罪悪感すら抱いてないわけ!? 一体どんな教育受けたらそんなに邪悪な考えが出来るのかな? ほんっと信じられないよ! しかもこれ見よがしに私の前へ現れて一体全体どんな──────」
「お前は……魔女! な、なんでここに」
「はぁ? あのさぁ、この期に及んで話を逸らすってどんな神経してるの? 流石の私といえど看過できないよ、素直に謝って事情を話していればいくらか譲歩してやったものをさ、君らみたいな人間ってすぐそうやって人の慈悲を無碍に扱うよね。心が痛んだりとかしないの? それとも、そういう人への共感能力が欠如してるのかな? あと、人の話を途中で遮ったらダメだって両親に教わらなかったの? そもそも人の権利を侵害しちゃいけませんだなんて誰に教わらなくたって理解してる当然の常識だと私は思うんだけど、もしかしてズレてるのは私とか思ってる訳じゃないよね?」
相手に話しかけているように見えて、その言葉は自分の中だけで完結している。彼女はこの世界に存在する人間全てに小さな王を適用しているにも関わらず一人漏れた程度で癇癪を起こす程器が小さい。だからこそ小さな王を授かるに至った訳だが
この世の不条理を凝縮した存在が前に現れ身を震わせる死穢八斎會の末端。雑用を任され外に出た彼はよく仕事でミスしてその度分解されていた。若頭による恐怖政治により逃げる事も立ち向かう事も出来なくなった彼は真の凶人を前に無謀ともいえる賭けに出る
「俺は何も知らない! 全部あいつがやった事なんだ! 俺が属してる組の若頭! あいつが全部悪いんだ! 助けてくれよ魔女様、俺に出来ることならなんでもやるからさあ!」
極道の末端である彼が何よりも磨き上げた技術、それはゴマスリと土下座。靴を舐めそうな勢いの無様な姿にレグルスもゴミを見るような目をしている。レグルスにそんな目で見られるようではこの男、人として終わりである
……この男の言うことを真に受けた訳じゃないけど、こんなクズの権化みたいな虫ケラが強欲の権能をどうにかできるとは思えない。ここが超条社会だろうと心臓に直接干渉できる個性なんてそうないだろう、こいつを従えていた人間の仕業って訳? ふーん……そいつに何の権利があるっていうのかな?
「ふむふむなるほど……君の命乞いはとても惨めで見るに堪えないけど、どうやら君の話には耳を傾ける程度の価値はあるみたいだね。君は君の意思で私を否定した訳じゃなく、その権利すら与えられなかったって事でいいかな? 嘆かわしいよね、悲しいよね。君みたいな人として最底辺の存在だろうと、それを理由に何かを奪ったりするなんて人として有り得ないよ。私はそんな不条理を許せないし許しちゃいけない、だからそいつの居場所を教えてくれる? もう誰にも奪わせない、安心していいよ──────私が来た」
目の前の男など眼中に無い。彼女は常に自分の事しか考えていないから。それでも、居場所も存在価値もとっくのとうに無くなった男にとって安心感を与える笑みは地獄に垂れてきた一本の糸のようで──────魔女の手を取った憐れな男は自分が過去に憧れた組織ごと破滅する事となる
***
死穢八斎會本拠地に案内されたレグルスとその後ろで子分として立っている男。レグルスは雨に濡れないというのに律儀に傘をさして自分の服を濡らしている男にプライドなどない
腕を振り上げ拠点を木端微塵にしようとした彼女は思いとどまる、そういえばこの後ろに立っている男への褒美を忘れていた
「どうも案内ありがとう。傘までさしてくれて律儀な事だね。自分の立場を理解して私に無償の奉仕が出来る君のような人間が他でもない私を否定してしまったことが私は哀しくて仕方ないよ。どんな形であれ大事なのは結果だと私は思っててさ、ほら過程が何であれ結果が悪ければ全て悪いし結果が良ければ全て良しになると思うんだ。私の言いたい事がよく分からないって顔をしてるね? 君が言葉の内に隠された真意を察せる能力が無いのは私も理解してるつもりだから、君の頭でも理解できるよう有り体に言ってやろう──────結果的に私を否定した事実は消えない、だけど行動でその罪を償おうとした君の救いを求める姿勢に、私は柄にもなく感化されちゃったんだよね。だからこれは褒美だよ」
男へ近寄りその頬を撫で──────潰す
断末魔すら上げず肉塊となった男に息を吹き肉塊すら消し飛ばす。残ったのは雨に洗い流される血に濡れた地面とその上で静かに笑みを浮かべる凶人
「罪を償いたいなら私は喜んで協力するよ、君みたいな人間だろうと次がある。次こそ満ち足りた人生だったと思えるような死を迎えられるよう精進してくれ」
さて……目の前の建物をどうするか、うーん私は加虐趣味がある訳でもないしあまり血は流したくないんだよね。ほら争いとは無縁の人生を歩んできたから、あんまりこういう状況にも慣れてないんだよ。雨……雨か──────あれでもやってみるか
空を飛び停止された雨を掻き集め圧縮していく───『獅子の心臓』のみを使っていた時、私は停止から解除の反動による攻撃をよく利用していた。個性の応用として殺傷力を抑える方法をあの3人と模索して……でも最大5秒で出来る事には限度があった。今は違う、渋谷の時のように制限を超えた結果が……
圧縮され続けた雨、冷えた空気は解除の反動で膨張し──────凍る
死穢八斎會本拠地の真上、その空高くに巨大な氷塊が作り出された
「不変であればここまでする必要も無いんだけど、いつまでも不可視の攻撃ばかりじゃ味気ない。自分達が相対しているものは一体何なのか、その目で見なければならないんだよ。技名なんて大層なものつける訳じゃないけど……より主張するのならさしずめ──────アル・ヒューマ」
全てを押し潰す死の塊が空気を切り裂きながら真っ逆さまに落下していく。一切軌道がズレる事もなく真下の建物を潰す為だけに生まれた氷塊を止める術はなく、轟音を響かせながら目標に到達した。その反動ですら氷塊は一切欠けていない。その氷塊は本拠地の悉くを破壊し、最初からそこにあったかのように存在していた
ぶつかった衝撃で近隣まで被害が出ているがレグルスにとっては些細な事でしかない
私は悪くない、自分達の危機感が欠如している事を私のせいにしないでくれよ? 何かあってもヒーローが来てくれる、そんな根拠の無い希望を抱いてるからこうなる。全て、自身の怠慢が引き起こした結果である事をどうか理解して眠ってくれれば幸いだ
……奥深くまで掘り進ませるべきだったか? あの男が地下通路云々言ってたのをすっかり忘れてた。うーんここで帰れば生き残りにあいつは逃げたって思われるかもしれない……反吐が出るなぁ!!!!!
***
「クロノ、壊理を頼む。俺は親父の所に」
「何なんですかねこれ。ヒーローか? 足はついてないはず……」
個性を使い地下通路の崩壊を防いだ治崎と右腕のクロノは冷静に行動する。恐らくヒーロー達に内部の情報が漏れた結果の襲撃、そう考えた
その時地下通路の壁が破壊され中から人影が見えてくる。生き残りが他にもいたのか、恐らく壁を粉砕した所を見るに乱破──────違う
段々と露になるシルエットは細い少女。その体は白い騎士服に身を包まれており彼女を知らない人間はヒーローかと勘違いするだろう。だが今彼女は世間で最も話題と言っても過言ではない──────『強欲の魔女』その手には乱破の死体が掴まれていたが血は全く付着していない
「やぁどうも、こんな場で申し訳ないんだけど自己紹介させてもらうね。私はレグルス・コルニアス……この男は違うみたいなんだよね、君達知ってる? ペストマスクを付けた男が私の存在を否定して回ってるようなんだけど──────もしかして君達のどっちかだったりするのかな? 安心して欲しい、正直に答えてくれれば救けてあげるよ。ほら争いとかさ、私嫌いなんだよね。根っからの平和主義なんだよ、だから言葉での交渉を大事にしてるんだ。人として言葉を交わして相手の意思を尊重し合う事ができれば争いなんてする必要もない。争いっていうのは常にどちらかが譲歩せず、相手から根こそぎ奪おうとする事で生まれるんだ。ほら簡単に言えば自分が正しいから相手は間違ってるとか短絡的な思考回路してる奴のせいでまともな人間が損ばかりしてるって意味。こいつがまさしくそうだった」
手に持っていた死体を投げ捨て改めて治崎達に向き合うレグルスに彼らは……逃げの一手を選んだ。クロノスタシスによりレグルスの時間を遅くし、その間に治崎が道と同時に壁を作り逃走を図る。その連携も個性の使い方も並のプロヒーローでは太刀打ち出来ないだろうが
目の前にいるのは、不条理を擬人化したような女
「へ〜私がせっかく歩み寄ってやってるのにその思いやりを踏みにじるんだね君達は。しかも彼と違って逃げるとか恥ずかしいと思わないの? 人間として最低限の矜恃とか無いわけ? それにさぁ、逃げるにしてもお粗末なんだよ。どこまでも中途半端で憐れな人間だよね、こんなのが人の上に立ってたなんてとてもじゃないけど信じられないよ。君達はさぁ、誰を敵に回したか分かってないみたいだね?」
クロノの個性は当然のように効果はない。時間を止めているのだから遅くするも早くするもないのだ。絶対不変である以上、何であろうと干渉は許さない。目の前の壁をすり抜けるように高速で移動する彼女に治崎達は焦る。だが壊理だけは絶対に回収しなければならない──────その強欲が身を滅ぼすってのを理解すべきだ
立ち止まり両手を筒状にして口元に持っていき、息を吹く。それだけで目の前の全てを破壊する事など容易いのだ
「──────ッ! 若!!」
異変に気づき治崎を押し飛ばしてそのまま消し飛んだクロノの想いすら一切の情無く踏み躙り治崎の片足を消し飛ばす。ただ息を吹いただけで命を奪える暴虐に治崎は激高する
「魔女……!! 英雄気取りの病人が……! 何故俺の邪魔をする!! この駒達を集めるのにどれだけの時間がかかったと思ってる……! ヴィランの癖して英雄ごっこか? ヒーロー殺しに感化されたか!?」
足を修復する治崎に嘲笑を浮かべながら歩み寄るレグルス。彼女には大義だの使命だの、そんな物はありはしない。私を尊重しない人間は殺し、私を否定する人間も殺し、私から奪おうとする人間も殺す。だって私は正しいから。私の行う事だって正しいに決まってる、それを決めるのは私自身だからだ。善悪の判別とか正誤の判断とか全部自分で決めるものだ。その集合体が一般常識な訳で、私はそれに従って生きてるだけだよ
「あのさぁ、私達って初対面だよね? なのに出会って早々魔女だの病人だの失礼過ぎるとは思わないの? 君の行動を見るにそういう一般常識とか人として当たり前の礼儀とかその他諸々が欠けてる事は察したけどさ、許したとは一言も言ってないんだけど? 他者の行動から意志を汲み取るのは人として、当然の努力だ。そうでないと分かり合えるはずもない、歩み寄れるはずもない、譲歩、配慮、尊重、その全てをお互いが満足に行う事で人と人は分かり合えるんだよ、そういう言葉にしなくてもいい様な至極当たり前の事、君は学んで来なかったの? こんな小さな世界でお山の大将気取ってる所見るにまともな環境で育って来なかったんだろうけどさ、それでも大人の力を借りた以上はそういう教育を受ける機会はあったってことでしょ? 少なくとも私はそう思うんだけど。もしかして君、ある程度の知識を持った上で意図的に私へ無礼を働いたんじゃないの? それってつまりさ、私という存在をその価値をその意味を軽視した上での言動って事になるよね? それは許せないよ。私という個人の権利の侵害だよね?」
一見まともな事を喋っているがその内容と行動は大いに矛盾していて、それを当然かのように、それが正しいと信じているかのように話すレグルスを前に治崎は言葉が出ない。会話が成立しない、本当に人が喋っているのかすら疑問に思えてしまう
「魔女……世界の……癌!!! ──────もしかして、お前か? 俺達の心臓に気色悪い癌を植え付けたのは!! お前なのか!?」
「魔女ね……なんか世間ではそう呼ばれてるみたいだね、もしその言葉に私を彼女達と同列に扱っている意味が込められているならこの国を落とすのも視野に入れる所だけど、この世界では意味合いが違いそうだね。まあ呼び名なんて明らかな蔑称じゃなきゃ何だっていい。妻を番号で呼ぶ奴がいるくらいなんだから判別さえ出来れば私はいいと思うよ」
「話の通じない凶人が……!! 死ね!!」
床を棘条に再構築する事でレグルスを串刺しにしようとするが彼女の体に到達した瞬間それは塵となって消えた。あまりにも無法すぎる無敵の存在……他者の決意や覚悟、その全てを存在するだけで踏み躙り否定する。どう足掻いても、無意味
「いい加減無駄だって理解したらどうなんだよ? 君なんかのちっぽけな個性じゃ私に傷一つ付けられやしないんだから。一目散に逃げた所を見るに力量差は理解してると思ったんだけどね。それとも逃走は無意味だと理解したから今更賭けに出てみたのかな? まぁどちらにせよ……」
「──────ぐっ……ッが! あぁああああ!!」
腕を一振りするだけで容易に片腕を消し飛ばし続いて片足も消し飛ばす。彼女は呆れていた。力もないくせして態度だけ大きい三下相手に何で私を否定されなくちゃならないのかなぁ?
「情けないなあ、男でしょ? これじゃあまるで私が君を痛めつけてるみたいじゃないか。要らぬ誤解を君のせいで生む所だよ、私だって加虐趣味でこんな事してるんじゃない。お前が弱いから、痛めつけてるみたいになってるんだ。まあお前の覚悟とか決意とか今までの努力とかその他諸々、その程度だったって事だよ。ご愁傷様だね」
「……おや、じは……親父には手を……出すな」
「この期に及んで命令? それとも遺言として未練を託そうとしてるのかな? どっちでもいいけど立場と状況理解して喋れよ下郎。そもそも上にいた人間も下にいた人間も君以外全員死んだよ? 君のせいで死んだ」
「──────」
言葉も出ない。目の前の女は狂ってる、頭がおかしい、話が通じない、人じゃない、なのに何故……その言葉が本当だと理解してしまうのか。理解したくなかった知りたくなかった。目の前の女の言う事など信じるに値しないはずなのに──────嘘だなんて、思えない
「だから言ったでしょ? 君の覚悟とか決意とか今までの努力とかその他諸々、まあ言えば君の今までとこれからの全て、その程度だったって事だよ。それ以上でも以下でもない、奪った訳でも奪われた訳でもない。所詮その程度でしかないから先へは進めなかった、それだけだろ?」
治崎廻の今までやってきたこと、これからのこと、存在価値、存在理由、全て──────魔女に奪われた。全て奪われた。理不尽や不条理なんてのは彼女を表す為の言葉だ。世界の癌、このまま行けば社会の崩壊所ではなく、世界の全てこの女に奪われて終焉を迎える。そう確信した
「魔女……!! お前は世界の癌だ……!」
「よくそんな身体で喋れるね。そんなに生への執着があるの? それとも負け犬の遠吠えってやつかな? 敗者の鳴き声は勝者の耳に残るような心地良い物じゃないとダメって習わなかった? 憎しみや恨みを抱いたって意味がない、敗けて尚相手に煩わしい想いをさせる権利は敗者にはないんだからね。病人だの癌だの散々言ってくれたけど、そうやって他者との違いを『病気』と称して自分の正当性を主張する君の姿勢、あまりに憐れで笑っちゃうよ。病気なのは君だ、だから社会から弾かれてこんな所にいる。で、こ〜んな容易く粉々にされちゃうくらい小さな世界で自分は正しいとか思い込んじゃってる憐れな憐れな下等生物だよねえ? 君は何もかも勘違いして自分は正しいとか思い込んで生きてきたみたいだけど、いい加減現実見ろよ。結局君は他者を貶めて自我を奪って自分の欲望を満たす為に行動した結果その欲深さが身を滅ぼしたんだ。今に満足すればいいものを満ち足りていない人間は理解できない、教えたって学ばない奴らしかいない。そうして盛大な犠牲を残した末何一つ成し遂げられなかった愚図が……君なんだよ!」
瓦礫を腹に突き刺しピクリとも動かなくなった治崎を見て満足気なレグルス。たった一人の少女……魔女により死穢八斎會は事実上の壊滅を迎えた。本拠地に存在した人間は氷塊に押し潰され、生き残りはレグルスにより殺された。返り血一つ付着していない厄災は上機嫌に歩き出す
だが一人──────隅に隠れていた少女がいた
「た、助けて! お願い、行かないで!」
「おや? まだ居たのか……子供ね、拉致でもされてたのかな? ふむ……子供への気遣いが出来ないほど私は大人気ない人間じゃない。君、名前は? 自分の名を名乗れるくらいの余裕は無いと人として生きていけないよ? どんな時でも相手との関係を築く為にはまず名乗ろう、いや勘違いしないで欲しいんだけど私はいつも最初に名乗る。相手が照れ屋だったりするかもしれないから、そういう配慮を忘れないんだ。で、私は君のような未来ある子供にもそうあって欲しいわけ、だからそれを実践する機会を与えてるんだ。で、名前は?」
「え、壊理……」
「そうか、私はレグルス・コルニアス……よろしく」
魔女の手を取る少女が一人……この出会いが何を生むのかなど知る由もない。だが幽閉されていた自分を助けてくれたレグルスは間違いなく少女にとっての英雄だ。それだけは確かだった